第十三話 その3
「……ムゥン」
カールがうっすらと目を開く。
「こ、ここは……」
背中には固い感触。見慣れた空に、聞き慣れた喧騒。
「……さっき転んだ場所でござるな」
躓いて転んで意識が暗転した、ついさっきの場所だった。
「……はっ。フラグは……」
「大丈夫、お兄ちゃん……?」
さっきの少女が、カールを心配そうに上から覗き込んでいた。
(アカン、まだ終わってないでござる……)
自分の体型も、スリムな細マッチョのままだった。
どうやらテコ入れはまだ継続しているようだった。
(……地の文は戻ってるでござるな。まぁあんなの長々とやられても読みづらいだけでござる故。キモたくは読者に寄り添った作品なのでござる)
カールが慎重に体を起こす。急制動などしようものなら、何がきっかけとなるか分からないからだ(例:急に体を起こす→幼女とぶつかる→幼女が怪我をして泣き出す→手当をするために廃屋へ→フラグ成立)。
「なぁあんた、大丈夫か?」
「……ファッ?」
じりじりと少女と距離を取りつつ立ち上がると、背後から声をかけられた。
「具合悪いんだったら家まで送るぜ?」
「……おお、もう」
憔悴しきったように、カールが戦慄する。
声をかけてきたのは、年若い男だった。
それは言い換えれば――男キャラだった。
(この作品に男キャラなど、あってはならない歪みでござる……)
男キャラなど、別に取り立てて珍しい存在でもない……と言うか女がいれば男がいるのが当たり前なように、女キャラがいれば男キャラがいるのは当たり前の話だ。
だが、実はそうでない作品が存在する。
それが、主人公以外の主要キャラが女キャラである、いわゆる主人公ハーレムだ。
主人公ハーレムとは、分類的にはギャルゲーに属するものだ。そしてギャルゲーのユーザーは、ヒロインが主人公以外の男キャラと絡むのを殊更嫌う傾向にある。ヒロインが非処女だと分かるや、ゲームディスクを叩き割ってメーカーに送り付けた事件は皆の記憶に新しいだろう。ギャルゲーに男キャラを出すには、ヒロインのプロフィールや好感度を教えてくれる便利屋ポジにしたり、極力ヒロインと絡ませないようにしたりといった風な配慮が必要となるのだ。
(この作品も一応主人公ハーレム故、これまで男キャラはジジイ以外出なかったのでござる)
それに加えて、この作品特有の事情がある。
カールが胸中で独白したように、この作品は真っ当な主人公ハーレムではなく、『一応』の主人公ハーレムだ。
では何が一応と言わせるのかと言うと、それは主人公が全くモテないからである。それは前述したような唾棄すべき自称モテない野郎(憎悪)ではなく、ガチでモテない……好感度の振れ幅が0から100ではなくマイナス80から20であるような、初対面での好感度はマイナス、そこからどれだけ好感度を上げても知り合い程度にしかならないようなモテなさだ。
そして好感度が低ければ、ヒロインとの絡みは必然的に少なくなる。カールも実際、クエスト以外ではヒロインと絡む事はほとんど無い。キモたくを読み進めていると多いように感じるが、それは絡んでいるところを描写されているだけで、実際は一人でいる事が多い。
そんな状況で男キャラを実装したらどうなるかは、容易に想像出来るだろう。ヒロインと絡みの少ない主人公は必然的に男キャラと絡む機会が多くなり、その結果、主人公(男キャラ)と男キャラが一緒にいる描写が多くなるという、まったくもって誰得な展開が繰り広げられてしまうのである。
(しかもよく見ればこの男、髪は長いし顔立ちは中性的だし細身ながら筋肉質だし……これ腐女子獲りにいってるでござるな?)
カールの今現在の容姿も似たようなものなので、BL好きの腐女子を狙っているのかもしれない。
無論、主人公ハーレム……つまり完全男向けの作品で、腐女子向けのイケメンを出して女の読者を獲得してやろうなどという魂胆は、もはや筆舌に尽くしがたいほどの愚策である事は言うまでも無い。
カールは脂汗を浮かべつつ、じりじりと後ずさる。
「お兄ちゃん……大丈夫?」
「なんか悪いもんでも食ったのか?」
心配そうな顔を向ける二人。ビジュアル的には100点満点の彼らが、カールには悪魔に見えた。
(アカンこれじゃキモたく死ぬゥ!)
作品の危機を覚えたカールは、一目散に逃げ出した。
「体が軽い……けれどこの軽さ自体がもはや恐怖の対象でござる。なんとかして現状を……テコ入れを登場人物が阻止する方法など果たして存在するのでござろうか?」
根本的な疑問が頭に浮かぶ。
「こんなの、どのラノベにも載ってな――ファッ!?」
走りながら考え事をしたのがまずかったのか――カールは再び転倒して、意識を失った。
「――――」
そしてカールは目を覚ます。
「こ、ここは……」
背中には煎餅布団の感触。見慣れた天井に、窓の外からは雀の鳴き声。
普段通りの、寝起きの朝の風景だった。
「せ、拙者の体は――」
体を起こして確認する――までもない。体を起こす段階で一苦労を感じたので、この体は確認するまでもなく元の鏡餅のようなマシュマロボディだった。
「も、戻った……と言うか、これは……」
朝目が覚めたら、全てが元通り。
それはいわゆる、夢落ちだった。
「…………。……まぁ、真夏の夜の悪夢であってよかったという事にしておくでござる」
今時夢落ちもどうかと思ったが、現実になる方がよほど最悪なので、カールはそれで良しとしておく事にした。
(変に色気を出されて実はさっきの二人は実装予定ですなんて事をされても困るでござる故……)
エリザが合宿に行った時の四人のパターン(とりあえず顔見せだけして、後にネームドで実装)でない事を祈るばかりだった。
「…………。ちょっと確認しておくでござるか……」
本当に夢落ちになっているかどうか確かめるために、カールはリビングへ向かった。
「エリザ氏、おはようでござる!」
「…………おはよ」
元気よく挨拶するカールに対し、気怠げな視線と声を向けるエリザ。
「ウム、ちゃんといつもの好感度5くらいのリアクションでござる。とても拙者に恋心を抱いている者の反応ではござらぬな」
「はぁ……?」
「よし、次でござる」
朝から意味の分からない事を言うカールに不機嫌を露わにしたエリザを尻目に、カールは次の確認に向かった。
所変わって街の中。
小一時間ほど歩き回った後、カールは目当てのものを発見した。
「……ム、見つけたでござる」
お店の前で、困ったような表情を浮かべている少女を発見した。
(さすがに迷子そのものは見つからなかったでござるが、困っている幼女であれば同じでござろう……)
カールがそれを探していた理由は、もちろん夢であったかどうかの確認のためだ。
ここでフラグが立たなかったら、完全に夢落ちとして判断出来る。
「……何かお困りでござるか?」
満面のスマイルを浮かべ、カールは少女に声をかけた。
「……ひっ!?」
少女は振り向くや即座に顔を引きつらせ、短い悲鳴と共に駆け足で去って行った。
「……ヨシ。これにてあれが現実に侵蝕する事は完全に否定されたでござる」
一分の隙も無くフラグが立たなかった事に、カールはほっと胸をなで下ろした。
「……さて、では改めて退屈な休日の過ごし方を――」
「……ちょっといいですか?」
不意に、背後から男に声をかけられた。
「――――。え、まさか……」
よりによってこっちの方は現実なのかと思い、恐る恐る振り向くと……そこに立っていたのは、主人公の親友ポジションにはとてもなれそうにない、パッとしない感じの容姿の中年の男だった。
「……フゥ、危ない危ない。てっきりそっちの方は現実なのかと。この顔面偏差値なら腐女子は間違いなく食いつかないでござるな」
夢落ちが確定した安堵からか、自分を棚上げにして饒舌に一人ごちるカールだった。
「して、拙者に何用で?」
「この辺りで不審な男がいるとの知らせがあったのですが…………ちょっと詰所まで御同行願えますか?」
「…………、えっ?」
そのパッとしない男……軽鎧と槍を装備した男は、警備兵――カールの元の世界で言うところの、警察だった。
カールは職質されていた。
「な、なにゆえ拙者が職質の憂き目に!?」
「この辺りで太った男が少女を品定めするかのようにガン見しながら徘徊しているとの通報を受けたんですが……それあなたですよね?」
「せ、拙者はそんな事…………ファッ!? 思い返せばまったくもってその通りの行動を取っていたでござる……!」
職質されるのは完全にさもありなんだった。
「ん……? それは自白と受け取っても?」
「い、イヤ、これには事情が……あの悪夢が夢落ちかどうかの確認という重要な理由があったのでござる!」
「……虚言癖の可能性あり、と。……これは薬をやっているかもしれないな」
「ち、違うのでござる! 拙者は潔白でござる!」
「はいはい、続きは詰め所でね」
こうして、カールは詰め所へと連行された。
それから身の潔白が証明されたのは、陽が落ち始めた頃だった。
こうして、暇を潰すという冒頭の目的は果たされたのであった。




