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第十一話 その7

 先ほどの事があったからか、超大型モルゲヨッソは攻めあぐねているように見えた。


(このままもう一回使えるようになるまで大人しくしてくれればいいんだけど……まぁそんな美味い話は無いよね)


 レナのスキルは一度攻撃に使ったら、再使用までにある程度の時間が必要となる。その時間を相手が様子を窺う事に費やしてくれるなんて、それこそテロを未然に防ぐくらいの善行を積んでいなければ望めないだろう。


「――っ、とっ!?」


 ――もっとも、頭上の敵に気を取られていたせいで躓いてすっ転んでしまっては、何に祈りを捧げたところで全くの無駄であろうが。


 そしてその無様な醜態もとい致命的な隙を、相手が見逃すはずはなかった。

 地面に横たわるレナめがけて、視界を覆い尽くすほどの質量が襲いかかった。


(あっ、終わった――)


 己の数秒先の未来を悟り、レナの精神が走馬灯の準備をし始めたその時――


「――――、……?」


 モルゲヨッソの牙が、あの時と同様の状態で止まっていた。


 さっきと違うのは、その牙がもっと手前で止まっている事――そして、それを止めている者を第三者として眺めている事だった。


「これは……私のスキル、だよね?」


 レナの呟きに応じるように、彼女と同じ手段で牙を止めている者が姿を現す。

 レナを庇うようにして、黒衣の女が背を向けて立っていた。



「間に合った……」


 スマホを横持ちしながら、小春が安堵の息を吐いた。


「……あれってさっきの人ッスよね? なんであの人、レナさんと同じ事出来てるんスか?」

「それはレナさんのステータスをコピーしてるからだよ。やっと終わった『観測』で解析したステータスをね」


 小春がレナに逃げるよう指した方角には、黒衣の女が倒れていた場所があった。『観測』が完了し、レナのチートスキルを得た黒衣の女に少しでも早く合流出来るようにと、小春はレナをその辺りに向かわせたのだった。


「……あれ、でもあの人死にかけてなかったッスか? 確かHP2とか言ってたッスよね」

「彼女がピンピンしてるのは、ステータスを上書きしたからだよ。まぁ、仕様の穴みたいなものだけどね」


 ステータスをコピー……即ち上書きするという事は、全てのパラメーターが置き換わるという事だ。それには当然HPも含まれており、黒衣の女にステータスを上書きした結果、残り2だった黒衣の女のHPがレナの最大HPに置き換わり、回復のような挙動を取ったという事だった。


「それにしても…………これがレナさんのチートスキルかぁ」


 スマホに表示されたレナのチートスキルは、やっぱり例に漏れず面倒な条件付きのものだった。



 超巨大モルゲヨッソの牙を防ぎつつ、黒衣の女はレナに顔を向けた。


『あー、あー……聞こえる? レナさん』


 その口調は、黒衣の女の容姿には不似合いなほどフランクだった。


「え、なに……小春?」

『そう、ボクだよ。この子の口を通してボクが話してる。それはともかくとして、とりあえず立って走って』

「お、おう……?」


 戸惑いつつも、レナは言われた通りに立ち上がって駆け出した。

 そしてその後ろを、黒衣の女が追従する。


 ――ギャオォォォォォン!


 逃げる二人を見たモルゲヨッソは、利は我にありと再度頭を持ち上げ、逃げる二人に向けて頭を振り下ろした。


『……よし、これで!』


 先ほどと同様に、黒衣の女がレナのスキルで振り下ろしを受け止める。

 そして今度はバリアをキューブ状に集約させ、それをモルゲヨッソに向けて飛ばした。


 キューブがモルゲヨッソに触れた瞬間――モルゲヨッソの頭が跳ね上がった。


 その威力は、先ほどの比ではなかった。頭のみならず体全体が跳ね上がり、その巨体は文字通り弾き飛ばされた。


『このスキルは、バリアで防いだダメージを返すというもの……そしてそのダメージは、キューブにするまでバリアに累積される!』


 ズシン、と砂塵を舞い上げながら、超大型モルゲヨッソは砂漠に沈んだ。



「で、どうやって帰るの?」


 超大型モルゲヨッソを倒した喜びも束の間、三人はそんな現実を突きつけられた。


「ちなみにここから一番近い村でも徒歩だと二日くらいかかるッス」

「飲まず食わずでそれは到着するまでに死んじゃうね……」


 水や食料といったものは馬車に積んであったので、今の三人は手ぶらも同然だった。


「まぁ、食料なら無い事は無いッスけどね」


 ミズホはちらりと砂漠に視線を向けた。

 そこには、既に息絶えて横たわる超大型モルゲヨッソ、そして討伐部隊が倒した数多くのモルゲヨッソの姿があった。


「…………。飲まず食わずだと死んじゃうなぁ……」


 小春はミズホの提案を聞かなかった事にした。


「そういえばさ、あんたがさっき言ってた珍味ってなに? それも一応食料だよね」

「珍味……あぁ、そんな事も言ったッスね。生モルゲヨッソッス」

「生……え、なんだって?」

「生モルゲヨッソ。まぁモルゲヨッソの刺身みたいなものッスね」

「……それが、どれほどの危険に遭ってもリピーター爆増の珍味?」

「そうッス」

「…………。ところでどっかに水場無いかな。水が確保出来れば結構歩けそうだけど」


 レナは今の話を聞かなかった事にした。


「見た目に騙されているようではまだまだッスよお二人さん。モルゲヨッソの刺身は食えば世界が変わるとまで言われてるッス。まぁ、もっとも――」


 不意に、遠くから車輪が地面を擦る音が聞こえた。


「あ、あれって……!」


 音の方に振り向くと――見覚えのあるたくさんの馬車が、こちらに向かって走ってきていた。



 やがて馬車が到着し、そしてあれよあれよという間に、モルゲヨッソの回収作業が再開された。


「あいつら逃げたんじゃなかったのか……」

「まぁあのまま逃げたんじゃ大赤字ッスからね。遠くで様子を窺ってたんじゃないッスか?」

「様子を窺うよりもやるべき事があるような気がするけどね……」


 モルゲヨッソの回収風景を眺めていると、三人のもとに1つの人影が歩み寄ってきた。


「まさかあれを倒しちまうとはな……」

「あっ、あなたは…………歴戦の勇士っぽく振る舞ってたくせに超強い敵を見るやいなや女子供を置いてスタコラと逃げ出したおじさん!」


 やってきたのは、馬車でいかにもな雰囲気を放っていたフルアーマーの男だった。


「ふっ……言ったはずだぜ、ここは一瞬の油断が命取りになる戦場だと。俺はそれに対応したまでさ……」

「……えっ、対応ってそういう?」

「勝てない相手からは逃げる……常識だぜ、嬢ちゃん」

「うん、まぁ……その信条はもっともだけど、だったら立ち振る舞いは変えた方がいいね。もちろん今すぐに」

 小春はもはや怒る気力も失せていた。


 男が去った後、三人は何をするでもなく再度モルゲヨッソの回収風景に目を移した。


「……あ、そういや私たちって回収班だったよね」

「……言われてみればそうだったッスね。まぁあれを倒したって事で臨時ボーナスは貰えそうッスけど」

「あ、そうなんだ。でも入り用だし、せっかくだから回収の方もやっとくわ」

「あ、なら自分も行くッス」


 レナとミズホは、回収作業を手伝うために砂漠に向かった。


「…………暇だなぁ」


 見学という名目でこのクエストに参加していた小春は回収作業を手伝ったとしても1Gも貰えないので、一人取り残された小春は手持ち無沙汰にほっつき歩き始めた。


「……あ、そういえば」


 視界の端には、砂漠に横たわる超大型モルゲヨッソの亡骸。

 そこで小春はふと、ある事を思い出した。


「……珍味なんだよね、これ」


 生モルゲヨッソ……それはミズホ曰く、どんな危険も厭わないほどのものであるとか。これまでの人生においてお金で買えるものしか食べてこなかった小春にとって、それは想像すら及ばないほどのものだった。


(これは…………動画のネタになる!)


 配信者としての勘が、そう告げていた。


(食べるのも命懸けな珍味の動画。これなら良い動画が……芸能人が高い料理を美味いって言いながら食べるだけの、惰性でチャンネル合わせられてるだけのしょーもないグルメ番組よりも遥かに良い動画が撮れる!)


 光明を見出した小春は、超大型モルゲヨッソ……は無理なので、いい感じに外殻を破壊されて身を露わにしている一般モルゲヨッソの傍でスマホを回した。


「……はい。えー、今回は更に、極上の珍味と称される生モルゲヨッソを味わいたいと思います!」


 虫(のようなもの)を食べる事に抵抗が無いわけではなかったが、そこは底辺配信者。台風の日に川を撮影するほどの無茶を決行しなければ再生数が見込めないと自覚していた小春は、いざという時の昆虫食の覚悟も出来ていた(もちろん実際に食べた事は無いが)。


(しかもバッタとかその辺の虫と違って、これはものすごく美味い珍味と保証されているもの。つまりこれは食用であるイナゴやタガメみたいなのとも別物の、見た目がグロいだけのただの高級食材なんだよね)


 それにどんな食材も、元を辿れば食欲をそそられる見た目ではない場合がほとんどだ。高級和牛ステーキを美味しそうと思う者はいても、牛そのものを美味そうと思う人はいない。


 つまりモルゲヨッソの見た目がムカデと芋虫を合わせたようなグロテスクな見た目だったとしても、それは高級和牛ステーキに対する牛のようなもので、食欲を左右する要素ではないという事なのだ。


「それではさっそく、いただいてみましょう!」


 小春は白っぽい身が剥き出しになった箇所に触れ、素手ではとても千切れそうにない事を確認した後、しばしの逡巡を経てそこに直接かぶりついた。


「もむもむ……これは不思議な――おえ」


 ※しばらくお待ちください。


「はー、はー……うっぷ、うえっ」


 四つん這いの姿勢で、顔を下に向けながら荒い息を吐く小春。顔の下の砂地には、虹色に修正されたものが撒き散らされていた。


「ちょっ、どうしたんスか小春さん!?」


 小春の異変に気付いたミズホが駆け寄ってきた。


「う、嘘つきぃ……」

「えっ、自分がなにか……うっ」


 地面に広がる虹色に修正された物体を見つけ、思わず眉間に皺を寄せるミズホ。


「……なにがあったッスか?」

「珍味って……極上の珍味って言ったじゃん……」

「は……?」


 小春がぷるぷると震える手で、今さっきかぶりついたモルゲヨッソを指さす。


「…………え、あれを食ったんスか?」

「えっ、いやだって……生モルゲヨッソでしょ?」

「いや、生は生ッスけど……珍味なのは生まれて間もないモルゲヨッソッスよ?」

「……は?」

「生食出来るのは幼体のものだけで、成体になったら火を通さないととても食えたものじゃないッス。……あぁ、さっきそれ言おうとしたんスけど、それを言う前に馬車が来たせいで伝えそびれてたッスね」

「……そういうのは普通もっと早い段階で伝えるものじゃないかな。タイミング次第で言いそびれるかもしれない時にするものじゃないって……」

「まぁ、毒性のあるものじゃないから大丈夫ッス。しばらくの間吐き気と目眩と疲労感に襲われるだけッスから」

「それを毒性と言うのでは……?」


 そう言いながら、虹色に修正されたものに突っ伏しそうになるのをなんとか堪える小春であった。

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