第十話 その2
昼下がりのエルストの町にて。
「ってわけでヨリを戻したいんだけど、どうすればいい?」
カフェのテラス席で、カールとエリザは少女から相談を受けていた。
「いや、どうすればいいって言われても……」
「もうエリちだけが頼りなんだよ」
少女の名前はミィナ・シュマリ。リーシャ、ノエルと共に、ボルゾーイ流女子空手の合宿に一般枠として参加した少女だ。艶のある長いハイトーンカラーの髪、彩られた爪、メイクの乗った顔と、カールの元の世界で言うところのギャル相当の容姿の少女だった。
「ってかどうにか出来るからクエスト受けてくれたんでしょ?」
そんな彼女がどうして空手の合宿になど参加したのかは詳しくは該当の話参照の事だが、簡単に言えば彼氏の影響だった。
そして今回の相談……クエストは、その彼氏と復縁させてほしいというものだった。
「イカれた内容のクエストがあるでござるなと戯れに手に取って戯れに受けてみたはいいが、まさか内容そのままのクエストだったとは驚きでござるなwwwフヒヒwww」
【酒場クエスト】
彼氏との復縁。
なんか最近急に彼氏から別れようって言われた。理由を訊いてもよく分かんないし、そもそも別れたくないから、いい感じにまたくっつけてください。
依頼書の書面を思い出し、カールは開始早々草を生やした。
「……エリち、お嬢なのに意味不明な人付き合いしてるよね」
カールとエリザの関係は、既にミィナに説明済みだった。内容としては、付き合っていると勘違いされまずそれを否定、然る後に一緒にいる理由を説明する、というもの。これは新たな登場人物と出会うたびに必ず行われる問答なので、もはやエリザには脳内マニュアルが出来ていて機械的に処理が可能なほどだった。
「って、そんな事はどうでもいいの。ねね、どうすればまたマー君と前みたいになれるかな?」
「ええっと、それは……」
「ってかどうにか出来るからクエスト受けてくれたんでしょ?」
「そ、それは……」
エリザは自分に何の相談も無しに、勝手にクエストを受けたカールをちらりと見た。
「フヒヒwww」
正直、どこからどう見ても恋愛絡みの案件で役に立つようには見えなかった。
(私が頑張らなきゃ……)
わけも分からずカフェに連れて来られたとはいえ、パーティーメンバーが受けたクエストには自分にも責任が発生する。
そのメンバーが使い物にならないというのであれば、自分が頑張るしかないのだ。
「そうね……まず情報を整理すると、その、えっと…………マー、君? 名前はマーでいいの?」
「ううん、マー君はマーって名前じゃないよ」
「あ、そう。本名はなんて言うの?」
「マデューカス・グランツ」
「名前の圧がすごいでござるな……」
「うん……で、そのマー……えっと、マー……マーダーサーカス君が、ボルゾーイ流空手の合宿で空手に目覚めちゃったのよね」
「うん、そう」
事の経緯を簡単に説明すると、マー君はボルゾーイ流空手の合宿を経て空手に心酔し、全てをなげうつ覚悟で空手の道を歩む事を決めた。そしてそのなげうつ対象に、彼女であるミィナが含まれていたというわけだった。
「どうすればいいかな?」
「……そうね。あなたが今すべき事、それは……待つ事よ」
「……待つ事?」
きょとん、とミィナが首を傾ける。
「そう。今のマー君はね、空手という目標にまっすぐになってしまっているのよ。周りが見えないくらい、盲目的にね。男の子にはよくあるのよ、そういう時期が。でも辛い修行の最中に、ふと気付くわけ。いつも自分の傍にいた女の子の事を。いる事が当たり前だった、そしていなくなって初めて気付いた、その子の大切さ。マー君がその事に気付いたら、後はもう待ってるだけで自動的に戻ってくるわ。だからあなたが今すべき事、それは――マー君がそれに気付くまで、ただ待っている事なのよ」
優しく、そして若干のドヤりが含まれた笑みで、エリザは話を締め括った。
「…………」
そんなエリザの持論に、ミィナは再度首を傾げてうーんと唸って、
「……なんか、ペラくない?」
「……えっ?」
「まるで漫画か何かから引用したかのような内容の薄さだったんだけど…………エリち一個質問なんだけど、彼氏って作った事ある?」
「…………」
ミィナのその質問に、エリちの視線が首ごとギギギと明後日の方に向いた。
「あれっ、エリちが急に目を合わせてくれなくなった。おーい、エリちー?」
「……フム。ならばここは、拙者の出番でござるな」
そんなエリザの様子を見て、横に座るカールが(勝手に)バトンを受け継いだ。
「えっ……オーク君が?」
「カールでござる。エリち氏が使い物にならない以上、拙者がやるしかあるまいて」
「いやその…………恋愛経験値ゼロっぽい見た目なんだけどあなた」
ミィナの懸念はもっともだ。
カール・ケーニヒ。クエストとかで結構体を動かしているはずなのに一向に皮下の怠惰が消費されない、体重100キロオーバーのキモオタ風容姿(ロン毛、バンダナ、丸眼鏡)のキモオタだ。
恋愛経験がありそうか無さそうかで言えば、小数点第二位くらいまで9が並ぶような割合で無さそう寄りな男だった。
「フッ……問題無し、と豪語させてもらうでござる。ミィナ氏とマーダーサーカスゾンビ氏との仲は、拙者が取り持たせていただくでござる」
「……なんて言ってるけどこの人、どうなのエリち」
「単刀直入に訊くけど、あんた恋愛経験あるの?」
「フッ……拙者を見くびってもらっては困るでござるな」
カールは眼鏡を眼球が見えなくなる感じに光らせ、眼鏡をクイってやった。
「え…………まさか女の子と付き合った経験あるの?」
「……フム。付き合っていたかどうかと訊かれれば否寄りである事は否めないでござるが…………しかしとある女性が拙者に好意を抱いていたであろう事は明確でござる」
「あろうなのに明確とか、なんか一気に眉唾になったけど…………そもそもあんたが女の子と絡みがあったって事自体が驚きだわ」
「フッ……学生時代の青春の1ページでござるよ」
テラスに面した大通りに顔を向け、遠い過去を懐かしむような目をするカールであった。
「……ム?」
と、そこでカールは一人の女と目が合った。
それくらいなら別段特筆するような事でもない、表を歩いていたらたまたま他人と目が合ってしまった程度のよくある事で、すぐにお互い視線を外すところなのだが……両者の視線は互いに釘付けだった。
「――――」
カールがそうなっている理由は、その女の服装だ。まるで着の身着のまま外で一晩寝ていたかのようにくたびれて汚れてはいるが、その服は異世界……この世界にとっての異世界である、カールの元の世界のものに酷似していた。
そして、女の方がそうなっている理由は――
「あ、あんた……軽井沢兼一?」
カールの顔を見て、女はそう言ったのであった。




