EX1 脳筋探偵エリザちゃん 前編
「えー、被害者はこの部屋に住む軽井沢兼一24歳。頭部の傷から、何か強い力で頭を殴打されたのが直接の死因と思われます」
鑑識が事件の概要を読み上げる。
正午前、とあるマンションの一室。
ここに住む男性、軽井沢兼一(24)が、遺体で発見された。
「うーん……他殺かなぁやっぱり。状況からして自殺ではないだろうし、足滑らせて頭打ったにしてもどこにも血痕無いし……」
小春が遺体と現場を検分する。現場の状態から、他殺の線が濃厚だった。
「となると凶器だけど、やっぱり犯人が持ち去っ…………ん?」
現場を調べていると、部屋の入り口の方からなにやら揉めているような声が聞こえた。
「な、なんだおまえは!? ここは関係者以外立ち入り禁止だ! ってかKEEP OUTの黄色いテープで察したりはしないのか?」
「ふっ……どんな大層な事が書いてあろうと、意味が分からなければ意味は無い。次からは日本語で書く事をお勧めするわ」
「いや普通の人は黄色いテープで通せんぼしてたら引き返し……お、おいこら!」
警察官の制止する声に構う事無く、傍若無人そうな声の主は事件現場である室内に入ってきた。
「ちょっと、ここは警察関係者以外は…………って、あ、あなたは……!」
闖入者のその姿に、小春が目を見開く。
警察でもないのに(無断で)事件現場に入ってきたのは、黒のスーツにミニスカートという格好をした、この国では珍しい天然ものの金髪の女。
「そう……この私こそ名探偵エリザ、通称シャーロック・エリザよ!」
彼女こそ、今この国を騒がせている探偵、エリザ・フィル・ドミナリアだった。
「(通称ダッサ……)うん、まぁ、それは知ってるけど……その探偵さんが何の用?」
「愚問ね……探偵が事件現場にやってくる理由なんて1つしかないじゃない。この私が、事件を解決に導こうというのよ!」
「うわぁ……(え、ほんとですか!? 助かります!)」
「あなた、おそらく本音と建前が逆になっているわよ。……ん? その本音はどういう意味かしら?」
「……まぁ、いいけど。満足したら帰ってね」
「解決したらの間違いでしょ? じゃあ小春巡査、さっそく事件の概要を」
「え、ボク巡査なの? 超下っ端じゃん。……えーと、事件だね」
小春巡査は事件について話した。
死体発見は本日朝。この部屋に住む軽井沢兼一(24)が、何者かに殺害された状態で発見された。
死亡推定時刻は昨夜未明。頭部を殴打された事による脳挫傷が死因である可能性が高い。
「……なるほど。犯人が分かったわ」
「え、もう? 今のところ登場人物はボクとエリザさんとモブ警官だけなんだけど」
「強い力で頭を殴られた…………犯人はゴリラよ!」
「…………」
「動物園から脱走したゴリラが、餌を探している最中に被害者と鉢合わせて犯行に及んだ……といったところね。今すぐ動物園に話を聞きに行くといいわ」
「……いや、この辺に動物園は無いけど」
「現代なんだから電車やタクシーがあるでしょ?」
「ゴリラが電車やタクシーを使ってたら遺体発見よりも前に通報があるんだよなぁ……」
「む……、……よく考えてみたらそれもそうね」
どうやらゴリラの線は薄そうだった(当然)。
「マンション入り口のカメラには怪しい人物の姿は無し。昨日に限っては宅配便の類も1つも無かったから、外部からの犯行ではないね」
「それ先に言いなさいよ。だったらゴリラなんて言わなかったのに」
「動物園のゴリラのコーナーで遺体が発見されたでもない限り普通は何があってもゴリラなんて言い出さないんだよなぁ……」
「まぁ、これである程度は絞れたわね。そろそろ言ってもいいかしら? 犯人は…………この中にいる!」
「まだ早い、まだ早いよ。多くてもせめて5、6人に絞ってもらわないと。容疑者がマンションの住人全員でそれを言うのは、合ってるけどまだ早い」
「……で、容疑者は絞れそう?」
「それをこれから調べるんだよ……」
「なんだ、じゃあもっと遅く来ればよかった」
「…………」
小春は内心で渋面を浮かべつつ、現場の捜査を再開した。
そして数十分後――
「新しい事が分かったよ」
「ん、聞きましょう」
「(てゆーか早く帰んないかなこの人……)えーと……まず凶器が見つかったよ」
凶器は、観客に掲げる時に両手が必要なくらいの大きさのトロフィーだった。
「へぇ、あれが……見た目には綺麗だけど」
凶器は犯行現場……つまりここに、何食わぬ顔で置いてあった。さも、最初から微動だにしていませんよとでも言わんばかりに。
「おそらく布巾か何かで血を拭ったんだろうね。けれどルミノール液を吹きかけたら台座の部分に血痕が浮かび上がったので、それが凶器と判明した。トロフィーに指紋は残念ながら無し。まぁ血を拭ったわけだから、指紋も拭うに決まってるんだけど」
「なるほど……これならゴリラでなくても殴り殺せそうね」
「で、あとはこの部屋だけど、玄関には鍵が掛かっていた。こじ開けられた形跡は無し、被害者が死後動き出して締めたとかじゃない限りは、犯行時刻も締まってたと見るべきだね」
「マンションなら管理人が合鍵持ってるんじゃない? 管理人しょっぴいた方がよくない?」
「それも考えたけど、事件当日の廊下の防犯カメラに管理人の姿……と言うか来訪者の姿は映ってなかった。だから管理人がマスターキーを使って侵入したって線は無いし、ついでに顔見知りを家に招き入れた後で被害者が鍵を締めたって線も無いね」
「ふぅん……って事は、ここは密室だったわけね」
エリザがそう言うと、小春は小さく首を振った。
「いや、実はそうじゃない。ベランダの窓の鍵は開いてたんだよね」
「なんだ、じゃあ犯人はベランダから侵入して被害者を撲殺した後、そこから逃げたって事じゃない。さっさと検問張った方がいいんじゃない?」
「いやいや……そんなわけないでしょ」
「は? なんでよ」
「なんでって……ここ何階?」
「ええっと…………、……最上階よ」
「正確には地上八階。地上八階のベランダから侵入するには八階分の壁をよじ登らないといけないんだけど、まぁ無理だよね」
補足すると、隣の部屋のベランダとは壁で仕切られているので、隣のベランダから侵入するのも不可能だった。
「ねぇ、こんな話知ってる? 東京タワーによじ登ったゴリラの話よ」
「それ映画だし、年代的にボクたちが知ってるのおかしいからね」
「じゃあもう消去法で犯人は空を飛んできたという事になるわね。待ってなさい、今可能性を探るから」
「うん、気が済んだら帰ってね」
考え出したエリザを他所に、小春はもう一度現場を調べると共に情報を整理した。
被害者は軽井沢兼一。24歳の男性で、今更言うまでもないが、キモオタ風の容姿だ。
凶器は大きなトロフィー。犯人は血と指紋を拭っている。
遺体発見時、玄関には鍵が掛かっていて、ベランダの窓には掛かっていなかった。
犯行時刻の前後、廊下の防犯カメラから、被害者の部屋を訪ねた者はいない。
第一発見者はマンションの管理人と被害者の知人。昨夜から急に連絡がつかなくなった事を不審に思った知人が、マンションの管理人に合鍵で部屋を開けてもらった時に事件が発覚。
部屋に荒らされた形跡は無く、通帳や印鑑は残っているので盗まれた物はおそらく無い。貴金属や宝石の類が盗まれているという可能性も無い事は無いだろうが、この被害者がそんなものを所持していたとは考えにくいので、盗まれた物は無いと考えていいだろう。
「――――」
「あ、そうだ。犯人は蝙蝠に化けてベランダから侵入したのよ。いわゆる吸血鬼ね。周辺地域の蝙蝠に十字架とにんにくを叩きつけてみてはどうかしら?」
「犯人が分かったよ」
「……え、マジで? それはどっち、ゴリラ? それとも蝙蝠?」
「人間だよ」
小春は犯人の元へ向かうために、部屋の出口に向かった。




