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第六話 その5

「……はっ!?」


 目を覚ましたサリーナが、勢いよく上半身を跳ね上げる。


 気を失っていたのは5秒ほど。そして傍に立つエリザを見て、サリーナは自分が迎えた結末を理解した。


「……負けたのね、私は。またあなたに……」


 徐々に記憶が蘇る。


 あれだけやったのに、またエリザに負けた。忍術に身をやつしてまで得た千載一遇のチャンスも活かせず、もはや言い訳のしようも無いくらい完全敗北だった。


「また私は、戦士マッシュの名に泥を塗るような真似をしてしまった……」


 この世の終わりみたいな表情で、サリーナはがっくりと肩を落とした。


「いや、別にそこまで気を落とす事では無いでしょ…………今までのも試合だから私が勝ったってだけで、リングの外だったらあなたの圧勝なわけだし」


 これは同情でも何でもない、単なる事実だった。


 サリーナはエリザと違い、さすがは戦士マッシュの末裔といったところか、魔力の量は平均値を大幅に上回っている。もし魔力の使用が許される形式だったら、エリザに勝ち目は全く無かっただろう。試合という形式ではエリザはサリーナを上回っているが、ルール無用となれば圧倒的にサリーナの方が実力は上なのだ。


 しかしそれでも、サリーナは納得がいってなかった。


「私は忍術にまで手を染めたのに、それでも勝てなかったのよ。これじゃあ戦士マッシュの名に泥を塗るどころか、もはや沼に沈めたも同然……」


 先祖への申し訳なさからか、サリーナはドスっと地面を殴った。


(末裔ってのも大変なのね……)


 エリザも領主の娘という割と重めの名前を背負っているが、勇者のパーティーの末裔というのはそれの比ではないのだろう。背負ってはいるが重責を感じた事の無いエリザには、サリーナの気持ちはよく分からなかった。


「…………。よく分からないけど、あんまり気を落とさないでね」


 そんなに仲良くない人のマジ凹みはどう対応していいかよく分からなかったので、エリザは適当な言葉をかけて四人の元へ向かった。


 そして体育座りをする四人が見上げる中で、エリザは言った。


「今のが答えよ。空手を習って強くなれるのかどうかの質問のね」

「…………」


 ぽかんとする四人に、エリザは続ける。


「確かに空手では熊を倒す事は出来ない。しかし対人戦に関して言えば、さっき見た通り無類の強さを誇ると言っていいわ。極めれば護身から暗殺までを、その身1つで行う事が出来る。これが私が会得し、そして今日から二週間あなたたちが習う、ボルゾーイ流空手なのよ」


 言葉を結んだ後、エリザは上手く話を運べたと内心で拳を握った。


 これで彼女たちが途中で脱落する事は無いだろう。ボルゾーイ流空手を習えば、手裏剣を容易く素手で掴むような超人的な戦闘技術が会得出来る事を、エリザはあの試合で証明したのだ。実際にはああなるには長い期間の道場通いに加え、本来の厳しさの合宿をこなす事……即ち長期間の継続的且つ厳しい努力が不可欠だが、それは別の話。修練を重ねればそうなれるという言葉自体には、一切の嘘偽りは無いのだ。


(何よりあの試合を見せられて――あの試合に魅せられて、憧れを抱かない者がいるのかしらね、いやいない)


 例え彼氏がやっているからとか合宿メシに興味があるからみたいな空手とは関係無い理由で参加している者であっても、あの試合を見れば自分もああなりたいと思わずにはいられないだろう。今回の合宿を二週間きっちりこなすどころか、正式な門下生になりたいとさえ思っているに違いないのだ。


 ……と、エリザは考えたのだが。


「……あの」


 満足げなエリザの眼下で、おずおずと手が上がる。


「あら、何かしら? 技の練習に入りたいというならまだ駄目よ。まずは基礎体力を付けない事には……」

「さすがにああいう風になるのはどう考えても不可能なんスけど……」

「……えっ?」


 それは例えるなら、格闘技の試合を生で見た後のようで――


「そ、そんな事はないわよ頑張ればなんとか……」

「いやさすがにあれは無理っしょ……」

「むしろ別の道に進むべきとさえ思ってしまいましたわ」

「私はご飯が貰えればなんでも」

「…………」


 試合に魅せられる事と自分もそうなりたいと思う事は、全く別の話なのであった。




「気を落とすな……か。ふっ……ライバルの私が気落ちしていては興ざめだと、そう言いたいのね……」


 トラック外の雲行きが怪しくなっている中、トラックの中央でエリザの言葉を拡大解釈するサリーナ。


「試合は見させてもらったよ、嬢ちゃん」

「……!? あ、あなたは…………トゥレスの領主!」


 そんなサリーナの傍らに、いつの間にかトゥレスの領主が立っていた。


「み、見てたのですか……?」

「うむ」


 トゥレスの領主は頷き、そして自分の顎を手でさすりながら言葉を続けた。


「しかし、なんだ…………酷い戦いだったのう」

「そ、それは……」

「あぁ、勘違いせんでくれ。嬢ちゃんの実力に関しては何も言う事は無い。嬢ちゃんはまだまだ発展途上だからの。儂が酷いと言ったのは――嬢ちゃんの最後の一手じゃ。あれは忍術ではなく、空手の技じゃったのう?」

「そ、それは……」


 サリーナが最後に繰り出したのは、側頭部への蹴りだった。


 それは、紛れも無く空手の技だった。他にも武器を所持していたにもかかわらず、サリーナは蹴りで――空手の技で決めにかかったのだ。


「空手を捨て忍者になった身で、決め手が空手の技とは……それは無様と言うより他は無い。それとも――未だ発展途上の身で、2つの武術を極めた気にでもなったのか?」

「うっ……」

「ドミナリアの嬢ちゃんに勝ちたい一心で忍術に鞍替えしたようじゃが……付け焼刃の忍術で勝てるほど、お主が歩いた空手の道は甘かったかの?」

「……!? そっ、それは……」


 サリーナが歩んできた空手の道は、決して平坦なものではなかった。と言うかボルゾーイ流の女子空手門下生の中では一番険しい道を歩んでいた。


 その道を歩んで培った実力で勝てなかった相手に、たかだか数ヶ月の忍術の修業をしたところで、勝てるはずなどなかったのである。


「う、ううっ……私は、私は……っ!」


 自身の過ちに――空手を捨てたあの日から犯していた過ちに気付き、サリーナは涙するのであった。


「気付けたのなら良い。……なれば己のすべき事、言わずとも分かるな?」

「……! は、はい……! 私は今この瞬間を以て…………黒装束を脱ぎます!」


 涙を拭って決意表明をし、サリーナは黒装束に手をかけた。


「うむ。じゃがそれは脱衣所でな。嬢ちゃんのサービスシーンはちとニッチ過ぎるが故に」

「わ、分かりました…………ニッチとは?」

「そして着替えた後は…………合宿じゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 トゥレスの領主の叫びがグラウンドに響き渡る。遠くでエリザがびくっと肩を震わせた。


「合宿……しかし今年の空手の合宿は、一般参加者に合わせたものと聞いてますが……」

「ぶっちゃけそっちは自主練でいいじゃろ。ってかなんかみんなモチベ下がってるし。それより二人の試合を見ていたら昂ってしまってのう……もちろん変な意味じゃないぞ? ボルゾーイの合宿はかくあるべし、の精神を思い出したのじゃ」

「そ、それでは……」

「うむ…………ボルゾーイ流女子空手合宿、通常営業の再開じゃぁぁぁぁい!」

「う……うおぉぉぉぉ!」


 グラウンドの真ん中で、雄叫びを上げる獣二人。


「…………えっ?」


 それは――エリザにとっての最悪の展開が、幕を開けた事を示しているのであった。

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