EX1 脳筋探偵エリザちゃん 後編
「犯人は……あなたよっ!」
「……はい?」
探偵エリザにセリフと指を突きつけられた女が、きょとんと首を傾げる。
「ちょっ、エリザさん何やってんの!?」
遅れてやってきた小春巡査が、今しがた繰り広げられた光景に抗議の声を上げた。
「なにって、一番の見せ場を実行したまでよ」
「見せ場って、エリザさん犯人知らないでしょ。ってか私を追い越して行かないでよ、目的地すら知らないはずなのに。……あ、ごめんなさい。うちの……いや、警察とは全くの無関係だけど、とにかくこの人が迷惑をかけて」
「……いえ、別に。少々驚きはしましたが、お気になさらずに」
その言葉とは裏腹に、女は淡々とした様子だった。
「それはどうも…………ところでここは管理人室で合ってますか?」
「はい、ここはこのマンションの管理人室です。そして私は、このマンションの管理人のマリアフラムです」
そう言って、管理人が一礼する。長い黒髪の、メイド服みたいな服を着た女だった。
「マリア……マリ……、長いからマリィさんでいいよね」
「…………」
「それで、マリィさん。1つ訊きたいんですけど……」
小春は佇まいを直し、管理人に尋ねた。
「犯人はあなたですね?」
「――――」
小春のその言葉にも、管理人――マリィの表情が変わる事は無かった。
「ちょっと、なに勝手な事してるのよ。それ探偵の役割でしょ」
「これやりたいならまずそれ以前の役割を果たしてからにしてよね」
「ってかそれなら場所も相手も合ってたじゃない」
「まぁ、それはね……」
奇跡的な偶然だった。
「……で、どうなの? その反応からするといかにもこれから理論武装しますって風に見えるんだけど。それって犯人がよくやるやつなんだよね、ドラマとかだと」
「……いえ、失礼。あまりにも突然だったので驚いてしまっただけです」
「さっき私も同じ事言ったわよね? リアクション違くない?」
「……私が犯人だと言うからには、もちろん証拠があるんですよね?」
マリィが当然の質問をすると、小春は自信に満ちた様子で答えた。
「証拠は無いよ」
「え、ええっ!?」
そう驚きの声を上げたのは、もちろんエリザだ。
「ちょっとなに言ってるのよ、証拠が無いのに犯人はおまえだしちゃダメじゃない。あなたそれでも警察なの?」
「喋るたびにツッコミ入れさせるのやめてほしいんだけどなぁ……」
「これは適正なツッコミどころかと。警察官が証拠も無いのに民間人を犯人呼ばわりしてはいけないのではないですか?」
「いいんだよ別に、証拠なんて無くたって。アリバイを崩す必要も無いし、動機を探る必要も無い」
「……それでどうして私が犯人だと?」
「それはね……あなた以外に犯行が不可能だからだよ」
「…………」
小春の確信めいた言葉に、マリィの表情が僅かに揺らいだ。
「まず犯人は、ベランダから被害者の部屋に侵入した」
「ん……? あれ、それ無理だって言ってなかった? 地上八階によじ登れるのはゴリラだけだって、あなた言ってたわよね?」
「それ言ったのは間違いなくエリザさんだけど、それは置いとくとして。あの部屋にベランダから侵入するのに、必ずしも地上から八階分の距離をよじ登る必要は無いんだよ」
「え……じゃあやっぱり蝙蝠に変身して空から入ったって事? よく見たらあの管理人、とても蝙蝠に変身しそうな顔してるし」
「それはボクも思ったけど、そうじゃない。地上八階……言い換えると最上階の部屋のベランダに、最短距離で行ける場所があるでしょ」
「えーっと…………あ、ヘリコプ」
「そう、屋上だね」
最上階は地上から最も遠い反面、屋上からは最も近い位置にあるのだ。
「犯人が屋上から侵入したという証拠は無いけど、ドアからの侵入が廊下の防犯カメラに完全に否定されている以上、そう考えるしかないよね」
可能性が1つしかないのであれば、検証不要でそれが真実となる。侵入経路に関しても、ドアや隣のベランダ、地上からの侵入が不可能なら、屋上から侵入する以外に方法は無い……即ち、それが真実と確定するのである。
「屋上からロープか何かを垂らして懸垂下降の要領で降りれば、八階のベランダに降り立つ事はそう難しくない。犯人はそうやって被害者の部屋に侵入したんだよ」
「……手段は分かったけど、でもそれなら誰にでも出来るんじゃない? それこそ、屋上に行きさえすれば誰にだって」
「まぁ、そうだね。今の方法は、屋上に行ければ誰にだって出来る。……ところでマリィさん、このマンションの屋上って立ち入り自由だったっけ?」
「…………いいえ。屋上の扉は施錠されています」
「うん……つまり、屋上に行くには鍵を持っていなければならない。さて、屋上の鍵を持っているのは、果たしてどんな人かな?」
「えーっと…………全身鍵男?」
「そう――管理人だよね」
全身鍵男が存在するならともかく(存在しても屋上の鍵を持っているとは限らないが)、そうでないなら屋上の鍵を持っているのはその建物の管理人でしかあり得ない。
「屋上以外に侵入経路は無く、屋上に上がるには鍵が必要で、その鍵を使用出来るのは管理人だけ。この事件の起点となってるのは、マリィさん……あなたなんですよ」
以上の点から、屋上から被害者の部屋に侵入出来る人物は、管理人以外にはあり得ないのであった。
「……でもそれは状況証拠に過ぎないでしょう? 例えば私が、たまたま外に持ち出した屋上の鍵を、うっかり事件が起こる前に失くしてしまったと主張すれば、証拠不十分となるのではないですか?」
「ふっ……そんな都合良く事が運ぶわけないじゃない。この国の司法の方針は、疑わしきは罰せよ、よ。……そうよね、小春巡査?」
「全然そうじゃないし、証拠不十分になる可能性も弁護士次第だけど高いだろうね」
「えぇ……ヤバいじゃない。もう帰ろうかしら……」
「それは何よりだけど、もうすぐ事件解決だから残ってもいいんじゃない?」
「あ、そう? じゃあ早くしてね」
もはや何をしに来たのか分からない探偵エリザだった。
「解決? これ以上何かあるんですか?」
「証拠は必要無いって言っておいてなんだけど…………マリィさん、部屋に凶器置きっぱなしだよね」
「――――」
小春の指摘に、マリィの表情が固まった。
「え、どういう事?」
「マリィさんには誤算が2つあったんだよ。1つは、凶器を持って降りる事は出来ても、凶器を持って登る事は出来なかった事。エリザさん、凶器が何か覚えてる?」
「大きなトロフィーだったわよね、確か。さすがに見たから覚えてるわ」
「そう……凶器なんて普通は現場から持ち去るはずなのに、何故か置きっぱなしになってた。どんな証拠が出るかも分からないのに、凶器を置いていくなんて普通あり得ないよね」
「……それもそうよね。じゃあどうして置きっぱなしになってたの?」
「それはトロフィーを抱えて降りる事は出来ても、登る事は出来なかったから。あのトロフィーは小脇に抱えられるほどの大きさじゃないから、片手を占有されても可能な降りとは違って、両手を使わないといけない登りでは運ぶ事が出来なかったんだよ」
降りる時は腕力よりも握力を使うので片手でもなんとかなるが、登る時はそうはいかない。登る時は全体重のほとんどを腕力で持ち上げなければならないので、片手では困難を極めるのだ。
「仕方ないから後日、凶器を回収するために何か理由を付けて被害者の部屋に入ろうと思ったんだろうけど、誤算その2が発生した。凶器を回収する前に被害者の知り合いがやってきて、部屋を開けるように頼まれてしまった。第一発見者が二人だったのはこういう事情だね。その知人の目が遺体発見から警察が来るまで常にあったから、犯人は凶器が回収出来なかった。一応犯行後、指紋と血痕を拭ってあたかも最初からここに飾られていましたよって風に置いたみたいだけど、まぁ目ぼしいものは普通は調べられるよね」
「……ちょっと待ってください。そのトロフィーが、仮に私が犯人だったとして、私が持ち込んだものとは限らないでしょう?」
「いいや、それが違うんだ。まず、あのトロフィーからは被害者の指紋が一切検出されなかった。あれが被害者の所有物なら、被害者の指紋があるはずなのにね。まぁそれはよっぽど念入りに血痕や自分の指紋を拭き取ったからって事で納得は出来るんだけど、問題がもう1つ。あのトロフィーね……マラソン大会のやつなんだ」
「え……それの何が問題なの?」
「あの被害者が……あの体型の人間が、マラソン大会で入賞出来ると思う?」
「……あっ」
軽井沢兼一、年齢24歳。身長170センチ、体重105キロ。
入賞ペースでマラソン大会を走ろうものなら、間違いなく途中で膝がぶっ壊れるスペックだった。
「よって、あのトロフィーは犯人が持ち込んだ凶器に間違いない。調べれば何か出てくるかもね。どこかにナンバリングが打たれてて、いつ誰が貰ったのか分かるようになってたりさ」
「…………」
「改めて訊くよ。犯人は――」
「犯人は、あなたねっ!」
びしっと指を突きつけつつ、エリザが声高に告げた。
「…………。いいけどさ、別に。……で、どうなの?」
改めて小春が問う。
「…………はぁ。やはり悪い事は出来ませんね……」
マリィはため息と共に、自白とも取れる言葉を口にした。
「許せなかったんです……」
そしてマリィは、動機を語り始めた。
「私が管理人室で小説を読んでいる時にあの男が通りかかって、そしてその小説を指してあの男は言ったんです。その主人公の声優、不倫がばれてバッシングされてるって。私は作品を淀みなく楽しむために、作者のツ〇ッターとか声優の情報は入れないようにしていたんです。それなのにあの男、余計な事を……そのせいで義と愛に厚い主人公が、もう下半身猿不倫男にしか見えなくなってしまいました。これがどういう事か分かりますか? あの男は主人公を……いいえ、作品を殺したんです。殺したのですから、殺し返されるのは道理というものでしょう? ……だいたいですね、もう一度言いますが、作品外の情報なんて入れてもマイナスにしかならないんですよ。特に声優が結婚した時なんか、その声優に対して結婚おめでとうと言うのは別に構いませんが、その声優が声を当てているキャラクターに対して結婚おめでとうって言うのは意味が分かりません。キャラは関係無いでしょ。だいたいそのキャラJCなのに結婚するわけないでしょ。で、それに苦言を呈すと、声優が結婚して発狂してるってレッテル張ってくるし、話にならないんですよそういう連中は。キャラと声優を同一視するなっての。作者は作者で発言が痛かったり思想が著しく左右どちらかに偏ってたりする場合があるし、もうこれに関しては作家は作品のイメージを損なわないためにSNS禁止にした方がいいと思うんですけど、どう思いますか?」
「いや、どうって訊かれても……え、それ誰の主張?」
「本編ではあり得ないような長台詞ね。私はまだ会った事無いけど」
「まぁ……とりあえず逮捕で」
こうして、この事件は無事犯人逮捕で幕を閉じたのであった。
「ふぅ……我ながらいい仕事をしたわ」
「…………」
マリィを乗せたパトカーを見送った後。
達成感に浸るエリザを、小春が横目で眺める。
(噂通り何の役にも立たなかったけど…………噂通り事件が解決したよ)
探偵エリザの名前は知れ渡っている。事件現場にやってきては、的外れな事を口走るだけで何の役にも立たない探偵であると。
しかし一方で、彼女がやってきた現場の事件は、すぐに解決するという話だった。
役に立たないのに事件は早期解決するという、矛盾する2つを併せ持った探偵、エリザ。
全くもって理解不能な存在だが、今の小春にはそれが分かるような気がした。
(役に立たないし邪魔だから、早く終わらせたくて周りのみんなが頑張るんだろうなぁ……)
しかし理由はどうあれ、確かに事件の解決の鍵にはなっていた。
これもまた、探偵の形の1つなのかもしれなかった。
「用も済んだし、私は帰るわね。また次の事件で会いましょう」
「うん…………次なんてあるかな」
もちろん、次の事件の予定など無いのであった。




