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第十二話 その10

「あっ、ありがとうございました……!」


 歌い終えたリンファがぺこりとお辞儀をする。

 一瞬の間を置いて、沸き起こる歓声。


 勝敗は明らかだった。完成度が高いだけの歌と、聴く者に新たな感情を芽生えさせる歌とでは、もはや勝負にすらなっていない。


 アイドル勝負は、リンファの圧倒的勝利で幕を閉じた。


 リンファは挨拶を終えると、まっすぐにエリザの元へ向かった。


「エリザ、私やったわ! 見ててくれた!?」

「え、えぇ、まぁ……一時はどうなる事かと思ったけど、無事に終わって……いや、これ無事かしら?」


 観客の異常さすら覚える熱狂っぷりに、エリザは心の中で若干引いていた。


 1つの萌えが万人に通ずるという事は、実際はそう多くない。異常なほどのめり込む者が現れる反面、それにドン引きする者がいるのもまた事実。深さと対象範囲は相反すると言ってもいいくらいで、観客の熱狂に対し、エリザはリンファの元の歌詞による歌も含めて若干引いていた。


「次は二人で歌うのもいいかもしれないわね」

「い、いや、それはどうかしらね……」


 興奮冷めやらぬリンファと、若干引いているエリザ。その二人の様子を見て観客が尊みを覚えている事は、二人の与り知らぬところだった。


「ほ、ほら、帰るわよ」


 エリザに促されて、リンファはステージを後にする。帰り道はもちろん、観客モーゼの間だ。


 そして歩いた先には、椅子に座って何やら悔しげな表情を浮かべつつ親指を噛む、ライラの姿があった。


「あ、あなた、よくも……!」


 ライラがこうなっているのは、アイドル勝負に負けたから……ではない。


 今まで歯牙にもかけなかった、これまでこれっぽっちの愛情も親愛も持たなかった妹に、心を奪われた――萌えさせられた事に対する悔しさからだった。


「よくもこの私にこんな辱めを……!」

「え、辱め……?」

「覚えてなさい、次はこうはいかないわよ!」


 びしっと捨て台詞を残して、ライラは大股で去って行った。


「え、なに……私なにかやっちゃった?」

「やっちゃったと言うか……フッ、大層な事を成し遂げたでござるな」


 ライラが置いていった椅子の背もたれに肘を乗せつつ、含みのある笑みを浮かべてカールは言った。


「……まぁ、そうね。ライラ姉様のあの歌に勝ったのは、大層な事を成し遂げたと言えるかもね」

「それではないのでござるが……まぁいいでござる。とりま帰ったら次の曲のレッスンでござる。フッ……今回の曲など序の口、言ってしまえばアニメの主題歌程度のものでござる。18歳未満お断りゲーでしか流せないような電子ドラッグの如き曲目、リンファ氏の声に乗せて特定外来生物ようにこの世界に振り撒いて、やがて既存の文化を駆逐し尽くしてやるのでござるwwwフヒヒwww」


 遠大な野望を胸に、カールは邪悪な草を生やした。


「よく分からないけど、この調子ならいずれ全世界に展開出来そうね」


 人々を熱狂させる事に快感を覚えてしまったのか、リンファも乗り気だ。


「いやいや……目的はアイドルデビューじゃなくて、リンファの名前にブランドを付ける事でしょ」


 若干引き気味のエリザだけが、この場で冷静だった。



 それからどうなったのかというと――


「体は大丈夫なの?」

「見ての通りよ…………あんまり大丈夫じゃないわ」


 リンファの部屋。ベッドに横たわるリンファを、エリザが心配そうに覗き込む。


「……体弱いのに毎日ライブなんてするからよ」

「そうは言ったって……」


 初回のライブは大成功だった。観客全ての胸に『萌え』という概念を植え付けるほどの結果を出した。


 と、このように質の方は文句無しだが、問題は数だった。リンファがライブで魅了したのは、あの場にいた100にも満たない観客のみ。SNSの存在しないこの世界では、せいぜい観客とその家族くらいにしかバズらない。仮にその状態でリンファブランドの商品を展開したとしても、ライブの観客以外にとっては知らない女の子の名前が書いてあるだけの割高な商品でしかないのである。


 故に、リンファは更に知名度を高めるために連日ライブを行っていたのだが……生来の体の弱さが祟って、こうしてベッドでダウンしているのであった。


「他の方法考えた方がいいんじゃない? エルストでこれならとても他の領地に遠征なんて出来やしないでしょ」

「うう……」


 エリザの指摘に、リンファは返す言葉も無かった。何をどう言い繕ったところで、現状が全部論破してしまうからだ。


「ライラお姉様はバイタリティが高いからこそ、あの手段を取ろうって思ったんだ……」


 それを潰してしまった事、そして潰した上で自分が失敗しそうな事を、リンファは申し訳なく思った。

 ちなみにライラは、あの後もリンファのライブにこっそり顔を出していたりする。


「でもライブ以外にブランド化する手段となると、難しいわね……」

「……ところで本家からの課題って、期限はいつまでなの? 1000万Gって言うからには、結構長いんでしょうけど」

「期限は無いわ」

「…………えっ、無いの?」

「だって私たち商売した事無いし。それなのに期限なんて決めたところで、誰も達成出来ないわよ」


 マオ商会の子供という事は即ち金持ちの子供なので、課題以外で自ら進んでお金を稼ぐ理由は特に無いのであった。


「……あぁ、そう」

「ねぇ、次はどうしようか。一緒に考えてくれる? 泊まり込みで」

「……とりあえず安静にしてなさい」


 エリザは一言そう言って、小さくため息をついた。



 ちなみにカールはというと。


「えっ……無いのでござるか?」

「当たり前じゃん。その、なに…………X指定のパソコンゲームの主題歌? そんなのJCのスマホに入ってるわけないでしょ」

「……言われてみれば至極その通りでござるな」


 リンファの知らないところで、野望を頓挫させているのであった。

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