第九話 その15
時は少し遡る。
「結局モルゲヨッソって何のお肉なの?」
「…………さぁ、なんなのかしらね」
酒場で食事をした後、エリザと小春は特にあても無く町をぶらついていた。
「それで、いいクエストはあった?」
「あったわよ、労力の割に報酬のいいクエストが。……猫探しのクエストなんだけど」
「……それって、もしかして」
「……うん」
「あぁ、また……」
飼い主のあの様子では、ジョセフィーヌちゃんが何度も逃亡を試みるのもさもりなんとしか言いようがなかった。
「ややっ、これはエリザ殿」
町を歩いていると、エリザは見知った顔と出会った。
「あら、あなたは……」
「ノエル様の執事のダニエルです。奇遇ですな、こんなところで」
常在戦場とばかりに鎧を着た老人、ノエルの執事であるダニエルだった。
「……まさか会うとは思わなかったわ。なにしてるのよ、こんな所で」
「ノエル様がクエストに行っているので、暇を持て余しております」
「……ふぅん。暇を、ね……」
ダニエルの返答に、何とも言えない目を向けるエリザ。僅かに空気がピリついた。
「……どちら様?」
そんな中、ダニエル初対面の小春が小声でエリザに尋ねた。
「私が行くはずだったクエストの依頼主の執事よ」
「……なんかちょっとややこしいけど、なんで執事がクエストに同行してないの?」
「それは…………ちょうど私も聞きたいと思っていたところよ」
エリザは視線をダニエルに移し、目で今のセリフを疑問文に変えて投げかけた。
「まぁ、それは……のっぴきならない理由があるのです」
「執事を名乗る者が主の危機を見過ごしておけるはずがない。何を差し置いても優先すべき事に勝る理由なんて存在しないわ」
「…………フッ。そちらの執事は随分と優秀なようですな」
「そうでもないわ」
自分のところのセバスチャンがその理念を胸に執事を務めているかと言われれば、素直に頷けないものがあった。
「うちの執事は厳密にはお父様のだけど、あなたはノエルの執事でしょう? 職務放棄も甚だしいわ。もう一度訊くけど……なにしてるのよ、こんなところで」
今度のエリザの口調には、咎めるような若干の険が入っていた。
「…………。まぁ、あれですな。こちらにはこちらの事情があるという事です」
どことなく歯痒そうな様子で、ダニエルは答えた。
「…………。……まぁ、いいわ。私が立ち入るような話でもないでしょうし」
「ご理解、感謝申し上げます。それでは、某はこれで」
会釈をして、ダニエルは二人の横を通り過ぎた。
「……なんか事情が込み入ってそうだね。今回ボクの出番って必要かな?」
「あんたってたまにカールと似たような事言うわよね……」
そして、二人も再び歩みを進めようとしたところで――
――ガシャンッ!
二人のすぐ後ろから、地面と金属がぶつかり合うような音が聞こえた。
「いやはや、お恥ずかしいところを」
ここはエルスト郊外のホテルの一室。
道で倒れたダニエルを、エリザと小春は彼の住処であるここに連れ帰ってきた。
「二人とはいえ少女、某の鎧は重かったでしょうに」
「運んだのは私たちってわけじゃないし、それは別に」
「さっそく雑に扱われている……」
ダニエルは小春の必殺スキル『投影傀儡』で出現した、(スタイルに上方修正の施された)小春のコピーの手によって運ばれていた。本来ならヴァンパイアに匹敵するほどの強力なチートスキルが、二回目の使用でさっそく洗濯物を干す時の∀ガ〇ダムのような使われ方をした事に、小春は微妙な気持ちになった。
「とにかく、助かりました」
ベッドの上で、ダニエルが二人に頭を下げる。
「で、なんで倒れたの? 熱中症ってわけじゃなさそうだけど」
「…………」
「……答えられないって事は、ワケありみたいね。ノエルに同行しなかった事にも関係しているのかしら?」
「…………」
エリザの問いにも、ダニエルは無言で返した。
それきり、部屋から言葉が消えた。無機質な冷房の駆動音と遠くで鳴く蝉の声が、やけにはっきりと聞こえた。
(うわぁ、なんか空気重い。ぶっちゃけボク無関係だし帰ってもいいよね……?)
やがて、ダニエルが口を開いた。
「……実は某、体が不治の病に冒されていてもう長くはないのです」
「――――」
不意打ち気味の深刻な告白に、エリザは面食らったように言葉を詰まらせた。
「時折体に激痛が走り、このように倒れる事も一度や二度ではないのです」
「…………」
そして、ダニエルがクエストに同行しなかった理由も見えてきた。
ダニエルがクエストに同行しなかったのは、クエストの途中で今回のように倒れてしまうと、命に関わる事態に陥るからだ。マリィのおかげでエンカウントする事は無かったが、あの地域は本来は強力な魔物が徘徊する場所だ。そんな場所で戦闘職である自分が倒れた時、ノエルがどうなってしまうかなど想像に難くない。
それならば最初から自分が同行しなければ、ノエルはクエストを諦めるか、あるいは腕の立つ護衛を雇うかするはずなので、結果的に自分と行くよりは安全だとダニエルは考えたのだった。
「某の70と余年の人生において、お仕えしたのはたった10年ほどですが、ノエル様は某の主。余計な心配はかけたくないのです」
「……病気の事はノエルは知っているの?」
「いえ、幸いな事にノエル様の前で倒れるという事は無く、未だに隠し果せております」
「……そう」
エリザはそんなダニエルに対して言いたい事が無いわけではなかったが、無関係の自分が口を挟むような事ではないので、短く相槌を打つだけに留まった。
「そういうわけですので、病の事はどうかノエル様には内密に」
「……いいけど、でも倒れた事はノエルに報告するわよ。隠し通せる事でもないし」
倒れたダニエルを運ぶ様子はホテルに着くまでに多数の人の目に留まったので、それをノエルに秘密にしておくには、口止めが必要な人数が多過ぎた。
「それは仕方ありませんな。では貧血で倒れた事にでもしておくとしますか」
「…………。それじゃ、私はカールたちを探してくるから。念のため小春にはここにいてもらいたいけど……大丈夫?」
「……まぁ、いいけど」
ここまで来ても相変わらず全くの無関係だが、一人にして何かあっては寝覚めが悪いので、小春は承諾した。
「ありがと。じゃ、頼んだわ」
そう言い残して、エリザは部屋を出て行った。
そして部屋に残される、小春とダニエル。
(初対面のお爺さんと二人きり…………うへぇ)
これから訪れるであろう気まずい時間に、小春は少し憂鬱な気分になった。
「ふむ……それでは、某は一眠り頂きます……ぐぅ」
そう言って、ダニエルが瞬時に眠りに着く。
「早っ……ノヴィ太くんみたい」
唐突に披露された早寝芸はともかく、とりあえず気まずい思いはせずに済みそうで、小春はほっと安堵した。
「…………。今度は暇だね……」
小春は暇を潰すために、スマホを手に取った。




