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第二話 その2

「ところでエリザ氏のジョブはなんでござるか?」


 酒場へ向かう道すがら、カールはエリザに尋ねた。


「私? 領主の娘なんだから、もちろんプリンセスよ」


 朝のエルストの町。朝の日差しはまだ弱く、初夏だというのに気温は涼しささえ感じるほどだった。町の住民は既に活動を開始していて、各々が自分の為すべき事をこなしている。行き交う馬車や武具を身に付けた者といったファンタジーめいたものを除けば、カールのいた世界とほとんど変わらない風景だった。人の営みというものは、どこの世界でも同じなのであった。


「フム……つまり無職という事でござるか?」

「なにが『つまり』なのかは知らないけど、無職じゃなくてプリンセスよ」


 エリザは自分のパーソナルカードをカールに見せた。


 エリザ・フィル・ドミナリアという記載の下、カールのカードには『開拓者』と書かれている所に、『プリンセス』と書かれていた。


「なんと、実在するジョブでござったか。エリザ氏の事だから自称しているだけかと思ったでござるよ。これは失敬」

「なんで私の事だからって理由で自称だと思われてるのか分かんないけど、なれる人は滅多にいないレアジョブよ、これは」


 ふふん、と胸を張ってドヤ顔をするエリザ。しかし美しい金髪の見目麗しい顔はともかく、飾り気の無い町娘然とした服装はとてもプリンセス――お姫様には見えなかった。強いてプリンセスっぽいところを挙げるとしても、せいぜいミニスカートでふとももが眩しい程度だった。ショーパンツを履いているので下着は見えないが、それもまた良し。そも、ミニスカートにおける下着とは見えてしまえば一気に価値が暴落するので、見えなくする処置というものは実は非常に理に適っているのである(真理)。


「プリンセスとは何をするジョブなのでござるか? やはり号令の元に味方をバフしたりするのでござるか?」

「なんでプリンセスが戦わないといけないのよ。プリンセスは固有スキルで物を安く買う事が出来るわ」


 エリザは固有スキルの文字をなぞって、詳細を表示して見せた。



 ゴールドカード……プリンセスの固有スキル。全ての商品と施設の利用料が20%割引されます。(※ランクはC相当)



「昨日の買い物だってこのスキルのおかげで安く済んだんだからね。感謝しなさい?」

「フム……なるほど」


 割引能力というものは往々にして金が余り出す終盤には役立たずスキルと化すのだが、日々の生活費という要素がある現実世界(異世界だが)なら腐る事は無さそうだった。


「それに使いようによっては、効果は割引に留まらないわ。例えばお買い物クエストなんてのがあれば、このスキルで割り引かれた分のお金が臨時収入になるのよ」

「エリザ氏、人それを横領と言うでござる」


 ニートに指摘されるお嬢様だった。




 二人は酒場にやってきた。


「何か良いクエストがあればいいんだけど……」


 二人は並んで、依頼書が張りつけられたクエストボードを確認した。


 酒場は朝から賑わっていた。こんな時間から酒場にいる人間なんてカールの世界なら察するところだが、ここはクエストという仕事が存在する異世界。クエストには定時上がりなどという概念は無いので、今しがたクエストから帰ってきた者たちが酒盛りをしているのは、この世界ではごく自然な光景なのである。


「フム……古城に住み着くヴァンパイアの討伐、報酬400万G。エリザ氏エリザ氏、天下を取れるクエストを見つけたでござるよ」


 カールがそのクエストを指で指し示す。


「うん……あなたアホなの? もしくは……アホなの? そんなの出来るわけないじゃない。それともヴァンパイアを知らないの?」

「ヴァンパイアくらい知ってるでござる。幼女の姿をした吸血鬼の事でござるよな」

「どうやらお互いの世界のヴァンパイア観に著しい差があるみたいね……」


 カールの世界のヴァンパイアは、だいたい幼女の姿をしているというのが通説だった。ちなみにこの世界のヴァンパイアは、ちゃんとマントに身を包んだ優男と言い伝えられている。あくまで言い伝えられているだけなので、幼女である可能性も無きにしも非ずだが。


「とりあえず私たちじゃ受けられないわよ、それ。ジョブ指定されてるでしょ?」

「……フム。近接職レベル20以上、魔法職レベル20以上とあるでござるな」

「まず開拓者とプリンセスは近接職でも魔法職でもないから、そういうボスクラス討伐系のクエストは受けられないわよ。レベルも足りてないしね」

「フム、レベル……」


 馴染み深い単語を聞いて、カールは自分のカードを確認した。


 ジョブ名の横に、Lv1と記載されていた。


「……前回の話まではレベルの記載は無かったような気がするのでござるが」

「最初からあったに決まってるでしょ。そんな、レベルの設定が今回から追加されたわけでもないでしょうに。最初からあったわよ」


 最初からあったのだ。


「ちなみにスライムを何匹屠ったら1レベル上がるのでござるか?」

「さぁ……筋力とか技術の付き次第じゃない? あとレベルはギルドに申請しないと上がらないから」


 自主トレでも道場通いでも武者修行でも、とにかく必要なパラメーターが規定値に達すれば、それがレベルを上げる資格となる。そうなったらギルドのレベル上げ窓口で申請して、それが通れば晴れてレベルアップとなる。


 ざっくり言えばこの世界のレベルシステムは、いわゆるレベル上げで上がるのは各種パラメーターで、それを元に実際にレベルを上げるには申請が必要だという事だった。


「フム……なるほど。つまりこれは、『実力はSクラスだけど申請が面倒だからBクラスに留まっている』という事が可能……というわけでござるな」

「それになんの意味があるのかしんないけど、まぁそうなるわね」


 ともあれ、ここにいるのは開拓者レベル1とプリンセスレベル1。


 二人は自然と、受注資格の無いクエストを探すようになっていた。


「……結局これしかなかったわね」


 そうして見つけた、受注資格の要らないクエストの依頼書をエリザは見せた。


「小遺跡の調査、報酬5000G……でござるか」

「町を出てすぐの遺跡ね。今度あそこで肝試しやるから、安全かどうか確かめてこいっていうものね」

「フム……」


 開拓者の固有スキル『地図作成』で、既に地図に載っている場所は把握している。件の遺跡は、町を出てから歩いて約30分。4つの部屋からなる、小さな地下遺跡だった。今から行けば昼過ぎには余裕で戻ってこれるだろう。


「クエスト内容は安全確認と申したがエリザ氏、安全でない場合というのはどういった状況でござるか?」

「さぁ……老朽化が進んでるとか魔物が棲みついてるとかじゃない? 知らないけど」

「その魔物はレベル1二人が出くわしても大丈夫なやつなのでござるか?」

「受注資格要らないし、大丈夫なんじゃない? 知らないけど」


 お嬢様育ちのエリザは、あんまり物を知らなかった。


「四の五の言わずに行くわよ。これ受けないとお昼ご飯もままならないんだから」

「フム……是非も無し」


 残金500G、一人頭250Gでは今夜を越すのさえ不可能なので、何はともあれ二人にはクエストを受けるという選択肢しか残されていないのであった。




 町を出てから歩く事30分。


 二人は遺跡――小遺跡ロロンドに到着した。


「さ、ちゃっちゃと済ませるわよ」


 初めてのクエストで若干テンションの上がっているエリザが先頭を歩く。


 小遺跡ロロンドは、平原にぽつんと建つ遺跡だ。建つ、と言っても表に出ているのは地下へ続く入り口に覆い被さる半ドーム状の石積みだけで、遺跡の本体は地下にある。本体と言っても、たった4つの部屋から成る小さな遺跡だが。


 二人は入ってすぐの階段を下り、そしてある事に気付いた。


「真っ暗で何も見えないでござる」

「おかしいわね、手ぶらでも大丈夫って言ってたのに……」


 日の光の届かない地下遺跡は、当然のように真っ暗だった。階段を下りる途中で、二人は初めてその事に気付いた。


「ちょっとそこの開拓者さん、なんとかしなさいよ。こういう時のための開拓者でしょう?」

「異世界生活二日目の拙者を頼るとはナンセンスでござるが、しかしながら地図に少々気になる記載があるのも事実」


 オリジン・マップを確認すると、遺跡の入口付近、階段のすぐ手前の壁に、小さな印が付いていた。


 カールが手探りでその辺りをまさぐると、壁の中に手触りが異質な部分を見つけた。


 そしてその部分を定石に従って押し込むと――遺跡にパパパっと明かりが灯った。


「なんだ、電気通ってるんじゃない」


 よくよく考えれば、レクリエーションに使うくらいなのだからそれくらいの設備はあって然るべきだった。


「この世界には電気があるのでござるか?」

「そりゃあるわよ。私の家の照明、全部蝋燭か何かだとでも思ってたの?」

「その割には電柱や電線の類が見当たらないのでござるが」

「ナニソレ。それって電気を使うのに必要なの?」

「それがないと各家庭に電気が行き渡らないでござる」

「あら、あなたの世界はそんなのがないと電気が使えないのね」


 くすり、とエリザは勝ち誇ったように笑った。


「まさか異世界で文明のレベルでマウントを取られるとは思わなかったでござる」

「異世界を甘く見ない事ね。この世界では電鉱石で電気が使えるから、そのデンなんとかみたいなややこしい設備はいらないのよ」

「その電鉱石とはいったい?」

「電力が蓄積された鉱石よ。主に鉱山でたくさん採れるわ」

「あぁ、そういう……」


 この世界の電力は、異世界特有の謎化石燃料によるものだった。


「なによその『買い被り過ぎだったでござる』みたいな相槌は……」

「気のせいでござる」


 どの世界でもエネルギーは化石燃料頼りなのでござるな……とカールは思った。




 明るくなった階段を下り、二人は遺跡内部に到着した。


「ここがいわゆる、最初のダンジョンというやつでござるな」


 最初のダンジョンは、最初のダンジョンらしく非常に単純な構造だった。


 階段を下りてすぐに、一つ目の部屋。学校の体育館ほどはあろうか。何かの残骸が散らばってはいるが、殺風景と呼んでも差し支えがないくらいには何も無い部屋だった。


 カールから見て正面と左の壁に、隣接する部屋への通路が見えた。通路に照明は備わっていないが、隣の部屋の明かりで距離と道筋は分かった。


 二人はさっそく調査を開始した。


「見たところ何の問題も無さそうね」


 見通しが良いので、異常があるかどうかは一目で分かった。この部屋には、手を下す必要がありそうなものは何も無かった。


「散らばった残骸の下に隠し通路があるというのはお約束でござる」


 という理論に基づいてカールは残骸をひっくり返してみたものの、じめじめした場所を好む小虫が姿を見せるだけで何も出てこなかった。


「ぎゃあ! 虫を走らせるんじゃないわよ! あんまりいじらない!」

「それでは調査にならんでござるよ。隠し通路はともかく、何某かが潜んでいるのを見逃したら責任問題に発展するでござる」

「そんくらいの虫しか潜めない場所に誰某が潜めるのよ! いいから戻しなさい!」


 やれやれ、といった風にカールが残骸を戻す。ちなみにカールは虫は平気なタイプだった。転生前の部屋を思い起こせば、虫などむしろ飼っているも同然だった。


 部屋の調査を終えた二人は、入り口から見て左の通路を進み、隣の部屋に入った。


 この部屋も、最初の部屋と似たような構造だった。遺跡が遺跡となる前の、ちゃんとした役割を持っていた頃の物の残骸の他には、特に目を惹くようなものは無かった。


 ただし最初の部屋と違って、通路は来た時のもの一本だけだった。


「散らばった残骸の下に隠し通路が――」

「やめなさい。と言うかそんなものがあったらとっくに誰かが見つけてるし、開拓者の地図に載ってるはずでしょ」

「さもありなん」


 カールの頭の中の地図には、既にこの遺跡の全容が記されていた。最初のダンジョンだけあって、かなり正確な地図が出来ていた。


「次行くわよ」


 通路を戻って最初の部屋へ。そして今度は入り口から見て正面の通路を進み、三つ目の部屋に入った。


 この部屋も以下略。ただし二つ目の部屋と違い、ここには四つ目の部屋への通路があった。


 遺跡の構造としては、縦横2×2の4部屋構成だった。もちろん、地図にもそのように記されている。


 特に何事も無く三つ目、四つ目の部屋の調査を終え、二人は最初の部屋に戻ってきた。ちなみに四つ目の部屋は、二つ目の部屋と同じく通路が一本しかなかった。


「何か出るかと思ったけど、何も出なかったわね」


 魔物の一匹でも出れば話も盛り上がるというものだが、残念ながら出てきたのは最初の小虫だけだった。そもそもここは定期的に利用されている遺跡なので、魔物も棲みつきにくいのだ。


「簡単な仕事だったわね」


 初めてのクエストは、拍子抜けなほどあっさりと終わった。あとは町に戻って報酬を受け取り、(必要ならば)家で一悶着やって、第二話終了という運びだ。


「……妙でござるな」


 そんな今後の展望を、カールが首を傾げて打ち消した。


「何が?」

「最初のダンジョンにしては何も無さ過ぎでござる。このクエストは言うなればチュートリアルダンジョン、今後の攻略に役立つ知識やスキルが得られないと腑に落ちないのでござる」

「……あー、なんだっけ。ロープレ? ってやつ? こっちの世界を旅するみたいなゲーム。あんまりゲームと現実をごっちゃにしない方がいいんじゃない?」

「異世界転生なぞごっちゃにせざるを得ない案件。まぁチュートリアルとして機能しないのは目を瞑るとしても、やはりちょっと妙でござる」

「だから何なのよ、その妙なのって」

「これを見てほしいでござる」


 そう言ってカールは、この遺跡の簡単な地図を指で地面に描いた。


「砂頼りである故見づらいのは勘弁でござるが、概ねこんな感じでござる」

「うん……まぁ、そんな感じよね」


 2×2の4部屋。部屋と部屋を繋ぐ通路を線で描くと、この遺跡はコの字状になっている事が分かった。

「それがどうかしたの?」

「なにゆえ、二部屋目と四部屋目を繋ぐ通路が無いのでござろうか」


 何故、ロの字ではなくコの字なのか。ここはプレイヤーを迷わせる目的で造られたダンジョンというわけでもないし、これだと単に不便なだけだった。


「それは……なんとなくじゃない?」

「古今東西、こういったちょっとした不自然さには何らかの理由があるのでござるよ」

「ふーん……それもゲームの話?」

「然り」

「あ、そ……」


 エリザはどうでもよさげに相槌を打った。


 カールは残骸から棒きれを手に取ると、そのまま通路に向かった。


 カールが向かった通路は、最初の部屋と三つ目の部屋を繋ぐ通路だ。


 そしてカールは、その通路の真ん中で足を止めた。その位置は、二つ目と四つ目の部屋のちょうど間だった。


「通路を作らなかったのではなく、作れなかった。何故ならそこには、隠し通路があるからでござる!」


 棒切れを片手に、カールはその辺りをまさぐり始めた。その様子を遠巻きにエリザは、壁にセクハラしてるみたいと若干引いた様子で眺めていた。


「ふんす! ふんす!」


 そしてでたらめに天井を棒きれで突いていると、不意におかしな手ごたえを感じた。


「……フゴッ?」


 次の瞬間――カールの目の前の壁が、ゴゴゴゴゴと音を立てながらスライドした。


 そして目の前に、新たな道――カール風に言うなら、隠し通路が出現した。


「え、うそ……マジで?」


 そろそろ諦めるよう促そうとしたエリザが、信じられないといった表情で言葉を零す。


「やはり拙者の目に狂いは無かったでござる……ドゥフフwww」


 してやったりと草を生やすカール。


「えー、うそ……だってこんな、町に近い遺跡に隠し通路なんて……」


 エリザは半信半疑にカールの元へ向かう。


 そして壁が開いたところを覗き見ると、確かにそれは新たな通路だった。


 この隠し通路が今まで発見されなかった理由は、まずこの遺跡が大した調査もなされなかった事が一つ。そして通路の真ん中は隣接する部屋からの光がちょうど届かない位置で、しかもスイッチが天井という、非常に分かりにくい場所にあった事で二つ。


 その両方が合わさり、更に日々の偶然が手伝って、この隠し通路は今日まで発見されなかったのであった。


「……どうするでござるか?」

「ど、どうするって……」


 再び隠し通路を覗く。通路を照らす淡い電灯の光は、これが偶然開いたただの穴などではなく、ちゃんと造られた隠し通路である事を示していた。


「…………」


 隠し通路を前に、エリザが思案する。


 自分は今、何の準備もしていない。手ぶらで出来るクエストだからと、ここには手ぶらでやってきた。未知の領域を調査する準備は、物理的にも精神的にも出来ていないのだ。


 しかし隠し通路の調査は、紛れも無く『開拓』だ。家に帰る条件を満たすなら、これに飛び込まない手は無い。クエスト完了の報告にはこの通路の存在を伝えないといけないし、そうなると新たなクエストとしてここの調査依頼が出されるだろう。それの受注条件を、自分たちが満たせるとは限らない。


 総括すると――開拓するなら今しかなかった。


「…………行くわ」


 エリザは決断した。おそらく二度と訪れない、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。


「左様でござるか。然らば拙者は帰還ステップに入るでござる」

「待ちなさい」


 帰ろうとするカールの襟を引っ掴む。


「グエッ……! 帰還ステップの規定の効果解決前に何を……拙者まだ優先権を放棄していないでござるが」

「わけ分かんない事言ってないで、あんたも来るのよ」

「丸腰の拙者はチャンプブロッカーにしかならないでござるよ」

「私も丸腰なんだから、開拓者のあんたがいなきゃ地図書けないでしょうが」

「まさか固有スキルがこんな形で仇に……」

「つべこべ言ってないで、さっさと行くわよ!」


 遺跡に入った時と同じようにして、エリザは先陣を切って隠し通路を進み始めた。


「フッ……やれやれでござるな」


 肩を竦ませ、やれやれ系主人公の真似事をした後、カールはエリザを追って通路に足を踏み入れた。

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