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第八話 その6

 夕刻。ミューズ邸、地下研究室。


「はい、霊魂の戻し作業完了。お疲れ様」


 そう言って、ミューズは手元の端末を操作して装置の電源を落とした。


「…………。……はっ!?」


 ぱちりとエリザ――エリザの霊魂が戻ったエリザの体が目を開く。


「調子はどう?」

「……うん。ちゃんと私の体だわ……」


 むくりと体を起こして、動作確認をするように体を動かすエリザ。これほどまでに自分の体が愛おしいと思った事は無かった。


「フム……心なしか体が軽くなったような気がするでござるな」

「その体型で心なしか程度の重さの違いが分かるんですか?」


 他の二人も同様にして、起き上がって体の調子を確かめていた。


「ところで……この装置はなんでござるか?」


 カールが自身の頭に取り付けられた装置を指す。それは金属製の帽子のような装置で、外周には色とりどりのランプが埋め込まれており、上部からは何本ものコードが伸びている。


「霊魂分離装置(改)よ」

「……いやまぁ、それはそうなのでござろうが」


 その形状は、どう見ても洗脳する時に使うやつだった。


 ともあれ、三人の霊魂は無事に元の体に戻る事が出来た。後遺症も悪影響も無く、強いて言うならカールの腕を乗っ取って顎を押し上げた時の感触がエリザの記憶に残っているくらいで、この騒動は万事解決という結末を迎えた。


「でもせっかく作ったけど、この研究は凍結ね」


 霊魂可視化ゴーグルを外しながら、ミューズが残念そうに息をつく。


「そうなの? ちゃんと成功していたように思うのだけど」

「この研究の成功条件は『人間には効かない事』なのよ。悪用の危険性を考えると、この魔法は人間に効いてしまってはいけないのよ」


 人間の霊魂を体から分離させる魔法というのは、言い換えれば凶器を持たずに殺人を行えるという事だ。特に頭のネジが外れた人間がそれを持った時、どんな惨事が起こるかは想像に難くない。


 その可能性を摘むために、ミューズはこの研究の凍結、廃棄を決定したのだった。


「あなたにも人の心があったのね」

「ふむ……天才は理解されないと言うけど、彼女の言動がまさしくそうなのね」

「あなたの普段の言動がそうさせているんだけどね」

「あいにくと心当たりは無いわね。……さて、それじゃあ渡す物を渡しておきましょう」


 ミューズは机の上に置いてあった袋をリーシャに差し出した。


「報酬の300万Gよ」

「……! や、やった……!」


 腕に伝わる、ずっしりとした1万G金貨300枚分の重み。リーシャの頬が一瞬にして緩んだ。


「……すぐ返すのよ?」

「わ、分かってますよ……」


 エリザの指摘に、リーシャのテンションがちょっとだけ下がった。


「…………。時にミューズ氏。装置の暴走に巻き込まれた拙者らへのお詫びの品は無いのでござるか?」


 まるでソシャゲの公式アカウントに、不具合の詫び石を催促するように言うカール。


「そう言うと思って、ちゃんと用意しておいたわよ」


 ミューズはリーシャの物と同様のものをポケットから取り出し、


「お詫びの100万Gよ」


 詫び石どころか、詫びSSR交換チケット並の補填をカールに手渡した。


「ウヒョーwww言ってみるものでござるなwwwフヒヒwww」


 カールは目を『$』にしながら、これでもかというくらいの草を生やした。


「いいのかしら……」


 狂喜乱舞するカールを尻目に、装置の暴走に関して負い目のあるエリザはちょっとバツが悪そうだった。


「気にしなくていいわよ。私お金持ちだし」


 一応まともな研究もしているミューズにとっては、これくらいの出費は何でもないのであった。


「そ、そう……それじゃあ遠慮無く」


 エリザはある意味では、リーシャよりもお金が必要だった。新地開拓を果たすには、遠出をするための資金が不可欠なのである。


 気まずさを飲み込み、エリザは報酬を受け取る事にした。


(…………。あれ、これひょっとして旅費の問題はクリアしたのでは……?)


 100万Gという金額は、この世界のどこへだって行けるほどのものだった。


(もしかして…………家に帰れる日はそう遠くない?)


 そう考えると、エリザのテンションも上がるのであった。



「それじゃ、私はここで」


 ミューズ邸を後にし、人通りが見られるようになった場所まで来た辺りで、リーシャが別れを告げた。


「結局この町に住む事にしたの?」

「それも考えたんですけど、この町ってロクな賭博場無さそうなのでやっぱりやめにしました」

「……あぁ、そう」


 もはや処置無しという風にエリザは返事をした。


「結局借金は返す事にしたのでござるよね?」

「…………まぁ、そうですね、はい。結構しつこそうなので。不本意ですけど」


 不服そうにリーシャは答えた。


「フム……となるとまた無一文では?」

「あ、それなら大丈夫です。考えがありますので」

「……左様でござるか」


 どんな考えなのかは、もちろん聞かない方がいいのだろうと二人は判断した。


「では、これで。また私がお金に困ったら、高額のお手伝いを斡旋してくださいね」


 そう言い残して、リーシャは去って行った。


(そういうフラグを残されると、もう二度と会いたくないでござるなぁ……)


 リーシャの背中を見送りつつ、カールはそう思わずにはいられなかった。



 ラビット金融、エルスト支店。


 アパートの一室を使用したこの貸金業者に、一人の客が訪れた。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で?」


 フードを目深に被った如何にも怪しげな風貌の客だったが、受付の女は営業スマイルを貼り付けて対応した。


「酒場の依頼書を見て来たんですけど」

「…………。少々お待ちください」


 受付の女が奥に引っ込む。

 十数秒の後、奥から少々反社っぽい容姿の男が現れた。


「依頼というのは、酒場のクエスト……リーシャ・クロエールの捜索の件で間違い無いか?」


 こくん、と頷く。


「じゃあまずはパーソナルカードを見せてくれ」


 言われるままに、客がカードをカウンターに差し出す。クエストの受注状況はパーソナルカードに記録されるので、それを見せる事で受注の証拠となるのだ。


「えー、受注者の名前はリーシャ・クロエール…………リーシャ・クロエール!?」


 男が目を丸くして客の方に視線を向けると、客――彼女はフードをふぁさっと外した。


「はい、リーシャ・クロエールです」


 フードを目深に被ったクエストの受注者は、なんとリーシャ本人だった。


「お、おまえ、何のつもりで……!」

「なにって、クエストですよ。リーシャ・クロエール捜索の依頼をリーシャ・クロエールが受けただけですが」

「ふざけた事を……あまり舐めた真似をすると――」

「はい、借りていた300万Gです」


 男が凄んだ矢先、リーシャは300万Gの入った袋をカウンターに置いた。


「……お、おう?」

「借りていた300万Gですよ。確認してください」

「…………」


 男は面食らった様子で、袋の中身を確認した。


「……1万G金貨が300枚。ちょうどあるな……」

「これで借金は完済ですよね?」


 あっけらかんと言うリーシャ。


「あ、あぁ……300万G、確かに返済完了だ。……いや、どういうつもりだ?」


 借金を返すだけなら、こんな回りくどい事をする必要は無い。からかっているつもりだとしても、貸金業者と債務者はそんな風にじゃれ合うような関係ではない。


 用は済んだとばかりに出て行こうとしたリーシャは、振り返って答えた。


「それはもちろん、クエストの報酬を貰うためです」


 正式にリーシャ捜索クエストを受けて完遂したリーシャには、クエスト報酬が発生するのであった。



 ところ変わって、廃屋への帰途に着くカールとエリザ。


「……フム。改めて考えると…………100万円ゲットでござるなwww」

 袋の重みに、カールが思わず草を生やす。


「(円……?)ちょっとカール……それはあなたのお小遣いじゃないのよ?」

「分かっているでござるよエリザ氏。主に被害を被ったのは拙者だという事実はあれど、これはきっちり山分けするでござる」

「そうじゃなくて。私たちは開拓資金を貯めないといけないんだから、この100万Gは生活費以外は貯金に回すのよ」

「えぇ~! ちょっとくらい贅沢してもバチは当たらないでござるよエリザ氏。贅沢なテーブルとか欲しくないでござるか?」

「いやテーブルは一個あればいいし……」


 そんな事を話している内に廃屋に到着し、エリザはドアを開けた。


「――――」


 次の瞬間、エリザの顔つきが変わった。


「……ム? 入らないのでござるか?」

「不法侵入者よ」

「……ほ?」

「この家に何者かが上がり込んでいるわ」

「え、何それは……」


 カールのその呟きはどちらかと言うと、ドアを開けた瞬間にそれを察知したエリザにちょっと引いた事により漏れたものだった。


「……まぁ、そういう事なら拙者は外で時間を潰してくるでござる」

「それには及ばないわ。気配は素人同然だし、とっちめて警備隊に引き渡すのに人手がいるからついてきてちょうだい」

「……では後衛にて同行するでござる」


 エリザを先頭に、二人は忍び足でリビングに向かう。

 そしてエリザはばっとリビングに身を躍らせ――


「私の住処にいい度胸ね! 覚悟なさい!」

「ひぃっ、侵入者っ!?」


 そうエリザが殺る気満々の口上を述べると、侵入者は悲鳴のような声を上げた。


「って、誰が侵入者よ! それはあんたでしょ、この不法侵入者!」

「は……い、いや、ここは僕の家なんですが……」

「は……?」


 セリフとは裏腹に盗人猛々しさの無いその口調に、エリザの気勢が削がれる。


 よく見ると、容姿にも侵入者らしさが見られなかった。侵入者(?)は整った髪型の痩身の男で、それなりに社会的地位のありそうな格好をしている。


 不法侵入を働くのは大概が食い詰めた人間なのに、男の格好はあまりにもそれらしくなかった。


「……あなた、誰?」


 改めてエリザが尋ねる。


「僕はこの家……いや、もう廃屋ですね。この廃屋の持ち主です」



 話を簡潔にまとめると、こうだ。


 数年前、男は借金を作って夜逃げをした。それからなんやかんやあって生活が安定し、そしてちょっとした用件でこの家に戻ってきた……という事だった。


 男は不法侵入者ではなく、この家の持ち主……つまり合法帰宅者だった。


「……そうですか、お二人はこの廃屋に」


 二人も自身の事情を簡単に話していた。


「いや、しかしそれは…………ううむ」

「……ム? 何か困り事でも?」

「いや…………実はちょっとまとまったお金が必要でして。それでこの家の事を思い出したんですよ」

「…………」


 皆まで聞かずとも、エリザには分かった。


 男はまとまったお金が必要。そしてこの家と土地は男のもの。彼の話は要するに、自分たちはここから立ち退かなくてはならないという事だった。


「…………」


 皆まで聞かずとも、カールには分かった。


 ただしそれは、エリザよりもちょっと先。懐に入れた袋の重みが、それを殊更主張していた。


「まずいわね……そうそう都合のいい廃屋なんて見つからないわよ」

「すみません……でもこちらにも事情が」


 男に落ち度は全く無く、そしてそうであるが故に結末は1つしかない……つまり立ち退きは不可避だとエリザは思った。


「アパートを借りる余裕も安定収入も無いし……って言うかそんな狭い場所にカールと二人で住むなんて絶対に嫌だし」

「……時に家主殿」


 今後についてあれこれと考えを巡らすエリザをよそに、カールは尋ねた。


「その必要とされるまとまったお金とやらは、いったいいかほどで?」

「えっ……? えっと、それは……」


 突然の直球な質問に、男は面食らいながらも答えた。


「……100万Gほど、ですね」


(ほらねー!)


 カールは心の中で叫んだ。


「……どうしたのカール。急に天を仰いだりなんてして……」

「イヤ……降って湧いたような大金はこうなる運命にあるのだと再認識しただけでござる」


 全てを諦めたように話すカール。100万Gの喜びが、するりと全身から抜け落ちた瞬間だった。


 フラグ理論に基づくなら――不意の大金など、失って落胆させるための装置に過ぎないのであった。


「……家主殿。1つ提案があるのでござるが……」


 かくして、二人が得た100万Gはその日の内に消えたのであった。

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