第十二話 その6
次の日。
「それで、私は何をすればいいの?」
「やべっ、一行で次の日になったでござる」
「昨日ここに来た説明をかくかくしかじかで済ませたツケが回ってきたのよ」
三人は再度リンファの家に集まっていた。予定通りの来訪なので30分待たされる事は無かったが、リンファの服装は相変わらず外出用のおめかし服だった。
「フム……しかしながら、アイドルが最初にやるべき事は実は決まっているのでござる」
「……それは?」
「歌でござる」
一個人が名前を売り出そうとするなら、とにかく目立つ事が何よりも肝要である。いくら美少女でも、ただ歩いているだけではナンパ目的の男が振り向くだけだ。この異世界には道行く美少女をスカウトしてくれるアイドル事務所なんてものは存在しないので、名前を売り出したいなら自分から発信しなくてはならないのだ。
そしてその手段だが、それはカールの言葉の通り、歌を披露するのが最適だった。手段自体は路上パフォーマンスの数だけあるが、その中で最も簡単に修得出来て且つ人の気を引けるのは、歌なのである。
「歌……? え、歌えばいいの?」
「左様。無論、どんな歌でもいいというわけではござらぬが。リンファ氏が歌うのは、アイドルに相応しい歌でなくてはならないでござる」
例えばアイドルが街角で国家を歌っても、それはそれでアリかもしれないが好奇以外の目を向けるものはほとんどいないだろう。
アイドルがアイドルとして歌うには、それなりの歌というものがあるのだ。
「アイドルに相応しいって、どういうのよ? まずアイドルが何なのかがフワフワしてるから全く想像がつかないんだけど」
「エリザ氏の指摘ももっともでござる。しかしながらその前にまず、今現在この国で流行っている歌を教えてほしいでござる。それに近しい曲の方が手っ取り早く人の心を掴める故」
「流行ってる歌……? うーん……みんな知ってるのは讃美歌くらいかしら」
「街角でそれ歌っても寄付を募ってるようにしか見えないでござるねぇ……」
カールは鞄からB5サイズの紙を取り出し、リンファに渡した。
「どうせそんな事だろうと思って、用意しておいたでござる」
「……これは?」
「歌詞でござる。曲は後ほど。無論拙者に作詞作曲能力は皆無故、元の世界のものの丸パクリでござるが……著作権の効力は異世界には届かぬ故、そのまま持ってきても何の問題も発生しないのでござる」
異世界ならパクリトレースもやり放題、なんだったら1から進〇の巨〇を連載して大儲けしたとしても、誰に咎められる事も無いのである。
「えーっと…………なにこれ。え、これ歌詞って言った?」
歌詞に一通り目を通したリンファが、濁った瞳をカールに向ける。
「ウム」
「え、なにこの……萌え、キュン? ってどういう意味? あとプリティーキュートでチャーミングな自分って、それ全部同じ意味じゃない? え、これ歌詞って言った?」
「ウム」
「……これを歌うの? 音楽に乗せて、人前で? 私が?」
「ウム」
「い、嫌よ……!」
引きつった表情で、リンファが拒絶の意を示した。
「……? 理由をお聞かせ願うでござる」
「歌詞がアレすぎるからよっ!」
「歌詞がアレ……? はて、心洗われる素晴らしい詞だと拙者は感じるのでござるが?」
「なに、この……指でハートを形作って、あなたの心臓をくり抜くのって、猟奇的な意味にしか聞こえないわ!」
「乙女チックな比喩表現でござるな」
「他にもこの、あなたのキモチをヘッドショットとか、もはや普通に意味不明だし」
「少女の未熟さと不安定さが的確に表現された素晴らしい詞でござる」
「総じて、こんなの人前で歌ったら可哀相な目で同情されるだけよ! それともなに? アイドルって気の毒な人なの?」
「人に夢と希望を与える存在でござる」
「なんでこんなにも真っ直ぐな目をしているのに言葉に説得力が全く無いんだろ……」
しかしながらカールの言葉には嘘も偽りも無く、この齟齬は双方の世界の文化の違いによるものだった。この異世界の歌文化は、未だ歌詞には意味とメッセージ性があって然るべきという段階なのであった。
「しかし困ったでござるな……歌が駄目となるとアイドルへの道は困難を極めるでござる」
「ねぇカール、別に歌じゃなくてもいいんじゃないの? 夢と希望を与えて人の心を掴む方法って、歌以外には無いの?」
「無いわけではないでござる。ござるが…………時にリンファ氏、演技やダンス、楽器の演奏は可能でござるか?」
「え? えーと…………演技って、演劇よね。演劇なんてやった事ないし、体弱いからダンスも無理。楽器の演奏は……音を鳴らすくらいなら出来るわ」
「……というわけでござる。体の弱さを差し引いても、歌以外のパフォーマンスは最低限見れるようになるだけでも長期間の練習が不可欠なのでござる」
それは歌に対するカラオケ相当のものが、ダンスや演技、演奏には無い事からも明らかだ。
手遊び程度にこなす事にすら、それらにはそれなりの期間の練習が必要なのである。
「しかし歌なら、普通に聴けるレベル程度なら特に技術の習得は不要でござる。壊滅的に音痴でもない限り、平凡な歌唱力でも美少女のルックスを加えれば充分パフォーマンスとして成立するのでござる」
ぶっちゃけた話、アイドルに歌唱力はそれほど求められていない。アイドルにとっての歌とはルックスを活かすための手段であり、それこそカラオケレベルでもさほど不都合は無いのである。
「しかし歌以外となると……ムムム、こうなったらグラビアアイドル路線で行く事も視野に入れるべきか否か」
「……グラビアアイドル?」
「水着になって愛想を振りまくタイプのアイドルでござる」
「水……っ! も、もっとダメに決まってるでしょ! なにがムムムよ、なに考えてるのよっ!」
リンファが顔を赤くして声を荒げる。
この異世界では、水場でもない場所で水着を着用して注目と劣情を集める文化はまだ根付いていなかった。
「フム……グラビアも駄目ではアイドル路線は八方ふさがりでござるな。通称詰みでござる」
「ねぇ、あのさ……リンファが歌うの嫌だって言ってるのは、あの意味不明で痛い歌詞のせいなのよね?」
「そうよ。あんなのを声を大にして歌ったら、明日からどんな目で見られるか……」
「夢と希望に満ちた憧れの視線でござるか?」
「あんたは黙ってなさい。……それならさ、歌詞を変えちゃえばいいんじゃない?」
「……えっ?」
「歌詞さえ変えれば問題無くなるわけでしょ? ……それともあんたの曲ってのはあの歌詞じゃなきゃダメなの?」
「フム…………それは盲点でござったな」
恥ずかしい歌詞が駄目なら、それを変えてしまえばいい。
実に簡単な問題で、実に単純な解答だった。
「では拙者が新たに萌え萌えキュンな歌詞を――」
「歌詞はこっちで用意するから、あんたはもう帰っていいわ。また明日集合よ」
「……えっ?」
エリザがそう言うと、リンファははっとした表情でエリザを見た。
「……もしかしてエリザ、今日は泊まってくの?」
「とても小一時間では作れなさそうだし、そうするしかないわね。悪いけど」
「……! ……し、仕方ないわね。そうするしかないというなら、泊めてあげる事もやぶさかではないわ」
ぷいっとそっぽを向きながら、リンファはエリザの泊まり込みを渋々風に承諾した。
「じゃあ、また来年同じ時間に集合ね」
「いや明日だってば……」
こうして、エリザとリンファの歌詞作りが始まった。




