第十一話 その6
「……仕方ないな、こうなったら」
レナが胸の前でぱしん、と拳で手のひらを打つ。
「えっ、なに、何か閃いた? ちなみに今ボクはこれまで積んできた善行を心の中でリピート再生しながら神様に祈ってるところだけど。10円募金した事とか割り箸は要らないって断った事とかお年寄りに席を譲ってあげようと思った事とか」
「私が出てあいつを追っ払う」
「…………。レナさんそれはさすがに、テロを未然に防いだくらいの事してないと神様もカバーし切れないよ」
「いや神頼みじゃなくてね? なんて言ったっけ……チート能力? あいつをなんとか出来る力を持ってるんでしょ、私」
「えっ……、まぁ、それは……」
セオリーに則ればその通りだが、それを手放しで信頼出来るかと言えばそうではない。カールのような逆張りの産物を抜きにしても、自分のチート能力を見れば、例えチート能力を所持していたとしても一筋縄で済むようなものではない事は容易に想像出来る。
端的に言えば、どうせ面倒な条件が付いているに決まっていた。
「持ってる事は持ってると思うけど、思ってるほど単純なものじゃないと思うよ。例えるならロケットランチャーのトリガーを引くのに知恵の輪を解く必要があるようなもので、たぶん事態をパパっと解決出来るようなものじゃないと思う」
「ん、まぁ……それでも神様に祈るよりよっぽどマシじゃない?」
「いや、でも――」
小春が言いかけた時、砂混じりの突風が三人を襲った。無論それは自然現象ではなく、超大型モルゲヨッソの薙ぎ払いにより生じたものだ。
気付けばモルゲヨッソの攻撃は、かなり近くにまで迫っていた。
「ほら、考えてる暇なんて無いってさ」
「あ、ちょっと――」
小春が何かを伝える間も無く、レナは超大型モルゲヨッソの前に躍り出ていた。
超大型モルゲヨッソがレナに気付き、その大仰な牙の付いた頭を向ける。
これでレナは小春と同様に、超大型モルゲヨッソに獲物としてターゲッティングされた事になる。倒すか縄張りから出るかするまでの間、レナは執拗に追われる事となった。
(うわぁ……真正面から見ると改めてマジでヤバいなこいつ)
しかし、不思議と恐怖心は無かった。
(人間、やるしかないという状況にまで追い込まれれば、逆に落ち着き払うものなのか……)
深呼吸を1つ。心臓の鼓動は僅かに早まってはいるものの、体が委縮しているという事は無かった。言うなれば程よい緊張状態で、体を動かす事は十全に出来る。
「……よし。じゃあ――」
モルゲヨッソの頭部が、すぐそこまで迫っていた。
(え、――)
双方の内、心の準備が必要なのはレナだけであって、相手はそうではなかった。強敵と相対するレナと違って、超大型モルゲヨッソにとってのレナは例えるなら皿の上に乗ったクッキーのようなもの。手(頭)を伸ばして食べる以外の思惑などあるはずがなかった。
次の瞬間、レナのいた場所が大地ごと抉り潰された。
「あぁっ、レナさんが瞬殺されたっ!」
もうもうと砂煙が立ち込める。
さすがにあれを食らっては、生身の人間では生存は絶望的と思われたが、しかし――
「人を勝手にっ、殺すなっての……!」
モルゲヨッソの頭の下から、そんなレナの声が聞こえた。
「な、なにこの声……まさか死後強まる例のアレ……?」
「んなワケ、あるかっ……!」
振り絞るようなレナの言葉の通り、その声は死後強まる例のアレではなく生きているレナのものだった。
「……えっ、無事なの? ……って事は、もしかして」
「ん……たぶんチート能力ってやつなんだよね、これ」
モルゲヨッソの牙は、レナに届く前で停止していた。
レナの周囲を囲う、半透明の球状の膜――それが、モルゲヨッソの質量をレナの手前で止めていた。
この土壇場で、レナは自分のチート能力の使い方を身に着けていた。
「おお……なんか普通に強そう!」
「強いかは分からないけど、なんとかはなりそう……かなっ!」
球状の膜が分解し、その欠片が正面の一点に集約する。
高密度のキューブに形を変えたそれは、モルゲヨッソに触れた瞬間――球状だった時に受けた衝撃と圧力を、そのままモルゲヨッソに返した。
――グギャオォォォォォン!?
超大型モルゲヨッソは頭部を弾かれて、その勢いのまま体をのけ反らせた。
「な、なにやったんスかあの人!? あんな化け物があんな風になるなんて……!?」
さっきまでは隠れる事しか出来なかったのに、一転して倒せてしまいそうなほどの一撃に、ミズホは生きて帰れるかもという安堵よりもまず驚きと戸惑いを感じていた。
「チートスキルを使ったんだよ」
「チートスキル…………結局なにやったんスか?」
「まぁ、それはいずれまた……」
驚きと戸惑いを感じているのは、小春も同様だった。
レナのチートスキルは、まさかのシンプルに強い系だった。相手の攻撃をバリアで防ぎ、その威力をそのまま返すという、まるでスーパーロボットの必殺武器にでもありそうなスキルだった。
(いやいや、まともすぎるでしょ…………絶対なにかあるって。だって主人公アレだし)
よく分からない角度から疑ってかかる小春だった。
「や、やったか……?」
それはさて置き、超大型モルゲヨッソに対する初めての有効打に、レナは効果の程を探る一言を口にした。
(アカン)
特級のフラグに、小春は今後の展開を察した。
――ギャオォォォン……!
超大型モルゲヨッソはのけ反り状態から復帰し、再び元の体勢に戻った。
軽くないダメージが入っている事は見て取れるが、さりとて戦闘に支障があるほどには見えなかった。
「レナさん、もう一息! あと二、三回やれば倒せるかも!」
「頑張ってくださいッス、レナさん!」
レナのチートスキルを目の当たりにし、もはや隠れる事も忘れてテンションを上げる二人。
そんな二人に、レナは首をギギギと向けて言った。
「え、えっとさ…………あれ一回撃ったら、しばらくクールタイムが必要みたい」
「……えっ?」
「……へ?」
浮かれた顔を固まらせる二人。
「ぶっちゃけしばらく何も出来ない……みたいな?」
レナは端的にそう告白した。
「とっ、とりあえずあっちに逃げて!」
素早くバリケードに身を隠しつつ、小春は自分のいる場所とは反対の方角を指さした。
レナは無言で頷いて、言われた方向に駆け出した。
そしてその姿を追うように、レナを標的と見定めているモルゲヨッソはその方向に頭を向けた。
「やっぱりあったよ、厄介なデメリットが…………こういう時くらい気持ちよくチート無双させてもいいじゃん」
「小春さんが何を言ってるか分からないッスけど……ひとまずディスヴィジョンをレナさんにかけるッスか?」
「……いや、それはやめとこう。あいつレナさんを見失ったらまた薙ぎ払い攻撃してくるかもしれないし」
「そ、そうッスか……」
理解はしたものの、どこか腑に落ちない様子のミズホだった。
「……別に今度はレナさんに囮になってもらったわけじゃないよ。あっちに行ってもらったのにはちゃんとした意味がある」
「……そうなんスか? 自分はてっきり…………てっきりレナさんが食われている間に逃げようとしているものだと」
「あんまりてっきりの先は言わない方がいいかもね。……まぁ、ちゃんと考えはあるから」
そう言いながら、小春はスマホの画面に目を落とした。




