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第九話 その10

「そろそろお話いただけますか?」


 洞窟からだいぶ離れた場所で、ノエルはカールに尋ねた。


「何をでござるか? 拙者の女性の好みなら玉吉えろはちゃんか摩周霧江ちゃん……と見せかけて王道を往く渋谷区在住の凛ちゃんでござるぞ」

「それはこの世の何よりもどうでもいい事ですわ。私が聞きたいのは、マリィさんの行動と、それにあなたが理解を示していた理由です」


 裏切ったかと思えば手助けをするというマリィの不可解な行動。そしてそれに対し、何の疑わしさも持たなかったカール。


 結果的にこうして無事に脱出出来はしたのだが、それぞれの理由はまだ謎のままだった。


「フム……まず前者でござるが、そうする必要があったのでござる」

「……それはどういった理由で?」

「それはマリィ氏に直接訊いてほしいでござる」


 マリィが彼らに情報を流した理由……それは、実はカールにも分かってなかった。


 ただ1つ分かっている事……それは、そうする必要があったからそうしたのだろうという事だった。


「…………。では何故、あなたはそれを信用出来たんですか?」

「フム……それに関しては端的に言うと、マリィ氏に彼らの言いなりになる理由が無いからでござる」

「……と言うと?」

「それは……まぁ、あれでござる。マリィ氏がとっても強いが故にでござる」

「……相手は五人なのですが」

「五人くらい何でも無いのでござる」

「…………」

 ノエルがいまいち信じ切れていないような目を向ける。


 実際本当にその通りなのだが、どうにも真実を隠しているような物言いになってしまっていた。

 だがヴァンパイアである事を隠そうとするなら、そうとしか言いようが無かった。


「嘘は言ってないでござる。嘘は言ってないでござるよ」

 大事な事なので一応二回言っておいた。


「…………」


 結果、ノエルの目はますます疑わしくなったのであった。


 と、その時。


 二人が歩いて来た道から、軽快な足音が聞こえた。


「ム……噂をすればマリィ氏が戻ってきたでござる。これでマリィ氏の強さに関しては疑いようが無くなったでござるな」

「……そうみたいですわね」


 五人を相手に信じられなかったが、足音がそれを証明していた。


 二人は歩みを止めて、マリィの到着を待った。



「こ、こんな馬鹿な事が……」


 折れた剣を支えにしつつ、片膝をつくトレジャーハンターの男。


 この場で意識を保っているのは、仲間内では自分だけだった。他の仲間は既に地面に倒れ、自分だってもはや立つ事すら叶わないほど消耗していた。


「……なんなんだ、おまえは」


 それが全て、目の前のメイド服風の給仕服を着た女の手で、しかもものの数分の内に行われたというのだから、男は恐怖を感じる前にわけが分からず混乱していた。


「なんでしょうね。でもあなたの事は知ってますよ。トレジャーハンターのヨハン・ヨハルヴァさんですよね」

「……!?」


 男の顔がさっと青ざめた。


「な、何故その名前を……!?」

「立場上、手配書を眺める事が多かったので。その程度の変装では私の目は誤魔化せません」


 マリィはヴァンパイアという立場上、正規のクエストを受けられないので、指名手配されている犯罪者を捕まえてお金を稼ごうとした時期があった。それは賞金首という現物と賞金を交換するという形式なので、クエストを受注するというプロセスを踏む必要が無いからだ。もっとも、実際には賞金を得る時にパーソナルカードの提示を求められるので、マリィの計画はすぐに頓挫する事になったのだが。


 ともあれそういった事情で、マリィは賞金首の顔を記憶しているのであった。


「トレジャーハンターだけやっていればいいものを、盗みにも手を出しているみたいですね。あと脅迫もですか。まぁまぁの値段が付いてますよ、あなた」


 他の四人はまだタチの悪いチンピラ程度で留まっているが、この男だけは別格で悪党だった。


 男の名はヨハン・ヨハルヴァ。数多くの窃盗の罪で指名手配されている男だった。


「というわけで、あなたには賞金になってもらいます。抵抗しても無駄だという事は既に骨身に沁みていると思いますので、悪あがき等は控えてください」

「――――」


 マリィの言葉の通り、彼我の実力差は明白だった。どうしてこうなったのか、何をされたのかすらも、ヨハンには理解出来ていなかった。


 赤子の手を捻るよりも更に容易く……まるで巨大生物の身じろぎにも等しい何でもない動作で死にかけたかのような、生物としての立ち位置、次元の違いを見せつけられたかのようだった。


(ち、ちくしょう……!)


 だがこの男に、萎縮して縮こまるという精神は無かった。まがりなりにも悪事で生計を立ててきた身、相手が強いからといってビビってケツをまくるなどプライドが許さなかった。


「……わ、分かった」


 ヨハンは剣を地面に放り投げ、膝をついた姿勢で両手を上げた。


「降参だ降参。どうやってもあんたにゃ勝てそうにねぇしな。……それで、俺をどうするつもりだ?」

「ギルドに引き渡します」


 前述の通りマリィ自身にそれは出来ないので、カールかノエルに頼むという形でだが。


「……そうか。ついに俺も年貢の納め時か……」

 観念したようにうなだれるヨハン。


「……ほら、縄で縛れよ。もう抵抗しねぇよ」

 ヨハンは手錠をもらう時にするような感じで、両手を差し出した。


「縄なんて持っていませんが」

「なんだよ、しょうがねぇ……ほら」


 ヨハンは腰に提げていた縄をマリィに差し出した。


「貸してやるから、これを使え」

「……まぁ、別に必要とは思えませんが」


 マリィはヨハンの元に歩み寄り、縄に手を伸ばし――


「――馬鹿がッ!」


 ヨハンはマリィのその手を素早く握り――反対の手に隠し持っていたナイフで、マリィの腹を刺した。


「舐めるからだ……油断するからこうなるッ!」


 そう息巻きながら、ヨハンが顔を上げる。

 そうしたのは、マリィの顔を見てやるためだ。刺された痛み、油断した己の馬鹿さ加減、立場が逆転した事による焦燥――それらがない交ぜになった『負け顔』を拝んでやるためだ。


「…………」


 しかしマリィの表情は、そのどれでもなかった。苦悶でもなければ、見破っていたと勝ち誇っているでもなく、かといって児戯も同然だと呆れているでもない。


「……あのですね。どうして私があなたの行動を警戒しなかったか分かりますか?」


 それはまるで日常会話をする時のような、まさに『なんでもない』顔だった。


「それは――あなたが私に対して何を企んで何を実行しようとも、それは私にとって取るに足らない出来事だからです」


 マリィは自分に刺さったナイフを無造作に引き抜き、放り投げる。

 ナイフで刺されたにもかかわらず、マリィは全くのノーダメージだった。


「……!?」


 それを見て、ヨハンがぎょっとする。

 それは平然としているマリィに……ではない。


 そのナイフにも、マリィの体の切り口にも、血が付着していなかったからだ。


「お、おまえまさか、人間じゃ――」

「忘れなさい」


 マリィはヨハンの頭を掴むと、思いっきり地面に叩きつけた。

 悲鳴を上げる間も無く、ヨハンの意識は断ち切られた。


「……よし、夢落ち処置完了」


 一仕事終えた風に、パンパンと手を叩くマリィ。

 これで次に目を覚ました時は、全てを忘れているだろう。


 危うく人間でない事がばれるところだったが、こうしてマリィの秘密は無事守られたのであった。


「……一応縛っておきますか。私ならともかく、あの二人だと大事に至りますし」


 マリィは体の一部を縄に変化させ、ヨハンの体をぐるぐるに縛った。


「残りの四人は賞金も懸けられてないし、ほっといてもじきに目を――」


 そう言いながら残りの四人を見渡し――そこでようやくマリィは気付いた。


「…………。……あれ、三人しかいない?」


 地面に倒れているのは、ヨハンを含めて四人。

 トレジャーハンターは五人いたはずなのに、ここには四人しかいなかった。


「……やばっ」


 ここで初めて、マリィは焦りを見せた。

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