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第十話 その1

「別れてくれないか」


 それなりに値の張るホテルのレストランで、交際して三年になる男から、私はそんな事を言われた。


「――――」


 ただ、正直なところ、そう言われるだろうと思わないではなかった。最近は会えない事も多かったし、考え方ですれ違う事も結構あった。


 そもそもの話をするなら、お互いの歩んできた世界には隔たりがあった。高校を出て適当にバイトしながら生活をしてきた私と違って、彼は良い大学を出て名の知れた会社に勤めている。そんな二人がどうして付き合う事になったのかと言うと、お互いたまたま参加した街コンで良い感じになったからなのだが、まぁそれはどうでもいいだろう。


 つまり何が言いたいのかと言うと……ひょっとして彼は、将来を私と歩くつもりが最初から無かったのではないだろうか、という事だ。


 それは別れを告げる彼の表情からも窺える。その顔は別れは辛いけどこれからはお互い別々の道を歩んだ方が幸せになれるみたいな感じではなく、まるでそれなりに長くやってきた趣味を節目でやめるような感じだった。


(そう言えば出世したとか何とか言ってたような……)


 思えば態度が素っ気なくなったのも、その辺りからだったような気がする。


「…………。うん、まぁ…………理由訊いてもいい?」

「そろそろお互いの人生を歩むべきだと思ったんだ」

「……あっそ」


 セリフこそ正しい辛い別れの切り出し方だが、もちろんこれはただの方便だ。相手の感情を波立たせないためだけの、『心にも思ってないけど、こう言っておけば揉め事にはならないだろう』みたいな感じのやつだ。


(あぁ……高級レストランって、そういう)


 話を円滑に運ぶための、ある種の手切れ金のようなものか。美しい思い出を最後にあげるから、今日が過ぎたらすっぱりと赤の他人でいてくれよ、というわけだ。


「…………」


 私は席を立ち、バッグを手に取った。


「ちょっ……どこに行くんだ?」

「帰る。食事って気分じゃないし」


 そういう風に見られていた事に腹が立つ。この男にとって私は、餌をぶら下げれば喜んで食いつく簡単な女だったのだ。


「えっ……でも、それじゃ」

「心配しないでも、別れればいいんでしょ? ちょうど私もそう思ってたところだし。お互いそろそろもういいかなって」

「そ、そうか。……うん、じゃあそういう事で」


 私の言葉に、彼はほっと安堵の表情を浮かべた。


「……さよなら」


 そうとだけ言い残して、私は振り返らずにレストランを出た。


(…………ふん、別にいいわよ。あんな男、別にさ……)


 むしろ本性が分かってせいせいした。今まであんな男と付き合っていたなんて、自分はなんてバカな事をしていたのだろう。あんなのとは、別れて正解だったのだ。


「…………、はぁ」


 ただ、1つだけ言うなら――めかし込んできた自分が、少しだけ馬鹿みたいだった。



 気が付いたら彼女は、コンビニで酒を買って公園で酒盛りをしていた。


「う~……なんでだよぉ。バカだからか? 元ギャルだからか? そんなの関係……んぐっんぐ……ぷはぁ。あるんだろうなぁ……でも政治の話なんて知らないし。税金上がったら普通嫌でしょ!? 経済がどうのとか、その分医療費が云々とか言われても分かんないし!」


 空になったアルミ缶を握り潰し、新しい缶チューハイをビニール袋から取り出す。買い物用のMYバッグは常に持ち歩いているが、今日はそれを使う気は起きなかった。


「……ふん。いいわよ、別に。男なんていくらでもいるしさ……」


 ぐすん、と鼻をすすり、缶を傾ける。アルコール度数も普段より4%増しだった。


 やがて買ってきた酒が底を尽くと、彼女はふらつきながら立ち上がった。


「……あぁ、もう。一張羅が台無し……」

 そう呟きながら、ふらつく足取りで空き缶をゴミ箱に捨て、彼女は帰途についた。


 時刻は午後九時を回ったところ。


 住宅地であるこの辺りに人気は無く、街灯も心細い。よからぬ者が徘徊するには、そこそこのロケーションだった。


「はん……来るなら来てみなよ。返り討ちにしてやるから」


 しゅっしゅっ、とシャドーを打つ。全く腰の入っていない、千鳥足に支えられた心許ない右ジャブだった。もっとも、ここまで泥酔した女を襲おうというよからぬ者もそうはいないだろうが。


 そんな風にしてふらふらと、ろくに左右も確認せずに道を歩いていると――


「……ん、眩し――」


 不意に視界を覆う光と、その先に微かに見えた鉄の塊が見えた辺りで――女の意識は、この世界から断ち切られた。



 そして――


「んぅ……眩し」

 瞼の外に降り注ぐ光に、思わず顔を手で覆う。


「朝……痛っ。うぅ、なにこれ……」

 二日酔いでズキズキする頭を押さえ、むくりと起き上がる。


「あれ……あー、そっか。あのまま寝ちゃったんだ……」


 皺くちゃになった一張羅。それどころか、土や草の端まで付着している。体もバッキバキで、まるでどこか固い所で寝た後のようだった。


「…………。え、嘘、もしかしてあのまま寝ちゃった!?」


 寝ぼけ眼が瞬時に覚醒した。さすがにどれだけ泥酔したとしても、どれだけ元ギャルだとしても、外で爆睡するという醜態を晒す事は憚られた。


「やばっ、この辺夜は人いないけど朝は普通に人いるし、下手すりゃSNSで晒され――」


 道端で眠る美女(24)の動画がSNSでバズってる様を想像し、今更ながら身だしなみを簡易的にパパっと整えたところで――女はふと気付いた。


「――――。あれ…………ここ、どこ?」


 ――そして女はこの日、異世界へとやってきたのであった。

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