第九話 その9
「それでは二人とも」
男の言葉など聞こえていないかのように、二人にだけ聞こえる声でマリィは言った。
「今から目くらましをするので、その隙にここから出てください」
「ようがす」
「えっ……あの、話が飲み込めないのですが。マリィさんがあの方たちと通じていたというのは……」
「それはここを出たら話すでござる」
「は、はぁ……」
マリィの背信疑惑もそうだが、それを知ってもなお平然としているカールに対してもノエルは困惑していた。
そんなノエルを尻目に、マリィは宣言した通りの事を実行した。
「……あん? なんだ……?」
突如、周囲に白い霧が立ち込める。
「な、なんだこれは……!?」
徐々に色濃くなっていく霧に、トレジャーハンターたちが色めき立つ。
「これは……?」
「これはマリィ氏が生み出したものでござる故、害は無いでござる。……ではノエル氏、はぐれないようにしっかりと手を握るでござる」
カールがノエルに手を差し出す。
「……分かりましたわ」
ノエルはカールのリュックを指でつまんだ。
「…………。では進むでござる」
視界が白一色に染まる中、カールとノエルは歩き出した。
「……ところでこのまま歩いて大丈夫なのですか? 何も見えないのは私たちも同じなのに」
「問題無いでござる」
カールに視界を確保する何らかの魔法を使った様子は無く、そういった機能を持った道具を使用している様子も無い。ただ普通に歩き出したカールに対し、ノエルが不安に思うのは無理も無い。
だがカールの言った通り、それに関しては何の問題も無かった。
カールの頭の中には、この遺跡の地図が表示されている。RPGで画面の隅に表示されているミニマップを想像してもらえば分かりやすいだろう。現在地と周辺の地形が頭の中に表示されているので、カールは地図に載っている場所なら目を閉じてでも問題無く歩く事が出来るのだ。
ただし、これはあくまでレーダーではなく地図なので、さすがに自分以外の人間の位置までは分からない。視界の利かない霧の中で不用意に動く者がいるとは思えなかったが、一応カールは敵とぶつからないよう壁に沿って出口を目指した。
「……マリィさんは置いて行ってしまってもいいのですか?」
ノエルのマリィに対する信用はちょっと揺らいでいたが、それでも心配せずにはいられなかった。
「大丈夫でござる。それこそ何の問題も無いでござる」
「そ、そうですか……」
5対1なんてどんな手練れでも数の暴力に飲まれるのでは思ったが、あまりにも当然のようにそう言うカールに、ノエルは二の句を継げなかった。
霧が晴れ、視界が元通りになる――
しかしそこに、カールとノエルの姿は無かった。
「おい……二人はどこに行った?」
「さぁ……どこ行ったんでしょうね」
とぼけた風も無く、平然とマリィは言った。
「…………。今の霧はおまえの仕業か?」
「はい、そうですが」
さっきの霧はヴァンパイアの特性の1つ、『自分の体を霧に変化させる』に類するものだった。マリィは自分の体を変化させる代わりに、魔力を霧に変換する事が出来るのだ。
「てめぇ……どういうつもりだ?」
リーダー格と思しき剣を提げた男が、押し殺したような声で言った。
「俺らに協力したと思ったら二人を逃がして、何がしたいんだおまえは」
その声と表情には、怒りの中に困惑が多分に含まれていた。
それくらい、彼らにとってマリィの行動は全くの不可解だった。
「まず勘違いしているみたいですが、私はあなたたちに協力したつもりはありません」
「……なに?」
「そもそもあなたたちは、どうやって私たちが宝探しに来た事を知ったのですか?」
「それは……町で聞いたんだよ。子供を含む三人が財宝を探しに来たってな」
「そうでしたね。財宝を探しに来たと思しきあなたたちに、あの三人も仲間なのかと訊いたんでしたよね」
「なっ……!?」
それは彼らがスロイエ遺跡に向かう途中で、この町の女に訊かれた事だ。
だがそうであった事を、マリィが知っているはずが無い。何故なら彼らがマリィと接触したのは、その話を聞いた後だからだ。
「その話を聞いて、あなたたちはたまたま人気の無い所に一人でいた私に接触したんでしたよね。宝を見つけたら渡せと脅しをかけに」
「……まさか、あの女は」
「変身……もとい、変装が得意なんですよ、私は」
マリィが変身出来るのは、蝙蝠だけではなかった。その気になれば犬や鳥、そして人間にだって変身する事が出来る。今の姿だって、人間社会で生きるためにヴァンパイアっぽさを隠した変身をしているとも言えるのだ。
「……どうしてそんな事を」
「あなたたちに勝手な動きをされないようにするためですよ。遺跡の中で襲って来られたりすると面倒ですし」
「じゃあ、宝を見つけてから奪えと言ったのも……」
「そうさせておけば、あなたたちは私たちの後ろからこっそりついてくるしかしないからです。労せずしてお宝が手に入るのに、ちょっかい出してきたりはしないでしょう?」
マリィは彼らの行動を制限するために、わざと情報を流して脅されたふりをしたのだった。武装した五人から脅されて、身の安全の確保に必死になるか弱い女を演じながら。
「…………。いや、それでも分からねぇな」
どうにも解せないといった風に、男は言った。
「だとしたら、こうなってるのはおかしいだろ。そんな話を聞いた以上、おまえをただで帰す事はあり得ねぇぞ」
マリィの行動が遺跡の中で襲われないためのものであるならば、今の状況はそれとは矛盾する。何故ならその行動の結果、今まさにマリィは遺跡の中で襲われようとしているからだ。
「話は終わりだ。まずはごめんなさいを言うまで痛めつける」
男がすらりと剣を抜く。同時に、残りの者も武器を構えた。
「……まぁ、たまたま偶然俺の耳が遠くなる事があるかもしれないがな」
男が厭らしい笑みを浮かべる。他の者も同様だ。
彼らは皆一様に、これから始まる事が戦いではなく蹂躙である事を理解していた。
「…………。……あぁ、そういう」
合点がいったとばかりに、マリィはぽん、と手を打った。
「なんだ? 今の俺の耳は非常に遠いが、言ってみろ」
「ちょっかい出されて困るのはあの二人に対してだけです。いや、ある意味私も困るのですが」
「…………。……どういう意味だ?」
「私一人なら襲われても困らないという事です。あなたたち程度、簡単に片付けられるので」




