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第九話 その12

「ゴーレムさんっ!」


 ノエルの足元に、彼女の膝丈サイズのゴーレムが生成される。


「……どうしても戦うというのですか?」

「あなたがお宝を諦めてくださるのなら、そうする必要もありませんが」

「そうはいきません。あの宝は必要なものです」

「私にとってもそうです。であれば、こうなるのは必然ですわ」

「……ならば仕方ありません」


 女は嘆息混じりにそう言うと、腰の後ろに括り付けていた武器を手に取った。


「ム……あの武器は」

「知っているのですか? カールさん」

「鈍い銀色の、長さ1メートル弱の棒状のあの武器は…………まさしく鉄の棒でござる」

「なるほど。見たままですわね」

「で、あるならば……勝機アリでござる」


 棒と言えば、RPGでは最弱の部類に入る武器だ。代表的なのはひのきの棒やこん棒で、そのどちらも初期装備あるいは最安値の武器となっている。その2つと違い彼女が持っているのは鉄製だが、攻撃力にそれほど差が出るとは思えない。言うなれば木製バットか金属バットかの違いで、鈍器という役割においてはほとんど同一と言ってもいいくらいなのだ。


 とまぁ、棒だのバットだのとややこしい事を述べたが、要するに彼女が持っている武器は大したことは無いという事だった。


「棒きれ相手に臆する必要無し、格の違いを見せつけてやるでござる!」

「相手の武器が弱いと分かった途端に居丈高ですわね……」


 小物臭めなカールの態度に半ば呆れつつ、ノエルはゴーレムに命令を下した。


「可愛い可愛いゴーレムさん、あの方を死なない程度に戦闘不能にして差し上げなさい!」


 命令を受けたゴーレムは、ハッスルするように胸の前で腕を交差させた後、女に向かって駆け出した。


「……それがあなたたちの最大戦力ですか?」

「然り。確かにショボ……可愛いゴーレムでござるが、棍棒相手には充分でござろう?」

「……何か勘違いをなされているようですが」


 女は鉄の棒を胸の前に構えると、それを扇状に展開した。


「ファッ!? そ、それはもしや……鉄扇!?」

 

 女の武器は、棍棒ではなく鉄扇だった。


 鉄扇というは、金属製の扇子の事だ。扇子と言っても鉄扇としてのそれは夏場に使うような風情ある形をした護身具的なものではなく、開けば体を覆い隠せるほどの大きさの無骨なものと相場が決まっている。


 例に漏れず女のそれもそうであり、目いっぱい開いた鉄扇は、彼女の上半身のほとんどを覆い隠していた。


「ま、まずいでござる……」

「何がまずいんですの? 所詮は鉄の鈍器に違いありませんわ」

「武器としての本質はこの際どうでもいいのでござる。問題なのは、武器としての希少性でござる」

「本質がどうでもいいわけはないと思うのですが……希少性?」

「平たく言えば、使い手が少なそうな武器はそれだけで強いという事でござる」

「……全く意味が分かりませんわ。使い手が少ないという事は、つまり使い勝手が悪いという事ではないのですか?」


 ノエルがそう思ってしまうのは無理も無い話なのだが、実際カールの言う通りなのだ。扱いやすく誰の手にも馴染むような大量生産品よりも、見た目明らかに重心のバランスがおかしかったり何を斬る目的で造られたのか分からない形状の刃とかの方が、往々にして異世界ファンタジーでは攻撃力が高いものなのだ。


「どれほどのものなのかは、とりあえず殴ってみてから判断しますわ。ゴーレムさんっ!」


 ノエルの命令を受け、ゴーレムが鉄扇を広げた女に殴りかかる。


 ちなみにあれほど長々と話していたにもかかわらずゴーレムが未だに女に到達していない理由は、創作物特有の会話中は時間が止まる現象によるものである。すれ違いざま、一瞬の交差の間に「フッ……あとは頼んだぜ」「なっ……お、おまえ、まさか……!」みたいな会話を交わしたり、サッカーでシュートが放たれてゴールに入るまでの間にチームメイト全員分の「いっけー!」とか「決まれー!」とか「俺たちの夢を乗せてゴールへ突き進め……!」といったカットが順繰りに入るのも、その現象が働いているからこそなのだ。


 ともあれ鉄扇の威力調査の意味も込めて、ゴーレムは鋭いパンチを繰り出した。


「……おっと」


 しかし短い手で繰り出されたパンチは、当然のようにワンステップであっさりと躱されてしまった。


「……っ! ゴーレムさん、頑張って!」


 次いで二発、三発と腕を振るうも、幼児の如き短い手足では成人女性を捉える事は出来なかった。


「これでは棍棒だろうが鉄扇だろうが変わらないでござるな……」


 予想外のゴーレムの戦闘力の無さに、カールはじりじりと後退を始めた。


「くっ……当てられさえすれば」

「いや、あれでは当てても痛い程度で済まされそうでござるが」


 固い土の打撃は脛辺りにヒットしたら悶絶くらいはするだろうが、行ってもそれ止まりだ。


 ミニチュアゴーレムのフィジカルに、敵を追い払えるほどの攻撃力があるとは到底思えなかった。


「カールさん、なんとかあの方の足を止める事は出来ませんか?」


 だというのに、ノエルは当てさえすれば勝てるとでも言いたげだった。


「…………。……いや、まずその注文が無理難題でござるな」


 何せ相手は、あんな大きな鉄扇を持ちながら平然と動き回れるほどの使い手だ。攻撃手段皆無、素早さ個体値0のカールでは、物理的手段で彼女の動きを止める事は不可能だった。


「そろそろ諦めて女神像を渡してくれませんか? 悪いようにはしませんので」


 ゴーレムをいなしながらそんな話が出来るくらい、相手は余裕綽々だった。


「――――」


 カールが手元の女神像に目を落とす。自分はゴーレムの操作に専念するからと、ノエルから預かったものだ。


「…………。これが欲しいのでござるか?」

「はい」

「どうしても」

「ええ、どうしても。……渡す気になってくれましたか?」

「……フム」


 カールは再び女神像に目を落とし、思案する。


「いけませんわよカールさん。依頼主としてそれは許しませんわ」

「……しかしながら、このままではどうあれこれは奪われる事になるでござる。それはノエル氏にも分かっていると思うでござるが」

「それは……。……でも、攻撃を当てる事さえ出来れば」

「フム……それはつまり、一撃当てられれば勝てるという事でござるか?」

「はい」


 ノエルは確信めいた表情で、澱みなく返事をした。


「……分かったでござる。しかしながら、拙者に出来るのは五分の賭けまででござる。それでいいなら実行してみせるでござるが、如何に?」

「出来るならなんでもいいですわ」

「承知。依頼主の許可を得た上で実行するでござる」


 そう言うと、カールは一歩前に出て、


「傾注ーッ!」


 女神像を掲げ、声を張り上げた。

 そして皆の視線が女神像に向いたところで、カールは間髪入れずに――


「――そおいっ!」


 女神像を、天高く放り投げた。


「な――」

「は――」


 カールの突然の行動に、ノエルと女が同時に目を丸くする。


 女神像はゆるい回転を伴いながら、放物線を描くような軌道で宙を舞っていた。


「……っ、なんて事を!」


 いち早く反応したのは、トレジャーハンターの女だった。彼女は自由落下を始める女神像に飛びつくように跳躍し、そしてそれを手中に収めた。


 カールの行為のせいで、女神像が女の手に渡ってしまった。


「足を止めたでござるぞ、ノエル氏」

「こ、こんなやり方……!」


 だが、カールは確かに注文通りの事をやった。


 女神像を奪われはしたが――視点をトレジャーハンターの女にのみ向けるなら、彼女は今、姿勢制御の利かない空中にいる。人間が空を飛べない以上、空中に誘い込んだという事は、足を止めた事と同義なのだ。


(しかし、これのどこが五分の賭け――)


 空中にいる女にゴーレムを差し向けようとしたところで、ノエルはそれを理解した。


(――ご、五分の賭けって、そういう……!)


 それはあまりにもあんまりな賭けだった。

 こちらからの介入は祈る事以外不可能な、これは完全に相手頼みの賭けだった。


(……ですが、やるしかありません!)


 瞬時に決意し、ノエルはゴーレムを操るために杖を向けた。

 元よりこの方法以外では、五分どころかゼロなのだ。


 ノエルには最初から、この賭けに乗る以外の選択肢は残されていないのであった。

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