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第六話 その4

 ボルゾーイ流武術・全種混合対抗試合――


 それは、ボルゾーイ流の全ての武術が同じフィールドで試合をするという対抗戦である。一種類の武術だけを追うのでは強さに限界があるとして、試合という形式で全ての武術を体験し、それに打ち勝てる力を身に着けようというのが目的だ。


「ルールは確か、魔力の使用禁止だったわよね」


 グラウンドの中央で、柔軟をしながらエリザが確認する。


「それと、相手を死に至らしめる行為の禁止。もっとも、ボルゾーイの門下生が試合如きで死ぬはずはないのだけど」


 対するサリーナは、直立したまま目を閉じて精神を研ぎ澄ます。


 対抗試合のルールは2つ。魔力の使用禁止と、殺害の禁止。武器や防具の使用は許されているが、それは自身が籍を置く武術に関係するものに限られる。例えばボルゾーイ流剣術に在籍しているなら剣や盾の使用は許可されるが、弓矢や槍の使用は不許可であるといった具合だ。二人が今から行うのは非公式試合ではあるが、非公式であっても公式のルールに則るというのは、武術に携わる者にとっては暗黙の了解だった。


 試合会場は屋外グラウンド。一周800メートルのトラックの上がリングだ。とはいえ対抗試合には場外や技ありなどといった温いルール(トゥレス領主談)は無いので、リングには試合にならないくらい離れるなという意味合いしかないのだが。


 リングの中央には、向かい合う形でエリザとサリーナが立っている。そこからかなり離れた位置、即ちトラックの外では、一般参加枠の門下生である四人が体育座りで腰を下ろしていた。


「結局あたしたちは何を見せられるんだろ」

「いわゆる『見て覚えろ』……という事ではないかしら?」

「ランニングとパンチの素振りしかしてないのに見て覚えろも何も無いと思うんだけど……」

「あるいはこれがボルゾーイ流の座学なのかもしれませんわね」

「へー……マー君も今頃同じような事やってんのかな。勉強苦手でよく学校とかサボってるけど」


 もちろん男子の合宿カリキュラムには、座学や見て覚えるなどという生温い項目は無い。男子の合宿カリキュラムはフルタイム体を動かすメニューで構成されているので、マー君の今頃は他人の試合ではなく地獄を見ているのであった。


「あぁ、そうだ。今回は審判はいないから……」


 そう言ってサリーナは、一枚のコインを胸元に掲げた。


「これが地面に落ちたら試合開始でいいわね?」

「ええ、いいわよ」


 エリザが頷く。


(……フッ)


 エリザの了承を確認した後、サリーナがコインを指で弾く。


 コインは回転しつつ上昇し、その後自由落下に入る。


 そしてコインが地面に着いた瞬間――


 ――パンッ!


 コインがけたたましい音を立てて破裂した。


「――!?」


 それは音を立てただけで一切の殺傷能力は無く、そもそもコインではなかったのか、金属片が飛び散るという事も無かった。


 ただ――その音はコインの落着と同時に距離を詰めようとしたエリザの体を、ほんの一瞬だけ硬直させていた。




 ――トラック外。


「まぁっ、なんて卑怯な! ルール違反ですわ! 汚いですわさすが忍者きたない……!」

「いやいや……あれも立派な戦術ッスよ」

「……そうなんですの?」

「あのゴツイ忍者の人は『これが地面に落ちたら』としか言ってなかったッス。コインであるとは一言も言ってなかったので、むしろ音だけで済んで幸運と言えるッスよ」

「で、でもそれではスポーツマンシップ的なやつは……」

「このボルゾーイ流空手の対抗試合は基本的にルール無用なんスよ。ルールの穴を突かれた方が悪い、おまえは戦場で不意打ちを食らって死んだ後に卑怯と罵るのか……といった感じのノリなんスよ、流派ボルゾーイは」

「武術の流派としてのさばらせてはいけないような気がしてきましたわ……。しかしよく御存じですわね、そんな事」

「合宿案内のパンフレットにそう書いてあったッスよ」

「…………」


 空手の人口が減っているのはこれのせいでもあるのでは……と思わずにはいられなかった。




 ――試合会場。


(……っ、なんて油断)


 相手の武術は空手ではなく忍術だ。これくらいの事は戦術の内だと想定していなかった、これは完全に自分の落ち度だ。


 そのせいで、開始直後に間合いを詰めようとした自身の行動が阻害され、まんまと距離を取られてしまった。


「――シャッ!」


 エリザが怯んだ隙に大きく後方に跳んだサリーナが、空中から手裏剣を投げつける。もちろん対抗試合では相手を死に至らしめる事は禁じられているので、手裏剣の先端は尖っておらず刃も無い。サリーナが登場時に投げた手裏剣も同様で、それは手裏剣とは名ばかりの、ただの十字型の金属の板だった。


「――っ」


 とはいえそんなものをまともに受けたら普通に大怪我は免れないので、エリザは足を止め、初回の時の要領で手裏剣を指で挟んで受け止めた。


(まず近付かないと話にならない……)


 忍者と違って空手家は己の身1つで勝負しなければならないので、まず手足が届く位置にまで近付かないと戦いにすらならない。


 そしてそれを誰よりも理解している元空手家のサリーナは、距離を空けても攻撃が可能な武器で攻め立てていた。


「でも手裏剣だけじゃ私は倒せないわよ?」


 キャッチした手裏剣を指の隙間から落とす。間合い外からの攻撃とはいえ、人力のみの推進力で向かってくるものなら、エリザにとって防ぐのは造作も無い事だった。


「それは……どうかしらねッ!?」


 サリーナが再び手裏剣を投擲する。


「何度やっても――」


 同じ事――と続けようとして、今度のそれは違った。


 今度の手裏剣はエリザに届く前に失速し、地面に突き刺さった。同時に放たれた4枚全てが、エリザの行く手を遮るように。


「……? 修行不足かしら――」


 直後、手裏剣から白い煙が噴き出した。


「なっ――」


 瞬く間に視界が白に覆われる。地面に突き刺さった手裏剣をよく見ると、中央部に小さな電鉱石と煙幕発生装置が取り付けられていた。


(すごい科学だけどアリなのかしらあれ…………それはともかく煙から出ないと)


 忍術における科学の是非はともかく、視界がゼロのままでは、今度何かを投げられたら対応が非常に困難になる。


「……痛っ!」


 急いで煙から出ようと二、三歩進んだところで、エリザは足の裏に鋭い痛みを覚えた。


(こ、これは…………撒菱まきびし!)


 足元を見ると、地面の色と同色の撒菱が、エリザの進行方向に撒かれていた。


(くっ……一度見えてしまえばそう簡単に踏む事は無いけど)


 靴底を貫通するほどのそれは、その場所に足を踏み入れる事を躊躇わせる……即ち、エリザの足を鈍らせるのに充分な効果があった。


(足も止められた、か……)


 視界は利かず、身動きも取れない――それは、その場で目を閉じて突っ立っているようなもの。相手の攻撃全てが不意打ちになる、非常に危険な状態だった。


「――――」


 瞬時に状況判断を終えたエリザは、神経を研ぎ澄ませた。


(何も見えず動けないのであれば、そういった状況で出来る最大限を実行するのみ……)


 周囲に気を張り、不意打ちを防ぐ。それが、今のエリザが出来る最大限だった。


「――っ! っと……」


 頭上からの手裏剣を、立ち位置を変えて躱す。


(上から……でもあの速度は、投げたと言うよりは落ちてきたって感じだったわね……)


 攻撃ではなく、何かの布石か……と考え始めたところで、不意に左腕に重さを感じた。


「……っ!? こ、これは……!」


 エリザの左腕に、鎖が巻き付いていた。煙幕の向こうから伸びる鎖、その先端には分銅が取り付けられていた。


(……そうか、このための)


 落ちてきた手裏剣をよく見ると、また何やら妙なものが取り付けられていた。これが相手の位置を判別する類の装置だとすると、この手裏剣は攻撃目的ではなく、煙幕の中の自分の位置を割り出すために投げられたものだったのだ。


(忍術ってこんな感じのやつだったかしら……?)


 ともあれ手裏剣の謎が判明したところで、ぐんっ、と鎖が向こう側に引っ張られた。


「……っ!」


 反射的に逆ベクトルに力を入れ、抵抗する。


(まずい、このまま引っ張られると撒菱エリアに……)


 それを狙って、サリーナは鎖を引いているのだろう。


 だが筋トレをサボっていたエリザと、合宿をまともにこなしていたサリーナとでは、筋力に大きな差がある。抵抗したところで、軽々と引き寄せられてしまうのは明白だった。


 ――はずなのだが。


(――えっ?)


 足を踏ん張った直後、急に鎖から力が消えた。思わず後方に尻もちをついてしまいそうなくらい、引き寄せられる力がゼロになった。


「なんで……、――っ!?」


 不意に飛来してきたものを、寸前で掴み取る。


 それは鎌だった。バトルものによく見られるどう見ても取り回し激悪の巨大な鎌ではなく、どこの家庭にもありそうな草を刈る時に使うサイズの鎌だ。


「鎖に繋がれてる……って事は鎖鎌ね。鎖鎌は忍者武器でいいのかしら……」


 でも鎖鎌って、分銅の部分はともかく鎌の部分まで投げるものだったかしら――と考えたその時。


 これまでとは比較にならないほどの『嫌な気配』が、エリザの背筋を駆け巡った。


(――あぁ、そうか。全てはこの時のため――)


 エリザの背後。視認せずとも分かる。


 黒装束を着た大柄の女が、エリザの背後に立っていた。


「獲った――!」




 そう――全てはこの時のための布石だったのだ。


 試合開始の合図に仕掛けをしてまで距離を空け、手裏剣に煙幕、撒菱と、相手に近付かせず安全圏からの攻撃に徹する。それは非常に忍者然とした戦い方であり、それ故にサリーナもそういった戦術に終始するものだと、エリザは思っていた。


 だが違った。サリーナは今、エリザの至近距離……空手の間合いにいた。


 振り返ってみれば、それは当然の事だった。いくら忍者に鞍替えしたとはいえ、それに費やした時間は空手に比べて非常に短い。サリーナの実力を構成するものは、未だに空手なのである。


 サリーナが忍者として出来る事は、エリザの動きを封じる事()()。最後の一手は、空手でしか成し得ないのだ。


(勝った――)


 側頭部へ放った重く鋭い蹴りが、空を切る。


「――――」


 何が起こった――などという思考が頭を支配しなかったのは、さすがは一端の格闘家といったところか。


 確実に入るはずだった視界外からの蹴りが躱された――受け入れるべき事実はそれのみだった。




 背後に感じる、殺気にも似た気配。


 どういう手段かは分からないが、サリーナは足音1つ立てずにエリザの背後に回っていた。


「――――」


 その窮地にあって――エリザは冷静だった。


(サリーナの得意技は――)


 過去に行った、サリーナとの試合を思い返す。


 反射的に、エリザは身を屈めた。


(――側頭部へのハイキック)


 次の瞬間、頭上を丸太のような脚が通過した。


 並の相手ならそのまま反撃に転じ、地に着いている片足を払って体勢を大きく崩させるところだが、相手がサリーナではそうはいかない。頭上を丸太のような脚が通過したという事は、今現在の軸足もまた丸太のようなもの。エリザの細脚では逆に弾き飛ばされてしまうのだ。


 故にエリザは回避により生じたサリーナの隙を、自身のバックアタックの隙を消す事に使用した。


(……あぁ、そういう)


 ついでに、エリザは1つの疑問の答えを得た。


「――シッ!」


 サリーナが拳を繰り出す。バックアタックから向かい合う事は出来たが、両手の鎌を処理するまでの時間は無かった。




 ――トラック外。


「あれ、なんでエリち鎌使わないの?」

「(エリち?)……おそらく鎌を使うとルール違反になるからではないでしょうか?」

「ルール……って、そんなのあったっけ? 魔力を使っちゃいけないのと、殺しちゃいけないの2つじゃなかったっけ?」

「武具使用のルールです。自分の武術に関するものなら武具の使用は許可されているんですけど、逆を言うとそうでないものは使っちゃいけないんですよ」

「あー…………つまり忍者の人は手裏剣や鎖鎌を使ってもいいけど、そうでない人……例えば空手の人は使っちゃいけないって事?」

「そういう事です。例え相手に押し付けられた武器であっても、それを逆手に取って使用する事はルール違反になってしまうんです」

「ふーん、なんかややこし。ってかよく知ってんね」

「こういうの覚えておいた方がいいかなと思って。タダ飯……無料提供される食事のために全部の合宿に参加するつもりですので」

「……あ、そ」


 タダ飯の何が彼女を駆り立てるのか、彼女には全く分からなかった。



 ――試合会場。


(鎖部分がいい具合に防具になりそうだけど、それやると失格なのよねぇ……)


 エリザの両手は、鎖鎌で塞がっていた。


 腕に絡まっている鎖はともかく、鎌の方なら手を離せば拳は空く事は空く。だが自分から伸びる鎖に繋がれた鎌を地面に落とすのは危なっかしいし、最悪再度サリーナに利用される事も考えられる。このまま握っておいた方が、余計な気を回さずに済むのだ。


 そしてそれはサリーナも理解しているのだろう。エリザの脚にだけ注意を払っておけばいいサリーナは、普段よりも大胆に攻めていた。


(このままじゃ数秒も持たないわね――)


 正拳突きを躱したまではいいが、続く二撃目、三撃目は確実にエリザを追い込んでいた。止む無くガードする回数も増え、ガード越しでも伝わる衝撃は、そう遠くない内に試合の続行が不可能になる事をエリザの体に知らしめていた。


「どうやら手も足も出せないようね!」

「そうね、このままじゃ……まずは鎌をどうにかしないと」


 エリザは距離を開けるように、後方にステップを踏んだ。


「逃がさんッ!」


 しかし当然、サリーナが追い縋る。元々筋力全般はサリーナに分があり、更に今のサリーナは忍者なので、エリザの素早さでは距離を開ける事はステータス的に不可能だった。


(――そう、それでいいのよ)


 が、そんな事実は何の問題でもなかった。


「……ッ!? いッ……!」


 サリーナの顔が苦痛に歪む。


 それはこれまでの一切合財が全て吹き飛ぶような、頭の中がそれ一色に染まってしまうほどの、尋常ではない痛みによるものだった。


(な、何が……!?)


 反射的に足元に目を落とすと、痛みの原因はすぐに分かった。


 エリザを追って足を踏み入れた場所は、サリーナが撒菱を撒いた場所だった。


 そう――サリーナは、撒菱を思いっきり踏んづけていたのだ。


 しかもあろう事か、裸足で。


(背後に回るサリーナの足音がしなかった理由……それは、サリーナは靴を脱いでいたから!)


 サリーナの蹴りを躱した時に、エリザはそれに気付いた。


 砂混じりのグラウンドでは、靴を履いた状態ではどうしても砂の擦れる音が立ってしまう。それを極限まで小さくするために、サリーナは煙幕に乗じて靴を脱いでいたのだ。


 そして裸足のサリーナを、エリザは逃げる素振りを見せて撒菱エリアに誘い込む事にした。撒菱が撒かれたのは煙幕の後なので、サリーナは撒菱の正確な位置を把握していない。エリザも自身が踏んづけた場所以外は曖昧だが、エリザはサリーナとは違って靴を履いている。例え同様に撒菱を踏んづけたとしても、覚悟して靴の上から撒菱を踏むエリザと、無警戒に裸足で撒菱を踏むサリーナとでは、ダメージの違いなど語るまでもない事だ。


 果たしてエリザの目論見通り、サリーナは裸足で撒菱を踏み抜く事になり――ダメージと共に、度し難い隙を見せていた。


「――ふっ!」


 下がった頭部に、思いっきり脚を振り抜く。


 その動作すらも知覚出来ないほど痛みに支配されていたサリーナは、最後まで何が起きたかも分からずに、意識をブラックアウトさせた。

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