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第八話 その3

 霊魂分離装置が稼働する最中――


(あぁ……早く帰りたいな)


 そんな事を思いながら、エリザは所在無げに視線を巡らせていた。


(そもそも私はただの付き添いだし、実験が始まった時点でお役御免のはずよね。この実験もどうせきっとロクな事にならないんだし、さっさと帰った方が身のためなのよ絶対……)


 それでも積極的にそうしようとしないのは、ここにリーシャを連れて来た責任と、実験結果が気になるという好奇心がどちらもほんの少しだけあるからだった。


(…………。しかし本当に汚い部屋ねぇ……)


 以前の転送装置の時もそうだったが、ミューズには整理整頓という概念が無いらしい。書類やらパーツやら包装紙やらが、床に無造作に散らばっていた。


(こんなんじゃいつ通貨単位でないGが出ても不思議じゃないわね……)


 ちなみにエリザの住む廃屋は、エリザが虫嫌いな事もあってここよりもずっと清掃が行き届いていたりする。家具をちゃんと揃えれば、『廃屋』から『築年数の古い家屋』に昇格出来そうなくらいだった。


(例えばそこのパンの包み紙の下辺りから――)


 食べかすと埃にまみれたパンの包み紙を注視していると、何やら蠢く黒いモノが見えた……ような気がした。


(……!?)


 結論から言うと、それは見間違いだった。それは実際黒いがGではない何かの細かい部品で、蠢いて見えたのは装置の振動によるものだった。


 エリザもそれにはすぐに気付いたのだが――その前に体が動いていた。


「……っ、と」


 それは素早く距離を取るでも無様に後ずさるでもない、ただの条件反射のような小さな身じろぎだったのだが…………如何せん足元が悪かった。


 踵に何かがぶつかった。それにはちょっとした質量があり、無意識に足で小突けば躓いてしまうほどのものだった。


 ただ、もちろんこんなものに躓いて転倒するエリザではない。逆の足をちょっと後ろに下げるだけで、問題無く捌ける……はずだった。


 装置稼働の微振動で、その足元に瓶が転がっていなければ。


「――っ!?」


 しかしさすがはエリザといったところか。瓶を踏んづけても即座に体勢を崩すような事は無く、瓶の上で玉乗りするピエロの如きバランス感覚を見せた。


(ふっ……こんなもので無様に尻をつく私ではないのよ)


 そうして事も無く転倒を免れたエリザは、瓶の上からぴょいっとステップを踏むようにして小さく後ろに跳んだ。


 そして装置から伸びる太いコードを思いっきり踏んづけた。


「……あらっ?」


 ボシュン、という音を上げてコードが霊魂分離装置とは反対のよく分からない機械から外れ、その弾みでコードの先端がよく分からない装置のレバーをガコンッ、っと押し下げた。


 直後、緊急事態を知らせる赤色灯が点灯し、異常を告げる警報音が鳴った。


「ファッ!? 何事でござるか!?」

「んむ……何らかの要因でコードが外れて、更に何らかの要因で魔力供給レバーが下げられて、その結果霊魂分離装置に過剰な魔力が流れ込んでいるわね……」


 ゴーグルを外し、コンソールを高速タイピングしながら現状を冷静に分析するミューズ。その口調とは裏腹に、指と眼球はせわしなく動いていた。


「……ん? 何か騒がしいですね……」


 装置内のリーシャは、外の音が遮断されている事もあって割とのん気だった。


(…………。もしかして私、なにかやっちゃいました?)


 100%その通りだったが、エリザは内心で呟くに留めて置いた。


「つっ、つまりどういう事でござるか!?」

「装置はいわゆる制御不能状態。こちらからの操作は一切受け付けない。要するに…………お手上げ状態ね」


 ミューズはコンソールから手を離し、両手を上げた。


「おファッ!? で、では拙者たちの運命はどうなるのでござるかっ!?」

「魔力供給装置の方はどうにか出来たから、ミューズ邸爆発とかは無いわ。制御不能に陥っているのが霊魂分離装置のみである以上、被害は最悪でも霊魂分離に留まるでしょう。本来なら失敗がリーシャちゃんの霊魂分離に留まるところが、暴走によってどれだけの範囲にまで及ぶかは分からないけど」

「…………フム。それは要するに死ぬという事では?」

「霊魂分離を死と表現するならそうなるけど……あ、そういえばあれ別名即死魔法装置だったわね。アッハッハ」


 朗らかに笑うミューズ。


「あばばばば……え、エリザ氏、早急にこの場からの脱出を…………エリザ氏?」

「ん……え、えっ!? な、なにかしら……?」

「イヤ……こんな事態にもかかわらず棒立ちと言うか、何かをやっちゃったような感じの顔をしているように見えるのでござるが……」

「……そ、そんなワケないじゃない。ちょっと焦ってパニクってただけよ……!」


 否定するようにぶんぶんと手を振るエリザ。頬を伝う汗が何故だか冷や汗に見えて仕方がなかった。


「……左様でござるか。……あっ、そんな事より早く脱出を!」

「そ、そうね……! あ、その前にリーシャを回収しないと。でもあの装置のドアって開くのかしら……」

「元々厳重にロックが掛かっている上にこちらの操作を一切受け付けないから、まぁ開かないでしょうね」

「な、なんて事……」


 装置の中のリーシャに憐れむような視線を送るエリザ。その目はもはやあの世の人を見るような目だが、それはまだちょっとだけ早かった。


(なんて悲しそうな目…………財布でも落としたんですかね?)


 そしてリーシャは全く分かっていなかった。


「それより拙者はミューズ氏が一切焦っていないのが気になるのでござるが……」

「それはこの白衣に対魔法術式が編み込まれているからよ。これを着ているだけで、実験中の魔法程度なら難なく防ぐ事が出来るのよ」

「ずるっ。拙者にもplzプリーズ

「あいにくとあなたが着られるサイズの白衣は無いわね。そんな事を言っている間にもそろそろ暴走して取り返しのつかなそうな事になるわ。具体的には10秒以内に」


 装置が爆発寸前のように光を放ち始めた。


「(あっ、これもうどうあがいても間に合わないやつでござるな……)……結局拙者たちはどうなるのでござるか?」

「最悪の場合、ここにいる私以外の人間の霊魂が分離するわね。でもさっきも言ったけど、霊魂は肉体に憑りつくという性質があるからそのまま成仏とはならないだろうし、そもそも私がいるのだから取り返しのつかない事にはならないわ」

「…………ん? もしやそれって――」


 そして、装置が暴走した。乱れた術式に過剰な魔力が乗り、無差別に、無分別に、無軌道に魔法が発動する。


 地下室を満たす、眩い魔力の奔流の中。

 薄れゆく意識の中で、カールは思った。


(それって――入れ替わりネタの入りでは)


 そしてカールの意識はブラックアウトした。



 入れ替わりネタ。


 それはギャグ寄りの作品なら媒体問わずほぼ100%行われると言っても過言ではない、互いの人格が入れ替わってしまうお話の事である。いわゆる『俺があいつであいつが俺で』というやつである。


(ぶっちゃけ大して面白くもなく、言ってしまえばヒロインの体に入った主人公が女子の体にドキドキするだけの話でしかないのでござるが……)


 正直これが早い段階で来ると『あ、この作者もうネタ尽きたんだな……』と察してしまうのだが、それはさて置き。


(しかしそれは読み手としての感想。当事者となるならば、話は全く変わるでござる……)


 フィクションとして眺めるのは退屈でも、実際に体験するとなれば話は別だ。


 美少女の体の中に入る――それはもはやラッキースケベなどという次元ではなく、全裸の体を眺めて触るという行為が合法的に可能な、一部始終を流すならRの15くらいはあって然るべき展開なのだ。


(TV放映版では謎の白い光線だらけになってしまうでござるな…………ドゥフフwww)


 意識が覚醒する前であるにもかかわらず、カールは草を生やさずにはいられなかった。



 いち早く体を起こしたのは、装置の暴走で唯一安全が保証されていたミューズだった。


「けほっけほっ……なんて埃っぽい部屋なのかしら」


 舞い上がる埃を手で払う。爆発オチは無いというミューズの言葉の通りに、室内は散らかってはいるが何かが燃えたり壊れたりといった様子は無かった。


「さて……全員無事かしら?」


 意識を失い、横たわる三人を眺める。一人は装置の中で、二人は床にそれぞれ倒れていた。


 ミューズは霊魂可視化ゴーグルを装着し、三人の体をチェックした。


「…………。あらまぁ……」


 さすがのミューズも、それには驚かずにはいられなかった。



(果たしてエリザ氏かリーシャ氏か……どちらも美少女なのでどっちでもウェルカムでござるなwwwフヒヒwww)


 内心で盛大に草を生やしつつ、カールは目を覚ました。


「……はっ!? 拙者はどうなっ――」


 超至近距離から発せられた、誰よりも聞き慣れた喉仏越しの声。


 入れ替わってなどいない事に、カールは瞬時に気付いた。


「…………。これはまだまだネタ切れには程遠いとポジティブに捉えるべきでござるな」


 カールは気を取り直して、周囲を見回した。


 散らかった部屋。床に倒れるエリザと、装置内で倒れるリーシャの姿。

 そして、ゴーグル越しに興味深そうにこちらを見るミューズの姿があった。


「……結局何がどうなったのでござるか?」


 倒れている二人は、気を失っているだけなのか、それとも霊魂が分離してしまっているのか……


「んー……こういう事もあるのね」


 ミューズに尋ねるも、返答は要領を得ない。


 もう一度ちゃんと尋ねようとしたところで、声が聞こえた。


『……あれ、ここはどこ?』

『私は確か装置の中にいたはずですけど……』


 それは、エリザとリーシャの声だった。


「……?」


 しかし二人は依然として倒れたままであり――しかもその声は、超至近距離から聞こえていた。


「あぁ、そうそう。さっきの質問の答えだけど……」


 戸惑うカールに、ミューズはゴーグルを外しながら言った。


「二人の霊魂、カールくんの中に入っているわよ」

「――――」


 言葉を失うカール。


 今回の話は入れ替わりネタではなかったが……カールの体の中にエリザとリーシャの霊魂が入り込むという、逆張りなんだか誰得なんだかよく分からない展開になっていたのであった。

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