第九話 その8
「お宝を……?」
ノエルが手元の女神像に目を落とす。
「そう、それな。そいつを俺らに渡せ」
「こ、これは私が見つけたものですわ! 差し上げる理由はありません!」
庇うようにして女神像を抱きしめるノエル。
「いやまぁ、それはそうなんだけどよぉ……」
トレジャーハンターと名乗った男が、ぽりぽりと後ろ頭をかく。
「…………。そういう貴重な宝ってのは、みんなが見られるように博物館に寄付すべきだと思わないか?」
「博物館……? あなたたち、博物館の人間なのですか?」
「……あぁ、そうだ」
「…………」
ノエルは、自らを博物館の者だと言う五人の姿を注意深く見た。
まず彼らの格好には、統一感が無かった。鉄の鎧に剣という者もいれば、動きやすそうな胸当てに槍を持った者、果ては頭からすっぽりとローブを纏っている者もいる。容姿も顔が見えない一人を除けば、あまり行儀が良さそうには見えない。
総括すると、とても組織に努めているような真っ当な人間には見えなかった。
「……でも先ほど、トレジャーハンターだとおっしゃっていませんでした?」
「…………。……ぷっ、くくっ……あーっはっはっは!」
ノエルがそう言うと、男は急に笑い出した。他の四人も小さく肩を震わせている。
「あー、やっちまってたな。んな事言わなきゃよかった」
「数秒前に言った事を忘れんでくださいよ」
カールたちをそっちのけで、ゲラゲラと笑い合う五人。
「な……なんなんですの、あなたたちは……」
「あー……もういいかぁ」
笑い過ぎて目尻に浮かんだ涙を指で拭うと、男はすらりと剣を抜いた。
「死にたくなければその宝をよこせ」
「なっ……本性を現しましたわね!」
ノエルは宝を抱いたまま、カールの後ろにささっと隠れた。
「ファッ!? か、隠れるところが違うでござる!」
「え、だって兵法の本に書いてありましたわよ? 体力の低い後衛職、生命力の高そうな肉壁の後ろに隠れるべしって」
「拙者が肉壁なのは見た目だけでその実態は低HPの紙装甲なのでござる! 鈍足低耐久ポ〇モンなのでござる! ってかその本は本当に兵法の本でござるか? シミュレーションゲームの攻略本か何かが異世界転生してきたものではござらぬか?」
「有名な著者の本ですわ。ファーミ・トゥーという名前に覚えはありませんか?」
「知らないでござるが……玉石混合甚だしそうな著者名でござるな。大丈夫でござるか? ファーミ・トゥーの兵法書でござるよ?」
「知らないのに不安に駆られているのは何故ですの……?」
それは小数点以下の確率で盗めるとされる装備品を何日にも渡って盗もうとした結果だった。
「……こういう時の私では?」
そんな風に言い争う二人の前に、マリィが歩み出た。
「そ、そうでござる! ノエル氏、このパーティーのメイン盾は拙者ではなくマリィ氏でござる!」
そう言いながら、じりじりと後ずさるカール。
「マリィさん…………でも」
そんなカールを押し留めつつ、マリィの背中を見ながらノエルはそうであっていいのかと考えた。
ノエルが護衛職を求めたのは、遺跡に生息する魔物から身を守ってもらうためだ。そうするために護衛を雇う事はこの世界では(主にクエストという形で)ごく普通に行われる事であり、ノエルもその感覚で護衛としてマリィを雇った。
だが今目の前にある脅威は、魔物ではなく人間だ。無論、魔物だろうが人間だろうが敵対心を持っている以上脅威には変わりないのだが、人間同士で刃を交える事にノエルは抵抗があった。
「……おいおい。よしてくれよ、そういう冗談は。宝さえ渡してくれれば命は取らないって言っただろ」
「一応仕事ですので」
「いやいや……だってなぁ」
男は一度仲間と顔を見合わせた後、マリィに言った。
「こうしろって言ったのはあんただろ? 自分たちが宝を見つけたら、それを横取りしろって」
「…………。……えっ?」
「内緒にしてやるって言ったのに。何を考えてるか知らねぇが、邪魔をするってんならこうするしかないよなぁ?」
「ど、どういう事でござるか……?」
「まぁいろいろあってな、ちょっと手伝ってもらったわけよ。で、こうして楽にお宝をゲット出来るってわけだ。なぁ、お嬢さんよ?」
「…………」
そんな男の言葉に、マリィは眉1つ動かさなかった。
一方その頃。
まだ日の高いエルストの町を、エリザは一人で歩いていた。
(まさかあんなすぐに話が終わるなんて……)
ボルゾーイのイベントの断固とした不参加を一切の曲解無く明確に伝えるため、エリザはクエストの参加を取りやめてまで町に残ったのに、それは拍子抜けするほどあっさりと聞き入れられた(今は新地開拓が第一という父の言葉も手伝って)。
そしてそれ以外では特に話す事も無かったので、結局エリザは一時間もしない内に解放されていた。
(出発をちょっと遅らせてもらえば普通に参加出来たわね……)
もちろんそれは今だから言える事で、今更どうこう言っても仕方ないのだが。
そんなわけでエリザは、暇を持て余して町をぶらついているのだった。
「お金も無いし、暇潰しにクエストでも受けようかしら……」
すっかり思考が冒険者に染まったエリザは、とりあえず酒場に行く事にした。
「あ、エリザさん」
その途中、エリザはばったりと小春に出会った。
「あら小春。奇遇ね、こんなところで」
「うん……あれ、今日はカールさんは一緒じゃないの?」
「今日に限らずだいたいいつも一緒じゃないわ。何故なら常に一緒に行動する理由は無いからよ」
クエストの時以外は、カールとエリザは基本的に別々に行動している。一般的な作品の主人公とヒロインの関係と違い、友好度的なパラメーターがビジネスライク寄りだからだ。
「……まぁ、そうだよね」
確かにクエストの時以外は進んで一緒にはいたくないかなと、小春は思った。
「まぁ、本来なら今日は一緒にクエストに行ってるはずだったんだけどね」
「え……カールさん一人でクエストに行ってるの?」
カールの実力は小春の記憶にも新しい。クエストにおけるカールは、基本的に道案内以外の能力はあてにすべきではないと小春は認識していた。
「まさか。依頼主と、すごく強いらしい人と一緒よ」
「強い人?」
「小春も知ってるんだっけ。あの……えっと、なんて名前だったか…………ヴァンパイアの人よ」
「え…………まさかマリィさん?」
「そうそう、マリなんとかって人」
「なんでマリィさんが一緒に行ってるのかは知らないけど……だったら大丈夫だね」
「そんなに信頼出来る人なの?」
マリィに関してエリザが知っている事は、彼女がヴァンパイアだという事だけで、実力のほどはよく分かっていなかった。
「うん……まぁマリィさん魔物だから、価値観とかは人間のそれとは違うと思うけど」
小春は古城での出来事を思い出し、
「争い事に関して言えば、反則カードも同然だからね」
その実力は、異世界転生したチート能力者にそう言わしめるほどのものだった。




