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第五話 その5

 ヴァンパイアが現れた!


「何かとてつもなくヤバい予感がするでござるが――とりま戦闘陣形を組むでござる」


 カールが後ろに下がる。


「ちょっ、カールさんどこ行くつもり!?」

「戦闘陣形における拙者の定位置(後衛の更に後ろ)でござるが?」


 背を向けて歩き出していたカールが、振り向いて答える。


「前衛がいないのに二人してそんなとこ行ったら逃げるコマンド選択してるのと同じじゃん!ボス相手なんだからそんなのターンを無駄に消費するだけだよ!」


 二人して背を向けて歩き出したら、それはもう逃げているのと同じだった。


「フム……ならば小春氏が前衛を務めればいいのではないだろうか?」

「いやボク吟遊詩人だし。後衛職だし。カールさんの方こそそんな体型なんだから肉壁くらい出来るでしょ」

「肉壁というのは屈強な肉体があってこそ務め得るものであって、拙者のような脂肪や贅肉で構成された肉体ではタンク役など務まらないでござる。どうあがいてもワンパンでござる。であるならばチート能力持ちの小春氏の方が前衛に適任なのではないだろうか?」

「何よりもまずJCを前衛に立たせる事の体裁の悪さは気にならないの?」

「拙者自分が隠し持ってたドーナツのせいでチーム全員が腕立て伏せの罰を受けている最中でも余裕でドーナツを食せるほどの精神を有しているでござる故、その答えは『ならない』でござる」


 カールはメンタルがとても強かった!


「それはもはや図太いとか面の皮が厚いとかを通り越した何かなんだよなぁ……」


 協議の結果、二人とも後衛という事になった。前衛がいない状態での後衛ってそれもう実質前衛のような気もするが、とにかく二人は後衛の位置に着いた。


「随分と余裕ですね……ヴァンパイアを前にして」


 そんな二人の様子を眺めつつ、ほんの少し苛立ち気味にマリィは言った。魔力を完全に取り戻したマリィは、容姿も服装も変わっていないはずなのに、まるで別人のような雰囲気と威圧感を持っていた。


「おっと……ふざけてる場合じゃなかったよ、カールさん。相手はヴァンパイア、しかも想定していたよりも遥かに強力なやつだ。『計測スキャン』が強制終了したのなんて初めてだよ」


 小春の頬に、冷や汗が伝う。


「まず基準が分からないから数値のカンストがどれほどのものなのかイマイチ分からないでござる」


 対してカールは、あまりよく分かっていなかった。数字こそ計測最大値の9999を示したものの、まず1がどの程度の力量を示すのか分からないと実力を計りようが無いのだ。例えるなら『ジュエル1000個プレゼント!』と言われたところで、ガチャ1回に必要なジュエルの数が分からなければどこまで喜んでいいのか分からないのと同じようなものだ。1回30のガチャなら『30連分とか神運営www』となるが、1回250なら『うん、まぁ……欲しいキャラのガチャまで取っとくか』という風に、数字は同じでもレートによってリアクションは変わるのだ。


「カールさんが0、ボクが80って言えば分かりやすいかな」

「お互い全くと言っていいほど魔力に依存しないから物差しには適さないのでは?」

「まぁ、それは……あんまり正確に表しちゃうといろいろと問題生じるから」


 正確に数字出して優劣計っちゃうとインフレを招いたり劣ってる方を勝たせづらくなったり話が進むにつれて『あれ、こいつ登場時はスゲェ強キャラだったのに今にしてみればただのクソザコじゃん』といった事になるので、こういう数字は曖昧にさせておくに限るのだった。


「まぁ、レベル1の開拓者と吟遊詩人じゃ逆立ちしたって勝てないって覚えとけばいいよ」

「フム……絶望しかないでござるな。フヒ……」


 もはや草も生えなかった。


 補足すると、小春のスキルで計測した魔力はいわゆる最大MPであり、出力に関しては別の話だった。極端な話、MPが9999あってもメ〇しか使えないのであればさほど脅威ではない。メ〇ゾーマ、メ〇ガイアーあってこそ、カンストのMPが活きるのだ。


 故に、一口に魔力が計測上限値をオーバーしていると言っても、それ即ち脅威という事にはならないのである。まぁ大概の場合はそれ即ち脅威であり、目の前のヴァンパイアも間違いなく脅威なのだが。


「勝ち目が無い事を理解しているのは大変よろしい事ですね。大人しくしてくれれば事は簡単に済むんですけど、どうですか?」

「いや、どうって言われても……そんなの飲めるわけないでしょ」

「そうと言われてはいそうですかと頷くわけがないでござる。拙者らがまな板の上の鯉だと思ったら大間違いでござるぞ……!」


 逃がしてくれるならともかく、そうでないなら大人しくしている道理は無い。ヴァンパイア対策も一応はしてあるので、やれるだけはやってやろうとカールは震える足で虚勢を張った。


「何か勘違いしているみたいですね……そもそもお二人に選択肢などあるはずがないのに。でも足掻いて気が済むのであれば私はそれを許します。一応私、誇り高きヴァンパイアですので」


 寛容さを表現するように、マリィは小さく両腕を広げた。


「随分と余裕でござるなマリィ氏……」

「あとマリィという名は町で生きるためのもの。私の真の名はマリアフラム……孤高のヴァンパイア、マリアフラムです。以後そう呼称するように」

「フム…………なら別にマリィ氏でいいでござるな」

「まぁマリィさんでいいよね」

「…………」


 これは仮の名を本名の愛称のように付けてしまったマリィ改めマリアフラム(愛称マリィ)の落ち度だった。


「……別にいいですけど。どうせあと小一時間で永遠にさよならですし」

「フッ……果たして地に伏すのはどちらの方でござるかな?」


 不敵にそう言い、カールはリュックからある物を取り出した。


「ヴァンパイアの苦手なものと言えば、そう――十字架でござる!」



 ヴァンパイア対策その2……十字架。

 効果:聖堂教会の威光に特効のある魔物及び魔族の精神にダメージを与えます。物理使用時、攻撃力+1。



 カールは十字架をマリィに突きつけた!


「さぁ! さぁ! さぁさぁ!」


 その場から一歩も動かないまま、グイグイと十字架を押し付ける動作をするカール。


「…………」


 そんな様子を、マリィは何とも言えないような表情で眺めていた。


「……フゥ。小春氏、マリィ氏の現HP及びステータスはどうなっているでござるか?」

「いやボクのスマホHUD表示機能とか無いし。だから正確なところは分からないけど、見た感じ何の効果も得られてないんじゃないかな」

「ム……そんなハズは」


 ひとしきり突きつけた後、改めてマリィを観察する。


 呆れと物悲しさの入り混じったような、何とも言えないような――敢えて言うなら仔猫が巨像の足に噛みついているような、当人の一生懸命さは伝わるもののその行為の全くの無意味さに憐みと虚しさを覚えたような顔をしていた。


「……ひょっとして効いていないのでござるか?」

「まぁ……その十字架の製造元に思うところなんて1つもありませんし」


 聖堂教会製の道具は主にゴーストやアンデッドといった系統の魔物に特効があるものであって、特にそういった要素の無い相手には全く効果が無いのであった。


「フゴッ……300Gもしたのに」


 しかもそれはちゃんとした教会由来のものの話であって、カールが手にしているような雑貨屋かおもちゃ屋で手に入る十字架には当然何の効果も無い。先ほどの十字架の説明は教会製の十字架のものであり、カールが持っている十字架には後半部分の物理使用時しか適用されていないのであった。


「然らば第2弾――今度はこいつでござる!」



 ヴァンパイア対策その3……木の杭(トンカチ同梱)。

 効果:対ヴァンパイア使用時、心臓に突き刺す事でヴァンパイアに対する即死判定を行う事が出来ます。即死成功率は対象の内部レベル(※)に依存。


(※)……パーソナルカードに表示されているレベルではなく、力量から算出される実力としてのレベルの事。『実力はSランク相当だけど申請が面倒だからBランクに留まっている、クラスでもあまり目立たない少年』を例にすると、パーソナルカード上のレベルはBで、内部レベルはSという事になる。



「これをヴァンパイアの心臓に突き刺せばイチコロでござる!」


 カールは木の杭を握りつつ、反対側の手に持ったトンカチを虚空でブンブンと振った。


「それはヴァンパイアの弱点と言うか生けとし生ける者全ての弱点のような気もするけど…………どうやって?」

「それはもう、杭の先端を心臓に押し当ててトンカチでカーン! ……と。……カーン、と……」


 実際に杭を心臓にカーン! している場面を想像し、カールはぶるりと身震いした。カールはメンタルは滅法強いがグロ耐性はそれほどでもなかった。


「……次行くでござる次」


 カールは杭とトンカチを放り投げ、新たなヴァンパイア対策をリュックから引っ張り出した。


「ヴァパイアは流れる水を渡れない……故にこれでござる!」



 ヴァンパイア対策その4……水鉄砲(竹製)。

 効果:対象を水で濡らす事が出来ます。射程距離約3メートル。



「流水を直接ぶち当てれば相手は悶絶する事間違い無しでござる」

「それはどちらかと言うと流水じゃなくて放水じゃないかな。ヴァンパイアって水に弱かったっけ?」

「…………」


 カールは無言で水鉄砲をしまった。


「次でラストでござる」

「え、もう?」

「最後は……これでござる!」



 ヴァンパイア対策その5……にんにく。

 効果:料理使用時、完成した料理のグレード値が上昇します。生食時、胃腸に小ダメージを受けて体調にマイナス補正が掛かります。



「このにんにくを生のまま咀嚼して嚥下し、臭の呼吸・壱の型、吐息砲を浴びせるでござる。さすればあまりの臭いに悶絶必至でござろう」


 カールは処理済みのにんにく片を口に放り込み――


「それやったらもう口利いてあげないからね。マジで」

「――――」


 ――放り込む寸前、ぴたりと動作を止めた。


 眼球運動で小春の顔を見ると、これ以上無いくらいの冷たい表情をしていた。


「……小春氏。これはれっきとしたヴァンパイア対策であって……」

「戻して」

「…………」


 カールはにんにくをそっとリュックに戻した。


 それはいつに無く真剣な顔の小春に言われたからと言うのもあるが、そもそも口臭系のネタは読者に不快感を与えるものなので、それを目的としない本作品ではそれは認められなかった。


「くっ……結局何一つ有効打は打てなかったでござる」


 やれるだけはやった風に、カールは拳を振るわせた。


「私一歩も動いていないのですが……」


 一連の行為を遠巻きに眺めていただけのマリィが、呆れ気味に呟いた。


「それとも、この期に及んでまだ愚かしい勘違いをしているのですか? ウエイトレスのマリィは冗談をやっているのだと」

「…………」


 決して侮っているわけではないが、マリィがヴァンパイアだという事実にあまり現実感が無い事は確かだった。ついさっきまで普通に話をしていた相手が実は敵だったなんて、フィクションではよくある展開だがリアルで起きたら頭の処理が追いつかないのが普通なのだ。


「争わないで済む道は無いのでござろうか……?」

「お二人が大人しくしてくれるなら争う必要はありませんけど」

「それは聞けぬでござるな……」


 黙って殺されろなどというのは、死よりも恐ろしい目に遭わせる事でしか飲ませる事の出来ない条件なのだ。


「…………。それじゃあ、少し荒っぽくするより他はありませんね」


 そう言って、マリィは右の手のひらを軽く前にかざした。


「……!? ヤバいの来そうかもっ!」


 スマホを片手に、小春が叫ぶ。


「そんな感じはしているでござるっ!」


 言われるより早く、カールは横にダイブしていた。


 直後――カールが直前まで立っていた地面が、抉られるように削り取られていた。


「っ……なんて破壊力」


 余波で舞い上がる小石から顔を守りつつ、小春が戦慄する。


 正体不明の衝撃波。傍目には、何の予兆も無く地面が抉り取られたようにしか見えなかった。


(アレでコレは、もう逃げるしかないじゃん……!)


 ――もっとも、正体が分かったとて防ぐ手立ては躱す以外に無いのだが。


「カールさん、今のとっても危ないから気を付けてね!」

「言われるまでも無さすぎるでござる……!」


 カールは手足をシャカつかせて立ち上がり、マリィの追撃に身構えた。


「いつまで逃げられますかね……?」


 ターゲットをカールに見定めたマリィは、不可視の衝撃波を続けざまに放った。


 対するカールは縦横無尽の全力疾走で、尻の先に破壊の余波を感じつつギリギリで躱し続けた。


「フッ、フヒッ……反撃に転じるその日まで、フヒッ……拙者は走り続けるのでござる……!」

「レベル1の開拓者と吟遊詩人に打開策なんてあるはずが無い。そんな日が来る前に力尽きるのは火を見るより明らかです。――ほら、こんな風に」


 カールの踏み出す先が抉られる。


「おファッ――ギュブルッ!?」


 進路に突如として大穴が開いた事で、カールは盛大にスッ転んだ。


「フゴゴ……漫画やアニメだと移動手段みたいに地面にダイブしたり転げまわったりしてるけど、実際は結構なダメージなのでござる……」


 そしてその体勢のまま、痛みに打ち震える。


 特に体重の重いカールにとっては、実は回避ダイブもそれなりに痛い自傷ダメージを負うものなのだ。砕けてデコボコになった地面で転んだとなれば尚更である。


「そろそろ観念しましたか?」

「体力の消耗と転倒のダメージで、そろそろピンチBGMが雰囲気をぶち壊すように流れてきそうでござる……」


 カールは擦り傷や打撲でかつてないほどに痛む体をなんとか起こそうとして、その痛みに途中で心折れて地面に沈む。


 これ以上は無理そうだった。


「こ、小春氏――まだでござるかっ!?」


 浅い穴の中でうつ伏せになりながら、カールは声を張り上げた。


「……? あの子が何を……」


 マリィはカールをターゲットにしつつ小春にも注意を払っていたが、小春が何かをしていた様子は無かった。


 改めて視線を移しても、小春は攻撃するでも逃げるでもなく、ただ立っているだけだった。


「ん……おっけ。ようやく済んだよ」


 強いて言うなら――しきりに手元の板に触れたり、目を落としたりしているくらいだった。


「左様でござるか…………アイル・ビー・バック……」


 カールは親指を立てた腕を掲げ、意味の分からない事を言いながら(本当に意味が分からない)、ぱたりと穴の中に沈んだ。


「済んだって、何かしてました?」

「うん。反撃の準備をね」

「……? レベル1の吟遊詩人が?」


 吟遊詩人が戦闘職でない事は、ヴァンパイアながら人として生活してきたマリィはよく知っていた。例え高レベルであったとしても、吟遊詩人がヴァンパイアに対して取れる対策などたかが知れているのだ。


「魔力も非戦闘員レベルだし、そんなあなたに何が出来ると言うんですか?」

「ボクに出来る事と言ったら、そりゃあもちろん――チートスキルだよ」


 スマホのモードを変更する。それは『エクステンション』による拡張スキルの中でも、一段階高位のものの1つ――


「――『投影傀儡プロジェクション』!」


 小春はスマホの画面を正面に向け、スキルを発動した。

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