第一話 その3
そろそろ認めなければならない。
自分にチート能力など開花しないという事を。
そもそも自分は、その基準を満たしていない。
チート能力とは、異世界転生をすれば誰にでも無条件に与えられるものではない。それを得るためには、ある条件をクリアしなければならない。
それはずばり、容姿である。
チート能力は、イケメンでなければ持つ事は出来ないのだ。
思い返してみるといい。チート能力を得ている異世界転生ものの主人公は、全員イケメンだ。例えニートでも陰キャでも童貞でもコミュ障でも引きこもりでも彼女いない歴=年齢でも、果てはブサイクだと自称していたとしても、作者が自己投影してるんだか読者に自己投影させるためなんだか知らないが、とにかくみんなイケメンなのだ。
さて、ではカールはどうか。
細かい描写は気分を害するので省くが、カールの容姿はイケメンとは程遠い……と言うかほぼ対極だ。デスゲームの序盤で十把一絡げに殺されるか、秋葉原で「秋葉原を女連れで歩くのはルール違反でござるよ」などと言いながらイケメンに絡んで当て馬にされる役どころが相応しい感じの、まさしくキモオタ然とした容姿だ。
総括すると……結局カールは、異世界でも立ち位置は変わらないのであった。
そんな、あんまりな現実に相対したカールは――
「ではこのモルゲヨッソの唐揚げを一人前頼むでござるよ。あとコーラも」
あっさりそれを飲み込んで、意気揚々と酒場で料理を注文していた。
カールはメンタルがとても強かった!
「かしこまりましたー」
100%の営業スマイルを浮かべて、ウエイトレスは厨房に引っ込んだ。
「モルゲヨッソとは全くの謎でござるが、唐揚げと名の付くものに不味いものは無いというのが世界の理でござる」
それよりも異世界に当然のようにコーラがある事の方が気になったが、きっとコーラというものは美味すぎるが故にどの次元の世界でも開発されるのだろうと、カールはあっさり納得した。
ここは先ほどの高級歓楽街とは違い、あまり身なりが綺麗でない者たちが多く集まっていた。この酒場でも肉体的な労働に従事していると思しき人たちが、大騒ぎをしながら酒盛りをしている。先ほどの場所ではピーナッツを摘まむ事しか出来ない人も、ここでならお腹いっぱいになれるだろう。
しかし今日は、普段とは様子が違った。もちろん異世界生活初日のカールに普段のここの雰囲気など分かりようもないのだが、にもかかわらずそう感じてしまうくらいに、ちょっとばかり様子がおかしかった。
テーブルではない一ヶ所に、人だかりが出来ていた。そして一様に壁に目を向ける彼らは、どう見ても食事や一杯引っかけに来た人たちではなかった。
「おまたせしました、モルゲヨッソの唐揚げとコーラです」
「時にウエイトレス氏。一つ尋ねるでござるが」
カールは運ばれてきた料理を一瞥した後、ウエイトレスに尋ねた。
「は、はぁ……なんでしょう?」
「あれはなんでござるか?」
カールが二重あごでクイっと人だかりを指す。
「……あれは緊急クエストですね」
「なるほど、あれが話に聞く」
カールは例によって超速理解した。
超速で理解出来ない人のために補足すると、緊急クエストとは解決に急を要するクエストの事である。例えば現在進行形で町に魔物が攻めてきていたり、近い未来に大災害が起こると予言されたりといった風な、時間的に猶予の無い案件に対する依頼が緊急クエストとして扱われる。往々にして難易度は高いが、達成報酬が破格である場合が多いのが特徴だ。
「ちなみにあれはどのような?」
「さぁ……人がさらわれたとか何とか。詳しくはあっちで見てください」
素っ気なくそう言って、ウエイトレスは去っていった。可愛らしい容姿だったが、フラグは立ちそうになかった。
「誘拐事件でござるか……」
しかも緊急、そしてあれほど注目を集めるとなると、やんごとなき身分の者である可能性が高い。そしてそれは転じて、報酬が高額である事を示している。
「……フム」
カールは明日も同じようにして金を稼ごうと思っていたが、しかしなるべくならあれはもうやりたくなかった。カールのような体型の者にとって、地べたに座り続けるのは結構な苦痛を伴うものなのだ。
ならばここは一つ、異世界のルールに則って緊急案件の一つでも受けてみようではないか。
(誘拐……という事は即ち、誰にも見つからないような場所に隠れていると推測出来るでござる)
カールはマップを立ち上げ、この町で隠れ家になりそうな場所をピックアップした。
「…………」
その数、38ヶ所。空き家、廃倉庫、下水道など、それらは町中に満遍なく点在していた。全てを回ろうと思えば、何日も歩き詰めになるのは間違いないだろう。
「さて、モルゲヨッソとはどのような味なのでござろうな」
カールは即座に諦めて、唐揚げをフォークで突き刺した。
酒場から出ると、外はすっかり暗くなっていた。
「……フム、絶好のロケーションでござるな」
そしてカールはその足で、この場所にやってきた。
目の前には小さな空き家。ここは、先ほどマップを立ち上げた時に見つけた場所だ。
しかしカールは、さらわれた人を助けに来たのではない。
ここは今日のカールの寝床だった。食事代を引いて残り2000G程度、宿泊施設を使おうものなら例え格安の素泊まりでもほぼ全て飛ぶので、それを節約するためだ。幸いカールはどんな場所でも寝られて、何日も風呂に入らなくでも平気な体質なので、空き家で寝泊まりする事に関しては何の支障も無かった。
平屋の一軒家であるこの空き家は、取り壊したところで土地を遊ばせるだけだからという理由で、長らく放置されていたものだ。外観はかなりボロボロで、壁は蔦に侵蝕され始めているが、しかし元々の造りはしっかりしているようで、錆びついたドアは問題なく開いた。
室内に足を踏み入れる。かなり埃っぽいが、カールほどの人間が歩いても問題は無さそうだった。
(朽ち果てるにはまだまだ年月がかかりそうでござるな)
カールにとってそれは好都合だった。しばらくの間、ここを拠点とする事にした。
そしてカールは、玄関から一番近い部屋のドアを開けた。
「……ヌッ?」
「…………」
ドアの先には人がいた。カールの来訪に、その人物は驚いたような表情で固まっていた。
「失敬。拙者は隣の部屋を使うでござる」
カールはドアを閉めて、隣の部屋に向かった。
「ちょちょ、ちょっと待って!」
二、三歩歩いたところで先ほどのドアが開け放たれ、その人物はカールの服の裾を掴んで引き止めた。
そしてすぐに手を離した。カールの服は湿っていた。
「何用でござるか?」
カールは振り向き、その人物と対面した。
女だった。年の頃は18前後。カールよりも頭一つ分背が低く、長い金色の髪をポニーテールに結わえている。不安と困惑に揺れる瞳は、ぱっちりとした二重のオーシャンブルー。カールが今日見たどの女性よりも、彼女は美しかった。
「あなた……何者?」
カールのシャツを掴んだ手をスカートに擦りつけながら、女が問う。
「異世界転生人でござるが」
「い、いせ……? ごめん、もっかい言ってくれる?」
「拙者は異世界転生…………いや」
思い直して、訂正する。
「拙者は開拓者でござる」
この世界の様式に則って、カールは身分を明かした。現地人との異世界がどうとかの押し問答は他所の異世界転生ものでほぼやり尽くされているので、今更やる気にはなれなかった。
「開拓者……? 今時そんなのになる人いたんだ……」
「そう言うお主は何者でござるか? とてもこんな所を根城にしている風には見えぬでござるが」
服装こそ簡素な町娘風だが、容姿がそれに釣り合っていない。まるでどこかのお嬢様が、町を遊び歩くために一般市民の格好をしているかのように見えた。
「……私を知らないの?」
「存じ上げぬでござる。……存じ上げぬでござるが、しかし」
カールは女の全身を嘗め回すように眺めて、
「察するにお主は、緊急クエストの救出対象でござるな?」
「ぎくっ!」
女がぎくりとした。と言うか口に出ていた。
「という事は……マズイでござる!」
カールはばっと跳躍した後、その場に伏せた。
「……なにしてるの?」
「誘拐犯に見つからないよう、身を潜めているのでござるよ」
ウィスパーボイスでカールは言った。
彼女が誘拐された人物なら、ここは誘拐犯の根城という事になる。カールは戦闘能力皆無、見つかればただでは済まないので、身を低くする事によって廊下のオブジェに擬態した。
「今の拙者はさながら調度品でござる故、声を掛けないでいただきたい」
「あぁ、そう……」
女はゲンナリした顔になった。
「お主も伏せるでござる。上手くすれば逃げ果せるかもしれないでござるよ」
「やだよ、床埃っぽいし……」
「と言うか誘拐犯はどこに行ったでござるか? 人質を自由にして放置などとても正気の沙汰とは思えないでござるが」
「……まぁ、うん。それは……」
「まさか誘拐は狂言で、思いがけず大事になってしまったから出るに出られなくなっているわけでもないでござろうに」
「ぎくっ!」
女がぎくりとした。と言うか声に出ていた。
「…………フム」
今や町中が騒然としていた。『全部冗談でした。テヘッ(ぺろっ)』では済まされない段階まで来ていた。
「強く生きるでござるよ」
カールは(狂言と分かった今必要無いのに)調度品に擬態した格好のまま、ナメクジのように匍匐前進で玄関に向かった。
「ちょっ、ちょっと待った!」
女がカールをひとっ跳びで飛び越し、回り込んで引き止めた。
「……なんでござるか?」
カールが女を見上げる。スカートの下にショートパンツを履いていたので、下着は見えなかった。
「……私に協力しない?」
襟元で手を合わせながら、窺うような笑顔で女は言った。