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第五話 その1

 とある日の午後――


『というわけで、今回は爆死という結果に終わってしまいました。それでは、また次回。よろしかったら高評価、チャンネル登録をお願いします!』


 画面を覆い隠すほどの『高評価』『チャンネル登録』の字幕が画面に表示され、やがて鏡の中の映像はブラックアウトした。


 ここは廃屋のリビング。小春はスマホを、カールは手鏡をそれぞれ片手に、二人はテーブルを挟んで向かい合って座っていた。


「ど、どうかな……?」

「フム…………端的に言って、クソつまらないでござるな」


 カールは思った事を口にした。それは今しがた手鏡に映し出されていた動画に対する、素直な感想だった。


「なっ……なんでさっ!? ガチャ動画、しかも爆死動画なんだからつまらないわけないじゃん!」

「たった20連、しかも全部無償石では爆死とは到底呼べないでござる。爆死を名乗りたかったら、最低でも3万は入れないと話にならないでござる」

「そ、そんなお小遣い無いよ……」

「そもそもSSR率1%なのに20連程度で出るわけがないでござる。この結果は爆死ではなく、単なる必然でござるよ。あとプレイ歴に対してプレイヤーランクが低すぎる故、全然ゲームしてないの丸分かりでござる。総じて再生数目的でガチャを回している事がバレバレであるが故に、この動画は48という情けない再生数を叩き出しているのでござる」


 カールが的確に動画の問題点を洗い出す。要するに『ガチャ動画出せば伸びるだろ』などという舐めた意識で作られた動画など、誰も再生しないという事だ。『適当に俺TUEEEEさせとけばアクセス数伸びるだろ』などという意識で書かれた小説が評価されないのと同じ事なのだ。


「うぐぐ……言い返したいけど再生数48じゃぐうの音も出ない」

「ソシャゲの動画を出すなら、運営の采配や大型アプデに本音で語れるくらいやり込むべきでござる」


 結果を出すには、何事も真面目に取り組まなくてはならないのである。ソシャゲに真面目に取り組む事がまともな事がどうかは、もちろん別の話であるが。


「……分かったよ。ボクの動画がつまらない事は、超渋々に認めるよ。それを踏まえた上で、カールさんに相談がある」


 小春はここに遊びに来たわけではない。カールにこはるんチャンネル(小春の動画チャンネル)の動画を見せたのは、ちゃんとした理由があっての事だ。


「面白い動画を撮るにはどうしたらいいのかな」


 小春は吟遊詩人というジョブに就いてはいるが、収入は吟遊詩人のスキルではなく、異世界人特有のチートスキルで得ている。小春のチートスキルがどういったものかは第三話を読んでもらうとして、端的に言えば小春は街角や公園で動画を流して、それの見物料を取るという形でお金を稼いでいた。動画の内容はともかく物珍しさはあり、生計は立てられているという話だったが……


「どうも最近、飽きられているような気がするんだよね」


 生活が立ち行かないほどではないが、当初と比べると収入は緩やかに減少していた。


「それはまぁ…………物珍しさ一本で成立していただけのクソつまらん動画でござるし、飽きられるのは自明の理でござる」


 この世界で小春が撮影して流している動画は、主に風景や小動物を映して実況を添えているというものだ。その内容は実に薄いと言う他は無く、鏡に全く別の場所の風景が映し出されているという不可思議な現象に飽きてしまえば、実質的に何一つ見所の無い動画なのである。


「だからそろそろ内容を変えていかなきゃいけないと思うんだ。そもそも内容で勝負するのはニコチューバーの本懐だしね」

「それで拙者に相談に来たと」

「カールさんどうせ前の世界では一日中ニコつべ見てるような生活してたんでしょ? だからその知恵を貸してほしいなって」

「まぁ、確かにその通りではござるが…………拙者主にゲーム実況を視聴していたでござる故、小春氏の求めるような動画に関してはさほど詳しくはないでござるよ」


 カールは例えば先ほどのようなガチャ動画(もちろんちゃんとお金を掛けてちゃんと爆死してるやつ)や、RPGの実況付き動画といったようなものを好んで視聴していた。それは異世界では成立しない種類の動画であり、小春の期待に沿うような助言は出来そうになかった。


「えー……それでも何か無い? 絞り出して」

「フム……ではレイアウトを変えてみてはどうでござるか? 例えば動画の画面下部にセリフの字幕を付けて、右側に詳細な説明等を表示する枠を付けてみるとか」

「うーん……悪くないけど、それやると視聴者層がガラっと変わりそうだしなぁ」


 コメント欄がR18の映像作品のセリフの引用で埋め尽くされる様子を想像し、小春は身震いした。小春は女の子なのである。


「異世界にそんな視聴者層は存在しないのでは?」

「いやほら、もしかしたら元の世界に戻る事にもなるかもしれないでしょ? その時はこっちで作った動画を向こうでアップするつもりだから、変な視聴者が付くのは避けたいんだよね」

「……そうでござるか」


 そう、カールは短く返事をした。


(転生直前の記憶からすると、ここは死後の世界である可能性も否めないんでござるよなぁ……)


 内心で、そんな考えを抱きながら。


 もしここが死後の世界なら視聴者層の懸念など全くの無意味なのだが、カールはその事については口にしなかった。


「他になんか無い? 絞り出して」

「メン〇スコーラ……はもう情けない再生数を叩き出した後でござるから、激辛料理の完食なんてどうでござるか?」

「辛いのきらーい」

「センブリ茶を飲むとか」

「苦いのきらーい」

「ちょっと嫌いが多いでござるなぁ……」


 底辺ニコチューバーにあるまじき注文の多さだった。


「じゃあモーニングルーティーンはどうでござるか?」

「それは顔出ししないわけにはいかないから無理なぁ。ネットリテラシーはちゃんとしなきゃね」


 動画がクソつまらない割に、小春はそういうところはしっかりしていた。無論、チャンネル登録数12の小春を特定してやろうなどと思う者など存在しないのは言うまでも無い事だが。


「むしろ逆に何なら出来るのでござるか?」

「それが難しいんだよねぇ……異世界って意外と何も無いし」


 この異世界には動画の題材になりやすい娯楽や嗜好品といったものが、元の世界と比べて非常に少なかった。例えば娯楽1つ取っても、この世界にはすごろくやトランプといった単純なものしか存在していない。将棋のような競技制の高い娯楽もあるが、それでプロ制度が成立するほど熱が入っているわけでもないので、対戦動画を撮ったところで好んで視聴する者は少ないだろう。この世界の娯楽は、あくまでも『見るもの』ではなく、『やるもの』なのだ。


 元の世界を明確に超えているものを挙げるとすれば、まだ機械文明に侵される段階に無い雄大な自然であるが、そんなものはこの世界の住民にとっては見飽きすぎて背景にも等しい。この世界の人々の目を惹く自然や景色となれば、それこそ未開拓の地を映すでもしない限りは難しいだろう。


「異世界にあって元の世界に無いものといえば、やはり魔物の存在でござろう。魔物をしばき倒す動画などどうでござるか?」

「うーん……よっぽどの害獣じゃない限り、動物に危害を加える系は荒れるからなぁ」


 そういう系の動画は低評価もたくさん付くだろうし、最悪の場合削除対象になってしまう可能性もある。ニコチューブでは、炎上だろうがバズれば勝ちというソシャゲみたいな理論は通用しないのである。


「ってかそういう動画を出すとボクが害獣駆除系の配信者だって思われちゃうかもしれないし、やっぱりダメだね。ダメダメ」

「ダメなのでござるか?」

「ダメに決まってるでしょ。HI〇AKINがネズミ捕りしてるの見た事ある?」

「それは無いでござるけど……」


 朝の子供番組に出るような人物が、ネズミを捕る動画など撮るわけがないのである。


「動物っぽくない魔物だったらたぶん問題無いと思うけど、そんなの見た事無いし……」

「拙者はバニット系と熊の他に、動く鎧(リビングメイル)動く石像(ゴーレム)に相対した事があるでござるよ」

「えー、なにそれいいなぁ……すごい動画映えしそう」

「とてもそれどころではなかったでござるがね……」


 当時の記憶が蘇り、カールは身震いした。


「フム……ではその時の武勇伝を拙者が語る動画なんて如何でござるか? その時拙者は、ゴーレムに怯まず足を進めたのでござる! ……ってな感じで」

「その時の映像無いから太ったオタクが延々自分語りしてるだけの動画になるねそれ」

「ダメでござるか」

「ダメに決まってるでしょ。異世界でも大概なのに元の世界だったらただの妄言口走る危ない奴じゃん」


 想像するだにどうしようもない動画だった。


「……っと、話がおかしくなっちゃったね。えっと……動物っぽくない魔物を探そうって話だったよね」

「フム……動物っぽくないとなると、ガッチガチの魔族って感じの魔物でござろうか」

「ガッチガチの魔族って感じってどんな感じ?」

「例えばス〇イヤーズに出てくる低級魔族みたいな感じでござる」

「ス〇イヤーズ……?」

「おおう……」


 疑問符を浮かべる小春に、カールはジェネレーションギャップを感じずにはいられなかった。もっとも、厳密に言えばカールもその世代ではないのだが。小春がリゼ〇世代なら、カールはゼ〇魔世代なのである。


「……まぁ、とにかく動物っぽくない魔物を探すのは難しいって事かな」

「そうでござ――」


 その時、カールの脳裏にとある記憶が蘇った。


「……いや、そうとも限らないでござる」


 動物っぽくない魔物に、カールは心当たりがあった。




 そうして二人は、酒場にやってきた。


 目的はもちろん食事ではない。二人はずらりと並ぶテーブル席の横を抜け、クエストボードに向かった。


「これを見てほしいでござる」


 カールはクエストボードから一枚の依頼書を剥がし、小春に渡した。


「ん……こ、これは……!」


 書面を確認し、小春が目を見開く。


「そう――ヴァンパイアでござる」


 ヴァンパイア。こういう小説を読むような諸兄に今更説明は不要だろう。作品ごとに毛色は違うが、概ね血を吸う魔物である。


 そして何より――とても動物っぽくないのである。


「た、確かにこれは動物っぽくない魔物……だけど」


 それは、小春の条件にも見事に合致している魔物……なのだが。


「報酬400万Gって書いてあるんだけど」

「書いてあるでござるな」

「受注条件に近接職及び魔法職のレベル20以上って書いてあるんだけど」

「書いてあるでござるな」

「いや受けられないじゃんボクたち」


 二人は開拓者レベル1と吟遊詩人レベル1だった。一応それはレベル申請していないだけというのもあるが、二人はそれほど実戦を経験しているわけでもないので、例え申請をしたとしても一気に20も上がる事は無いだろう。


 動物っぽい云々以前に、二人はそもそもクエストを受ける資格が無かった。


「その点は抜かり無いでござる。受注条件に加えもう1つの懸念点、400万Gもの報酬が掛けられるような魔物に、熊に手こずっていた拙者らが敵うわけがないというのも、既に解決済みでござる」

「お、おお……? 全然軍師タイプじゃないカールさんらしからぬ周到さだけど、作者に編集が付いて方針でも変わったの?」

「フッ……そんなものを必要とするまでもない、イージーな問題だという事でござる」

「ふぅん、そう……。あ、それと――」


 どうしてこんな危なそうなクエストを受ける気になったのかとカールに尋ねようとした矢先、小春の台詞を遮るようにカールが言った。


「ところで拙者の報酬の取り分は、動画の撮影に協力するという点も加味してくれるのでござるよね?」

「…………」


 両の目が『$』になったカールを見て、小春はクエストを受ける気になった理由を察した。




「さぁ、着いたでござる」


 酒場からしばらく歩き、郊外へ。風景が喧騒と人工物から静寂と自然に入れ替わってしばらくした後、二人は目的地に到着した。


「ここは……?」


 二人の目の前には、塀と門扉に囲まれた洋館があった。昼間であるにも関わらず薄ら寒さを覚える雰囲気のその洋館は、RPGにだいたい一ヶ所あるホラーテイストのダンジョンのようだった。


「ここは拙者の知り合いが住む館でござる。この館の主は、なんとレベル70の魔術師なのでござる」


 ここは最高レベルの魔術師、ミューズの家だった。


「レベル70……って事は、レベル99って事?」

「左様。ここにはレベル70の、レベル99の魔術師が住んでいるのでござる」


 レベル70=レベル99理論は、前話のどこかしら参照の事。


「じゃあ、解決策っていうのは……」

「この館の主に助力を求めるのでござる」


 カールはインターホンを押した。


「それ策って言うかただの人任せじゃ……」


 程なくして、インターホンのスピーカーから音声が聞こえた。


『ぴんぽんぱんぽん(↑)。美少女天才魔術師ミューズは、ただいま留守にしています。御用の方は、数日空けて出直してください。ぴんぽんぱんぽん(↓)』


 調子の外れた音声BGMの後、不在を告げるアナウンスが流れた。


「……いないみたいだね」

「なんと間の悪い……」


 ミューズにとってチートスキル所持者は興味深い存在だろうに、こんな時に在宅していないなんて間が悪いを通り越してもはや天運を持ってないとさえ言える。


「ミューズ氏がいれば何もかも簡単に終わるのでござるが……」


 クエストの受注はレベル70なので余裕でクリア出来てるし(パーティーに一人でも条件を満たしている者がいればOK)、受注条件がレベル20の魔物にミューズが遅れを取るはずがない。今回のクエストは、全てミューズ一人で事足りるはずだったのだ。


「だからかもしれないね、ひょっとしたら。そのミューズって人が不在なのは」

「……その心は?」

「そんな人の手を簡単に借りられたら、話がすぐ終わっちゃうでしょ」

「…………」


 それはミューズの実力を知った時に、カールも思っていた事だ。初期値と成長率と上限値が並外れて高いキャラは、それに反比例するように出番は減る。そうでもしなければ、何をやるにもそいつ一人で済んでしまうからだ。る〇剣の師匠の出番が少ないのはまさにそういった理由であり、サ〇タマの現場到着が遅いのは、すぐにボスの元に辿り着いちゃったらワンパンでボスを倒してそのエピソードはお終いになってしまうからなのである。


 ミューズの不在は間が悪いのでも天運を持っていないのでもなく、ただの作品都合なのであった。


「……ん? どしたの、ボクの顔をじっと見て」

「イヤ……なんでもないでござる」


 そしてチートスキル保持者の小春がレギュラーメンバーとして廃屋に住んでいないのも、それと似たような理由からなのであった。




「手詰まりでござるな」


 酒場に戻り、テーブル席に着くなりカールは投了を宣言した。


「えー……まぁ、確かにボクたちじゃどうしようもない領域だけど」


 レベルが足りてない事の解決策は非常に単純、レベル上げをすればいいだけの話だが、それはとても一朝一夕に出来る事では無い。現状では手詰まりというカールの見識は、実に正しい状況判断だった。


「……あ。ねぇ、ちょっと閃いたんだけど」

「拝聴するでござる」

「ボクたちはあくまでクエストが受けられないってだけで、ヴァンパイアの住処に行く事は出来るんじゃないかな。例えばこれがゲームだったら、クエストを受けない限りシステム的に住処に行けないかヴァンパイア出現フラグが立たないかだけど、ここって現実世界でしょ? だったら場所さえ分かれば行く事は出来るんじゃないかな」


 ヴァンパイアに会う事自体が目的なら、必ずしもクエストを受ける必要は無いという事だ。クエストを受けなければ道が岩石や市民で塞がっているという事も、ゲームならともかく現実世界ではまず起こり得ない事なのだ。


「小春氏…………肝心な事を忘れているでござるよ」

「肝心な事って?」

「クエストを受けないのなら、誰が400万Gを出すのでござるか?」

「……そうだったね」


 カールの目が『$』になっていた事を、小春は失念していた。


「あと拙者たち二人ではヴァンパイアに勝つのは非常に難しいという事も忘れてはならないでござる」

「うん……あれっ、そういえばエリザさんは?」


 廃屋からここまで、思い返せば今日はエリザの姿を一目も見ていなかった。


「エリザ氏なら実家に戻っているでござるよ。もちろん許されたわけではなく、外せない用事があるとの事で」

「あ、そう……」


 エリザの事情は小春の知るところでもあった。これほど何て言ったらいいか分からない事も無いと、当時の小春は思った。


「えと、話をまとめると……400万Gを手に入れるためにはクエストを受ける必要があって、クエストを受けるため、そしてクリアするためには強い人の助力が必要、って事だね。……うん、詰んでるね!」


 協議の結果、小春もカールと同様の結論に至った。


「では、ご注文を窺います」


 そして話がまとまったところで、いつものウエイトレスが伝票片手にやってきた。


「ム……? 呼んでないでござるが」

「水だけで居座られても困るので何か注文してください」

「おっと……ウエイトレス氏を困らせるわけにはいかないでござるな。然らば水のおかわりを」

「喋ると記憶が飛ぶんですか?」

「拙者たち財布を持ち合わせておらぬのでござるよ」

「お金持ってないのにテーブルに着かないでください」

「いやボクは持ってるからね? 持ってないのカールさんだけだからね」


 結局、小春の奢りでコーラを注文する事になった。


「JCに奢らせる成人男性って……」

「ところでさっきクエストの依頼書を手に取っていましたが、受けるんですか?」


 伝票に注文を書き記しながら、ウエイトレスが尋ねた。


「そうしようと思ったのでござるが、ついさっき高レベルの魔術師のあてが外れたところでござる」

「高レベル…………あぁ、あのクエストですか。そういえば今はそんな事になっていましたね」

「ム……? 今は……とは?」

「あのクエスト、元々はただの古城の調査だったんです。でもある日その古城にヴァンパイアが住みついているという話が出てきたので、クエストが今の形に変更されたんです」

「フム……確かに調査クエストの予定外にしては大物過ぎる故、それは妥当な措置でござるな」


 猫探しの時も予定外に熊が出てきたが、ヴァンパイアはそれとは比べ物にならない。レベル20以上が要求されるという事は、ミューズがレベル20が適正だと判断したあのゴーレムと同等だという事なのだ。


「まぁ、実際大物かどうかは分かりませんけど」

「……? ヴァンパイアなのでござろう?」

「ヴァンパイアって絶滅寸前だから適正レベルが合ってるか分からないし、まずあの古城でヴァンパイアに会ったという人がいないんです。古城に行っても何も出なかったと、諦めて帰ってくる人ばかりでした。400万Gという報酬は、実は見つける事の困難さに依るところが大きいのです」

「フム……なにやら面倒な匂いしかしないクエストでござるな」


 単純な討伐クエストだと思ったら、世界各地を回って決められた条件を複数回クリアしなければボスに辿り着けないおつかいクエストだった時のような面倒みを感じた。


「おそらく今日の内に闇クエストに回されると思います。まず標的に出会えないようなクエストをいつまでも貼ってはおけませんから」

「闇クエスト……? なにそれ、闇営業みたいなやつ?」


 興味津々といった風に、小春が尋ねる。


「あまりまともでないクエストの事です。例えば人体実け……魔法の実験のアシスタントのような、人を選ぶクエストがそれに回されます」

「今人体実験って言おうとしなかったでござるか?」

「ふぅん。それはどうやって受けられるの?」

「闇クエストは通常のクエストとは違い、ギルドや酒場から斡旋された場合のみ受けられます。主にそのクエストに適正ありと判断された場合とか、恩を売っておけばメリットになり得るといった場合ですね」

「なんかゲスい本音が垣間見えたけど……うん、分かったよ。あ、モルゲヨッソの唐揚げ2皿追加で」

「かしこまりましたー」


 追加の品を伝票に書き記し、ウエイトレスは厨房へ去って行った。


「……なにゆえ追加の注文を?」

「お腹空いてるでしょ?」

「それはそうでござるが…………もしや小春氏」


 小春の不可解な行動に、カールはピンと来た。


「日頃の感謝の印に、拙者にモルゲヨッソを御馳走しようというつもりでござるな?」

「…………あぁ、うん。それでいいや」

「左様でござるか。それは実にやぶさかでないでござるな」


 カールのテンションが上がった。


 やがて、さっきのウエイトレスが料理をトレイに乗せて戻ってきた。


「ご注文のコーラと唐揚げです」

「ムホホ、昼間から贅沢でござるな……!」


 お昼に食べるモルゲヨッソの唐揚げは、元の世界ならお昼にファミレスでハンバーグを食べるかのような、ささやかな贅沢なのだ。


「ささ、食べて食べて」

「然らば遠慮なくいただくでござる。――ガツガツムシャムシャ!」


 カールががっつき始めた。


「あ、そうだウエイトレスさん」


 カールが食事を始めたのを確認した後、小春はウエイトレスを呼び止めた。


「なんでしょう?」

「さっきのヴァンパイアのクエスト、今から闇クエストって事でボクたちにやらせてくれない?」

「はい……? それは――」

「――!? フモッ……ヴぉはる氏、何フォ……!」


 口いっぱいに唐揚げを頬張りつつ言葉のようなものを発するカールをよそに、小春は続けた。


「こう見えてボクはオンリーワンなスキル持ってるし、あの人はクエストでゴーレムをやっつけた事があるって話だから、適正はあると思うんだ。ヴァンパイアの討伐クエストじゃ無理があるなら、古城の調査クエストとしてでもいいけど」

「…………。分かりました。ではそのように」


 数秒の思案の後、ウエイトレスは了承した。割と急で無茶な申し出だったが、酒場としても面倒なクエストはさっさと消化したかったという事もあり、話は意外なほどあっさりと通った。


「モグモグ(咀嚼)……ギョックン(嚥下)。い、異議ありでござる! 拙者は行かないでござるよ!?」

「なんで……って理由は聞かないよ。カールさん、唐揚げ食べたよね? 支払い能力無いのに」

「ファッ!? こっ、これは日頃の感謝の印では……」

「そんなわけないじゃん。……まぁ、クエストに付き合ってくれるなら奢ってあげるけど」

「ヌッ……!?」


 カールはようやく、腹の中のモルゲヨッソが罠である事に気付いた。


「う、ウエイトレス氏……この店でツケ払いは」

「出来ません」


 実際は出来ない事はなかったが、カールがそれをするにはウエイトレスに対する好感度が足りていなかった。


「ちなみにこのお店で無銭飲食したらどうなるの?」

「食べた分だけ、時給10分の1換算で労働してもらいます」


 なかなかの詐欺レートだった。


「電鉱石炭鉱で」


 なかなかのシベリア送りだった。


「ぜ、絶対に働きたくないでござる! てゆーかそれはもはや働くという次元を超えているでござる! 徴用でござる!」

「クエストを手伝ってくれるならここの支払いは持ってあげるよ。働きたくないならどうすべきか、カールさんには分かるよね?」

「…………」


 気付けばカールは、完璧にカタに嵌められていた。


「…………。1つ尋ねるでござるが小春氏、ヴァンパイアを倒す算段はついているのでござるか?」

「まさか。でも古城の調査って、とっても動画映えしそうじゃない?」


 小春は既に魔物の討伐ではなく、廃墟の探索に路線変更していた。


「ヴァンパイアは?」

「大丈夫でしょ。ヴァンパイアには誰も出会ってないって話だし、ひょっとしたら本当はいないのかもしれないよ」


 小春は楽観的だった。確かにこれまで一度も人目に触れていない、出所不明な噂の上でのヴァンパイアなど、いないものとして扱うのは当然の思考ではあるが――


(あっ、これはアカン)


 そんな小春の態度に、カールはいろいろと察するのであった。

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