第六話 その3
サリーナはボルゾーイ流空手の門下生の一人であり、数少ない合宿完遂者の一人だ。彼女は千年前に魔王を打ち倒した勇者パーティーの一員である戦士マッシュの末裔でもあり、血統と努力を合わせ持った彼女は、ボルゾーイ流空手の女子門下生の中でもトップクラスの実力を持つ者だった。
……というのが、エリザの知るサリーナのパーソナルデータなのだが。
「……その格好はなに?」
サリーナは黒装束を着用していた。
ボルゾーイ流空手の正装は、言うまでも無く白の道着である。黒装束を正装としているのは、ボルゾーイ流では空手ではなく忍術なのだ。
「ふっ……あなたにはこれがコスプレに見えるというの?」
「…………」
見えない事は無いなぁ、とエリザは思った。
「ならば見たままよ。そう――私は空手から忍術に鞍替えをした!」
「えぇ……なんでまたそんな事を」
「知れた事…………それはもちろんエリザ、あなたに勝つためよ!」
ずびしっ! とサリーナはエリザを指さした。
「え……師範代さん、あの人より強いんスか?」
「いや、それは……」
自分がサリーナより強いかどうかと訊かれたら――ある部分ではそうではあるが、実際はそうではないという返答になる。
それをどう説明したものかと考えていると、サリーナは言葉を続けた。
「エリザに勝つ……そのために私は空手から忍術に鞍替えをし、空手家の道を捨てて忍者になる事にしたのよ!」
「いやその図体で忍者は無理でしょ」
サリーナの体格は、エリザと比べて一回り半ほど大きい。腕と脚、首回りは筋肉でがっしりしていて、黒装束は懐とかに武器を隠し持てないであろうほどに筋肉でぱっつんぱっつんだ。ついでに顔もそれにつられるようにして割とゴツめであり、一言で言うならサリーナはマッチョな女だった。素早さ、身軽さを信条とする忍者になるには、その体はいささかパワフルさが顕著に表れていた。
ちなみに何故サリーナの体がそんな風になっているのかと言うと、戦士マッシュの遺伝子が世代を経てなお色濃く残っている事もそうだが、それはサリーナがあまりにも合宿をまともにこなし過ぎていたからだった。ボルゾーイ流の女子空手の合宿は、まともに完遂し続けるとこういう体になるのであった。
「ふっ……無理でない事は既に証明されているわ。あなたたちがグラウンドを駆け回っている間、朝食を食べた後に正拳突きの素振りをしている間、そして私が手裏剣を投げる寸前まで…………エリザ、あなたが岩壁に擬態した私を見抜けなかった事が、私に忍者が無理でない事の何より証なのよッ!」
サリーナの出現シーンの時に岩壁から剥がれ落ちたのは、ボルゾーイ流忍術基本の壱、隠れ身の術で使用する擬態布だった。サリーナは岩壁のペイントが施された布で、岩壁に張り付いて身を隠していたのだ。
「って事は私たちが早朝にグラウンドに集合する前から傾斜70度くらいの壁に張り付いていたって事よね……」
そんな長時間を誰にも気付かれずにやり過ごせたというのは忍者に向いている証かもしれないが、それは忍術と言うよりは筋力の賜物という印象が強かった。
「というわけでエリザ…………私はあなたに試合を申し込むッ!」
ずびしっ! とエリザを指さすサリーナ。
「え、えぇ……なんでよ」
「忍術を会得した私が、あなたより強い事を証明するためよ! 空手を捨て、忍術にまで身をやつしたのも、全てはあなたに勝つためなのよ!」
「とりあえず忍術をそういう風に言うのはよくないわ……」
だが鞍替えの動機はどうあれ、サリーナの熱意はひしひしと感じた。彼女の言動も行動も全てが真摯な想いの下にあり、自分に勝ちたいというのも本気で言っているのだろう。
「…………」
だが、それがエリザが試合を受ける導線になるかと言えば、全くそうではなかった。サリーナとは別に拳を交えて互いに高みを目指すみたいな関係というわけではなく、さりとて事ある毎に衝突する関係というわけでもない。エリザにとってサリーナはただ合宿で顔を合わせるだけの、試合で何度か戦った事のある顔見知りくらいの存在だった。
(という感じで、普段ならお断りするところだけど……)
上の地の文をチラ見した後、エリザはサリーナの登場のせいで展開の置き去りになった四人の方に顔を向けた。
「…………。ちょうどいいからここでさっきの質問の答えを見せてあげるわ」
「質問……って、さっきのッスか?」
――空手を習う事で強くなれるのか。剣と魔法の世界で、果たして空手を修得する意味はあるのか。
それをエリザは、試合で証明して見せる事にした。
(空手を習えば強くなれるという事を示せば、彼女たちもやる気を出すはず……)
そうなれば、彼女たちが合宿をリタイヤする可能性はぐっと減るだろう。
(そうなれば――彼女たちの二週間で、ボルゾーイ流空手の合宿が終わるという事になる!)
全ては、合宿を通常営業に戻さないため。
「……いいわ、サリーナ。受けて立ちましょう」
四人に合宿を二週間きっちりこなしてもらい、自分とトゥレスの領主とのマンツーマンの合宿が行われる日数を潰すために、エリザは試合の申し出を受ける事にした。
「ふっ……大した自信ね。いや、それでこそエリザ・フィル・ドミナリアか……」
にぃ、っと口の端を歪めるサリーナ。好敵手のその心意気に高揚し、闘争心に火が点いたかのようだった。
(あんまり知らない人に知った風な事を言われている……)
エリザにとってそれは、ちょっと薄気味悪かった。




