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第九話 その4

 目的地へ向かう道すがら――


「他の方の力を借りずとも、エリザさんがいればそれで充分なのでは?」


 そう、ノエルが疑問を投げかけた。


「……試合とクエストじゃ事情が違うのよ」

「あれほどお強いのですから、そんな違いなど些細ではなくて?」

「…………」


 ノエルの言い分はもっともだった。一般的にエリザほどの武術の腕前があれば、例え相手が人間以外であっても、少し応用を利かせるだけで試合と同様に戦う事が出来る。


 ただ、エリザには魔力がほぼゼロという固有の事情があった。人間のフィジカルでは例えどれだけ技が冴えていようとも、魔力で攻撃力をブーストしなければ正拳突きで熊の皮膚を突き破る事は出来ない。エリザの肉体はか弱い少女のものでしかないので、人外のフィジカル相手ではどうにもならないのだ。


「……という事情よ」

 という旨をエリザは簡潔にノエルに説明した。


「……ままならないものですね」

 やけに実感のこもったトーンで、ノエルは言った。


「着いたでござる」


 三人(ダニエルは帰宅済み)は目的地の廃屋に到着した。


 ただ廃屋と言っても、ここはカールとエリザが住むあの廃屋ではない。町の喧騒からちょっと離れた位置に建つ、どこか寂しげで少し不気味な廃屋だった。


「(コンコン)在宅でござるか――マリィ氏」


 ドアをノックして呼びかける。

 ここは、マリィ――ヴァンパイアのマリィ(本名マリアフラム)が住処とする廃屋だった。


「ところで何者なんですの、マリィさんという方は」

「私もよく知らないけど、腕は立つらしいわ」


 マリィがヴァンパイアである事は、ノエルには伏せておいた。一応魔物だし、討伐クエストの対象にもなったりするので、無用な混乱を避けるためだ。


 もっとも、マリィが蝙蝠形態で出てきたらそれも水の泡なのだが……


「フム……不在のようでござるな。では別の手段を考える事にするでござる」

「え、諦めるの早くない?」

「ミューズ氏ほどではないでござるが、なるべくなら会いたくないのでござる……」


 カールはマリィに対して、古城の地下温泉を周知のものにしてしまったという負い目がほんの少しだけあった。そしてマリィはカールに対して温泉を周知のものにされたという被害者意識がそれなりにあるので、二人は対面すればカールが何らかの不利益を被る関係なのであった。


「さ、飯をたかられない内にとっとと立ち去るでござる」


 カールがドアに背を向けたところで、ギギギ……とドアから錆びた蝶番の音がした。


「……随分な物言いですね」


 長い黒髪に、日光とは無縁そうな白い肌の女。服装は以前に会った時と同様の、メイド服風の給仕服――


 この家の主(厳密には違うが)にしてヴァンパイアのマリィが、三人の前に姿を見せた。


「……いたのでござるか」

「少しの間様子を窺わせてもらいました。変な人だったら危険ですので」

「マリィ氏にとって危険な人間などそうはいないと思うのでござるが……」

「それで、何の用ですか? ……いや、その前に」


 マリィはカールから視線を外して、少し後ろに立つエリザとノエルに目を向けた。


「…………あなた、もしかしてモテるんです?」

「フッ……そう見えるでござるか?」

「全く見えないから疑問符なんですけど。なんであなたのような人間が計三人の美少女と一緒にいるんですか?」


 ちなみにその内訳はエリザ、ノエル、小春の三人である。


「それに関しては拙者自身も疑問符が尽きないところでござるが…………なんだかんだ言って異世界転生者という事なのでござろう」

「……?」


 案の定マリィは首を傾げたが、これ以上無いくらい正鵠を射た解答だった。恋愛フラグが立つ立たないはともかく、異世界転生した者が異性に囲まれるのは常道、お約束を通り越してもはや摂理なのであった。


「……まぁ、それはいいです。話を戻しましょう」

「ウム」


 カールはここに来た理由を話した。


「いいですよ」

 マリィはあっさり快諾した。


「報酬の分け前は…………え、マジで?」

「特に予定も無いので」

「それは話が早くて助かるのでござるが…………え、変な要求とかしないよね?」

「こちらとしても悪い話ではないという事です。この町、アルバイトでもパーソナルカードの提示を求められるからお金稼げないんですよね」


 以前の町ではあの寂れっぷりからその辺りは杜撰だったが、エルスト領の主都ともなればそういうところはしっかりしていた。


「マリィ氏パーソナルカード持ってないのでござるか?」

「一応あるけど、見せたら面倒な事になるので」


 マリィは自分のパーソナルカードをカールに見せた。


「…………ジョブ欄にヴァンパイアって書いてあるでござるな」

 確かにこんなもの、見せたら大騒ぎだった。


「ってかヴァンパイアってジョブだったのでござるか」

「いや違いますけど」


 ヴァンパイアというのはもちろんジョブではなく種族だが、魔物がパーソナルカードを作る事は通常あり得ないので、そうしようとしたらシステム的にそうなってしまうのであった。


「フム…………つまり拙者は渡りに船だったというわけでござるな」


 カールの態度が少しだけ大きくなった。


「何事も無くあの町にいられたらこんな事にはなっていないんですけどね」

「…………」


 カールは目を逸らした。


「まぁ、その話は報酬の分け前を話し合う時に蒸し返すとして。後ろの二人を紹介してください」

「承知」


 カールは少し後ろに立つ二人に歩み寄った。


「この金髪の子がエリザ氏で、小さい子がクエストの依頼主であるノエル氏でござる」

「…………」


 マリィは紹介された二人をまじまじと眺めて、


「金髪の子が恋人で小さい子が二人の子供…………というわけではないみたいですね」


 セリフの前半部分を口にした時のエリザの表情を見て、そうでない事をマリィは察した。


「どうも、元ウエイトレスのマリアフラムです。マリアフラムです、よろしく」


 誰に言われたわけでもないが、マリィは自分がヴァンパイアだという事は伏せておいた。言ってプラスになる事は1つも無いからである。


「エリザ・フィル・ドミナリアよ。私とカールの関係はまた改めてきっちりと。マリアフラム……は長いからマリィでいいわね」

「ノエル・エーヴェルですわ。ご助力に感謝いたしますわ、マリアフラム……は長いからマリィさんでいいですわね」

「…………」

「出発は明日なので、明日からよろしく頼むでござるよ、マリィ氏」

「……はぁ」


 マリィは憮然とした表情で返事をした。


「……どうして機嫌が悪そうなのでござるか?」

「……別に」


 ともあれ、ヴァンパイアのマリィが仲間になった!

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