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第十話 その3

「……はて」

 女の顔を見て、カールは肉厚な小首を傾げた。


 黒髪のセミロングに、気の強そうな釣り気味の瞳。五分袖の白のカットソーに、膝丈ほどの長いスカートを着た二〇代と思しき容姿の女。


 パッと見では全く見覚えの無い、元の世界でも絶対に関わる事の無さそうな女だった。


「旧世界における拙者の名を知っているとは、お主何者…………いや」


 カールの記憶の中にある女性フォルダの中身はそう多くない。フォルダ内の画像と目の前の女を1つ1つ見比べていくと、とある女とそれなりの合致が見られた。


「お主ひょっとして…………高校時代に同じクラスだった、柊レナ氏でござるか?」


 彼女――柊レナは、カールの高校時代の同級生だった。


「うん……いやまぁ、柊レナだけど……え、なんでフルネーム覚えられてるの、私」

「それはお互い様にござる」

「いやあんたは忘れようにも忘れらんないでしょ……」


 カールは見た目は典型的なステレオタイプの量産型キモオタだが、逆にここまで見事に典型的なテンプレを踏襲しているキモオタは、現実では非常に特異なのであった。


「いやはや、しかし当時とは髪の毛の色が変わっていたからすぐには気付かなんだでござ…………え、なんでレナ氏がここに?」

「下の名前で呼ばれる筋合いが全く無いのは今はさて置くけど、とりあえずここどこ? なんか自然いっぱいだし、町並みもなんか古めかしいし……」

「ここは異世界でござる」

「いせ……は? なにそれ、どこよそれ?」

「……フム」


 レナの過去を顧みれば、彼女が異世界というものに全く馴染みが無い事は明白だった。異世界と聞いた時の彼女のリアクションも非常にそれらしく、異世界という単語を自分の知らない日本の地名であると勘違いしていた。


 もちろん、本来はそれが正しいリアクションである。カールのように即応する方がどうかしているのだ。


 分からない事があるとすれば、どうしてレナが……レナのような人間が異世界転生をしてきたのかという事だ。高校時代のレナはスクールカーストの上位に属するような女であり、とても異世界転生の対象になるとは思えなかった。


(拙者の与り知らぬところでレギュレーションが変わったのでござろうか……)


 それは実はその通りで、昨今では陽キャやリア充、一芸特化のスペシャリストも異世界転生の対象になっている。差別化という名の多様性の波が、異世界転生というジャンルにも到来しているのであった。


(悪役令嬢か研究職が丸いとされる女性の異世界転生でも現代では実に多様な職に就いている事から、元の世界でのサブカル事情にも何らかの変化があったのでござろうな……)


 ただレナの転生に関しては、割とテンプレめな理由によるものではあったが。


「あー……それよりお腹減った。起きてから何も食べてないわ……すいませーん、こっち、サンドイッチとコーヒー」


 レナは誰に断りを入れる事もなく席に着き、近くを通りかかったウエイトレスにメニューを見ずに注文を告げた。


「……その注文は大丈夫なのでござるか?」

「カフェなんだからサンドイッチとコーヒーくらいあるでしょ。それよりここがどこなのか……って、その前にさっきから気になってたんだけど……」


 レナはカールと同じテーブルに着いている、エリザとミィナを一瞥した。


「相席してる……ってわけじゃないよね、テーブルに空きあるし。……あんた何したの?」


 カールが女の子と同じテーブルに着いている事に、レナは不信感を抱いた。何故レナが不信感を抱いたのかは、元の世界のカール参照の事。参照する手段の無い人のために一例を挙げると、在りし日のカールは教室の隅で二次元美少女雑誌を広げながらアニメや声優の話をしたり、俺のターンドローとカードゲームをしたりしていた。


 そんな男がカフェで女の子と同席しているとなれば、何らかの反社会的行為を疑って然るべきなのであった(※無論、イケメンは除く)。


「拙者は潔白でござる。彼女らとは、あっちがクエスト……仕事の依頼者で、こっちが拙者の同居人という、至極真っ当な関係性にござる」

「そ、そう……、ん? え……同居人、って」


 まるで信じられないようなものを見るような目でエリザを見るレナ。それもそのはず、絵に描いたような金髪ポニテ美少女が、これまた絵に描いたようなキモオタと一緒に暮らすなど、信じられない以外の何物でもなかった。


「それに関しては私から説明するわ」


 そして話の流れからそんな予感がしていたエリザは、即座に脳内マニュアルに従って効率的に誤解を解いて正確な認識をレナに与えたのであった。


「……つまり、のっぴきならない理由で仕方なく一緒に暮らしている、って事?」


 レナに異世界の知識が無いのでそこそこ難航したが、大事な部分は無事理解してもらえた。


 次にカールは、エリザたちにレナを紹介した。


「彼女は拙者と同郷の柊レナ氏でござる。そしてこのレナ氏こそ、先ほど話した拙者に好意を抱いていると思しき女性でござる」

「…………。え、マジで?」

「えー、そうなんだぁ…………本当にそんな事あるの?」

「…………。……は?」


 訝しげな二人と、眉間に皺を寄せて首を傾げるレナ。


 レナのこのリアクションの時点で、話の信頼性はゼロに限りなく近付いていた。


「えーと……絶対にそんなわけないと思って訊くけど、あなたはカール……この男のどこに惚れたの?」

「じゃあ訊かないでよ、そんなわけ絶対にないんだから……」

「……って彼女は言ってるけど、やっぱりあんたの勘違いなんじゃない?」

「フッ……何も拙者は何の根拠も無しに言っているわけではござらぬよ」

「根拠も何も匂わせた覚えすら無いんだけど……えっ、怖い。もしかして私がもう一人いたとかそういうホラーな感じ?」

「あるいは空想上の彼女に好き勝手な事を言わせたりやらせたりして……やだ、別の開拓者探そうかしら」

「随分な言われようでござるが、もちろんそれらは否でござる。……時にレナ氏、高校時代に拙者らをパシリに使った事は記憶しているでござるか?」

「……あー、確かにさせてたわ。よくパンとか買いに行かせてたっけ」


 当時のレナは、若干ヤンキー寄りのギャルだった。


「その時拙者がパンを献上する際に、パンツを見せてくれたではござらんか」

「…………。……は?」

「それが好意でなくて果たして何なのかと小一時間……ドゥフフwww」


 当時の光景を思い出し、カールはいやらしい草を生やした。


「……いやいや。いやいやいや……なに言ってんのあんた。なんで私があんたにパンツを見せなきゃならないんだっての」

「でも実際見せていたではござらぬか。……拙者がこう、パンを献上する際に」


 カールは椅子から降り、床に片膝をついた状態でパンを献上する当時の姿勢を取った。


「あぁ……何か知らないけどあんたたちいつもその体勢だったよね。王様から褒美を受け賜る中国の武将みたいな感じの」

「そしてパンを受け取る時のレナ氏は、椅子に足を乗せて片膝を立てていたでござる」

「あー…………そんな感じだったっけ、あの頃の私」


 ちなみにカールがそれを実演しないのは、腹と足の贅肉のせいでその姿勢が取れないからだった。


「制服でそんな事をしたら、パンツが見えるのは当然の帰結でござる」

「えっ…………えっ? あれ、えっと…………、……!?」


 今の自分の格好で同じ行為をシミュレートし――七年越しにその事実に気付いたレナは、顔をさっと青ざめさせた。


 そう――スカートを履いた状態でそんな事をすると、パンツが見えるのであった。


「だっ、だからあんたたち、我先にと率先してパシられて……!」

「彼らは志を同じくする者同士でござったが、その時だけは血で血を洗うが如きライバルでござったな。ともあれ、そのようにパンツを見せるという事は、即ち拙者に惚れてるという事に他ならないのでござる。以上、証明終了。QED」


 眼鏡に例の光らせ方をして、カールはニヒルに口の端を歪めた。


「まずパンツを見せるイコール好きっていう理屈がまるでイミフなんだけど……」

「カールってたまに吐き気を催すレベルで気持ち悪くなるのよねぇ……」


 エリザとミィナが引いていた。


「う、うああ……私の貴重な女子高生時代のパンツが、こんな奴にフリーパスだったなんて……!」


 悲しみに嘆きつつ、レナはテーブルに突っ伏した。


「あら、割とこの子も大概ね……」

「お待たせしました、サンドイッチとコーヒーです」

「あ、どうも」


 そして瞬時に立ち直ったのであった。


「当然あれは不可抗力だから。ってか惚れるわけないでしょ、美少女フィギュアを机の端に置いて下から覗き込むような奴になんか」

「それに関しては遺憾ながらさもありなんとしか言いようがないでござるなwwwフヒヒwww」

「その笑い方も相変わらずだわ……」


 当時を彷彿とさせるような草の生やし方をするカールを尻目に、レナはサンドイッチを頬張った。


 パンツを見られていた事はショックではあったが、転生前の一件を経て、レナのメンタルはそれなりに強くなっていた。


「そっちの話は終わった? そろそろあたしの話に戻してほしいんだけど」


 そしてようやく、長い閑話休題が終わったのであった。

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