第五話 その6
――スマホから映像が投射され、空間に固定される。
――二次元のそれは、テクスチャーを切り貼りされ三次元へ。
――角ばったポリゴンは滑らかに、色味や質感は、よりそれらしく。
その全ての工程を終え、それは小春の前に出現した。
「なっ……!」
マリィが驚愕の声を漏らす。
小春の前に現れたのは、黒い目隠しを巻いた女だった。背丈は小春よりも高く、ゆったりとした黒衣を身に纏っている。
(ちなみにモデルは――ボクだよ!)
その容姿は、(身長やスタイルに若干の上方修正が掛かっているものの)髪を解いた小春にそっくりだった。
(……どういう事ですか、アレは……!)
人型に限らず、生物を模した存在を使役する魔法はそれほど珍しいものではない。マリィにしてみても、自身の魔力を蝙蝠に変えて実体化させるという事をやっている。
であるにもかかわらず、マリィが頬に冷や汗を伝わせている理由は――小春が出現させたものの魔力量が、自分とほぼ同値だったからだ。
「あり得ない……」
魔力の値が80である小春からは、どんな魔法でも最大で80の魔力が込められたものしか出てこない。80の小春からカンストのマリィと同値の魔力が込められた魔法が使用されたという事は、例えるなら500mlのペットボトルから1tの水が出てくるようなものなのだ。
このあり得ない現象のカラクリは、今更説明するまでもないだろう。昨今のサブカル界隈では殊更顕著なアレだ。
要するに――チートスキルだった。
(まぁ……言うほどお手軽最強ってわけでもなかったけどね)
観測……『投影傀儡』準備スキル。対象の現ステータスを解析し、スマホに記録します。バックグラウンド使用可能。隠しステータス、未使用スキル等の、表層に出ていないものは解析不能。
投影傀儡……『観測』で記録したステータスをアバターに入力し、現実世界にそれを投射、実在化させます。スキル使用時、スキル終了時までスマホの画面がコントローラーとなり、他のスキルが使用出来なくなります。オート操作対応。
『観測』で読み取った数値をスマホ内のアバターに入力し、それを数値通りの能力を持った存在として実体化させる。端的に言えば、『投影傀儡』は相手のコピーを作り出すスキルだった。
そして魔力80の小春にマリィと同等の魔力を持つコピーを生み出せた理由は、『投影傀儡』の大元のスキル『エクステンション』の効果の1つ、スキルの使用にリソースが不要である事によるものだ。小春の魔力は吟遊詩人のスキルや一般魔法は初級を使用するのがやっとといったところだが、『エクステンション』のスキルに限り、際限無く魔力を使う事が出来るのだ。
そしてそれは転じて、理論上は相手が勇者や魔王であっても『投影傀儡』で複製する事が可能である事を示していた。
これぞまさにチートスキル。『観測』に滅法時間が掛かる事や(小春は町を出た辺りから『観測』をバックグラウンドで発動していた)、相手が全てを曝け出してくれなければ完全な複製は不可能、そして全てを曝け出されたという事は自身が非常に危険な状況であるという難点はあるが、概ねそれは世界最強スキルと呼べるものなのであった。
「さっきの地面削ってたやつ、あれ『霧』だよね」
正体不明の、不可視の衝撃波。
その正体は、ヴァンパイアの特性の1つ『体を霧に変化させる』を駆使したスキルだった。マリィは魔力の一部を霧化させて飛ばし、任意の場所でそれを爆発させていたのだ。
「…………。そこまで分かるという事は、やっぱりそれは私自身というわけですか」
極めて視認性を低くした霧を、それが霧だと見破るにはよほど魔力の探知に習熟していなければならない。しかしマリィが見る限り、小春にはとてもそんな能力があるとは思えなかった。
であるならば、小春の前に立つ黒衣の女――自分と同じ量、同じ波長の魔力を有している、あの女からの情報と考えるのが妥当な線だろう。本来ならそんな複製など誰であっても実現不可能だが、絶滅寸前のヴァンパイアである自分と同じ魔力を持った存在を目の前にして、マリィはそれを信じないわけにはいかなかった。
「そういう事。あ、せっかくだからこっちはマリアフラムって呼ぼうかな」
「今日一番でキレそう……」
黒衣の女は出現した時のまま、微動だにしていない。小春が命令しない限り、この女が動く事は無いのだ。
「さて……これで互角かな」
小春がスマホを横に構える。スマホゲームの中でも、サブカル寄りのゲームをプレイする時の体勢だ。
「信じ難い話ですが、そのようですね」
実際はマリィがまだ見せていない要素に関しては小春もアバターも未知なのだが、そんな事情をマリィが知る由は無かった。
「――――」
マリィが身構える。
「…………」
小春がスマホの画面に指を伸ばす。
次の瞬間――戦いの幕が切って落とされた。
(などという厨二能力者バトルは二人に任せておいて、と……)
地面に開いた浅い穴の中から、もぞもぞと這い出るXLサイズの人影が1つ。
(拙者は拙者の仕事をするでござる)
能力者バトルを始めた小春とマリィから離れた場所で、こっそりとカールが動き出していた。
カールの仕事とは言うまでも無い。キモオタニートの異世界開拓記とあるように、キモオタニートであり主人公であるカールの仕事は異世界で開拓をする事だ。間違ってもハイセンスなルビの振られた超常現象の応酬などではないので、チート能力持ちの異世界転生人とヴァンパイアとのバトルなど、この作品では明日の朝のニュースで試合結果と順位表を確認するだけのそれほど興味の無いペナントレース程度の扱いで充分なのである。
「……っし! フー(ゴキゴキ)」
気合いを入れ直して短く息を吐き、ゴキゴキと首を鳴らす。
開拓すべきはもちろん、地下の未開拓エリアだ。
ただ、厳密に言うなら今のカールに開拓をする必要性は無い。クエストは古城の調査で、最も優先すべきはヴァンパイアであるマリィから逃れる事だ。開拓を目的としているエリザもこの場にいないので、マリィの怒りを買いそうな地下への侵入は、本来ならやるべきではないのだが……
「新地開拓を果たせば、臨時収入を手にする事が出来るでござる」
小春の卑劣な罠(カール主観)により、古城の調査のクエストを受ける事になったカール。撮影した動画を流す事で収入を得る事の出来る小春と違い、本クエストにおけるカールの収入はクエスト報酬ポッキリ(ヴァンパイアと敵対したにもかかわらず)(しかも小春と折半)だ。身入りとしては非常にささやかなものなので、臨時収入の1つでもないと割に合わないのだ。
「つまり拙者これでまた小金持ちになれるという事でござる……フヒヒwww」
しかし草を生やしている辺りマリィの危険性とか割に合わないとかその辺の事は一切頭に無く、かつて新地開拓により25万Gもの大金を手に入れた記憶が頭に蘇った事による、完全にお金に目が眩んでいるが故の行動なのかもしれなかった。
「……さて。如何様に向かったものか……」
地下エリアへの入り口の場所は既に判明している。しかしそこは今まさに小春とマリィが戦っている場所の近くなので、ノコノコと向かっては確実にマリィに見つかってしまう。それに二人を見たところかなり怪物対戦しているので、流れ弾なりの巻き添えを食らってお陀仏という事も充分あり得る。
よってカールは、安全策として別の角度からの進入路を探す事にした。
(まぁ早い話が、反対側からあそこに向かおうというわけでござる)
地下エリアへの入り口がある場所は、城内と外への扉を繋ぐ通路にある。一旦外に出てその扉から中に入れば、マリィに見つからずに地下への入り口に行けるという寸法だ。
しかしそれは、そう簡単な話ではなかった。城には民家のような裏口勝手口があるわけではない。城には居住だけでなく防衛の機能も求められるので、そこかしこに出入り口があっては困るのだ。敵兵が正規の入り口から侵入してきたらそれ即ち八方ふさがりなど、笑い話にもならないのである。現にオリジン・マップでも、正門以外では、地下エリアへの入り口近くのドアしか城を出入り出来る場所は記されていなかった。
(とまぁ、本来ならそうなのでござるが……幸いと言うか、現状では出入り口には事欠かないのでござる)
出入り口が正面の扉と横の扉しか無いというのは、あくまで城が完全な状態だった頃の話だ。今現在のこの城には、経年劣化によって出来た天然の出入り口がいくつも存在しているのであった。
カールは人が通れそうな穴を求め、城の奥に足を進めた。
「フム……如何にも何か出そうな雰囲気なのに、そう言えば何も出ないでござるな」
城に入ってから今まで、思い返せば何にもエンカウントしていなかった。朽ちた古城というこのロケーション、異世界なら魔物、元の世界なら野良動物が、或いは野盗のような悪人が住み着いていてもおかしくないはずなのに、この城にはマリィの一部だった蝙蝠以外には何もいなかった。
「管理が行き届いているというわけでござるか……」
それにしては居住性に著しく難があるように思えるが、その辺りは魔族の習性か何かなのだろうと、ひとまずカールは疑問を捨て置いた。
やがて人が通れそうな穴を見つけ、カールは外に出た。
「フゥ……ようやく閉塞感から解き放たれり」
外の空気は、ようやく太陽が暖まってきたといったところだった。城内突入からまださほど時間は経っておらず、時刻は正午にもなっていなかった。
「あとは外の扉から中に入れば目的地はすぐでござるな」
扉への道は、オリジン・マップを使うまでもない。ただ城の外周に沿って歩くだけだ。
「地下への侵入の瞬間をマリィ氏に見つからない事を祈るばかりでござるな」
カールの思考は、扉を潜った先の展開に移っていた。
目的地に真っ直ぐ歩くだけのその行為に、もはや思考を割く必要は無い。敵の出ない場所をただ歩くだけというのは、散歩と何ら変わらないのだ。
「キシャー!」
平原バニットが現れた!
「ファッ!?」
――だもんだから、このエンカウントにカールは心臓が飛び出る勢いで驚いた。
「フッ、フヒッ……(不整脈)! ッ……スゥ~……ハァァァァ~……(深呼吸)。……な、なにゆえここにバニットが?」
ここはヴァンパイアが睨みを利かせているから、魔物は寄りつかないのではなかったのか。ここは外とはいえ城の敷地内のはずなのだから、魔物とエンカウントするはずがないのだ。
(不具合でござるか? 詫び石はよ)
……というのがカールの主張だが、ここが敷地内だったのは地図上での話。城壁が機能を為さないほどに崩れ去った今、ここはエリアとしてはもはやフィールドも同然なので、歩けば普通にフィールドモンスターとエンカウントするのであった。
「まぁ、最雑魚モンスターのバニットだったのは幸いでござるな。然らば――」
いつもの位置に向かおうとしたところで、カールは気付いた。
「……やべっ、拙者ソロじゃん」
カールは今、たった一人だった。
そしてカールには、魔物を倒した経験が無い。
そんな男が単身で魔物とエンカウントしたという事は、即ちとてもヤバいという事だった。
「……フム」
逃げようにも、どう見ても素早さは向こうの方が上だった。
かと言って、普通に戦闘しても倒せるわけがない。カールはこれまで戦闘どころか、生き物を殴った経験すら無いのだ。
「プランD、いわゆるピンチでござるな」
などとふざけている場合ではないくらい、割とガチめにピンチだった。
「キシャー!」
「ファッ!? な、何か打開策は……」
平原バニットが威嚇で1ターン消費している間に、カールは自分の持ち物をチェックした。
リュックの中には、先ほどマリィに対して使った物が入っていた。十字架が1つ、水鉄砲が1丁、にんにく片がにんにく3個分。一番武器になりそうな杭とトンカチは、放り投げたまま回収し忘れていた。
「…………」
この中で武器になりそうなのは十字架だが、攻撃力+1では素手とほとんど変わらないだろう。しかもカールの近接武器熟練度だと、一振りごとにすっぽ抜け判定が行われ、そこそこの確率で武器を手放す事になってしまう。十字架で戦うのは、あまり……と言うか全く得策とは言えなかった。
(フム……これは詰んだでござるか?)
と、いつものカールならこの辺りで思考を停止するところだが、今日は勝手が違う。代わりに何とかしてくれる人が近くにいないので、自分が諦める事はイコールでデッドエンド。そう簡単に投げ出す事は許されていないのだ。
(…………。次こそはイケメンチート能力持ちで転生出来ますように……南無南無)
が、しかし駄目なものは駄目なので、カールは心の中で祈りを捧げた。
「キシャー!」
威嚇のターンを消費した平原バニットが、爪を鳴らして攻撃態勢に入った。
「ヒィッ……そ、そうだせめて最後の晩餐を……」
カールはリュックの中から、にんにく片を掴み出した。
「しかし最後に食べるのが生のにんにくというのはあまりにも…………あまりにも……」
掴み出したにんにく片は5個。持ってきたにんにく片はにんにく3個分あるので、合計で20個余りのにんにく片をカールは所持していた。
「…………。確かバニット系の魔物は――」
――そこでカールは閃いた。この場を切り抜ける奇策を。
カールはにんにく片を1つ摘まみ、平原バニットの前に放り投げた。
「キシャ? ……スンスン、スンスン」
平原バニットは目の前に投げ込まれたにんにく片を注意深く嗅ぎ、そして――
――パクッ。
前歯で齧りついて、そのまま口の中に入れた。
「フム……やはり調べた通り、平原バニットは何でも食すようでござるな」
あまりにもよく遭遇するので、カールはバニット系の魔物についてある程度調べていた。
それによると、バニット系は基本的に何でも食べるとの事だった。
「ほれほれ、もっと食べるでござる」
ぽいぽいっと、立て続けににんにく片を放る。
その全てを平原バニットは口に入れ、貪るように食べていく。
「フム……そろそろでござるな」
平原バニットはにんにくに夢中だ。もはやカールなど眼中に無いだろう。
(平原バニットに餌を与え、食べるのに夢中になっている隙に逃げる――)
それが、カールの思いついた作戦――ではなかった。
(――そんな事をしても到底逃げられないでござる。何故なら逃げれば敵が消滅するRPGのゲームと違い、現実世界では逃げても敵は執拗に追いかけてくるのでござる)
カールが平原バニットににんにくを与えたのは、別の意図によるものだった。
やがて、平原バニットは全てのにんにくをたいらげた。
「キ、キシャ……」
そして改めてカールの方に向き直った平原バニットだが……何やら様子がおかしかった。
直立して鋭い爪を鳴らすというのが、戦闘時における平原バニットのデフォルトの姿勢なのだが……今の平原バニットは、背中を丸めた前傾姿勢のまま、鋭い爪でお腹を押さえていた。
「フッ……想定通りでござるな」
期待通りの結果に、カールがにやりとほくそ笑む。
「いくら魔物とはいえ――生のにんにくを3個分も一気に食べたら、腹を壊すのは自明の理なのでござる!」
カールの閃いた策――それは、生食では胃に負担の掛かるにんにくをたくさん食べさせて、平原バニットのお腹を壊すというものだった。
にんにく……料理使用時、完成した料理のグレード値が上昇します。生食時、胃腸に小ダメージを受けて体調にマイナス補正が掛かります。
今の平原バニットはにんにくの生食により胃腸にダメージを負い、体調にマイナス補正が掛かっていた。人間で言うなら、胃が荒れまくって腹を下しそうといったところか。想像するだに地獄のような状態だった。
「更に追撃でござる!」
カールは水鉄砲を構えて、平原バニットのお腹に放水した。
「ギジャッ!?」
「腹痛時にお腹を冷やされるという事が何をもたらすか、体現して知るがいいでござる!」
「キ、キィィィ……!」
平原バニットは今まで聞いた事の無いような、振り絞るようなか細い鳴き声を上げた後……中腰の姿勢で、この場から去って行った。
平原バニットは逃げ出した!
「フッ……他愛無し」
カールは自分一人で平原バニットを撃退する事に成功した! もちろん、経験値もGも手に入らなかったのは言うまでも無い。
(……しかしながら)
水鉄砲の銃身を肩に乗せ、平原バニットの背中を見送る。
それはまるで、かつての自分を見ているようだった。
――身動きの取れぬ満員電車。遥か先の停車駅。腹を撫でる弱冷房の風。時折揺れる車体が、腹と尻を小刻みに刺激する。
(拙者、あの時はどういう結末を迎えたのでござったか……)
その結末が何をもたらしたのか――思い出せないのは、果たして自分が忘れっぽいからなのか、それとも無意識に記憶を封印しているからなのか。
異世界にいる限り、幸か不幸かそれは永遠に確認出来そうになかった。




