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第十二話 その8

 そして当日――


「各自、準備は万端でござるな?」

「えぇ、もちろん。歌詞も歌もばっちりよ」


 エルストの町を走る、馬車の中。

 カール、エリザ、リンファの三人は、ライブの最終確認を行っていた。


 そう――今日は、リンファのアイドルデビューの当日だった。


「リンファの挨拶が終わったら、この箱を開ければいいのよね」


 エリザは膝の上に乗った、蓋付きのブリキの箱に目を落とす。

 このブリキ製の箱、見た目はお菓子の入れ物だが、その中にはお菓子ではなく鏡が入っている。


「左様。その箱は蓋を開けると音楽が流れる仕掛けになっているでござる」

「未だに理解出来ないけど、どういう原理なのよこれ……」

「チートスキルによるものでござる故、考えても栓無いでござる」


 原理を簡単に説明すると、鏡に録画した映像を流すスキル『配信ストリーミング』の応用だ。蓋を開けると自動で動画(曲)が流れるように、鏡に命令プログラムされている。


 カールが楽曲の調達に尋ねた音楽家とは、小春の事だった。


 元々はスマホの機能をあてこんで、耳コピした楽譜から曲を起こしてもらおうと考えていたのだが……その曲は元の世界のものの丸パクリで、且つ人気アニメの主題歌だったので、カールが思った通りそれは小春のスマホに丸ごと保存されていた。故にわざわざ楽譜を作らずとも、保存されていた曲から歌詞を抜き取るだけで目当ての曲は完成したのであった。


 やがて、馬車が停止した。


「さて……それでは伝説を作りに行くでござるかな」

「歌うのはリンファだけどね」


 三人が馬車を降りる。

 着いた先は、エルストの中央広場だった。大きな噴水のある、人の往来の多い場所だ。


 広場には既に人だかりが出来ていた。


「ム……どうやら誰かがパフォーマンスを披露しているみたいでござるな」

「……あれ、でもこれって」


 人だかりの奥から、楽器の演奏と思しき音色が届いた。


「フム、青空演奏とはまた――」


 そして次の瞬間――その音色に乗って、歌声が聞こえた。


「――ファッ!?」


 カールがファッと目を見開き、声のする方を注視すると――そこには楽団を後ろに、曲に合わせて歌を歌う女がいた。


「へぇ、珍しいわね。こんな路上で歌う人がいるなんて」

「ライラ姉様……」

「……えっ、なんて?」

「あそこで歌ってるの、ライラ姉様だ……」


 その歌手は、リンファのよく知る顔だった。


「や、やられたでござる……」


 カールは膝をつき、うな垂れるように四つん這いの姿勢を取った。


「ちょ、ちょっとどうしたのよ突然。膝汚れるわよ?」

「リンファ氏のアイドルデビューはここに終わりを告げたでござる……」

「は? ……なんでよ、別にあの人が歌うの終わるまで待てばいいだけじゃない」

「エリザ氏は気付かぬでござるか……あの歌の種類に」

「種類? ……よく分かんないけど、楽器の割には軽い感じはするわね。……うん、ちょうどリンファが歌う予定の歌と似たような感じの」

「然り――あれはアイドルの歌でござる」


 弦楽器や管楽器、打楽器に鍵盤楽器。まるでクラシックコンサートでも開かんばかりの楽器群だが、それらが奏でている音色はアイドルの楽曲だった。それらの楽器特有の荘厳さは隠しきれていないが、それでもポップさとキュートさを出来得る限り前面に押し出したこの歌は、紛れも無くアイドルの歌だった。


「……時にリンファ氏。あそこで歌っているのは姉君という話でござったな」

「う、うん。ライラ姉様……私の2つ上の姉よ」

「という事は、ライラ氏も1000万Gチャレンジを課せられているという事でござるな?」

 リンファが頷く。


「1000万Gを稼がなければならないライラ氏。そしてアイドルの歌を歌うライラ氏。この2つの符号が意味するものは1つ。即ち……ライラ氏も拙者たちと同様に、自分自身にアイドルのブランドを付けようとしているのでござる」

「……つまり、手段が被ってしまったという事?」

「然り。故に、もう終わりなのでござる」


 QEDとばかりに、カールは両手を軽くホールドアップした。


「……いやいや、待ちなさいよ。別に終わるまで待つか場所を変えるか、なんだったら日を改めるかすればいいじゃない」

「フッ……分かってないでござるな、エリザ氏」


 カールは眼鏡の中央を指でクイっとやりつつ、のっそりと立ち上がった。


「な、なによ……」

「最初にやられた時点で、もう勝負はついているのでござる」


 アイドルデビューというのは、単に人前で歌えば成立するというものではない。事務所に所属していればデビューに十全のお膳立てをしてもらえるが、そうでなければその身1つで観衆の心を掴まなければならない。


 さて、それではリンファはどうかというと――容姿は余裕の水準以上、歌の方もそれなりに仕上がっている。普通に人前で歌えば、アイドルデビューは十中八九成功するだろう。


 ただそれは、最初にやった場合での話だ。ライバルがいるとなれば……しかも先を越されているというのであれば、話は大きく変わる。


「二番手以降……特にアイドル文化が形成されていない世界でのそれは、即ち二番煎じなのでござる」


 例えば発明品X……仮に電球としよう。最初に電球を発明した者は第一人者として称賛されるが、二番目に発明した者は、例えそれが最初の人と同様に1から編み出したものだとしても、努力を認められこそすれ第一人者としての称賛を受ける事は無い。二番手以降が評価されるには、電球が生活に欠かせないほどに普及した後、性能で他を圧倒するしかない。


 それをアイドルに話に戻すと……二番手以降のリンファが評価されるには、何よりもまずアイドル文化が形成されて、たくさんのアイドルが生まれる必要があるのだ。


「アイドルが二人しかいない世界で、一番手が金メダルだとしたら、二番手は銀メダルですらない――努力が認められるだけの、頑張ったで賞なのでござる」


 無論、クオリティがぶっちぎりで上回っているというなら話は別だが…………容姿は姉妹だけあってほぼ互角。歌声も互角だとしても、歌詞と楽器は大きく水を開けられていると言わざるを得ない。スマホ音源と素人の少女二人の歌詞(しかも認識に齟齬あり)では、生の演奏と推定プロの歌詞には敵わないのである。


「え……じゃあアイドルデビューは無理って事?」

「厳密には不可能ではないでござるが……二番手のアイドルでは、こちらが皮算用していた付加価値よりは大きく落ちるでござる。相手がこちらと同様の手段で1000万Gを稼ごうとしているのであれば、単純計算で勝ち目はゼロでござる」


 それくらい、一番手パイオニアというブランドは強力なのである。小春のクソつまらない動画が異世界で見世物として成立しているのも、ひとえにパイオニアであるが故なのだ。


「故に、目的達成の手段としてのアイドルデビューは失敗に終わったのでござる」


 デビューを果たす事自体は可能だが……それは目立つ事が大好きな女の子が、週末に路上ライブをして注目を集める程度の意味しかもはや為さないのであった。


「……というのが拙者の導き出した結論でござるが、どうするでござるか?」


 ひとしきり持論を語った後、カールはリンファに尋ねた。


「もちろんやるわ」

「――――」


 リンファの返答は意外なほど――カールが一瞬言葉を失うほど、確たるものだった。

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