第十一話 その3
超巨大モルゲヨッソが現れた!
「いやいや、無理無理」
エンカウントして早々、小春は白旗を上げた。
どう考えても勝てるわけがなかった。小柄な少女とお台場ガ〇ダムより大きい化け物とでは、まず生物としてのステージが違う。その差を埋める魔力という異世界特有の力の源泉も、小春は80しか有していない。80という数字は超巨大何某を相手にするには極めて低いと言わざるを得ず、と言うかそれ以前に、まずそれを出力する手段が小春には無い。
そして肝心のチート能力だが……一番の切り札は小春の凡ミスにより、見た目なりのステータスしか持っていないただの一般成人女性と化していた。
総括すると、誤って高レベルの敵が出る場所でエンカウントしてしまった時のように、迷わず逃げるを選択するしかない状況となっていた。
「よし、そうと決まればさっさと逃げ――」
超巨大モルゲヨッソの攻撃!
「――へ?」
超巨大モルゲヨッソの牙が、小春に襲いかかる!
という一文だとそれほど大した事のようには思えないが、実際は見上げるほどの全高の頂点から一直線に、視界を覆うほどの質量が自由落下よりも遥かに早い速度で自分めがけて落下してきている……という状況だ。
少女と成人女性のステータスでは躱す事はまず不可能、例えそう出来たとしても、衝撃で大ダメージを負うのは必至だった。
「すっ、『撮影』!」
咄嗟に小春は、スマホの拡張スキルを使った。
『撮影』は、撮影対象の時間を五秒間だけ止めるスキルだ。襲い来るモルゲヨッソの頭部は、空間に固定されるようにしてその動きを止めた。
小春と黒衣の女は即座に転身し、駆け出した。
(五秒だから……だいたい50メートルくらいかな、稼げるのは)
世界記録並の皮算用をしつつ、全速力でモルゲヨッソから離れる。
(50メートルじゃ当たり前だけど逃げ切れない。だからこの五秒で打開策を考えないと。よし、まずは心の中で深呼吸だ。すー……はー……)
五秒経った。
「えっ、嘘、まだ全然進んでない――」
冒険者になったとはいえ元運動不足の少女の脚では……と言うかそれ以前の問題で五秒で50メートルなど進めるはずもなく、小春のすぐ背後で超巨大モルゲヨッソの超巨大な頭部が地面を抉った。
「――っ!」
音と衝撃に体が強張る。転倒しそうになるのを、なんとか踏ん張って耐えた。
(は、早くなんとかしないと……!)
今現在モルゲヨッソの頭部は地面に潜っているので、まだ少しの猶予がある。
再度モルゲヨッソが鎌首をもたげるまでに、打開策を――
(――ん、あれっ?)
視界の端。街道脇の、草木の生い茂る場所。
そこに2つの人影を発見した。
その二人は上手い具合に木と草をバリケードにして、モルゲヨッソから巧妙に身を隠していた。
(これは――ご一緒せざるを得ない案件っ!)
小春と黒衣の女は、進路を変えてそこに飛び込んだ。
「ん、えっ……?」
「な、なんスか……!?」
「お邪魔しますっ!」
バリケードの中に二人して滑り込む。たった今ぎりぎりになったくらいには、バリケードには余裕があった。
身を寄せ合うようにして、バリケードの中に四人が身を潜める。
「えっと、事後になるけどここ入っても大丈夫? どうしてもと言うなら一人外に出す事は出来るけど」
黒衣の女はスキルの産物なので、どうしてもと言うなら見捨てる事が可能だった。一度消すか倒されるかすると再使用に丸一日掛かるので、なるべくならそうしたくはなかったが。
「いや別に大丈夫だから……そんな怖い事言わないでよ」
「みんなで仲良く使うッス。……まぁ、そんなのんびりした状況ではないんスけどね」
ここにいたのは、二人の女だった。一人は気の強そうな目つきの女で、もう一人は丸眼鏡の女。討伐風景を撮影している時には見かけなかったので、おそらく回収部隊としてこのクエストに参加していたのだろう。
「どうも。……まぁ、ここも時間の問題って気もするけど」
「あ、それは大丈夫ッス。基本的にモルゲヨッソって視覚で獲物を探すので、身を隠してさえいれば見つかる事はほぼ無いッス」
「へぇ、そうなんだ。詳しいんだね」
「そりゃもう。下調べは万全ッスから」
バリケードからはみ出ない範囲で胸を張る眼鏡の女。
「そのせいでこんな事になってんだけどね、私……」
もう一人の女が、疲れた表情でそうぼやいた。
「なんか単に逃げ遅れたってだけじゃない事情がありそうだね……あ、ボクは古牧小春。こっちの彼女はボクの分身みたいなものかな。とりあえずよろしく」
「自分はミズホ・ウィルナス。趣味はいろんなものを食べる事ッス」
「……え、この状況で自己紹介? まぁいいけど……私は柊レナ。一応よろしく」
「……えっ?」
レナの名前を聞いた瞬間、小春は驚き目を丸くした。
「え、なに、私がどうかした?」
「柊レナって…………それは柊さんちのレナさん? それともレナさんちの柊さん?」
「……前者だけど、それが?」
「……あの、ひょっとしてレナさんって、東京タワーとかあるとこから来た人?」
「え……って事はあんたも?」
「うん、ボクも。えー……結構来るんだ、この異世界って」
基本的に1つの異世界にやってくる異世界人は一人、当て馬要因も用意するとしてもせいぜい二人と相場が決まっていた。中には学校の1クラス丸ごとという例もあるが、あんまり数を出さないのが異世界転生では通例となっていた。
「軽井沢の他にもいたんだな……」
「……軽井沢? え、誰軽井沢って。ボクそんな人知らないんだけど」
「あ、知らない? 太ってて気持ち悪い奴なんだけど」
「えー……カールさんみたいなのがもう一人来てるんだ。どうなってんのこの異世界……」
カールと軽井沢が同一人物だと知らない小春は、キモオタが一人増えた事にそこそこの眩暈を覚えた。
「お二人はなんの話をしてるんスか?」
「いや、こっちの話。説明がちょっと面倒話だからあんま気にしないで」
「は、はぁ……面倒と書いてややこしいと読まれたような気がするけど、分かったッス」
異世界がどうのという問答は、前回の話にもあったように本当に面倒と書いてややこしい話なのであった。
「二人はどうして逃げ遅れたの? レナさんのぼやきから察するにミズホさんのせいみたいだけど」
「あー、それは……うん、まぁとりあえず100%ミズホが悪いんだけど」
「飽くなき探求心の結果ッス。自分に後悔は無いッス」
「私が後悔してるんだよなぁ……」
数分前。
――ギャオォォォォン!
「え、なにあれヤバっ。早く逃げなきゃ」
「未知の食が自分を待ってるッス……うおぉぉぉ!」
「ん……いやちょっとあんた、なにしてんの。馬車そっちじゃないって」
「自分の事はお気になさらずに! 食に命を懸ける事こそ自分の本文ッス故に!」
「あ、そ。気を付けてね」
「ちなみにあなたは興味ないッスか? ここでしか食べられない極上の珍味に」
「……珍味?」
「そうッス。市場には決して出回らない、幻の一品ッス。これを食すために多くの人が今日のような状況に身を投じ、そして酷い目に遭ってきたッス。しかしそんな酷い目を経てその珍味にありつけた人たちは、みんな口を揃えてこう言ったっす。…………」
「…………。え、なによ、どう言ったの?」
「……………………また食べたい、と」
「……そんな普通の事をなんでそんなに溜めたの?」
「あまりにも普通だからせめてこんくらい溜めて盛り上げようと」
「そんな気遣いいらないから。まぁ、勝手にして。私は逃げるから」
「もう馬車行っちゃったッスよ?」
「――――」
「って事があったのよ」
「そ、そう……」
話に付き合ったレナにも若干の非があるように思えたが、小春は言わないでおいた。
「……まぁ、それはいいや。じゃあレナさん、さっそくやっちゃってよ」
「……は? やるって何を?」
「もちろんチート能力だよ。チート能力であれをドーンって。あ、撮影してもいい?」
「チー……え、なに? なにをさせようとしてんの?」
「いやいや……異世界人なんだからあるんでしょ、チート能力。レナさんはカールさんと違ってちゃんとチート能力貰えそうな見た目してるし」
「うーん……?」
なに言ってるのこの子、といった具合に首を傾げるレナ。
「あ、もしかしてチート能力をチート能力って分かってないパターンかな。私また何かやっちゃいました系な感じの。チート能力はパーソナルカードに書いてあるから、ちょっと確認してみてよ」
パーソナルカードには、所有者のステータスや使用可能スキルが記載されている。それはチート能力も例外ではなく、自覚は無くともそれを見れば一目瞭然なのだ。
「あ、それ家だわ」
「……は?」
「失くすといけないからね。なんかすごいシステムで作ってたし、再発行にすごいお金掛かりそうじゃん。私こっちに来たばっかりでお金無いし」
パーソナルカードを常に肌身離さず持ち歩くのはこの世界では当たり前の事なのだが、異世界人……しかも異世界転生したばかりのレナには馴染みの無い習慣だった。
「じゃ、じゃあ何が書いてあったか思い出せない? なんか無闇に強そうなスキルがあったはずだけど」
「あー……ごめん、そもそもよく見てないんだわ。ほら、免許証だって貰ったところで事細かに眺めたりしないでしょ?」
「いやそれは知らないけど……」
ともあれ、レナがパーソナルカードを所持しておらず、しかもカードの内容を確認していないという事は、即ち現状ではレナのチート能力が何なのか分からないという事だった。唯一超巨大モルゲヨッソをどうにか出来そうな手段も、正確な効果が分からなければ本当にどうにか出来るか分からないし、使い方が分からなければ使いようが無かった。
――ギャオォォォォン!
超巨大モルゲヨッソの咆哮が、バリケードをビリビリと揺らす。
「ちなみにモルゲヨッソは、一度ターゲッティングした獲物は決して逃がさないッス。隠れてやり過ごすのはほぼ不可能と思っていいッス。アレが出た瞬間にみんなが一目散に逃げ出したのは、ターゲッティングされないためだったんスよ」
「そんなの聞きたくなかった……って、あ、そうだ。ボクのスマホで調べればいいんじゃん」
小春はスマホを操作して、レナに『計測』を使った。
「…………。魔力120……はボクたちには関係無いからどうでもいいけど、チート能力っぽいスキルが見当たらない……え、まさかチート能力無いパターン?」
「いや私に訊かれても」
「……いや、違う。これはマリィさんの時と同じやつだ」
スマホの画面には、ドット絵の爆発アニメーションが表示されていた。これは『計測』が計測限界値を迎えた事を意味するもので、有り体に言えばス〇ウターが爆発したようなものだった。
「えー……じゃあ『観測』しなきゃいけないの?」
『計測』と違って、『観測』には限界値は無い。それだけ聞くと『計測』がただの下位互換スキルのように思えてしまうが、『観測』は『投影傀儡』を使うための準備スキルという位置付けだ。そういったスキルは、図らずも独立したスキルよりも効果が高くなってしまう場合があるのだ。
とはいえそれでも完全上位互換というわけではなく、『観測』はステータスを解析するのに結構な時間が必要となる。対象のステータスにもよるが30分以上は掛かるので、すぐにステータスが必要な時にはあまり適さないスキルだった。
「まぁ、でもしょうがないか。じゃあちょっとスキル使うから、30分くらいじっとしててね」
「えぇ……いやその前にここ30分も持つの?」
「見つかる事はほぼ無いってミズホさん言ってたし、大丈夫なんじゃない?」
「はい、それは保証するッス。隠れていれば見つかる事はまず無いッス。ただ――」
不意に、轟音と共に大地が揺れた。
「えっ、なに今の……!?」
「ただ――モルゲヨッソは獲物があまりにも見つからないと無差別攻撃を始めるので、ここがその巻き添えにならないとは限らないッス」
今の揺れと音は、超巨大モルゲヨッソが地面を抉った音だった。
「えぇ……隠れてるだけじゃダメって事じゃん」
無差別攻撃をしてくるのであれば、ここが見つからないのだとしても、攻撃されるのは時間の問題だった。
「…………。あれっ、これヤバくない?」
姿を見せれば即死。見せないままでも、安全地帯は時間ごとに減っていく。
ここが攻撃されるのが先か、その前に『観測』が完了するのが先か――もはや生還は完全に運任せとなっていた。
「ちなみにさっきモルゲヨッソは獲物は決して逃がさないと言ったッスが、それはあくまで縄張りの中だけの話ッス。例え見つかっても縄張りから出さえすれば、逃げ切る事は出来るッス。問題なのはその縄張りが広大で、とても人の足ではあのモルゲヨッソからは逃れられないという事なんスけど」
「あぁ、そう……」
あんまり役に立たない情報に、気の無い返事を返す小春であった。




