第八話 その2
左右を背の高い緑に挟まれた道を進み、やがてそれは姿を見せた。
町の外れに建つ洋館。自然の中にぽつんと建つそれは相変わらずの薄気味悪さで、夏場の日中にもかかわらず寒気を覚えるほどだった。
(この作品いつまで夏なのでござろうか……)
それはさて置き、三人は町外れの洋館――ミューズの家にやってきた。
「……ここが300万Gを貰える場所なんですか?」
「然り。ここの主人に協力すれば、300万Gゲットでござる」
カールの言った300万Gの入手手段とは、ミューズの研究に協力する事だった。ミューズはお金持ちで、且つ研究の協力者に事欠いている様子だったので、研究の内容によっては300万Gくらいくれるんじゃね? とカールは考えたのであった。ちなみにどうしてエリザが無意識に選択肢から除外していたのかは、第4話の参照を以て返答とさせていただきます。
「そんな軽い調子で300万Gが貰えるお手伝いって、それどう考えてもR18なご奉仕なんですけど」
「それは無いから安心めされよ。キモたくはお子様でも安心して読む事の出来る作品です」
「(キモたく?)……じゃあもしかして、臓器の1つや2つを失くしたり?」
「…………」
300万Gが貰えるほどの研究内容でそれは定かではなかったので、カールは口を閉ざした。
「臓器は売るなと両親から言われてるので、そういうのは困るんですけど……」
「借金してまでギャンブルするなとは言われていないの?」
「まぁ、それは……言われるまでも無い事ですので」
「…………」
まず臓器を売るなも言われるまでも無い事なのだが、エリザに突っ込む気力は無かった。
「まぁまぁ。とりま内容だけでも聞いてみるでござるよ」
そう言ってカールはインターホンに手を伸ばし――
『話は聞かせてもらったわ』
押す寸前、スピーカーから声が聞こえた。
「ム……その声はミューズ氏」
洋館の主、ミューズの声だった。
『ええ、天才美少女魔術師のミューズ氏よ。詳しい話は中でするから、入ってきていいわよ』
ミューズがそう言うと、門からカチン、と施錠が解かれる音がした。
「話が早いのは助かるでござるな」
『待ちに待った実験体……もとい、協力者が来たんですもの、まどろっこしい前置きは不要というものよ』
弾んだミューズの声。スピーカーの向こうから、ミューズのウキウキ具合が感じられた。
「……あの、今実験体って聞こえたような気がするんですけど」
「協力者と言い直している故、気にするほどの事ではないでござる」
「そうですか…………そうですか?」
腑に落ちないリーシャだった。
「まずはようこそ、私の研究室へ」
三人が通されたのは、地下の一室。転送装置の実験に使用した部屋とは別の、どことなく物々しい雰囲気のある部屋だった。
「忘れている人もいるかもしれないから改めて。私はミューズ・クルード。天才にして美少女にして魔術師、しかしてその実態は魔法の新たなる可能性を研究する、言うなれば魔法開拓者といったところね」
年齢は20代半ば。日の光とは無縁そうな白い肌に、数本の白髪の交じる黒髪。目の下には、寝不足と研究の熱心さを示すクマ。ミニスカートに白衣といった服装は見方によっては扇情的に映るが、彼女の性格と前述の容姿が合わさると何かよくない事に嵌めようとしている風にしか見えなかった。
「は、はぁ……」
そんなミューズに対し、かなり胡散臭げな視線を向けるリーシャ。ミューズの見た目と言動で視線がそうなるのは、さもありなんとしか言いようが無かった。
「……大丈夫なんですか、この人」
「悪い人ではないでござる」
「何の保証にもなってない……」
「300万Gの前には彼女の胡散臭さなど些事でござるよ、些事」
「…………。まず300万Gが貰えるお手伝いなんて本当にあるんですか?」
まずそこが疑わしかった。そもそも眉唾で、更に見た目と言動がアレな人が出てきたものだから、本当に何かよくない事に嵌めようとしているのではないかという疑惑がリーシャの中に浮かんだ。
「フム…………実は見切り発車でここまでやってきたわけでござるが」
「おい」
「実際その辺りどうなのでござるか、ミューズ氏」
カールが尋ねると、ミューズは300万Gという金額に気後れした風もなく答えた。
「結論から言うと、あるわよ。むしろ安いものよ。私にとってもあなたたちは渡りに船、ちょうどあなたたちのような人を探していたのよ」
「…………。だ、そうでござる」
「だ、そうですじゃないですよ……300万Gを安いものって言えるお手伝いって、絶対にまともじゃないんですけど」
「……きっと300万Gをポンと支払う価値のある、世の中にとって意義のある研究なのでござろう」
「裏クエストに出す事も出来ずに困っていたところだったのよ。この研究を知る者は最小であるべきという理由でね」
「…………」
もはやカールは気休めすら口に出来なかった。
「そのための地下室ってわけ?」
話をエリザが引き継ぐ。
「その通りよ。無論、私の家を覗き見る事などこの世の誰にも不可能だとは思うけど、万全を期すためにね」
「私は帰ってもいいわよね?」
ミューズの言葉から研究のヤバさと実験の危険性を野生の勘で察知したエリザは、即座に帰宅を決断した。
「私としては実験体……もとい、研究材料は多い方が都合がいいのだけど」
「もはやもといの下も物騒でござるな。実験が終わったら口封じされそう」
野生の勘とは無縁なカールでもそう思うくらい、ヤバそうな匂いがプンプンとしていた。
「というわけで拙者たちはこれで。仲介の任は果たしたものとするでござる」
「ま、待ってくださいっ! それはいくらなんでも無責任過ぎませんかっ!?」
「もうリーシャ氏は一人で歩くべきなのでござる。いつまでも人の保護に甘えてはいけないのでござるよ……」
諭すような顔でカールは言った。
(ニートが何か言ってるわ……)
そんなカールを、白けた目で見るエリザなのであった。
「帰るかどうかは私の研究内容を聞いてからでも遅くはないんじゃない?」
「それには及ばないでござる。そもそも地下室という時点で絶対にロクな研究じゃないからね」
「最強の攻撃魔法とは何か」
ミューズは構わずに続けた。
「骨まで焦がす灼熱魔法? バラバラに斬り裂く斬裂魔法? 血液を凍らせる凍結魔法? 地面に吸い込む流砂魔法? ……いいえ、それらはどれもナンセンス!」
話しながらミューズは地下室の壁際へと歩き、
「真の最強魔法とは――これよ!」
何かに覆い被さっていた白い布を、ばっと取り払った。
「そ、それは……!」
背の高いカプセル状の装置。内と外は曲線状の透明なガラス戸で仕切られており、下部にはどこに繋がっているんだか分からない太いコードが複数伸びている。
「……なんでござるか?」
見た目からは全く用途が掴めなかった。
「霊魂分離装置よ!」
「…………」
転送装置の時と違って、聞いただけでは全くピンと来なかった。
「ちんぷんかんぷんという顔をしているあなたたちに噛み砕いて説明すると、これは霊魂……つまり魂を体から引き剥がす装置、言うなれば即死魔法装置よ!」
「……ははぁ」
サブカルとしての魔法の知識に詳しいカールは、その説明で要領を得た。
サブカル知識が豊富な読者諸兄に説明するならそれはザ〇でありデ〇であり、もっと言うならデ〇ノートに名前を書くようなものだった。
「攻撃魔法の目的とはつまるところ相手を死に至らしめる事。体から魂を剥がしてしまえるなら、炎で岩を溶かす必要も暴風で鉄を斬り裂く必要も無いのよ!」
「…………。まぁ、言わんとするところは分かるでござるが……」
それは攻撃魔法としての理想の形だ。相手がどれほど強靭な体を持っていようと、魂を剥がしてしまえば問答無用で死に至る。魂と体の結びつきを鍛える方法など存在しないので、ひとたび成功すれば万物を死に至らしめる事が可能となるのだ。
(ゲームとかだとボスみたいな強い相手には効果が無いポンコツ寄りの魔法でござるが、現実的に考えると対生物魔法としてはずば抜けて最強でござるな……)
これが成功すれば、ミューズの研究は世紀の大発明とも言えるのだが…………しかしそれに反して、三人の表情は冷え切っていた。
「……あら、どうしたの? とても歴史の立会人になった風な顔じゃないけど」
「イヤ……その魔法の実験体になるって、つまり霊魂を剥がされるという事なのではなかろうか?」
今回の目的は魔法のお披露目ではなく、実験の協力だ。
この魔法の実験に協力するという事は、即ち死ぬという事に他ならないのだ。
「……あぁ、人非人を見るような目で見られているのはそういうわけね。でも安心なさい。今回の実験の目的は、人体から霊魂が剥がされない事を実証するためのものよ」
「……ム?」
「この魔法が普及した時、人間に効いたら危ないでしょう?」
「…………。確かにそれはそうでござるが……」
言うなればそれは、人類全てがデ〇ノートを所持しているようなものだ。防ぐ事が困難な即死魔法を誰もが修得出来るというのは、文明社会の終焉を意味すると言っても過言ではないのだ。
「この研究が裏クエストにも出せない理由は分かったかしら? この魔法が悪意ある者に奪われてしまった場合、大惨事になるからよ。まぁ、この天才美少女魔術師の私から魔法を奪う事の出来る者などこの世のどこにも存在しないのだけど」
「……左様でござるか」
だったらそもそもそんな研究などしなければいいのにと思ったが、言ってもたぶん無駄なので口には出さなかった。
「研究と実験の内容は以上よ。成功率は理論上100%。万が一失敗して霊魂が剥がれても、元の体に戻せる事は虫で実証済み。実験協力の報酬は300万G。これほど美味しい仕事も無いと思うけど、どうかしら?」
「……だ、そうでござるが」
カールがちらりとリーシャに目を向けると、そこには予想外の表情があった。
「やります! やらせてください!」
リーシャはやる気に満ちた表情で、目を輝かせていた。
「えぇ……」
その即断にドン引きするカールに、リーシャは得意気に決断の理由を話した。
「成功率100%、失敗しても安全が保証されている実験で300万Gの配当金なんて、これほど美味しい話はありません。これをやらない理由を探す事は、砂漠で一粒の砂を探す事に等しい……それほどまでに、これに手を出さない理由は無いんですよ」
「いやいや……安全が保証されてるって、さらりと言ったけど虫で実証しただけでござるよ? そもそも成功率が100%なのに失敗してもって続いているのがおかしいでござる」
「例え100%でなくとも、です。だってあの人言ってましたよ、失敗して霊魂が剥がれるのは万が一だって。万が一というのは確率に直すと0.01%……それはもう絶対に起こらないのと同じ事なんですよ!」
鼻息を荒くして力説するリーシャ。
「――――」
そんなリーシャに、カールは既視感を覚えた。
(低確率を起こり得ないものとし、油断して舐め腐ったその態度…………それ即ちフラグと言う)
第4話で自分の身に起こった事を思い出したカールは、説得の不可能を察したのであった。
「で、私は何をすればいいんですか?」
「あの装置の中に入るだけでいいわ。後はこっちがいろいろとやるから」
分かりました、とリーシャは意気揚々と装置の中に入った。
「話が早くて助かるわ。さて……それじゃあさっそく始めましょうか」
ミューズはメカメカしいゴーグルを装着し、タイプライターみたいなコンソールを叩き始めた。
「そのゴーグルは?」
「霊魂可視化ゴーグルよ」
「…………」
もはや突っ込む気は失せていた。
「……よし、これで完了ね」
ミューズが最後のキーを押すと、装置が低い音を立てながら稼働した。
「成功すれば変化無し。失敗してもすぐに霊魂の復元処置を施せば問題なし。まぁ放っておいても元の体に戻るようにはなっているけれど。霊魂というものは、元々肉体に憑りつきやすいように出来ているのよ。アンデッドなんかがその最たる例ね」
「フム……ファンタジー世界のアンデッドとは、死体に低級霊が憑依したものとはよく聞く話でござるな」
「そう――何事も無ければ、この実験は平穏無事に終わるというわけよ。あなたもどう?」
「やめておくでござる」
ミューズのセリフにもフラグみをビンビンと感じたカールは、断固としてお断りするのであった。




