第五話 その7
錆びと経年劣化で固くなった扉を開く。ふと浮かんだ『施錠されているかも』という懸念は、無事杞憂に終わった。
「……まだやってるでござる」
扉を開けると、その先から物騒な音が聞こえた。石畳を削る音や爆発音、果ては何の効果をもたらすのか見当もつかない謎SEまで、絶対に渦中には居たくない音が断続的に耳に届いた。
「チートスキル持ちというのは言葉ほど楽なものではないのかもしれないでござるな……」
むしろ異世界美少女に好かれる特典でもなければ、能力者バトルなどやってられないのである。どうあがいても異世界美少女に好かれない容姿のカールがチートスキルを持っていないのは、実は幸運な事なのかもしれなかった。
「いやでも最近はスローライフ系も流行ってるからやっぱりチートスキルはあっても損は……などと言ってる間に着いたでござる」
独り言を零している最中もしっかりと歩みを進めていたカールは、目的の場所――地下への入り口に到着した。
戦闘中の向こうに注意を払いつつ、板を取り除く。
(フム……先ほども感じたでござるが、この微かな熱気と臭気はいったい)
一般的なダンジョンのように、エリアのどこかしらに何かがあるというのではなく、エリア自体に何かがあるのだろうか。
例えば毒が充満していたりとか、巨大生物の腹の中だったりとか――
(まぁ、行かないという選択肢は無いのでござるが)
カールは地下エリアへの階段に足を踏み入れた。
――ちなみにカールの頭からそういった懸念が抜け落ちているのは、もちろん臨時収入に目が眩んでいるからであった。
地下へと続く階段を下りる。
「しかしこういう時に限って不在とは、エリザ氏もついてないでござるな」
薄明りに照らされる階段。照明のおかげで真っ暗闇の中を進むというのは避けられたが、それとは別の意味で足元は少々不安だった。
ここはこれまでの遺跡と違い、天然の洞窟といった様相だった。壁は岩肌が剥き出しで、階段は最低限の舗装しかされていない。踏む場所によっては、足を挫いてしまいそうな出っ張りがあるほどだった。
言うなればここは、未開拓の天然洞窟と呼べるような場所だった。
「フム……しかしながら、果たして板1枚下の洞窟に気付かないものなのでござろうか……」
ここも小遺跡ロロンド(第一話参照)の隠しエリアのように、様々な偶然が重なって未開拓となっていた場所なのだろうが、しかしたった板1枚でしか隔たれていないような場所がこれまで未開拓となるには、いったいどれほどの偶然が重なれば成り立つのか。
この場所は、未開拓としての在り方がカールにも分かるくらい不自然だった。
「……まぁ、きっと城の住人たちは度を超えて間抜けだったのでござろう。そのおかげで臨時収入にありつける故、それには感謝しかないでござるなwwwドゥフフwww」
不自然さは見抜けたものの、解答への道筋は大幅に明後日の方向だった。ちなみにこれはお金に目が眩んだせいで思考能力が低下しているからではなく、賢さの数値に基づいてロールした結果の解答だった。
程なくして、階段を下り終える。長さとしては、一般的な建物3階分程度だった。
そして同時に、地下エリアの探索も終わる事となった。
「こ、これは……!?」
熱気と臭気……その2つに合点のいくものが、目の前に広がっていた。
戦闘は佳境に入っていた。
「まさか蝙蝠を自律爆弾にして飛ばしてくるなんてね……」
戦場から少し引いた位置で、小春が煤で汚れた頬を拭う。
見えない霧による魔力爆発など、マリィのスキルの一端に過ぎなかった。計測不能の魔力の持ち主は、戦術の幅も対応が追いつかないくらい多彩だった。
「――――」
マリィと直接相対する黒衣の女は、生物でないが故に疲労する事は無かったが、スキルを使用したりダメージを受けたりする事で、魔力は着実に摩耗していた。
(まさかこれほどまでに厄介だなんて……)
対するマリィは、内心で僅かに焦燥していた。
前述の通り、個々の能力は本家であるマリィの方が上である。加えてマリィは黒衣の女と違って生物なので、魔力が微量ずつではあるが恒常的に回復している。両者は魔力量こそ同等だが、先に魔力が尽きてガス欠に陥るのは、間違いなく黒衣の女の方なのだ。
このように、スキルと数字を見比べればマリィの方が明白に優勢なのだが……しかし黒衣の女には、マリィに勝る点が1つだけあった。
それは、負傷を恐れない事だ。
生物でない黒衣の女は、その動作に自己を顧みる事が無い。それも当然の事で、黒衣の女の動作は一挙手一投足に至るまで全て小春が操作している。小春にとって黒衣の女は格闘ゲームの操作キャラと同等の存在であり、勝つための操作はしても死なないためだけの操作をする事は無い。
極端な事を言えば、黒衣の女はいつでも全ての魔力を使って自爆する事が出来るのだ。
自分が傷つく事を全く厭わない、全身爆弾魔みたいな存在と組み合うマリィのプレッシャーは、実は相当なものなのであった。
「このままでは埒があきませんね……」
よって、現状では五分と五分。無論、戦闘が長引けば先に倒れるのは間違いなく黒衣の女の方だが――
「――――」
天井から、小さな小石がぱらぱらと降ってきた。
――しかしそこまで長引くと勝敗とは別に、老朽化が進みに進んだこの城が無事に済むとは思えなかった。
(…………。そう言えば割と派手に戦ってたけど、あの辺りに被害出てませんよね……?)
ここでマリィは戦闘が始まってから初めて、地下への入り口に意識を向けた。
そしてマリィは――開け放たれた地下への入り口を目撃した。
「――なぁぁぁっ!?」
マリィが素っ頓狂な声を上げる。
「ふぇっ!? えっ、なに……!?」
誇り高きヴァンパイアが絶対に上げないような声に、思わず小春も驚きの声を上げる。
高次元能力者バトルの緊張感が、一気に霧散した瞬間だった。
「ちょ、ちょっとあなた……あの太った人はどこに行ったんですか!?」
「太っ……カールさんの事? カールさんならその辺で…………あれ、いないね」
「――――」
開け放たれた地下への入り口。いつの間にか不在のカール。
この2つの符号が意味するものは、もはや1つだけだった。
「……はぁ。もういいです、お終いにしましょう」
「えっ……?」
能力者バトルの最中に敵キャラが言う『お終いにしよう』は、最大威力の必殺技を撃ちますよという合図なのだが……マリィのそれは、いささか趣が違った。
マリィは完全に意気消沈して、戦意を失っていた。
「……どういう事?」
急なマリィの態度に、小春が首を傾げる。
「もはや戦う理由は無くなったという事です」
「……?」
要領を得ないマリィの返答に、小春の疑問符が増えていく。
もはや緊張の糸はぷっつりと切れ果てていた。小春の操作待ちの黒衣の女が、心なしか所在なさげに佇んでいるように見えた。
「それは拙者から説明させてもらうでござる」
そんな空気に踏み入るように、通路の先からカールが現れた。
「あっ、カールさんだ。どこ行ってたの?」
「フッ……真相を暴きにちょっとそこまで」
不敵に笑うカールの眼鏡は、もちろん眼球が見えなくなる感じに光っていた。
「……余計な事をしてくれましたね」
マリィが苛立たしげな視線をカールに送る。
「敵に言われるのであればそれは重畳。……さて、どういう事か説明してもらうでござるよマリィ氏」
「……ん? さっきカールさんが説明するって言ったよね?」
「よく考えたら拙者説明出来るほど真相を理解していなかったでござる」
「……あぁ、そう」
「で、マリィ氏、真相を……いや、せっかくだから地下で聞かせてもらうでござる」
「……まぁ、いいですけど。もう何でも」
投げやり気味に、マリィは返事をした。




