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第五話 その2

 翌日。


 エルストの町から、馬車に揺られる事三時間。カールと小春はヴァンパイアの居城、その最寄りの町にやってきた。


「結構かかったね」

「フゴゴ……早過ぎではござらぬか?」


 あくびを噛み殺しながら、カールがぼやく。太陽が地平線から全身を出してからまださほど経っておらず、現時刻は本来ならカールがようやく起き出すような時間帯だった。


「太陽昇ってた方が、万が一ヴァンパイアに遭遇してもなんとかなりそうじゃない?」

「まぁ、吸血鬼は太陽光が苦手という話はよく耳にするでござるが……」


 陽の光を浴びると灰になるというのは、吸血鬼の最もポピュラーな特徴である。


 ……が、しかし近年はそれをものともしない吸血鬼もちらほらと見受けられ、おまえもう別に吸血鬼じゃなくてもよくね? みたいなのが徐々に増え出している。現代のファンタジー作品では、日光が必ずしも吸血鬼に有効だとは限らないのである。


「然らばまずは朝食がてら、酒場的な場所で情報収集に勤しむでござる」

「そだね。あ、言っておくけど今日は奢らないよ?」

「あまり拙者を見くびってもらっては困るでござるな。今日はちゃんと財布を持参しているでござる」


 カールはリュックから財布を取り出し、得意気に掲げた。


「そう…………偉いね」


 軽そうな財布を得意気に掲げる大人に、小春は呆れ気味にそう言った。




 この町は、エルスト領の端の方に位置している。首都との関係性は先日のトゥレスの町と似ているが、町の大きさはトゥレスのそれより小さく、そして閑散としていた。町として立ち行かないほどの経済状況ではないが、さりとて特筆すべきものは何一つ無く、一言で言うならここは寂れた町だった。


「RPGなら探索の煩わしさの無いユーザーフレンドリー町なのでござるが……これは」


 3D酔いや探索漏れとは無縁そうな街並みだが、現実の視点で目の当たりにすると何とも気勢が削がれそうな風景だった。いっそ廃墟なら冒険心もくすぐられるのだが、生活感がありつつ寂れているというのは、どうにも空虚さを感じずにはいられなかった。


 そんな町の、おそらく唯一であろう酒場に二人はやってきた。


 ドアを開けると、カラン、とベルがやる気無さげに鳴り、従業員と客の視線が二人に向けられた。


「あんまり人いないね」


 町の規模と同様に、酒場もエルストのものと比べるとこじんまりとしていた。客の数も少なく、二人に向けられていた視線はすぐに興味を失って元の向きに戻っていた。


「まずは腹ごしらえをば」


 二人は適当なテーブルに着き、メニューを開く。


「……少ないでござるな」


 この酒場のモーニング兼ランチメニューは、サンドイッチに紅茶のみという非常にシンプルなラインナップだった。かと言って酒場の本懐である夜のメニューが豊富というわけでもなく、これは単なる寂れた酒場なりの品揃えだった。


「いらっしゃいませー」


 水をトレイに乗せたウエイトレスが、二人のテーブルにやってきた。長い黒髪の、メイド服のような制服を着た若いウエイトレスだった。


「サンドイッチと紅茶を2つずつですね」


 水を置くやいなや、ウイトレスが伝票にさらさらと書き記す。


「いや、まだ何も言ってないんだけど……」

「それしか無いですし」

「それ店側が言う?」


 とはいえ、周りをよく見たら客のいるテーブルには全てサンドイッチと紅茶が載っているので、ウエイトレスの言い分はもっともだった。


「まぁ……じゃあ、それで」

「かしこまりましたー」


 ウエイトレスがテーブルから離れる。


「……エルストが特別なだけで、普通の町はこんなものなのかもね」

「そうとは限らないでござる。トゥレスのとある町の酒場では、エルストと遜色無いメニューだったでござるよ」

「お待たせしましたー」


 トレイに注文の品を乗せたウエイトレスがやってきた。


「え、早っ」

「すぐ出せるようになってるんですよ。どうせこれしか無いし」


 ウエイトレスがサンドイッチと紅茶をテーブルに並べる。微妙にくたびれたサンドイッチは、とても作り立てには見えなかった。


「フム……たこ焼きを注文したら既にパックに詰められているものを渡されたような気分でござるな。具体的には作り置きを渡されたような気分でござる」

「まー朝は基本ワンオペなんで。注文受けてから作るんじゃ時間掛かるし…………いや、客足的に余裕なんですけど」


 要するに作り置きだった。


「……フム。となるとこのサンドイッチは、ウエイトレス氏の手作りというわけでござるか」


 彼女は割と美人なので、カールにとってのサンドイッチの付加価値がグンと跳ね上がった。


「ならばしかと味わわせていただくでござるドゥフフおっと失敬」


 生やしかけた草を抑え、カールは努めてキリっとした表情を作った。


「あれ、なんだか背筋に悪寒……生理的嫌悪寒が」

「実に申し分ないタイトル通りの言動だね、カールさん」


 小説という形式上、カールの容姿は常に読者の想像に委ねられているので、彼のキモオタ的要素は定期的に行動や言動で示していく必要がある。でなければタイトルにはキモオタとあるけど実は見た目で勘違いされやすいだけで魂はイケメン、何なら見た目も過剰に太っているだけで体型がまともになれば普通に見られる容姿になるのではという勘違いを起こさせてしまう可能性が微粒子レベルで存在してしまうかもしれないからである。


「時にウエイトレス氏、少々話を聞かせてもらいたいのでござるが」

「はあ…………いいですけど、もしかしてあの古城についてですか?」

「よく分かったでござるな」

「この町に外から来る理由ってそれくらいですし」


 この寂れようでは、さもありなんとしか言いようが無かった。


「率直に尋ねるでござるが、あの城にヴァンパイアは住み着いているのでござるか?」

「ん……まぁ、そういう噂はありますね。私は見た事ありませんけど」

「誰か目撃した人物は?」

「さぁ……私は聞いた事無いですね。そもそもあの城には誰も近付きませんし」

「そうなのでござるか?」

「ただの半壊した古城ですし。道中には魔物も出ますしね」

「フム…………つまりヴァンパイアの噂はあれど、目撃者は存在しないというわけでござるか」

「そうなりますね。外からやってきた強そうな人たちも、戦って帰ってきた様子ではありませんでしたし」

「……ウムム」


 ウエイトレスの話を聞いて、ヴァンパイアの存在がますます疑わしくなった。


「誰も見た事無いのに噂だけは存在するって、なんか妙な話だよね」

「ヴァンパイアの存在がますます眉唾になっただけで、あまり有益な情報は得られなかったでござるな」


 結局のところ、とりあえず行ってみて出たとこ勝負という事だった。


「感謝を、ウエイトレス氏。何も分からないという事が分かったでござる」

「何の参考にもならなかったと言われているような気がしますね……いや実際そうなんですけど」


 それでは、と立ち去ろうとしたところで、ふと思いついたようにウエイトレスは尋ねた。


「ところでお二人のジョブは何ですか?」


 太った男と10代半ばのツインテールの少女。見た目からでは、とてもヴァンパイアに用があるようには思えなかった。


「拙者は開拓者で、彼女は吟遊詩人でござる」

「――――」


 それは例え高レベルだとしても、コンビでクエストに挑むようなジョブではなかった。開拓者と吟遊詩人のパーティーなど、採取要員とバッファーが二人でダンジョンに潜るようなものなのだ。


「…………。……しょうがないですね、じゃあ私がついてってあげます」


 少しの沈黙の後、ウエイトレスがそんな事を言い出した。


「……ム?」

「そんな格好とジョブじゃ、下手したら二人とも城に着く前に魔物にやられちゃいそうですし。一応情報を教えた手前、死なれると目覚めが悪いので」


 片や半袖ジーンズ、片や薄手のパーカーにショートパンツという格好の二人は、下手したらバニット系の魔物にすらも勝てそうには見えなかった。


「……まぁ、助力を拒む理由は無いでござるが」


 メイド服風の制服姿も大概だと思ったが、口には出さないでおいた。


「決まりですね。それじゃあ一時間後に広場で待ち合わせという事で」

「承知。小春氏、何か異論は……何をやっているのでござるか?」

「ん? 一応写真撮っておこうかなって」


 小春はどう見ても何映えもしなさそうなサンドイッチに、スマホを傾けていた。


「あ、異論は無いよ」


 スマホの画面を見ながら、小春はそう返事をした。


「……この子はなにを?」


 小春の行動に、ウエイトレスは不思議そうに尋ねた。言うまでも無くこの異世界にスマホは存在しないので、小春の行動の意味は現地人であるウエイトレスには分からなかった。


「大した事はしていないでござる」


 異世界人のチートスキルでござる、などと言ったら話がややこしくなるので、カールは曖昧に答えておいた。




 三人――カールと小春、そしてウエイトレスのマリィの三人は、町を出て古城へ続く街道を歩いていた。


 古城までの道のりは、一面の平原だった。この平原は緩やかな丘陵地帯になっていて、遠くに見える古城は小高い丘の上のような位置にあった。


 古城までの距離は徒歩でおよそ30分。馬車を使いたくなる距離だが、古城がちゃんとした城として機能していた時代ならともかく、朽ち果てた城に向かう馬車などあるはずもないので、三人は徒歩での道行きを余儀なくされていた。


「時にマリィ氏のジョブは何なのでござるか?」


 ウエイトレス改めマリィは、服装は酒場の制服のままに、腰に剣を提げていた。


「剣士ですよ。ほら、剣持ってるし」


 腰に提げた剣の柄を、クイクイっと指で押す。そうは言うものの服装は肩当て1つ無い酒場の制服姿なので、剣士と言うよりは単にウエイトレスが剣を持っているだけのようにしか見えなかった。


「……左様でござるか」


 しかし服装に関しては半袖ジーンズの自分が言えた事ではないので、言及はやめておいた。ちなみに第3話でダメになった特注ジャケットは、二度と憂き目に遭わぬよう大事にクローゼットにしまってあった。


「キシャー!」


 といったところで魔物が出現した。


 平原バニットが3体あらわれた!


「ムッ……然らば戦闘陣形を」


 カールと小春は、相対的にマリィが前衛になるようにそれぞれ下がった。


「前衛は任せたでござる!」

「頑張って!」


 そして二人が後方からエールを送る。


「……あの、前衛って言うかこれもう単騎なんですけど」


 その声は遠く、二人はあまり支援に適さない位置にまで下がっていた。


「まぁほら、吟遊詩人だしボク」


 ちなみに吟遊詩人には、『隠れる』というスキルがある。



 隠れる……戦闘エリアから身を隠し、次に行動を起こすまで敵及び味方からの攻撃対象にならなくなり、且つあらゆる効果を受けなくなります。一定時間経過で状態解除。効果時間は敵とのレベル差により変動。



 要するに、戦闘から一時的に離脱するスキルだ。小春がそれを使用したのであれば、この下がりっぷりはれっきとしたスキルの効果によるものなのだが……


(まぁ、そんなスキル覚えてないんだけどね……)


 そんなスキルを覚えていない小春は、単に攻撃が届かない場所まで普通に離れただけだった。


「じゃあそちらの開拓者の人は……」

「拙者の熱烈エールが欲しいのならやぶさかではないでござるが。投げヴェーゼ(捏造スキル)の効果範囲まで上がるでござるか?」

「そこにいてください」


 マリィは諦めて、単騎で魔物と対峙した。


「キシャー!」


 平原バニットの、ひっかくこうげき!


「――おっと」


 ――ガギィッ!


 マリィは素早く剣を抜き放ち、首を狙う平原バニットの爪を受け止めた。そしてそのまま剣を振り抜き、平原バニットを地面に叩きつけた。


「ギジャッ!?」


 背中から地面に叩きつけられた平原バニットが、短い悲鳴を漏らす。


「――えいっ」


間髪入れずに、マリィは返す刀で斬り上げる。打ち上げられた平原バニットは空中で緩やかな放物線を描き、やがて地面にぼてりと落ちた。


「キシャー!」


 2匹目。今度は足を狙ったひっかき攻撃。マリィの脛に、鋭利な爪が襲い掛かる。


「――――」


マリィは冷静にステップを踏んでそれを躱し、平原バニットに剣を叩きつけた。そして潰れた蛙のような格好になった平原バニットに、更にとどめとばかりにもう一撃加えた。


「……キシャー!」


 3匹目はあっという間に倒された2匹を見て、素早く逃げ出した。


 平原バニットを倒した! パーティーは0の経験値を得て、0Gを入手した! システム上当然の結果だが、達成感という観点から見るとあまり褒められたシステムではなかった。ちなみに剣で斬ったはずなのに魔物が両断されてなかったり、マリィが返り血を浴びたり刃に血液が付着したりしていないのは、この作品がCERO《A》だからである。


「よし、やった……!」


 無事に戦闘が終了し、マリィは小さくガッツポーズをした。


「フッ……他愛無し」

「ま、バニット系ならこんなものだよね」


 そして後方からそんなセリフを携えて、何もしてない二人がのこのこと戦闘エリアに現れた。


「……まぁ、護衛を買って出たのは私だからいいんですけど」


 腑に落ちない様子で、マリィは零した。


「いやそれにしても、なかなかの剣捌きでござったぞ」

「……それはどうも」


 マリィの実力は、至って普通だった。剣術のスキルランクはE~D、人並みに訓練したら到達出来る程度の、バニット系を始めとするそんじょそこらのフィールドモンスターには苦戦しない程度の実力だった。


「ケーニヒさん、開拓者に戦闘スキルはないのですか?」


 剣を鞘に収めつつ、マリィが尋ねる。


「無いでござる」


 カールは即答した。


 これはカールが無能というわけではなく、元々開拓者のスキルツリーには戦闘スキルは1つも無いのである。開拓者が戦闘をこなそうとするなら、別口で戦闘スキルを修得する必要があるのだ。よってカールの言い分は正しいのだが、無論カールが戦えない事の是非はまた別の話である。


「それと、カールでいいでござる。ケーニヒ呼びはあまり馴染みがござらぬ故」

「はぁ……名前呼びするほど親しみを感じてはいませんが、分かりました」


 次にマリィは小春に視線を移した。


「……小春さんは吟遊詩人としてのスキルは」

「無いよ」


 小春は即答した。吟遊詩人にはちゃんとした戦闘用のスキルがいくつもあるので、これは単に小春が無能なだけだった。


「二人は今までどうやってクエストをこなしていたんですか?」

「普段は頼れる前衛がいるのでござるよ。所用で今回は不在でござるが」

「そうですか……」


 そうだとしても、その頼れる前衛が何の戦闘スキルも持っていない二人を一緒のパーティーに入れておく理由がマリィには分からなかった。カールは家庭の事情による開拓者の固有スキル目当て、小春はそもそもパーティーメンバーではないのだが、そんな事情は当然マリィには分かるはずもなかった。


 その後、道中は散発的に平原バニットが襲いかかってきたくらいで特筆すべき事は無く、さしたる障害も無く三人は古城に到着した。


「近くで見ると壮観でござるな」


 まだ国が統一される以前の、エルストを国家として治めていた者の居城だろうか。城壁は元の高さも分からないほどに見る影も無く、城門は言わずもがな。そして古城本体はと言うと、非常に日当たりと風通しが良さそうな造りに成り果てていた。


「はいっ、今回はなんと……ヴァンパイアが住むと噂されている古城にやってきました!」


 小春はいち早く古城に駆け寄り、スマホをそれに向けていつもの口上を述べていた。


「……あの子は何を?」

「大した事はしてないでござるよ」

「板切れを城に向けて独り言を張り上げてるのって結構大した事だと思うんですけど」


 実況動画の撮影風景というものは、端から見るとそんな感じだった。ゲーム実況だって、端から見れば一人でブツブツ言いながらゲームしてるだけなのだ。


「お待たせ。それじゃさっそく中に入ろっか」


 一通り外観を撮り終えた小春が、二人の元に戻ってきた。


「……本当に入るんですか? ヴァンパイアがいるかもしれないのに」


 三人の目の前には、屋外と城内を隔てる大きな扉があった。その漆黒の鉄扉は、城の中にいる存在を秘匿する封印のようにも見えた。


 もっとも、この城は天井や外壁にいくつも穴があるので、例えそうだとしても大した意味は無さそうだった。


「本当にヴァンパイアがいるならもっと大事になってるはずだし、やっぱりいないんじゃないかなって思うんだ」

「でも火の無い所に煙は立たないと言いますし」

「言うんだ、異世界でも……」


 ことわざや格言というものは、案外どこの世界でも共通なのかもしれない。


「はい? 異世界?」

「いや、気にしないで。それにたぶん中は安全だから」

「どうしてそう言えるんですか?」

「それは…………まぁ、なんとなく」


 実際はなんとなくなどではなく、小春はスキルで既に中の安全を確認していた。


(スマホの拡張スキル『計測スキャン』で、半径100メートル以内に強力な魔力の反応が無いのは確認済み)


 スマホの機能を拡張する小春のスキル『エクステンション』の詳細は、第3話参照の事。要するにスマホでいろいろ出来るというスキルで、その内の1つである『計測スキャン』は、周囲の魔力反応を計測して数値化するというものだ。『計測スキャン』によると、この周囲には400万Gもの懸賞金が懸けられるような魔力反応は存在しなかった。


 そしてそれは、古城が安全である事を示していた。


「小春氏が安全と言うならそうなのでござろう。そういう嗅覚は鋭いでござるからな」


 事情を知っているカールが、その信憑性を保証した。


「……分かりました」


 それでも渋々といった感じで、マリィは納得した。


 カールと小春、そしていまいち乗り気でないマリィは、扉を開けて城の中に入った。

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