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第五話 その8

 マリィを先頭に、地下エリアへ続く階段を歩く三人。


「……っとと」


 カールの後ろを歩く小春が、階段のデコボコに足を取られてよろめいた。


「大丈夫でござるか小春氏。ここは足元が不安定故、拙者にしがみ付く事を推奨するでござる」

「こっちにしがみ付くから大丈夫だよ」


 小春は自分の横を歩く、黒衣の女の袖を両手で掴んだ。


「……時に彼女はなにゆえ今も帯同を?」


 黒衣の女。小春のスキル『投影傀儡プロジェクション』により出現した、小春のアバターだ。

投影傀儡プロジェクション』は戦闘用のスキルなので、戦闘が終わった今、彼女を出現させておく必要は無いはずなのだが……


「……まぁ、一応ね」


 小春はちらりと、前を歩くマリィに視線を送る。


 彼女との戦いはよく分からない理由で幕引きとなったので、警戒の意味で小春は黒衣の女を出現させたままにしていた。もしマリィが再度襲ってきた場合、彼女無しでは瞬殺もいいところだからだ。


「フム……さもありなん。ところでこういった人体を模した存在を出現させる系の能力を見るといつも思うのでござるが、腕をもう2、3本増やした方が戦術の幅が広がるのではないでござるか?」


 右手に剣を、左手に盾を。更に肩手に斧を持って脇手に槍を持てば、単純に手数が増える分腕2本の時より実力は上がるだろう。無論、その本数の腕と武器を扱いきれる事が前提ではあるが。


「言いたい事は分からなくもないけど、これに関してはモデルはボクだからね。ボクの腕が2本である以上彼女の腕も2本なんだよ」

「……この女史は小春氏がモデルなのでござるか?」

「そうだよ」

「…………」


 カールは黒衣の女を頭のてっぺんからつま先まで眺めた。


「盛り過ぎでは?」

「2つ3つ年齢を上にしてあるから、今のボク基準だとそう見えるかもしれないね」

「それを踏まえた上で盛り過ぎでは? と申しているのでござる。今現在の小春氏が2~3年であのスタイルになるには、徳を積んで生まれ変わるより他は無いでござるよwwwフォカヌポゥwww」


 カールが煽りの草を生やした。


「カールさんみたいな人に対する暴力は暴力系ヒロインの所業じゃなくてただの因果応報だと思うんだけど、どう思う?」


 黒衣の女の視線が、アイマスク越しにカールに向いた。


「それはもはや暴力では済まないでござるねぇ……」


 カールが瞬時に草を枯らす。魔力カンストのヴァンパイアに対抗出来るほどの存在から腹パンされて、生き残れる自信がカールには無かった。


「それよりなんか蒸してるね、ここ。地下ってもっと涼しいものじゃなかったっけ? あとなんか妙な匂いもするし……」

「その答えはもうじき出るでござるよ」


 やがて三人は、階段を下り終えた。


「……え、これって……」


 目の前に広がる光景に、小春が目を丸くする。


「そう……地下にあったもの、それは――温泉でござる」


 天然の岩風呂……などというレベルではない。地底湖と呼べるほどの規模の、地下エリアの大部分を占める広大な温泉が広がっていた。


 そしてこれが、匂いと熱気の正体だった。熱気はちょっと熱めのこのお湯から、そして独特な匂いは、温泉に含まれる特有の成分によるものだ。


「……地下に温泉があったの?」

「左様。そしてこの地下エリアは、この温泉のみでターンエンドでござる」


 温泉としてみれば非常に大きいが、ダンジョンとして見た場合、この地下エリアは非常に狭いものだった。仮にここにエリザがいたとしても、家に帰る条件は満たさないであろう広さだった。


「……この温泉を隠すために、あんな事をしてきたの?」


 小春がマリィに視線を移す。


 温泉を隠すためとはいえ、いきなり剣を突きつけてきたり、ヴァンパイアの力を解放して襲いかかってきたりと、その動機に対して手段の過激さが釣り合っていないように思えた。


 小春の問いに、マリィは観念したように息を吐いて答えた。


「ここには誰も来て欲しくなかったんです。ボロボロだけど、ここは私の住処だから」

「うーん……分からないなぁ。温泉があるって知られると何か困るの?」

「あなたたちは町の様子を覚えていますか?」

「町の様子……って、どうだったっけ?」

「フム……」


 カールはあの町を歩いた時に抱いた印象を思い返す。


「あまり活気の無い、言うなれば寂れた町でござったな」


 エルストの町とは比べるべくもない。RPGで言うところのカジノのある町と勇者が最初に訪れる村くらい、両者の活気には差があった。


「そんな町の近くに温泉が見つかったら、どうなると思います?」

「ム……」


 温泉というものは、立派な観光資源だ。1つ掘り当てれば町は大いに潤う。例えそれまでどれほど財政破綻一歩手前の町であろうとも、温泉1つで観光地に生まれ変わるのだ。


 それを踏まえて考えると……ここに温泉があると知られたらどういう事になるかは、想像に難くなかった。


「ここいら一帯に開発の波が押し寄せるでござるな」


 温泉は町の観光資源に利用される事になり、いつ崩れてもおかしくないこの城なんかはすぐに取り壊されてしまうだろう。


 温泉の存在が知られるという事は、もうヴァンパイアがここで暮らしていく事は叶わないという事だった。


「私は自分の住処を守るためにここを秘密にしていたんです。それなのにあなたたちが……」


 マリィが恨みがましい視線を二人に向ける。


 結果だけを見れば、二人の開拓のせいでマリィが住処を追われるはめになった……という事になるのであった。


「う……で、でも秘密にするためにボクたちを殺すなんてのは、ちょっとやり過ぎなんじゃない?」

「……ん? 私、殺すなんて言いましたっけ?」

「そりゃもちろん言っ…………どうだったっけ?」

「フム…………拙者の記憶(とパソコンの文書内文字検索機能)に狂いが無ければ、言ってないでござるな」

「あれ、そうだったっけ…………いや、だとしてもあの攻勢は殺すつもりじゃなきゃおかしくなかった? 地面とか抉れてたよね」

「別に殺すつもりはありませんでしたよ。徹底的に脅かして二度と近付かないようにしようとしただけです。だいたい本当に殺すつもりなら、そこの太った人が逃げ切れているわけがありません」

「た、確かに……」


 敵の攻撃をただのダッシュで躱し続けるというのは、作画の節約されたアニメのシーンでしか為し得ない事だ。ましてやカールのような素早さ個体値3くらいの人間なら、相手がわざとやってるでもなければ初手かその次で終了なのである。


「それにここで人が死ぬと公的な機関が動くから、ここで人死には出せません」


 人里離れた魔物の棲息圏ならともかく、町の近くにぽつんと建つ古城で人が死んだとなれば、異世界とはいえ行政機関が動く。そうなった場合当然城は調べられるだろうし、そうなると板1枚でしか隠されていない地下エリアなど、簡単に見つかってしまうだろう。


 温泉の存在を秘密にするには、城に人が来る理由を排除する事が何より重要なのであった。


「フム……ではなにゆえ力を隠して潜伏していたのでござるか? あれほど強大な魔力を持っているなら、それを解放して睨みを利かせておけば少なくとも拙者たちは来なかったでござる。戦って脅かすよりよほど効果的だと思うでござるが」

「それだとあなたたちみたいな人が来なくなる代わりに、もっと強い人がやってくるようになるんですよ。いわゆる腕自慢、挑戦者というやつです」


 強さを極めようとする人間は、どこの世界にも一定数存在するものだ。強い者を見れば戦わずにいられない、戦いの中で己を見出すとかそういった類の人種だ。そういった手合いに対しては、力を見せる事はむしろ逆効果なのだ。


「だから私は、ヴァンパイアの存在を眉唾な噂として流した上で表に出なかったんです。そうすれば、強い人はヴァンパイアが見つからなければ噂は間違いだったのだと諦めて、弱い人はヴァンパイアがいるかもと恐れて近付かなくなりますから」


 マリィが酒場でウエイトレスをやっていたのは、噂を流しつつ町にやってくる人に探りを入れるためだった。来る人によってマリィはヴァンパイアの存在を真偽不明の噂として、あるいはそれなりに信憑性のある噂として吹き込み、ヴァンパイアの存在を言葉巧みにコントロールしていたのだ。


「お二人はクエストでやってきたから城に入るのは止められないし、しかも開拓者がいるものだから、同行して地下への入り口から遠ざけようとしていたんですけど……」

「フッ……拙者の目は誤魔化せないのでござる」


 実際は地下への入り口を最初に見つけたのは小春であり、カールの目は完璧に誤魔化せていたのだが。ヴァンパイアの目論見がチートスキル持ちの異世界転生人に破られたという見方をすれば、非常に異世界転生ものらしい展開だと言えた。


「うん、まぁ……事情は分かったよ。でもこれって、ボクたちが内緒にしてれば済む話じゃないの? ここに温泉があるって知ってるのボクたちだけでしょ?」


 要は周知されなければいいわけで、温泉の事を知った人間がそれを黙っていれば、ここに人の手が入る事は無い。


 無いのだが…………小春がそう言うと、カールは気まずげに目を逸らした。


「あれ、どしたのカールさん。いつもなら『BD特典に使えそうな温泉を放棄するのは惜しい故、拙者も口を噤むでござるよ』とか言いそうなのに」

「拙者も秘密にする事はやぶさかでないのでござるが…………既に地図は出来てしまっているのでござる」

「えっ?」

「拙者のスキル『地図作成』によって」


 開拓者の固有スキル『地図作成』は、歩いた場所を自動でマッピングするというものだ。それはオリジン・マップにリアルタイムで実行されるので、秘密にするしない以前にカールが歩いた場所は既に地図に記されてしまっているのであった。


「……えっと、じゃあこの場所はもう?」


 ウム、とカールが頷く。


「…………。うん……なんか、ごめん」

「気にしないでください。もうここには住めないとか、早く次の家を探さなきゃいけないとか、そういうのはありますけど別に恨んではいませんから」


 恨みがましそうな目で、恨んでないとマリィは言った。


「…………」


 こうして、ヴァンパイアとの初の邂逅は、なんとも気まずい感じで幕を閉じたのであった。




「フム……やはり大して貰えなかったでござるな」


 ギルドを出て、カールが独りごちる。


 ここはエルストの町。古城の調査を終えたカールと小春は、その日の内にこの町に戻っていた。


 そしてその足でカールは報酬を受け取りにギルドへ赴き、小春は例によって動画の編集をすると、一足先に家に帰っていった。


 カールの手には、小さな袋が一つ。クエストの報酬とは別に受け取った、此度の新地開拓で得た開拓ボーナスだ。今回の開拓は温泉が1つあるだけのエリアだったので、それに応じたボーナスは雀の涙ほどだった。


「これは本日中に胃に収めてしまうのが善きでござるな」


 小春とは既に別れ、エリザも未だ不在なので、開拓ボーナスは丸ごとカール一人の晩御飯となる。開拓ボーナスとしては雀の涙ほどだが、一食分として考えると、質、量共に満足を通り越して贅沢を尽くせるほどだ。


 時刻は夕方。久し振りの豪勢な食事に胸を膨らませながら、カールは家路に着いた。


「――――」


 その途中、ふと足を止める。


 なんて事の無い、いつもは通り過ぎるだけの通り道。気に留めるほどのものなど何も無い、カールにとって足を止める理由の一切無い一本の道。


 で、あるにもかかわらず、カールは何故だか胸のざわめきを覚えた。


(……はっ!? 現在は夕刻…………つまり、逢魔が時!)


 逢魔が時。現世と常世の境が曖昧となる、魔に逢いやすい時間帯。だいたい夕方の六時くらいと言われていて、そして今まさにそんな時間だった。


 道に人気は無く、空ではカラスがぎゃあぎゃあと不吉に鳴いていた。


「――――」


 と、このように時刻もロケーションも、あからさまに何かが出るぞという雰囲気を醸しだしているが――


「……なんて、逢魔が時に頼るまでもなくここは異世界、魔性の存在など簡単にエンカウント出来るのでござる」


 ここは剣と魔法の世界。カールの元いた世界と違って、魔の者など珍しい存在ではないのであった。


「フッ、拙者とした事が雰囲気に当てられるとは……」


 改めて空を見上げる。一切の珍しさの無いカラスや蝙蝠が、日常風景のように羽ばたいていた。


「フム、蝙蝠とはまた珍しい」


 物珍しさに何気なく目で追うと、蝙蝠は空中を小さく周った後、近くの建物の中に入っていった。


(ム……あそこは)


 その建物は、ここに来たばかりのカールが、住居の候補として挙げていた空き家の内の1つだった。今住んでいる廃屋よりも損壊が激しく、大きさも一人で住むには過分だったので、最終的には選ばれる事の無かった廃屋だ。


 そんな建物に蝙蝠が、まるでカールを誘うようにして入っていった。


「…………。まぁ、野生動物の行動でござるからな」


 それは思惑ではなく習性か何か、それよりお腹が空いている事もあって、カールは蝙蝠をスルーして再び歩き出した。


「いやいや、普通スルーしますか……?」


 そんなセリフと共に、空き家からメイド服風の制服を着た女が出てきた。


「ん……ファッ!? な、なにゆえここにマリィ氏が!?」


 それは昼間に一悶着あったばかりの、ヴァンパイアのマリィだった。


「それはもちろん、住む所が無くなったからです」

「いやそういう事ではなく……」


 彼女とは城で別れたきりで、一緒にエルストに帰ってきたという事はもちろん無い。親戚の家から帰ってきたらその親戚のおじさんが家にいたようなもので、本来ならここにいるはずが無いのだ。


「なんか地の文でとんでもない例え方をされたような気がしますが、私ほどともなれば先ほどのように蝙蝠に化けて馬車の荷台に乗り込むなど造作も無い事なのです」

「そ、そうでござるか……」


 誇り高そうなヴァンパイアが馬車の荷台に潜り込むのはどうなんだと、カールは思わずにはいられなかった。


「しかしなにゆえ?」


 今度の『なにゆえ』は、手段ではなく理由だ。


「もうあの城に住めなくなったからです」

「ファッ?」

「あなたたちが温泉を周知のものにしてしまったせいで、さっそく明朝から開発に取り組むそうです」

「……左様でござるか」


 昨日の今日などというレベルではない迅速さだった。


「あの寂れようから温泉の発見ですからね。町長なんか引くほどテンション上がってましたよ」


 あの温泉を観光に利用しようというのであれば、あの古城に手が入らないわけがない。取り壊すのか修繕して再利用するのかは定かではないが、どのみち明日からはもう住めなくなるのであった。


「不可抗力とはいえ、多少は申し訳なく思うでござる。不可抗力とはいえ」


 そもそも無断で占拠していただけではと思わなくもなかったが、カールは悪い事をしたなと思い始めた。


(然るに今のマリィ氏はさしずめ、ホームレスヴァンパイアという事でござるか……)


 妙に語呂が良く、カールは思わず吹き出しそうになった。


「……ん? なんでプルプルしてるんですか?」

「イヤ、別に……v」


 必死に堪えたおかげで、草の先っちょが出るだけに留まっていた。


「はぁ……まったく、『大震動』も余計な事をしてくれたものです。あれが無ければ温泉も湧く事は無かったのに」

「ム……? マリィ氏、DAISHINDOとは何でござるか?」

「5年前の大地震の事ですよ。忘れたんですか?」

「フム……5年前にそんな事が」


 カールはこの世界に来てまだ1ヶ月くらいしか経っていないので、5年前の事は当然知らないのであった。


「じゃああの地下エリアは5年前に出来たという事でござるか?」

「ええ、大地震でぽっかりと大穴が。せっかくだから入浴出来るように整備したのですが、それも無駄に……と言うか仇になってしまいました」


 あの地下エリアが今日まで未発見だったのは、城の住人が度を超えて間抜けだったからではなかった。城の住人がいなくなってから遥か未来の、今から5年前に出来たものだったからなのであった。


「ともかく、そういう事情で私はこの町にやってきたというわけです」

「左様でござるか。ウム、では拙者はこれにて」


 ともあれ事情は分かったのでこの場にもう用は無く、カールは足早に立ち去ろうとした。


「あ、ちょっと」

「ギニャッ……!?」


 立ち去ろうとしたところで、ものすごい力(物理)で引き止められた。


「……なんでござるか。危うく接骨院に用が出来るところでござったぞ」

「ご飯奢ってください」

「ム……? なにゆえ拙者が……?」

「その懐の開拓ボーナスは私に還元するべきではないですか?」

「――――」


 数百年を生きるヴァンパイアであるマリィには、新地開拓を果たした者に何が与えられるかなどお見通しだった。


「イヤ……人に奢れるほど貰ってはいないでござる故、それはまたの機会という事で……」

「別に一緒にご飯を食べようとは言ってません。一人分しか無いのであれば、あなたが帰ればいいだけの話です」

「い、異世界カツアゲ……」


 それは間違う事なきカツアゲだった。


「ってかヴァンパイアの主食って人間の血液ではないのでござるか? 既に日光の下で平然としているヴァンパイアに言う事ではないかもしれないでござるが」

「血を主食にしてたら人間から敵視されてしまいますから。絶滅危惧種の処世術ですよ」

「そういえばたまに思うのでござるが、動物の血じゃ駄目なのでござるか?」

「ヴァンパイアにとって動物の血を摂取する事は、人間がミミズやコオロギを食べる事と同じ事なのです」

「そ、そうなのでござるか……」


 吸血鬼の設定としては、あまり聞いた事のない感じのものだった。


「というわけで、これは頂いていきますね」

「ん……ファッ!? そ、それは拙者の……!」


 マリィの手元に、開拓ボーナスで貰った小袋が収まっていた。


「い、いつの間に……」

「ヴァンパイアの力を使えば、気付かれずに小袋を奪う事など造作も無いという事です」

「その力を無賃乗車とスリに力を行使する事に対して思うところは無いのでござるか……?」

「ではもうあなたに用は無いので私はこれで」


 マリィはカールへの興味を失くし、街へと消えていった。


「……まさか会うたびカツアゲされるなんて事はないでござるよね?」


 今後の異世界での生活に、不安を覚えるカールだった。

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