第八話 その4
「さて、まずは現状を整理するでござる」
ミューズ邸、客室。普段全く使われていないのか、ミューズの家にしてはきちんと整頓されていた。
その部屋でカールとミューズが、テーブルを挟んで椅子に座っていた。
「えー…………霊魂分離装置が突如制御不能に陥り暴走。その結果……」
言いながらカールは、自分の胸の辺りに視線を彷徨わせる。
『な、なんでこんな事に……』
『やっぱり美味しい話には裏があるんですね……』
カールの中に響く、悲嘆に暮れる二人の少女の声。
「拙者の体の中に、エリザ氏とリーシャ氏の魂が入り込んだでござる……」
カールのものを含む3つの意識が、カールの体1つを共有するという事になっていた。
「うん……こう言ってはなんだけど、とても面白い事になってるわね」
例のゴーグルを装着したまま、カールを眺めつつ携帯コンソールのキーを叩くミューズ。有り体に言って、とても楽しそうだった。
『全然面白くないわよ!』
そんなミューズに、当事者として当然の突っ込みを入れるエリザ。
「突っ込みを入れても拙者にしか聞こえないでござるよ、エリザ氏……」
しかしその声は、カールの中に響き渡るだけだった。
「ふむふむ……霊魂の声は外には聞こえない、と。まぁ当然ね。魂の叫びなんてものは、結局は口から出ないと誰にも伝わらないもの。ちなみにカールくんの口で話す事は出来る?」
『悠長にレポートなんてしてるんじゃなーいっ!』
「……どうやら口をジャックするのは無理っぽいでござるな。これほどまでに怒気の孕んだ叫びでも拙者の脳内に留まっているという事は」
カールが冷静に分析する。
『なんでこの人まで研究に付き合ってるんですかね……』
「なるほどなるほど。じゃあ視界はどうかしら? カールくんが見えているものは中の人にも見えている?」
「どうでござるか二人とも。……とりあえず今は付き合わないと話が進まなさげでござるが」
どこの世界でも人の話を聞かないのはマッドサイエンティストの特権なので、カールは半ば諦め口調で二人を諭した。
『…………。……見えているわよ。変なゴーグルを付けて楽しそうにしている女が』
『あんなゴーグルを付けるような人が自信満々だった時点で察するべきでした』
「フム……要約すると二人ともまともじゃない女が見えているそうでござる。つまり視界は拙者と共有という事でござるな」
「ん。つまり二人は、カールくんが見ているものが見えて、聞いているものが聞こえる……という状態なわけね」
分かりやすく言うならこの状態は、カールというロボットに、パイロットであるカールの霊魂と不測の事態で同乗する事になったエリザとリーシャの霊魂が乗っているようなものだ。外からの情報は等しく受ける事が出来るが、どう動くか、何を見て聞くかはパイロット次第。同乗した二人に出来るのは、パイロットに文句を言う事くらいなものだった。
「……とまぁ、観察はこれくらいにして」
ミューズはゴーグルを外し、コンソールを脇に置いた。
「二人の霊魂を戻す方法だけど……今すぐには無理ね」
『そ、そんな……!』
ミューズの無慈悲な言葉に、カールの中で絶望的な声を上げるエリザ。
「おぉ……エリザ氏の悲しみをひしひしと感じるでござる。あれ、これ結構キツくね?」
自分のすぐ近くで負の感情を露わにされるのは、なかなかにしんどいものがあった。
『……でも借金取りが諦めるまでここにいるというのもいいかもしれませんね』
リーシャはこの状況に順応しつつあった。
「…………。その前に1つ、気がかりな事があるのでござるが」
カールは視線を、ソファの上に横たわる二人に向けた。
「あの二人の体、霊魂が無いという事は死んでいるという事でござるよね? もうああなってそこそこの時間が経ってしまっているわけでござるが、ならば今更霊魂を戻したところでもう手遅れなのでは?」
二人の状態は、いわゆる心停止状態だ。少なくともカールの元の世界では、だいたい30分以内に蘇生措置を行わなければ生存は難しいと言われている。
霊魂に肉体を蘇生させる効果があるでもなければ、肉体が死亡した状態で霊魂を戻しても結局は死ぬだけなのではないのだろうかとカールは思った。
その質問に、ミューズはその疑問はもっともね、とばかりに頷いて答えた。
「結論から言うと、それに関しては問題無いわ。まぁ、本来ならそういうものなんでしょうけど。実はあの二人の体からは、完全に霊魂が無くなったわけではないのよ」
「……どゆ事?」
「霊魂の欠片とでも言いましょうか。二人の体にはほんの少しだけ霊魂が残っている。その残った霊魂が、生命維持に必要な活動を体にさせているわ」
「フム……つまり二人は死亡しているのではなく、昏睡状態というわけでござるか」
「そういう事。そしてそれは、私の魔法が不完全だった事を意味する。あるいは霊魂に対する認識がそもそも間違っていたのか……今回の実験は反省点が多いわね」
ミューズは自嘲気味に息をついた。
『反省は後でしてちょうだい。それより今すぐには無理って事は、いずれは戻せるって事よね?』
「かくかくしかじか……だそうでござる」
「もちろんよ。今は無理というのは、単に装置が故障しているからに過ぎない。修理が済めば問題無く元に戻す事が出来るわ。時間もそう掛からない……今日の夕方くらいには終わるでしょうね」
「意外と早いのでござるな」
「爆発四散とかしたわけじゃないしね。……それにしても、どうして暴走してしまったのかしら。設計にミスは無く、稼働も順調だったのだけど」
『…………』
「拙者何故かわけも無く気まずい気持ちになっているのでござるが…………結局原因は分からず仕舞いでござるか?」
「ええ。それに今回のは例えるなら誰かが滅茶苦茶に装置を操作したような、外的要因が無ければ起こらないような暴走のし方だったし、そこからして不可解なのよねぇ……」
首を傾げるミューズ。
『そ、それより今後について話し合いましょう!』
話を逸らすかのように(事実そうなのだが)、エリザが割って入った。
「……何をそんなに焦ってるのでござるか?」
『べ、別に焦ってなんか……いや、そりゃ焦るわよ! こんな風になっちゃってるんだから!』
「フム……それはさもありなん」
エリザの感情を直に感じ取れるカールは、その焦り方は窮地に身を置いているが故というよりはヤバそうな事実が露見しそうな事を危惧してのもののように感じたが、とりあえず納得した。
「とはいえ今後と言っても、装置の修理待ちでござるが……」
『あ、でしたら町の案内などしていただけませんか?』
「……ム? 案内とな?」
『はい。どこか隠れて住めそうな所とか、炊き出しをしてくれそうな所とかを教えていただきたいのです』
『これ完全に借金踏み倒すつもりね……』
300万Gが手に入ったとして、借金返済に使わなければならないという決まりは無いのである。
「地の文とはいえさすがに突っ込むでござるが、無いわけがないでござる」
『無いんですよ……汚い手段で背負わされた借金に返済義務なんて』
『ただのギャンブルでしょあんたの借金は……』
「しかしながら、町に出るというのは賛成でござる。腹の虫が空腹を訴えている故」
カールがそう言うと、『ぐぎゅるるるごごごごぉぉぉ……』という何にも形容し難い音がカールの腹から聞こえた。
『なんか自分のお腹から聞こえてるみたいで物凄く不快だわ……』
エリザは霊魂のまま自分のお腹をさすった(器用)。
『今思ったんですけど、霊魂のままだったらお腹が空く事って無くなるんじゃないでしょうか?』
『無くなるかもしれないけど一生カールの中にいるつもり?』
『うっ、それは……』
リーシャは霊魂のまま表情を歪めた(器用)。
「拙者としても『うっ、それは……』なんですがそれは……。まぁそれはともかく、二人の魂をこさえたままで外に出ても大丈夫でござるか?」
「問題無いわ。本来なら体から離れた霊魂は成仏というプロセスに入るけど、カールくんの体が霊魂を現世に繋ぎ止める入れ物になっているからね」
「……フム。これがいわゆる一心同体というやつでござるか」
今の自分は美少女と一心同体なのだと考えると、テンションが上がる思いだった。
『妙な表現はしないでちょうだい』
『セクハラで訴えますよ?』
「…………」
非難轟々だった。
「……うん。中の二人に何を言われたのか分からないけど…………顔つきが犯罪者のようになっているわよ?」
「……ム? おっと失敬…………フヒヒwww」
歪む口元を手で覆い隠す。美少女に非難された事で草を生やす、メンタルお化けのカールだった(それはもはやメンタルの強弱の問題ではないような気もするが)。
「ではミューズ氏、また夕刻に」
ともあれ外に出ても問題無いとの事なので、カールは部屋の出口に向かった。
「…………。その前に……」
そしてドアを開けた後、カールは振り返ってミューズに尋ねた。
「トイレはどこでござるか?」
『――――』
『――――』
その質問に、二人は顔を青ざめさせるのであった。




