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第十二話 その2

 マオ商会――


 それは、スゥ領に拠点を持つ大企業だ。エルストにも多数の店を出しており、しかしてその実態は特に後ろ暗い事の無い、大企業の常として裏で何か汚い事してるんじゃないかと口さがない噂を立てられてる以外は、その規模の割には特筆すべき事の無い企業だった。


 そんな商会の令嬢が、ここエルストに居を構えていた。


「家のしきたりで、12になったら親元を離れる事になってるらしいわ」

「ファンタジー定番の謎しきたりでござるな。……しかしながら」


 豪邸と呼んでも差し支えの無い造りの屋敷。応対に出たのは使用人で、今二人は客室に通されている。その客室も、少し見回せばレンガ造りの暖炉や高名そうな画家が描いたと思しき絵画、二人が座っている椅子も匠の腕が窺い知れるような座り心地で、テーブルの上のカップからは格式高めの茶葉の香りが立ち昇っている。


「社会の厳しさを学ぶにしては、いささかぬるま湯に過ぎるような気がするでござる。厳しい環境に身を置きたいと言いつつ毎月10万G以上の仕送りを貰っているが如く」


 総じて、単に両親が傍にいないというだけで、何不自由無い暮らしをしているとしか思えないような生活ぶりだった。


「兄弟多いらしいし、兄弟間で諍いの無いようにしているだけかもしれないわね。ほら、お金持ちの商家って跡継ぎ決める時に一悶着あるって言うじゃない」

「フム……で、あるならばさもありなんでござる。いずれ蠱毒のような事が行われなければいいでござるな」


 そう言って、温くなった紅茶を一口啜るカール。


「……ってか、遅くね?」


 客室に通されてから、もう30分以上経っていた。


「そう? いつもだいたいこんな感じだけど」

「もはや作品によっては部屋で死んでてもおかしくないくらいの時間でござるぞ。……ちょっとどうなってるでござるか、スタッフー!」


 そうカールがスタッフ(使用人)に呼びかけたところで、客室のドアが開いた。


「お待たせしました。お嬢様の支度が整いましたので、お部屋へご案内いたします」



 二階にある一室。


 メイドの女はドアを二回ノックして、中の人に呼び掛けた。


「お嬢様、エリザ様とそのお連れの方をお連れしました」

「どうぞ、お入りなさい」


 中からソプラノボイスの返事が聞こえると、メイドの女は一歩下がってどうぞ、とドアの前を譲った。


 エリザがドアを開け、二人は部屋に入った。


 客室と同程度の広さの部屋。少女のようなファンシーさと、お嬢様らしい煌びやかさが合わさった内装の部屋だ。


 そして窓際に配置されたベッドの上には、上半身を起こした少女が座っていた。


「久し振りね、リンファ」


 少女の名前はリンファ・マオ。透き通るような白銀の長い髪と深いブルーの瞳が特徴的な、華奢で線の細い少女だった。


「ええ、そうね。40と三日ぶ……、――――」


 セリフの途中で、リンファが心停止したように固まった。


「……リンファ? どうしたの、事切れたみたいに固まって」

「……ヤバいわエリザ。あなた憑りつかれてるわ……」

「……は? え、何に……そんな殺生はしてないはずだけど。害虫は別として」

「私にははっきり見える……あなた、オークの霊に憑りつかれている!」


 ビシッ、とリンファはオークの霊……に見えたカールを指さした。


「あれ、ところであなた一人? エリザともう一人、連れをお連れしたって使用人が言ってたような気がするけど……」

「……うん、まぁ。とりあえずこいつはオークの霊ではないわ」

「えっ?」

「エリザ氏のお連れのカール・ケーニヒでござる。以後お見知りおきを」


 ずずい、と一歩前に出て、カールはリンファに自己紹介をした。


「……ヤバいわエリザ。人語を話すオークよ……!」

「……うん、まぁ。気持ちは分かるけど、これはオークではないわ」

「種族ヒューマンのカール・ケーニヒでござる。以後お見知りおきを」


 カールは眼鏡を眼球が見えなくなる感じに光らせて、リンファに顔を向けたまま一礼した。


「は、はぁ……。……えっと」


 助け船を求めるように、エリザに顔を向けるリンファ。


「まぁ、気持ち悪いだけで害は無いから大丈夫よ」

「乙女にはとんでもない害のような気がするのだけど、エリザの連れなら……はっ!?」


 リンファは何かに思い至ったように、口元に手を当てた。


「そ、そんな……ま、まさかエリザ、この男との交際を報告に……!?」

「全然話が進まないでござる」

「とはいえこればかりはスルー出来ないわね。頭の中にマニュアル出来てるからいいけど」


 エリザは脳内マニュアルに従って、リンファの抱いたお約束の勘違いを解いた。


「……あぁ、開拓者ってこの人の事だったの。……もっと他にいなかったの?」

「苦渋の決断だったという事よ」

「察するによっぽど一択だったようね。……まぁ、オーク相当がエリザの恋人でなくてよかったわ」


 安堵したように、リンファは息を吐いた。


「……それで、今日は何の用? 特に用事も無く、単に40と三日ぶりに私に会いに来たというだけなら…………まぁ、私は忙しい身だけど、追い返すのもなんだからゆっくりしていくといいわ」

「いや、ちゃんと用はあるわ。今日はカールにあなたを紹介しに来たのよ」

「…………。……えっ?」

「で、どう? 概ね条件通りだと思うけど」

「フム……」

「ちょっ、話を進めんなっ! 一番大事な説明を端折らないで!」


 ベッドの上で激昂するリンファ。突然家にやってきて自分をカール(キモオタ)に紹介するなどと言われれば、その怒りもさもありなんとしか言いようが無かった。


「どういう事よ……ねぇエリザ、あなたは私にこの男と交際しろって言うの? それはあんまりじゃない……」

「え……? ……いやいや、違うわよ。こいつ……カールが自分の望み通りの女の子を紹介してくれって言うから、それに概ね合致するあなたを紹介したってだけよ」

「…………。やっぱり交際しろって事じゃない!」

 涙混じりに怒号を飛ばすリンファ。

「エリザ氏説明が壊滅的にヘタクソでござるな」

「なによ、1つも間違ってないじゃない」

「事実を陳列しただけでは要らぬ誤解が生じるという事でござる。……致し方なし、拙者が模範的説明を見せる故……リンファ氏」

「な、なに……?」

「実は……かくかくしかじか」


 カールは今回の件についての説明をした。


「……という事情でござる」

「うわ、ずるっ」

「結局これが一番確実なのでござる。ってかエリザ氏の脳内マニュアルも似たようなものだと思うでござるが」

「…………」

 人の事は言えないエリザだった。


「……まぁ、そういう事情よ。分かってくれた?」

「え、えーと……つまりあなたはこの作品……作品? ……で、お涙頂戴ものをやるために、病弱な美少女である私のところに来た……って解釈で合ってる?」

「Exactly(その通りでございます)」

「……頭が痛くなってきたわ」


 リンファは目を閉じて、手のひらで軽く額を押さえた。


「フム……子細な説明をしたはずなのに、理解してもらえたようには見えないでござるな」

「どうしてだか分かる? それは元々意味不明だからよ」

「結果としてそういう事になりさえすれば構わない故、その辺りの意味不明な部分の理解は特に必要では無いのでござるが…………まずそれ以前に、リンファ氏はとても拙者の提示した条件に合致しているようには見えないでござるが」


 カールが提示した条件とは、『余命幾ばくもなさそうな美少女』だ。


「そう? ……まぁ概ねだし、ある程度はね」

「彼女に対しては『概ね』ではなく『多少は』が妥当でござる。一応体が弱そうだけどこれまで咳1つしてないし、これでは『そして数年後……』を2、3回やらないととても1クールではエンディングに辿り着けないでござる」

「いやそんな事言われても……どんな事言われてるのかは例によって意味不明だけど」


 オブラートと取っ払って言えば要するに、リンファはとても近々病気で死ぬ予定には見えなかった。


「時にリンファ氏。応対がベッドの上からでござるが、なにか大病を患っているのでござるか?」

「え……別に。体質的にちょっと虚弱なだけで、病気とかではないわ」

「左様でござるか。……エリザ氏、これではもはや美少女しか合ってないでござる」

「そこだけ合ってればいいじゃない。ってか本当に不治の病を患ってて余命僅かな友達がいたとしたら、こんな風に紹介なんてしないしましてや見世物にするなんて言語道断よ」

「今はそんな現代人が忘れた正論は聞きたくないんだよなぁ……」


 ともかく、これではとても泣ける展開は望めそうになかった。


「あの……結局あなたたちは何しに来たの?」


 そんな二人の様子を見て、首を傾げるリンファだった。

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