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第十話 その5

 ミィナが相談クエストの場所にこのカフェを選んだのには理由があった。


「そろそろ来る時間かな、マー君……」


 そう呟きながら、ミィナが通りの様子を窺う。

 カフェのテラス席に面した通りは、マー君のランニングコースだった。


「……本当に上手くいくの?」

「まぁ見てなって」


 疑わしげなエリザに、成功を信じて疑わないレナ。レナから聞いた策は非常に単純なもので、もはや何も考えていないのと同じではないのかとエリザは思ったが、対するレナは策に自信を通り越して確信を抱いてすらいた。


 やがて、白い道着を着た男がランニングをしながらやってきた。


「フム……あれがマー君でござるか」


 姿を見せたのは、道着姿の短髪の男。パリピ系の顔にはあまり似合わない格好と髪型だが、その表情と流れる汗からは空手に真摯に向き合っている事が窺えた。


「マー君昔はあんなんじゃなかったのに……明け方に寝て昼過ぎに起きて、その日が楽しければいいじゃんって感じで毎日プラついてたのに。なのにボルゾーイ流空手の合宿に参加したばっかりに……」

「不思議な事にボルゾーイ流がものすごい真っ当な組織に聞こえるでござる」

「失礼ね、ボルゾーイ流はいつだって真っ当よ」


 ボルゾーイ流は後ろ暗い事の何一つ無い、真っ当な団体なのである。


 ただ、ほんの少しだけやり過ぎる事があるだけなのだ。


「ほら、早くしないと行っちゃうよ」

「う、うん……」


 レナに急かされて、ミィナは席を立って通りに向かって駆け出した。



「ま、マー君……!」


 マー君の進路に立つミィナ。

 見知った声と顔に、マー君は足を止めた。


「……ミィナ」

「うん……久し振り」


 ミィナの表情は、緊張からかどこかぎこちなかった。


「何の用? 俺今忙しんだけど。早急に基礎的な体力付けないといけない系の毎日なんだけど」


 格好は変わっても、マー君の根っこは未だチャラ男だった。文章では分かりにくいが、ミィナのイントネーションもミィナ(↓)ではなくミィナ(↑)だった。


 それはともかく、緊張するミィナに対し、マー君の態度は実ににべもなかった。


「口調が実にマデューカスらしからぬでござるな……実は本名はマイケルだったりしてそう」

「そういやあんたなんでカールなの? あんた軽井沢じゃん」

「フッ……それは柊性のレナ氏には分からぬ事でござるよ」


 軽井沢性の兼一では、剣と魔法の異世界を生きるに相応しい名前ではないと判断した結果なのであった(※あくまでカール個人の感想です)。


「う、うん……、えっと……」

「何も無いならもう行くわ。空手の道って一日にして成らず系だから、日々の鍛錬が肝要っていうか? 一日怠けたら取り戻すのに三日掛かる世界なんだわ。だからワリィ、もうおまえとは遊べねーんだ」


 そう言って、ミィナの脇をすり抜けるマデューカスことマー君。


「ま、待って……!」


 ミィナは振り返り、そして――マー君に背中から抱きついた。


「――!?」


 レナは言った。マー君とヨリを戻したいのなら、とりあえず抱きつけ、と。


 これが、レナがミィナに授けた策だった。


(こんなんでホントに上手くいくのかな……えっと、後は)


 半信半疑のまま、ミィナは仕上げに入った。


「もう一度私と付き合って!」


 背中に抱きついたまま、ミィナは声高にそう言ったのであった。


「――――」

「…………。……マー君?」


 返事が無いのを不審に思い、ミィナはそっと体を離した。


「……分かった」

「えっ?」

「俺はもっかい、おまえと付き合うぜ!」


 背を向けたまま、マー君はそう宣言した。


「え……ホント、マー君!?」

「あぁ……目が覚めた思いっつーの? 今そんな感じ」

「え……じゃ、じゃあ、また前みたいに起きるのはお昼くらいで、日々を無為に消費していく毎日を繰り返してくれるの?」

「それな。それが俺らしいって事だったんだ。空手みたいな苦行に日々を費やすのは、全く俺らしくなかった。時間はもっとこう、適当に使うべきなんだよな」

「わぁ、いつものマー君だ……!」


 マー君の帰還に、ミィナの表情がぱぁっと華やいだ。


「マー君!」

「あぁ、俺がマー君だぜ、ミィナ!」

「ところでなんでずっと背中越しなの?」

「…………」


 ずっと背を向けたままのマー君。しかもよく見れば、心なしかちょっと前かがみ気味だった。


「どこか痛いの? 動けないなら私が前に回ろうか?」

「いやもうしばらく背中越しで。ほら、俺って背中で語る系みたいな? そーゆーとこあるから」

「そうだっけ……空手の影響かな?」

「そうそう、そんな感じそんな感じ。アハハ……」


 しばらくの間、二人はマー君の背中越しに話をするのであった。



 やがてようやくマー君が通常状態になり、ミィナがぺこりとテラス席に頭を下げた後、二人は通りの先へと消えていった。


「……え、どういう事? なんで?」


 事の顛末を見守っていたエリザは、最後まで見てもどうしてああなったのか全く分からなかった。


「手を繋ぐくらいしかしてなかった男なんて、胸を押し当てれば一発って事。女の柔らかい部分に逆らえるようには出来てないんだよね、男って生き物はさ」


 要するにレナの策とは、胸を押し当てる事による色仕掛けだった。


「えぇ……そんなので?」

「なんだかんだ、それが一番効果的なんだよね」


 色仕掛けなんかで、と侮るなかれ。ハニートラップによって立場を追われた者は、まさに数知れず。男を思い通りに動かすのに、これ以上効果的な手段は無いのである(断言)。


「しかし真面目に空手に取り組んでいたマー君をまた堕落の日々に貶めたのは、果たして彼にとっていい事だったのでござろうか……?」

「うん、まぁ、それは…………考えないようにしてたけど、ねぇ……」


 彼の姿は、まさしく色仕掛けで道を踏み外した者の典型だった。


 だがそれもまた人生である。正道を歩み続ける事が人生における正解ではない。時には道を踏み外し、挫折し傷つく事も、人生のステージを上げるには必要なファクターなのである。


「なんか地の文でもっともらしく聞こえるだけのペラッペラなフォローが為されているような気がするでござるが、これにてクエスト完了でござる」


 ともあれ、(マー君の今後の人生はともかく)二人を復縁させる事には成功した。


「終わった? んじゃ、駅まで案内して」

「…………」


 そして、更に難易度の高い案件が始まったのであった。

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