第九話 その11
一方その頃。
「フッ、フヒッ……な、何者でござるか、アレはっ!?」
「分かりませんけど、足を止めてはいけない事だけは確かですわ!」
カールとノエルは、全身をローブで覆った人物に追いかけられていた。
先ほど聞こえた軽快な足音は、マリィのものではなかった。
道の奥から現れたのは、全身をローブに身を包んだ、トレジャーハンターの仲間の一人だった。
「やっぱり、マリィさんはもう……」
「そっ、それはあり得ぬ故……フヒッ、何かのっぴきならぬ問題が生じたのでござろう……フヒッ」
全身ローブで走り辛そうとはいえ、自分たちが走って逃げられる程度の相手にマリィがやられるわけがない。何か不測の事態が起きたのだろうとカールは認識していた。
ただ、その不測の事態が単なる見落としといううっかりだったとまでは、さすがに読み取れなかったが。
やがて二人は、遺跡の広間に出た。
広さは先ほどお宝を見つけた場所と同程度。遮る物の一切無い、開けた空間だった。
「フッ、フヒッ……コヒュ~、コヒュ~……」
あとカールの体力が限界を迎えた。
「まだですわ! あと小一時間くらい頑張ってください!」
「それを聞いたらもう無理でござる」
遠すぎる目標は気力を根こそぎ奪う。あと1~2分なら動きそうな足も、小一時間走る必要があると言われたら即座に活動を停止する。ゴールが小一時間先なのに、1~2分走ったところで無意味だからだ。
カールは足を止め、膝に手をついて荒い呼吸を繰り返した。
「ぜひ……ぜひ……」
「何故かは分からないけどその呼吸の仕方はものすごく不安を煽りますわね……」
「いい加減逃げるのはやめてくれませんか?」
その声に、二人がばっと振り向く。
追いつかれるだろうとは思ってたから、ここにいる事に驚きはしなかったが……驚いたのはその声だ。
「その声……あなた、女性の方?」
「もうこれは必要ありませんね」
女がローブを脱ぎ捨てる。
ローブの中身は、黒髪ショートヘアの眼鏡をかけた女だった。服装こそ動きやすいカジュアルなものだが、本来なら役所にでも務めてそうな、知的で計算高そうな雰囲気を持った女だった。
「なんと……ようやくこの作品にも大人の女性が……」
カールが歓喜に目を見開く。もちろん某魔術師(26)はノーカンだった。
「イヤ、それよりマリィ氏はどうしたでござるか? まさか倒してきたとは思えぬでござるが」
「とんでもない化け物でしたので、どさくさに紛れて逃げてきました。まぁ、結果的にそれが功を奏したわけですが」
そう言いながら女は、ノエルの持つ黄金の女神像に視線を向けた。
「単刀直入に言います。その像を渡してください」
「……何度言われても答えは同じです。もちろんノーですわ!」
女神像を抱きながら、庇うように体を捻るノエル。
相変わらずノエルにお宝を渡すつもりは無さそうだった。
「……しかしながらノエル氏。そうしたい気持ちは分かるのでござるが……今は護衛であるマリィ氏は不在でござる」
ただ先ほどと違い、今この場にはマリィがいない。いるのは戦闘スキルゼロの開拓者と、初級魔術しか使用出来ないプリンセスの二人だけだ。
この状況でその意思を貫く事は、非常に困難だと言わざるを得なかった。
「……マリィさんはとんでもない化け物と言われるほどだから、すぐに追いついてくるはずです。ならば少しの間持ちこたえれば済む話ですわ」
なんとか話を引き伸ばし、戦う事無く時間を稼げればベスト。万が一戦闘になっても、相手から化け物呼ばわりされるくらいなのだから程なくして現れる――
「それがノエル氏……そう単純な話ではないのでござる」
そうノエルは考えていたのだが、事はそう簡単な話ではなかった。
「……続けてください」
「もしマリィ氏が彼らを瞬殺して彼女を追いかけていたのだとしたら、既にこの場に到着しているはずでござる。そうでないという事は、つまりマリィ氏は彼女を見失っているという事でござる。……果たしてマリィ氏に、ここまで来る事が出来るでござろうか?」
「…………。……ま、まさか」
「果たしてマリィ氏は――地図無しでここまで来る事が出来るでござろうか?」
遺跡の探索はそれこそ描写が省かれるくらいトントン拍子に進んだが、それはカールの地図があっての事。この遺跡の本来の姿は、広大無辺にして複雑怪奇な、ラストダンジョンもかくやというほどのダンジョンなのだ。
そんな場所を地図無しで歩くと、果たしてどういう結果を招くか――
「そ、そんな……それじゃあ」
「マリィ氏の救援は望めぬ故――お宝を渡したくないのであれば、拙者たちが彼女を倒さねばならぬのでござる」
頬に一筋の汗を伝わせつつ、カールがそう結論付けた。
「……どうするでござるか? ここからの行動は依頼主であるノエル氏次第でござる」
「…………」
要するにこれは、戦うか否かの選択だ。お宝を渡さないのであれば戦闘になり、お宝を渡せば相手を撤退させる事が出来る。
「――――」
彼我の戦力差など、考える事は山ほどあるが――ノエルの結論だけは決まっていた。
「……お宝を渡すわけにはいきませんわ。これはどうしても必要な物なのですから」
お宝を渡せないという一点だけは、何があっても譲れなかった。
「もう一度言います。あなたにこの像を渡すつもりはありませんわ!」
女をキッと睨みつつ、ノエルはそう宣言した。
「ウム、その意気やよし! 然らば拙者はマリィ氏を呼んでくるでござる故、しばし戦列を離れるでござる」
一方カールは、幼女が相手でもブレなかった。
「それは認められませんわ。あなたには肉壁という栄えあるお仕事があるのですから」
「拙者紙装甲だと先刻伝えたはずでござるが」
「無いよりマシですわ」
「そんな意識で壁にされてはたまったものではないでござる!」
必死に下がろうとするカールと、それを後ろから押し留めるノエル。
「…………。……待ってください。私に争う意思はありません」
そんな二人の様子に半ば呆れつつ、女はそう言った。
「奇遇でござるな、拙者にもその意思は――」
「それはお宝を渡せば見逃して差し上げます……という事でしょう?」
カールの言葉を遮って、ノエルは尋ねた。
「……まぁ、結果としてがそういう事になるのかもしれませんが」
女はどう言ったものかとしばし黙考し、そして導き出した結論を口にした。
「その宝は博物館に寄付すべきではありませんか?」
戦いは避けられそうになかった。
ちなみに一方その頃、マリィは――
「…………ここはさっきも通りましたね」
案の定、しっかりと道に迷っているマリィだった。




