第一話 その2
開拓者――
それは、世界のまだ解明されていないエリアを踏査する者たちの総称。まだ地図に記されていない未知の土地を、その足と培った知識で踏査、踏破し、新たに地図に記すのだ。
――と、言えば聞こえはいいが、この国は建国して既に千年以上。土地に人が住み始めてからは、それ以上の年月が経っている。
生活や文明の発展に必要とされている場所は、既にあらかた解明され尽くしているのである。
現存する開拓者が大きな功績を残しているのは間違いではない。確かに彼らは特別とも言えるほどの能力を持っていて、その功績に相応しい財を成している。ただ、何一つ出来ずにとっとと廃業した開拓者がかなりの数に上るだけなのだ。
つまりカールのような何の力も持たない開拓者は、無職も同然だった。
ちなみに開拓者にはほぼ無条件でなれる。カールが勧められたのもそのためだった。
「異世界生活、さっそく躓いた件について」
初夏の太陽が、じりじりとカールを照りつける。Tシャツにプリントされた気の毒な美少女キャラが、汗でぐっしょりと濡れていく。
カールは近くの公園のベンチに座り、改めてパーソナルカードを確認した。
表面には、新たに『開拓者』の表記が追加されていた。どういうカラクリか、それはカールが開拓者になると同時に自動で記入されていた。
そして何も書かれていなかった裏面にも、同様にして新たな一文が記入されていた。
――『地図作成』
「フム……察するに、これがスキルというやつでござるな」
文字を指で軽くなぞると、別ウィンドウが立ち上がるようにして文字が浮かび上がった。
地図作成……開拓者の固有スキル。オリジン・マップが頭にインプットされ、歩いた場所が自動でオリジン・マップに記入されます。
「……なるほど。そしてこれが、オリジン・マップというやつでござるか」
カールは頭の中でオリジン・マップを立ち上げた。これまたどういうカラクリか、最初からそうであったかのように頭の中に地図を浮かべる事が出来ていた。
オリジン・マップ――それはこの世界の原初の地図で、先人が踏破した場所の全てが記されている。この町はもちろん、遠く離れた辺境の村や海岸線、果ては寂れた鉱山の内部構造までもが、オリジン・マップには事細かに記されていた。
それが頭にインプットされているという事は、即ちこの世界の地図に載っている場所を全て把握しているという事だった。
「言い換えれば、どこに行っても決して道に迷わない能力……というわけでござるな」
自分の能力を、分かりやすく咀嚼して口に出す。
「…………」
チートと言えばチートだ。例えばこの町なら、路地裏一本余さずカールは把握している。絶対に行かないような遠く離れた炭鉱跡地だって、今のカールになら外観から内部構造までが手に取るように分かる。
だが、それだけだった。それで強敵を倒せるわけでもなし、金が稼げるわけでもなし。地図に載っている場所全てを把握しているという事は、つまり地図があれば誰でも同じ事が出来るという事なのだ。
SSRどころではない。コモン、いやそれ未満……地図があれば無用というこのジョブは、自動売却機能で入手後即売却されるような無価値なジョブだった。
「……ま、なってしまったものは仕方ないでござるな」
カールは超速で気持ちを切り替えた。その様、あたかも推しの声優が野球選手との結婚を発表した瞬間に、すぐさまグッズを廃棄し推し変をするが如く。
――グググゥギュルゴゴゴゴゴォ……!
と、その時。
閑静な公園に、物語終盤のダンジョンに出てきそうなモンスターの鳴き声のような音が響いた。
「腹が減ったでござるな」
カールの腹の虫だった。
「そういえば三色チーズ牛丼を食い損ねていたでござるな……」
目覚めてから今に至るまで飲まず食わずだったのに今頃気付くとは、カールは自分の事ながら驚いた。なんだかんだ異世界の知識はあっても、空腹を忘れるくらいの緊張状態だったのだ。
一段落ついたところで、この体型を形成する土台となった胃袋が空腹を訴え始めた。
「……フム」
頭の中に、この町の地図を立ち上げる。食事が出来るところは無数にあった。
だが何よりもまず、カールには確認しなければならない事があった。
「失礼。ちょっと尋ねたいのでござるが」
道行く女性を呼び止める。
「な、なんでしょう……?」
カールを見て引きつった表情を浮かべるその女性に、カールは財布から紙幣を取り出してその女性に見せた。
「この町でこの通貨は使用出来るでござるか?」
見せたのは一万円札。日本円の中で最も価値の高い、誰もが欲して止まない貨幣だ。
「ええっと……」
それを見た女性は、今度は困惑したような表情を浮かべた。
まぁ、ちょっと考えれば当たり前の事で。
この世界で一万円札が使えるのだとしたら、福沢諭吉が異世界転生しているという事になる。
当然そんなわけはないので――つまりカールは今、無一文だった。
「まさか一万円札が、ちり紙が如き存在に成り果てようとは」
例え異世界であろうとも、無一文では食事をする事は出来ない。勇者よろしく他人の民家に押し入って壺の中から食料を調達する事ももちろん出来ない。ひょっとしたら勇者なら許されてるのかもしれないが、そもそもカールは勇者ではなく開拓者なので、やっぱり出来ない。
そんなわけで、カールはお金を稼ぐために歓楽街にやってきたのだった。
この町――エルストの町は、地方にあって比較的大きな町であり、こういったエリアは各所に存在する。
その中でカールが足を運んだここは、少々怪しい雰囲気の漂う場所だった。
怪しいと言っても、ムフフな店が立ち並んでいるとか、アブナイお薬の売人が目を光らせているとか、そういった類のものではない。むしろそれとは逆に、ここは地方都市にしては不釣り合いなほど整然としていた。普通の歓楽街が大衆食堂だとするなら、ここはさしずめ三ツ星レストランといったところか。
ではいったい何が怪しいのかと言うと……それは、ここを利用する人々だ。
言ってしまえばここは高級歓楽街であり、普通の人が利用するには少々敷居が高い。普通の人が一日の労働の終わりに一杯引っかけようものなら、ピーナッツをぽりぽりとさもしく摘まむだけの晩酌となってしまうだろう。
ここは町の外れの方に位置している事もあって、自然と後ろ暗い人間が集まるようになっていた。金はたくさん持っているが、表立って人に言えないような手段でそれを稼いでいる人たちだ。
そんな場所に、カールはやってきた。
もちろん食事をするためではない。お金を稼ぐためだ。
カールは道端に座り込み、そして途中で拾ったブリキの空き缶を手前に置いた。
その姿はまさしく、現代日本では禁止されているKOJIKIスタイルであった。
(こういう事は富裕層が多い場所でするのがいいと、ディ〇カバリーチャンネルで見た事があるでござる)
そして前述した通り、ここには後ろ暗い人間が集まっている。
彼らは道徳や倫理観を二の次にして、儲ける事を優先した人間だ。例え自分の行いで泣く者がいようとも、彼らが手を止める事は無い。騙される方が悪いと、本気で信じているような人種なのだ。
しかしながら、それでも彼らは人の子だ。心の奥底では自分の行いが悪徳であると自覚していて、葛藤する気持ちもある。人として正しい、善い行いをしたいという気持ちも、ほんの少しではあるが持っているのだ。
そしてそれを実行するに辺り、一番手っ取り早い手段が『施し』だ。後ろ暗い手段で稼いだ金を、弱者に施す。そうする事によって、自分の金が100%汚いものではなくなる。善い行いをするために悪い事をしたのだという、ある種の免罪符を手にする事が出来るのだ。
もちろんそれは、ただの自己満足、思い込みに過ぎないのだが……
ともあれ、それを見込んでカールはここでこうしているのであった。
ちなみに、普通に労働する気は全く無かった。絶対に働きたくないでござる!
そして一時間後――
「フム……結構集まったでござるな」
缶を持ち上げると、ずっしりとした重さを感じた。
総額3500G(※G=通貨単位)。ちなみに1Gは日本円に換算すると1円である。非常に分かりやすい。
カールは一時間で、座っているだけで3500円を稼ぐ事に成功した。
と、その時。
――パパパパ~パ~パ~!
などという、クソデカい『LEVEL UP』という文字が画面の右から左に流れでもしそうな、気の抜けた音が鳴った。
「はて、何事でござろうか……?」
尻のポケットに入れていた、音の発生源と思しきパーソナルカードを手に取る。
確認すると、裏面に新たな文字が記入されていた。
サバイバルE……聞きかじりのサバイバル知識。一食分程度を賄う事が出来ます。
「フム……どうやら新たなスキルを会得したようでござるな」
しかし今のは、ギルドで水晶に触れた時とは違い、何か得体の知れないものが体に流れたという事は無かった。何かを授かったと言うよりは、何らかの結果を出したからスキルとして認められた……という感じだった。
例えるなら、筋トレをして筋肉が付いた結果、筋力パラメーターが上がったようなものだ。KOJIKIスタイルで3500Gを稼いだ結果、それがサバイバルEとして認められたのだ。
つまるところ、このスキルの会得は努力がもたらした『成果』だった。
「……なんかあんまりファンタジーっぽくないでござるな」
新たなスキルを得たカールは、その方法に落胆するのであった。