第九話 その13
女は空中にいながら、眼下にゴーレムが迫っているのを目視した。
空中で身動きが取れないこの瞬間を狙っているのだろう。女神像を投げたのはそれが狙いだったのだ。かすりもしない自分の攻撃に業を煮やして、動きを制限するためにあのような行動に及んだというわけだ。
(……まぁ、あの程度のゴーレムなら)
ミニチュアサイズのクレイゴーレム。こちらの隙を狙っているのは、いかにも低ランクの魔術スキルで造られたといった風情の土のゴーレムだ。あんなものは何の脅威でもなく、その気になれば簡単に壊せる。それでも壊さずに躱し続けていたのは、単に鉄扇に砂が入り込むと掃除するのが面倒だからだ。
だがそれでも殴られると痛い事には変わりないので、女は鉄扇を広げて防御体勢を取った。そのままでももちろん充分だろうが、魔力でエンチャントすれば盤石だ。
(さぁ、どこからでも――)
余裕の表情でゴーレムを迎え撃つ。
次の瞬間、女の表情は凍りつく事になった。
空中にいるトレジャーハンターの女に向かって、ゴーレムが地を蹴る。
(確かに空中で躱される事は無いでござろうが、その体格では……)
女は鉄扇を広げて防御体勢を取っている。しかもそれは妙な光を帯びていて、魔法的な何かが施されている事が窺えた。
ノエルは一撃当てれば勝てると言ったが、土の壁を掘る事すら満足に出来なかったゴーレムに、あの鉄扇を突破出来るとはとても思えなかった。
「さぁ、ゴーレムさん――パワーアップですわ!」
ノエルが杖の先端を跳躍するゴーレムに向ける。
その杖の先は――黒く光っていた。
――ミシッ、ベキベキベキ……!
「ファッ!? そ、その姿は……!」
愛らしいゴーレムの右腕部が、隆起するようにして肥大化していく。まるでドーピングの施されたコンソメ味のスープを血管から注入したかのように、そこだけが歪に変化していた。
ゴーレムのこの光景は記憶に新しい。マリィの魔力が混じった時に起こった現象と同じだった。
「な、なにゆえノエル氏にこのような事が……」
「杖の宝石にマリィさんの魔力が残っていたのです。あのようにたっぷりと」
一発当てれば倒せるのタネはこれだった。
杖にマリィの魔力が残っている事に気付いたノエルは、もう一度ゴーレムを強化して一撃必殺を狙う事にした。小さい状態のゴーレムで無駄とも言える攻撃を繰り返していたのは、油断を誘いつつ確実な隙を探していたためだ。杖に残った魔力は一撃分、出会いがしらの一発に任せる事などとても出来なかった。
そして確実な状況が訪れた今、ノエルは満を持してその魔力を解放したのだった。
「ゴーレムさんっ!」
ゴーレムが肥大化した腕を振り上げる。
そして、五分の賭けはここからだった。
(五分の賭けとは、あの方に攻撃が当たるかどうかではなく――女神像が無事でいられるかどうか!)
ゴーレムの一撃で決定打を与えた時、その影響がどの程度女神像にまで及ぶか、という事だ。これは(予測が出来ないという意味で)完全に運任せ。祈る以外では、相手が女神像をどう扱うか次第だった。
(これはお宝も粉砕コースでござるね。なんだこれは、たまげたなぁ……)
もちろんカールは、まさかゴーレムが再びこんな姿になるとは思っていなかったので、こういう手段だと知っていたらもっと分を悪くしていただろうが。
そして肝心の、果たしてこの一撃で相手を倒す事が出来るかどうかだが――
ゴーレムの拳が、広がった鉄扇に命中する。
「――――」
金属がひしゃげる音と共に鉄扇はバラバラに解け、女の体はその勢いのまま壁に叩きつけられた。
女は座った姿勢のまま壁にもたれるようにして俯き、ぴくりとも動かなかった。
「し、死んだでござるか……?」
「縁起の悪い事を言わないでください」
生身で受けたら危なかったかもしれないが、鉄扇のガードのおかげで意識を失うだけで済んでいた。それでも強烈な一撃だったので、ひょっとしたら骨にヒビでも入っているかもしれないが。
ともあれ、命に別状は無さそうだった。
「それより女神像ですが……」
ノエルは女の体を探ると、懐の部分にそれを見つけた。
「……無事ですわね」
女神像は無傷だった。
「まさに奇跡でござるな」
「……いえ、もしかしたらそうではないのかもしれません」
女神像は、女が攻撃を食らった箇所からは離れた位置にあった。
もしかしたら彼女は、身を挺して女神像を守ったのかもしれなかった。
「……あなたにとってこれは、本当に必要なものだったのかもしれませんが」
無論、だからといって譲るわけにはいかない。彼女にとってこれが身を挺してまで守る価値があるものというなら、それはこちらも同じ事。そうでなければ、そもそも戦う必要など無かったのだ。
ノエルは女神像をそっと、女の懐から取り上げた。
「……さて。残る問題はマリィ氏でござるが……」
遺跡で迷っていると思しきマリィ。地図があるとはいえ、どこを歩いているかも分からない人物を捜すのはなかなかに厳しい……と言うか困難を極めるものがあった。
「ここにいましたか」
途方に暮れようとした矢先、後ろからそんな声が聞こえた。
「これはマリィ氏、ちょうど探しに行こうと……それはなんでござるか?」
探す手間が省けた安堵も束の間。カールとノエルは、マリィ以外の人物に目を奪われた。
「これですか? 一人は賞金首です。残りの三人は放っておいてもよかったのですが、あそこに残しておくと魔物に襲われるかもしれないので」
縄でぐるぐる巻きにされた男が四人、まるで風船のようにマリィの傍で浮かんでいた。
「それは…………どういう原理ですの?」
「浮かぶ縄です。別段珍しい魔法でもありませんが」
「そう……ですか?」
ノエルはそんな魔法、聞いた事も無かった。これは魔法ではなくマリィのヴァンパイアの力によるものなので、知らないのも当然なのだが。
「よくここが分かったでござるな」
「私の魔力に非常に近いものを感じ取ったので、もしやと思ったのです」
杖に残った魔力は、図らずも道標になっていた。
「何があったかは分かりませんが、そちらも大変だったようですね」
「えぇ、まぁ……あ、そうだ。ついでにこの方も運んで…………あら?」
ノエルが振り向くと、そこに女の姿は無かった。
「彼女なら私が来た時にあっちに走って行きましたよ。特に敵意も無さそうだったから放っておきましたけど」
「どうやら気を失っていたのはほんの一瞬だったみたいでござるな」
それでも目が覚めて向かってこなかったのは、ダメージもそうだが、マリィの姿を見かけたからだろう。それは強さを目の当たりにした事もさる事ながら、元仲間を風船のように浮かべている様子を見せられては、何を差し置いても逃げるに決まっていた。
「さて……それでは晴れて帰還ステップでござるな」
クエストを達成した三人は、遺跡の出口に向かって歩き出した。




