第五話 その4
「ま、マリィ氏、なにゆえ……」
「あなたがいけないんですよ。地下への道を見つけちゃうから」
小春に刃を向けつつ、マリィは言った。
「フゴッ!? まさかそれが地雷だったとは、拙者露ほどにも……!」
カールが驚愕する。割と分かりやすい前兆はあったが、お金に目が眩んで思考能力の低下したカールはそれに気付く事が出来なかった。
「カールさんのバカー! こうならないための役割分担だったのにぃっ!」
マリィの腕の中で、小春が喚いて非難する。
「す、すまぬでござる小春氏……この無職のケーニヒの目を以てしても読めなかったでござる。拙者一生の不覚!」
「大人しくしててくださいね。手元が狂うと大変な事になりますので」
マリィは冷酷にそう言うと、剣にぐっと力を込めた。
「小春氏、なんとか自力で脱出してくだされ!」
「あぁもう、なんでこんな事に――分かったよ」
『受けよ浄化の光、ホーリーフレア!』
不意に、マリィのすぐ近くで男の声が聞こえた。
「なっ――!?」
マリィは剣と小春を手放し、素早く後方に跳んだ。
「くっ……なんて魔法、誰がどこから……!」
ホーリーフレアは、魔物の中でもとりわけ魔族(ヴァンパイアやメドゥーサのような、知性のある魔物)に特効のある魔法だ。ホーリーフレアはその中でもかなり高位の魔法で、並大抵の魔族に対してなら防御無視の上完全消滅までさせてしまうほどだ。
ヴァンパイアは並大抵の魔族でこそないが、まともに受ければ致命傷になり得る。それこそ、マリィが武器も人質も放って回避行動を取るほどの威力なのだ。
「……?」
直撃を避けるためにマリィは大きく距離を取ったが、しかしその魔法は兆しすら見せなかった。
それどころか、魔力の一片すらも感じられなかった。魔法の行使を告げる男の声以外は、何も起きていないも同然だった。
「ふぅ、危なかった……」
そしてその隙に、小春はカールの傍まで駆け寄っていた。
「……今なにをしたんですか?」
「教えてあげないよ」
カールを盾に半身だけ見せた小春が、べーっと舌を出す。
「城に入ってからずっと変な板を持ってるけど、それの仕業ですか?」
「……さぁね」
マリィの言う通り、先ほどの男の声は小春のスマホによるものだった。
方法は至って単純。スマホにあらかじめ録音しておいた先ほどの音声を、大音量で再生しただけだった。それは小春のスキル『エクステンション』によるものですらない、スマホに備わっている普通の録音機能だ。
そしてそれは、小春がこの町に来る前に用意しておいたヴァンパイア対策の1つだった。
ヴァンパイア対策その1……強力な魔法の音声を録音し、大音量で流す。
効果:ヴァンパイアを怯ませて、1ターン行動不能にする事が出来ます。一回使用するごとに成功率減少。
効果は覿面だったが、タネが割れた以上二回目は通用しそうになかった。
「……まぁ、それはいいです。それより先ほどの『こうならないための役割分担』って言葉だけど、もしかして私がヴァンパイアだって気付いてました?」
マリィが問う。
するとカールは、ヤレヤレといった感じで答えた。
「……フゥ。こうなった以上は隠しだては無意味でござるな。その問いの答えは『肯定』でござる」
「……いつから気付いてたんですか?」
「酒場の時からでござるよ」
眼球が見えなくなる感じに眼鏡を曇らせ、不敵にカールが言った。
これはハッタリでも格好つけでも嘘松なく、本当に二人は酒場の時点でマリィがヴァンパイアだと気付いていた。
きっかけは、小春の動画撮影だった。
(どう撮っても何映えもしないサンドイッチの撮影に四苦八苦していたところ、何気なくマリィさんにスマホのレンズを向けたら…………画面に何も映らなかったんだよね)
吸血鬼の特徴の1つに、鏡に映らないというものがある。何故そうなのかは各自調べてもらうとして、マリィが鏡と似たような性質のカメラのレンズにも映らなかった事で、小春は彼女こそがヴァンパイアだと気付いたのだった。
ちなみに二人の役割分担とは、カールが『こちらがマリィがヴァンパイアだと気付いている事に気付かれないようにする事』であり、小春が『ヴァンパイアと交戦状態になった時の対応』だ。小春の役割は本当に万が一、それを遂行する事はまずあり得ないはずだったのだが、カールの迂闊によりこんな事になってしまった。お金が絡んだ時のカールのポンコツさを、小春はまだ理解していないのであった。
「へぇ……とぼけた顔をしている割に結構鋭いんですね」
「あまり拙者を舐めないでいただきたい……」
カールは眼鏡の中心部をクイってやった。
(気付いたのボクだけどね……)
小春は空気の読める子だったので、それは口にしないでおいた。
「でも、だったら尚更分かりませんね。どうして私がヴァンパイアだと知りつつ一緒にこの城に来たんですか?」
「フッ、それは…………小春氏から説明があるでござる」
説明が長くなりそうだったので、カールは小春に投げた。
「(説明が長くなりそうだからってボクに投げたなこれ……)そもそもヴァンパイアはそれほど大した存在じゃなかったって事だよ」
「ふぅん……?」
マリィが僅かに顎を上げる。
「ボクには魔力を計るスキルがあるんだけど、それによるとマリィさん……あなたの魔力は初級職レベルのものでしかなかったんだよ」
小春はマリィがヴァンパイアだと判明した後、『計測』で彼女の魔力を計っていた。それにより出た数値は、とても400万Gもの討伐報酬が懸けられるようなものではなかった。
「お城の中にも同様に魔力反応は無し。まぁつまるところ、さほど危険は無いって判断したわけだよ」
例えばマリィが強大な魔力を持っていたり、城の中に危険な反応があったりしたなら、二人はすぐに回れ右してエルストに帰っていただろう。
だが実際はそうではなく、マリィの魔力はごく平凡で、城の中に魔力反応は無かった。
で、あるならば、わざわざこんな場所まで来たのを無駄足にする必要は無い。万が一が起こらないよう気を付けつつ万が一に備え、二人はきっちりクエストと撮影をこなしてから帰る事にしたのだ。
「それでも一応、敵対しないようにはしてたんだけどね……」
結局、カールのポカミスでこうなってしまった。
ただ、カールも小春もそれほど危機感は覚えていなかった。ヴァンパイアの魔力は初級職レベルだし、何より小春はチート能力持ちだ。ヴァンパイア対策もきっちりしているので、例えこうなったとしても、切り抜けるくらいならさほど難しくはないだろうと考えていた。
「……なるほど、分かりました。つまり私が弱そうだから一緒に行動していたというわけですね?」
「そこまで言っちゃうとアレだけど……まぁ、現にこうしてピンチから脱したわけだし」
正直なところ、以前クローニワの森で遭遇した熊の方がよほど危険だった。キモたく4体目のボスとしては、前3体(動く甲冑、熊、ゴーレム)に比べるとグレードダウンしていると言わざるを得なかった。
「うーん……でも私、そんなに弱くないですよ?」
「そうかもしれないね。ボクのスキルは魔力に依らない部分は計測出来ないし」
例えばエリザなんかは魔力がほとんど無いので、『計測』ではクソ雑魚ナメクジほどの数値しか出ない。しかし彼女は『ボルゾーイ流空手B』を所持しているので、人間相手なら中級職レベルの者を圧倒出来るほどの実力がある。魔力の多寡が、必ずしも実力の物差しになるとは限らないのである。
「そうじゃなくて――そもそも魔力を読み違えているという事です」
不意に、天井から羽音が聞こえた。
「読み違え? はは、あり得ないね。ボクのは意図的に抑えている魔力すらも読み取るスキルだよ。製造元の社長が53万なのに側近が使用してる旧型が2万程度しか計れないアレと一緒にしてもらっちゃあ困るよ」
小春は『計測』を使用し、改めてマリィの魔力を計測した。画面に表示された数値は、酒場で計った時と全く同じだった。
「『抑えてる』んじゃなくて『分割してる』んですよ、私は。一般人程度の魔力を本体に残して、残りの大部分を細かく分けるっていう風に」
「分ける……って、どういう――」
天井の羽音が、無視出来ないほどに大きくなる。
見上げると――天井付近を、無数の蝙蝠が羽ばたいていた。
「ファッ!?」
「ひぃっ、気持ち悪っ!」
「気持ち悪いとは失礼ですね。全部私の一部なのに」
マリィがそう言うと、蝙蝠たちは一斉に急降下し、マリィの体に集まった。
「こ、小春氏……これは何が起きているのでござるか?」
集まると言うより、それは吸い込まれているかのようだった。無数の蝙蝠が、次々とマリィの体に埋没していった。
「えっと……スマホを見る限りだと、マリィさんの魔力がヤバいくらいに膨れ上がってる」
それと同期するように、スマホの数値がグングンと上昇していた。
「え、何それは……」
画面の数字は上昇を続け、やがて――
ボンッ!
ドット絵の爆発アニメーションが画面に表示され、『計測』が強制的に終了した。
「小春氏、今のは?」
「……計測値オーバーの表現だよ」
マリィの魔力は、『計測』の計測限界値をオーバーしていた。いわゆるカンスト、9999だ。
そして、それが意味するものとは――
「あの蝙蝠は、1にも満たない魔力の欠片。魔力を計測最小値よりも細かく分割する事によって、私はヴァンパイアの存在を隠していたんです」
十全に魔力を取り戻したヴァンパイアが、カールと小春の前に立ちはだかっていた。




