第十四話 その3
「……む、そうか。分かった」
禿頭の男は障子の向こうの人影にそう言って、襖を閉じた。
「カール殿。ようやくエリザ門下生が到着したとの事です」
「……左様でござるか」
ここはボルゾーイ流空手総本山、その大広間。ボルゾーイに拉致もとい招かれたカールが、自室としてあてがわれた部屋だ。
「然らばよしなに」
神妙な面持ちでそう言葉を返すと、カールはごろんと横になった。広すぎる部屋に最初は戸惑ったものの、持ち前の図太さもあって、今ではすっかり自分の部屋として馴染んでいた。
「それはそれとして、この書物の続きは無いのでござるか? あとコーラとポテチおかわり」
「もはやそうしている場合ではありませんぞ。エリザ門下生の到着は、即ちカール殿の迎えという事に他なりません」
「…………。……そういえばそんな話だったでござるな」
あまりにも居心地がいいので、当初の予定をすっかり忘れていた。拉致もとい強制連行した負い目からか、ここには退屈凌ぎの書物と食べ放題のお菓子が用意されているので、カールの精神状態はすっかり元の世界のキモオタにしてニートだった時代に戻っていた。
「これでようやくお帰り願えると思うと、こちらも肩の荷が下りた気持ちです」
「拉致しておいてその言い草……」
カールの呟きはもっともなのだが、想定外に飲み食い食っちゃ寝していたカールにも、それなりに非はあるのであった。
「それで、これからどうなるのでござるか? まさかすぐにエリザ氏がやってきて、そこでお開きというわけではないのでござろう?」
「無論です。我々の当初の目的は女子と触れ合う事。よってエリザ門下生には、こちらがあらかじめ選定しておいた戦士と戦ってもらいます」
「当初の目的が無ければ非常にバトル活劇っぽい展開でござるな」
「では、参りましょう」
「ム……? いずこへ?」
「試合を観戦出来る場所です。選定漏れした上にカール殿の世話係まで申し付けられたのだから、それくらいの役得はあって然るべきでしょう」
「何から何までそちらの勝手な事情でござるが、それはそれとして空手の試合観戦というのも一興でござるな」
カールは書物を置くと、薄切りにしたじゃがいもを揚げたお菓子、通称ポテチの乗った木皿とコーラの入ったコップを持って立ち上がった。
「然らば、コーラとポテチのおかわりはそこに持ってくるように頼んでおいてほしいでござる」
「…………」
カールの図々しさと拉致した手前が合わさって、その発言に男は微妙な表情を浮かべた。
「……結局こうなるのね」
トゥレスの奥地。そこそこの標高の山の中腹に、ボルゾーイ流空手、総本山は建っていた。見た目は大きな寺院のような建物で、階層ごとに屋根が計3つ取り付けられている。一般的な寺院の建築様式である三重塔を、縦3横7の割合で大きくしたような建造物だった。
矢文が送られてから三日目でカールが連れ去られた事に気付き、その後一日かけて、エリザはこの総本山にやってきた。
「来られたし、って言われたから来たけど……出迎えの1つすら無いなんて」
総本山の門の前で立ち尽くす。来たはいいが、門は固く閉ざされていた。
(そもそもカールを誘拐してまで私を呼び寄せた理由が未だに不明なのよねぇ……)
『よくぞ来た、エリザ門下生よ』
門の前で途方に暮れていると、門の上部に取り付けられたスピーカーから声が聞こえた。
「え……古風なお寺っぽい見た目なのにスピーカー付いてるの? この総本山」
『お主にはこれから三人の相手と組み手を行ってもらう。それが済んだら、お主の大切な御仁、カール・ケーニヒを返す事とする』
スピーカーからの声が言い終えると、内開きの門が自動的に開いた。
「スピーカーに自動ドアって……総本山みたいな場所ってもっとアナログじゃないといけないんじゃない?」
エリザの考え方も大概アナログではあるが、理屈には一理ある。総本山とは言わば発祥の地。ハイテクな武術の発祥の地など、威厳もありがたみも薄っぺらくなってしまう。不便であればあるほど、要らない苦労をさせられればさせられるほど、こういった場所には『古来より存在する』という神秘が宿るものなのである。例を挙げれば、薪で沸かせてこそ総本山の風呂であり、ボタン1つのガス湯沸かし器など総本山の風呂にあるまじきもの……という事だ。
このように思うところはあったが、エリザは総本山の敷地に足を踏み入れた。
カールと禿頭の男は、総本山一階の展望室――試合会場となる道場を見下ろせる場所にいた。窓はマジックミラーになっていて、道場側からはこちらの様子は窺えない造りになっていた。
「ルールとかはどうなっているのでござるか?」
「うむ……ではこの、ボルゾーイ流男女混合三本勝負について説明致しましょう」
「合コン紛いに大層な名前が付いているのはともかく、お願いするでござる」
「エリザ門下生には、これから三人の相手と戦ってもらいます。その相手は、厳正なる抽選で選ばれた三名です。ルールは実戦形式。そして勝敗に関わらず、一試合終わったら上の階層に上がってもらいます。そして三戦を終えたら、晴れてカール殿とお帰りいただくというわけです」
「フム……つまり勝敗に関係無く三戦したらこのイベントは終わり、という事でござるか?」
「ええ。でなければ、下手をしたら我々は長い期間カール殿を養わなければならなくなりますからな、ハッハッハ」
「本人の同意無しに連れて来た事は常に念頭に置いてほしいでござる」
説明が終わったタイミングで、エリザが道場にやってきた。ちなみにその服装は、ミニスカートにスパッツといった下半身が眩しい、いつもの格好だった。
「ふむ……道着でも運動着でもなく、破けて眼福な動きづらそうなものでもないが、あれはあれでいいものですな。特にあの太腿は、彼女と対峙出来ない事が非常に悔やまれます」
「特に目新しくもない、第一話からさもありなんとしか言いようの無い感想はともかく、最初の相手はどこでござるか?」
「既にスタンバっております。こちらの合図にて」
男がマイク横のボタンを押すと、エリザの正面に見える扉が開いた。
そこから姿を現したのは――
「チィッス、一番手のマイクでぇっす! おっ、マジで激美人じゃんアガるわぁ!」
道着が全く似合ってないほどの、チャラい感じの青年だった。
「……厳正なる抽選?」
「彼はまだ入門して三日目ですが、くじ運だけは師範級だったようですな」
「くじ引き……」
人一人を拉致してまで組んだイベントに対してあまりにも潔さの溢れる抽選方法に、二の句が継げなくなったカールだった。




