第十四話 その1
「……ム。朝でござるか……」
うっすらと瞼を開ける。
「…………。え、どこここは……」
視界に広がる、知らない天井。背中に感じる布団の感触は柔らかく、薄手の掛布団からは清潔な匂い。
見知らぬ場所で、カールは目を覚ました。
「ま、まさか前回の続きでござるか……!?」
あんな話を話数を跨いでまでやるのかと戦慄し、がばっと体を起こして周囲を確認する。
100畳ほどもあろうかという大広間。畳と障子以外の景色は無く、その中央にぽつんと今自分が尻に敷いている布団が敷かれている。
「お目覚めですかな?」
カールが困惑していると、布団の脇から野太い声が聞こえた。
「……ファッ?」
「突然のご足労、感謝致します」
その声に振り向くと、頭を丸めた壮年の男が、布団の傍で正座していた。
「…………。まずご足労した覚えが無いのでござるが」
「おっとそうでしたな。正確には寝ている間の連行、失礼致しました……ですな」
「それは拉致と言うのでは?」
「それはともかく」
寝ている間に拉致った事をそれはともかくで流した後、男は自己紹介と、こうするに至った経緯を説明した。
「フム……まずここは、ボルゾーイ流空手の総本山というわけでござるか」
「左様。トゥレスの奥地にあるそれなりの標高の山の上に、この建物は建っております」
(またボルゾーイか……)
人が寝ている間に連れ出すなど、その間一切気付かれない手際の良さも相まって、ボルゾーイは本当は反社会勢力なのではないかとカールは疑い始めた。
「お主はボルゾーイ流空手の関係者であり、そして拙者をここに拉致した理由は……」
それはあまりにも理解不能だったので、言語化するのは憚られた。
それを察してか……いやこの男が察するわけはないので、単に言葉に詰まった人に対する助け船のような感覚で、男は言葉を引き継いだ。
「あなたをここに招いた理由……それは、エリザ門下生をここに誘き寄せるだめです」
エリザの朝は早い。
まだ陽も昇り切らぬ早朝。エリザは顔を洗った後、郵便物を確認するために表に出た。この廃屋は正式にエリザの持ち家になったので、郵便物の送り先として適正になっていた。
「廃屋に私の郵便物が届くってのはあまりいい気はしないけど……まぁいちいちセバスチャンに持ってきてもらうよりはマシか」
そしてエリザは郵便受けを開け……る前に、郵便物を発見した。
「…………。え、なにこれ……」
それは手紙だった。
いや、矢だった。
手紙が括りつけられた矢が、家の壁に突き刺さっていた。
「……矢文? え、なんで矢文が?」
何故うちに、ではなく何故今時、という意味合いで首を傾げつつ、エリザは括られていた手紙を解いて広げた。
拝啓、エリザ殿。
貴殿の大切な御仁は預かった。返してほしくばボルゾーイ流空手総本山まで来られたし。
PS.動きやすい格好で来る事。道着ならベスト、運動着ならベター。着飾った服ならバッドだが、それはそれである意味ベストなので、服装は自由です。
「…………」
差出人は間違いなくボルゾーイの関係者なので、とりあえずエリザは手紙を握り潰した(腹いせ)。
「いやそれより、大切な御仁って……」
嘘だとしたらすぐにばれるので、それは真実なのだろう。
そしてこの手紙は読み換えれば、大切な人が誘拐されたという事になる。
「……まさか」
エリザは手紙を丸めて捨てると、急いで家の中に戻った。
「拙者を餌にしてエリザ氏を呼び寄せる……それは理解しているでござる」
ずず、と味噌汁を啜る。
カールと禿頭の男は、それぞれ膳を前に向かい合って朝食を取っていた。
「しかしながら……その策は非常に浅はかであると言わざるを得ないでござる」
「ほう……その心は?」
「それはもちろん、拙者が拉致られてもう三日でござる故に。拙者に餌の価値は無いのでござる」
カールが目が覚めたあの日から、もう三日経っていた。
「いやいや、何を異な事を。共に暮らしているのだから、エリザ門下生にとってカール殿は大切な御仁に相違なかろう?」
「それには話すと面倒な特殊な事情があるのでござるが…………とりあえず本当に相違ないなら、三日も放置しないはずでござる」
「むぅ、それは…………ひょっとしてエリザ門下生は、総本山の場所を知らないのかもしれませんな」
「それは一生来ないという事では?」
「おっと、これは一本取られましたな。ハッハッハ」
「…………」
人を拉致しておきながら相手が一生来ない可能性を笑い飛ばす禿頭の男を見て、やっぱりボルゾーイは本当に反社なのだろうとカールは思い始めた。
「……ところでなにゆえエリザ氏をここに招き入れようと?」
「……そういえば話しておりませんでしたな」
そう言うと禿頭の男は自分の膳を脇に避け、佇まいを直してカールの問いに答えた。
「知っての通り、ボルゾーイ流空手は年々女子の門下生が減ってきています」
「…………」
もちろん知るわけはないのだが、突っついても面倒なので無言でスルーした。
「昔はボルゾーイ流空手の男女で定期的に交流があったのですが、女子門下生の減少によりその文化も廃れ…………今やボルゾーイ流男子空手の門下生は、女っ気の微塵も無い日々を送っております」
「…………」
嫌な予感がしたが、カールはそのまま無言で聞いた。
「そう……つまり我々は、女子の華やかさに飢えているのです」
「…………」
真剣な顔で言い切った禿頭の男を見て――彼らは反社ではなくただのアホなのだと、カールは思い直した。




