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第四話 その8

 突如として客間に現れた、トゥレスの領主。まとまりかけていた話は、彼の出現によって全て御破算となった。


「りっ、領主……っ!」


 町長はDOGEZAの姿勢のまま顔を上げ、どうにか声を絞り出して領主に尋ねた。


「話は全て聞かせてもらったというのは、いったいどの辺りから……」

「ガラス玉を展示するのかと、白衣の女史に言われた辺りからだな」

「――――」


 実は肝心なところは聞いていないという可能性に懸けたものの、割と最初の方からガッツリ聞かれていた事に、町長は顔面を蒼白にして再び固まった。


「私を指して白衣の美少女とは、なかなかの慧眼を持った人物のようね」

「いやそこまで言ってないが……ん? そこの娘はひょっとして、エルストの……」


 白衣の女史の横に座る金髪のポニテを見て、領主は目を丸くした。


「はい。エルスト領主の娘、エリザ・フィル・ドミナリアです。こうしてご挨拶するのは初めてですね」


 令嬢らしい所作で、領主に挨拶をするエリザ。腐っても領主の娘なので、こういうところはそれなりだった。


「やはりそうか……! いや、一目見た時から嬢ちゃんには感じ入るものがあってな」

「それは…………異性としてという事でしょうか? あいにくと私、祖父であってもおかしくない年代の男性はノーサンクスなのですが」

「ハッハッハ、スッパ抜かれたら失脚しかねない勘違いはやめたまえ。嬢ちゃんを一目見たというのは、去年の秋季合宿の時だよ」

「……あー」


 領主の言葉に、エリザは微妙な表情を返した。


「今年の合宿にももちろん参加するのだろう?」

「……検討中ですわ」


 絶対に参加するつもりの無い顔で、エリザは返事をした。


「エリザ氏、合宿とは何の事でござるか?」

「秋にあるのよ、ボルゾーイ流空手の合宿が。二週間みっちりと。朝から晩まで。思い出しただけで食欲が無くなるわ……」


 当時の事を思い出し、エリザは軽い吐き気を催した。体力お化けのエリザをしてそうなるほどの、それはそれは厳しい合宿だった。


「ところでさっきから気になっていたんだが……」


 領主はカールをちらりと見て、


「随分と親しげだが、その男は嬢ちゃんの良い人かい?」


 主人公とヒロインという図式の物語でお約束の――しかしこの物語に限って言えば、目が腐ってでもいない限りはし得ない勘違いを口にした。


「ボルゾーイ流にはこうなる副作用でもあるのかしら……」


 ちなみに領主に就いている者及びその関係者は、全員が何らかのボルゾーイ流に師事している。そしてもちろん、ボルゾーイに美的感覚がおかしくなる副作用は現状確認されていない。


 ともあれエリザは、それが大いなる勘違いである事をしっかりと説明した。


「そうなのか…………こうして並んだ感じはとてもお似合いなのにのぅ」

「訴えるわよ? マジで」


 エリザが訴訟をちらつかせたところで、この話は一旦打ち切りとなった。


「あるいはエリザ氏の美的感覚が間違っている可能性もあるのではないでござろうか?」

「だとしたら私はこの先ずっと目を閉じて生きていくわ」

「フム……実に作品コンセプトに忠実でござるな」


 カールには気の毒な話だが、キモオタニートと銘打っている以上ヒロインのリアクションはこうでなくてはならないのだった。


「さて、積もる話はまた今度にして、やるべきをやっておくか」


 領主は町長に近付き、そして彼の前で片膝をついた。


「……はっ!? なっ、何卒お慈悲を……!」


 意識を取り戻し、懇願するようにDOGEZAをする町長。


 領主はその肩に手を置いて、静かに言った。


「形あるもの、いずれ朽ちるは必定。この件の一切を不問にしよう」

「……!? そっ、それは……無罪放免という事でございますかっ!?」


 うむ、と領主が頷く。


 それが意味するものは、町長が懸念していた一切合財が全て許されたという事。


「ゆっ、許された……!」


 そのあまりの安堵感に、町長はそのまま安らかに気を失った。


「あのメンタルでよく今まで町長やってこれたわね……」


 エリザが呆れ気味に呟いた。


「秘宝を壊したのにお咎め無しなんて、随分と慈悲深いのね」

「なに、そもそもあれはこの町に寄贈したもの。それがどうなろうと儂がとやかく言う事ではないよ」

「ふぅん、そう……」

「うむ。とにかく、これでこの件は終いだ。秘宝を失くした事にどう対応するかは町長次第だ」


 秘宝を失った事を正直に町民に話すのか、それともガラス玉で誤魔化すのか。町長は祭りが始まるまでにその答えを出さなくてはならないのだが……それはまた別の話である。


「では儂はこれで失礼するよ。まったく、祭りの視察にやってきたと思ったらとんでもない場面に遭遇したものだ」


 そう言い残して、領主は客間を出て行った。


「私たちももう用は無いわよね。出ましょうか」

「ウム。渡す物は渡したし、ミューズ氏の好奇心も満たされたでござろう。……満たされたでござるよね? もうこれ以上抜けるものは町長の頭部には存在しないでござるぞ」

「……ええ、もう充分よ。町長さんからはね」

「何やら含みのある言い方でござるが、町長がこれ以上気の毒な事にはならなさそうで安心したでござる」


 うつ伏せに突っ伏した格好で気を失うその姿は、誰の目から見ても同情を禁じ得ないものだった。


「然らばまずは食事にするでござる。ここに来てから水しか口にしていない故、そろそろ骨と皮だけに成り果てそうでござる」


 そう言いながら、カールは恰幅のいい腹をさすった。


「むしろそうなった方がちょうどいいんじゃない……?」


 ここ最近のカールの運動量と食事量は、元の世界の生活と比べると実に健康的なはずなのだが、その風貌は一向にタイトル通りのままだった。




 屋敷を出ると、遠くの空が茜色に染まり始めていた。


「どこで食事にするでござるか? 拙者の希望は食えればどこでもいいでござる」

「馬車の予約が先よ。……あぁ、でもこの時間からエルストに行く馬車なんてあるかしら」


 時刻は夕刻。エルストまでは高速馬車でも丸一日掛かるので、今から走る馬車となると必然的に深夜に運行するものという事になる。


「夜行馬車的なものは無いのでござるか? 狭いけど格安で寝てる間に到着する感じの」

「あるけど、それじゃあクエストを手伝った意味が無いじゃない」

「意味とは? 確かクエストを手伝ったのは、後の開拓のための資金集めだったと記憶しているでござるが」

「もちろんその通りよ。ただ、現状は乗り心地の良い馬車に乗る事が優先されているだけなのよ」


 しかしその条件で深夜に走るものとなると、この町で見つけるのは難しい。地方都市ながらエルスト領の首都であるエルストの町とは違い、ここはトゥレスでも郊外に位置する町だ。交通業に関しては、実用性以上のものは望むべくもないのだ。


「優先順位の設定がよく理解出来ないのでござるが、それはそれとして乗り心地の良い馬車とはどういったものでござるか?」

「私が乗った事があるのは広くて揺れなくてくつろげて、まさに客室が走ってるって感じだったわね」


 この世界の高級馬車とは、風呂、トイレ、キッチン付きの車両を、極めて人道的な特殊強化を施された馬が引くというもので、速度、乗り心地共に通常の馬車とは比べ物にならないのだ。


「それは興味深いでござるな。レンタル料もかなりのものと推測するでござるが」

「まぁ、そうね。それこそ領主クラスじゃないと乗れないんじゃないかしら」


もちろんその分値段も通常の馬車とは比べ物にならず、例えこの町で借りられるとしても、今の三人の懐具合ではとても手が出せないような代物だった。


「それって、ああいう馬車の事かしら?」

「ん……?」


 ミューズが指した先――屋敷から少し離れた場所に、大型の馬車が停車していた。


「そうそう、あんな感じの。まさにあんな感じね。あんな感じって言うか、そのものだけど。……え、なんでそのものが停まってるの?」


 まさに今しがた話した高級馬車と同一のものが停まっている事に、エリザは目を丸くした。


「領主クラスじゃないと乗れないというのなら、あれに乗ってきたのは必然的に領主という事じゃない?」

「……あー、トゥレスの領主か。まぁ、そうよね。領主が地方に普通の馬車では来ないわよね」


 エリザが過去に乗った時も、まさにこういった場合での事だった。


「時にエリザ氏、領主のよしみで借りられたりはしないのでござるか?」

「さすがに無理でしょうね。トゥレスの領主はお父様とそこまで懇意にしているわけでもないし、その娘の頼みなんて無理をしてまで聞く筋合いは無いわ」

「フム……それは残念でござるな」


 カールはどんな環境でも寝られる性質ではあるが、それでもやはり食っちゃ寝しながらの移動は彼の理想だった。元来カールは、エアコンとカロリー完備の超快適空間の出身なのである。


「じゃあ私が借りてきましょうか?」


 そんな中、軽い調子でミューズが申し出た。


「え…………あんたが?」

「ひょっとしてミューズ氏、何らかのコネクションをお持ちなのでござるか?」

「そんなものお持ちでないけど、丸腰ではないという事よ」


 ミューズは二人を置いて、意気揚々と領主の馬車へ向かった。




「失礼、領主さん」


 馬の調子を確かめていた領主に、ミューズが声をかける。


「む……あぁ、君はさっきの」

「ええ、さっきの天才美少女魔術師よ。少々お時間よろしいかしら?」

「別に構わんが……何かね?」


 領主は馬から離れ、ミューズに向き直る。


「その馬車を貸していただけないかしら?」


 単刀直入にミューズは言った。


「これをか? ハハ、無理を言っちゃいけないよお嬢ちゃん。これは人に貸せるものではないよ」

「まぁ、そうでしょうね。それはそれとしてあなたがここに下賜した秘宝だけど、あれ偽物よね?」

「――――」


 領主の顔色が僅かに変わった。


「……いったい何の話かさっぱりなのだが」


 しかしさすがは領主といったところか、町長のように露骨に動揺するような事は無かった。まぁあんな風になるのは異世界広しと言えどここの町長くらいなものだが。


「あなたが与えた秘宝はドラゴンズスウェットで合っているわよね?」

「そうだが…………それが?」

「町長はそれを落として割ったって言ってたけど、ドラゴンズスウェットが割れる事は無いのよ。だってあれ元々液体だもの。あれを落として壊したのなら、割れるんじゃなくて液体になって霧散するだけなのよ」


 実物を知るミューズは、当然それの特性も熟知していた。その内の1つが『ドラゴンズスウェットは割れない』であり、落として割ったという町長の発言から、彼女はそれが真っ赤な偽物であると見抜いていた。


「…………。馬車を貸してほしいという話だったな」


 相手が本物を知っている以上、どれだけ言葉を尽くそうとも騙し通す事は不可能だろうと、領主は早々に観念した。そうしようとした者の顛末を、領主は襖越しに知っていたからだ。


「話が早くて助かるわ」


 ミューズは馬車を借りる事に成功した。


 が、ここで当然と言うか、ミューズの好奇心が首をもたげた。


「でもどうして偽物の秘宝をこの町に渡そうと思ったの? わざわざ偽物を用意してまで」


 ミューズがそう尋ねると、領主は神妙な表情で訊き返した。


「…………聞きたいか?」

「まぁ……そうとまで言われたら聞かないわけにはいかないわね」

「……そうか。なら教えてやろう。偽の秘宝を下賜した理由、それはな――」


 領主は表情を引き締めると、真剣な目をして言った。


「領内の町に貴重なものを与えるというのは、カリスマ溢れる領主らしいと思ったからだ」

「…………」


 夕空の下、二つの影法師が伸びる。空はすっかり茜色に染まり、陽の光は町を赤く照らしている。遠くからはウミネコの、どこか物寂しい鳴き声が聞こえた。


「…………そう」


 ミューズはそうとしか言えなかった。




 カールとエリザが馬車から降りると、極めて人道的な特殊強化を施された馬は次の目的地へ向けて駆け出した。


 時刻は正午。高級馬車は通常の馬車よりも速く、想定よりも早く目的地に到着した。


「さすがは高級馬車ね。旅の疲れというものがほとんど無いわ」

「まったくでござ……あれっ? 高級馬車での優雅な一時が全カットされてないでござるか? なんかたった二行の行間で全て済まされたような気がするでござる」

「いきなりなにワケの分かんない事言ってるのよ。ちゃんと過ごしたじゃない。しかもあんた、私にあんな事を……あぁ、この話はやめましょう。私がすべき事は、その件を一刻も早く忘れる事だわ」


 エリザは何かを思い出し、そしてそれを払拭するかのように頭を振った。


「その口振りだと何かラッキースケベ的なトラブルが生じたのであろうと推察するでござるが、全カットされてるから何が起きたかサッパリでござる」

「なんて事、あれだけの事をしておいて知らぬ存ぜぬなんて……」


 エリザはカールに軽蔑混じりの非難の目を向けた。


「ラッキースケベの過程が消し飛ばされて、軽蔑されて非難されるという結果だけが残っているでござる。理不尽過ぎて逆に草が生えるでござるなwwwドゥフフwww」


 カールは半ばヤケクソ気味に草を生やした。


「ヌッ……それにしても全身が痛むでござる」


 草を生やした反動で、体のあちこちが痛みを訴え出した。おそらく無人島サバイバルからの遺跡探索による筋肉痛だろう。


「まぁ、制裁は済んでいるから今更とやかくは言わないけど」

「どうやらこの全身の痛みは筋肉痛じゃなくて物理ダメージのようでござるな」


 ただの負傷だった。原因となった出来事は記憶からもカットされていたが、ボコられたという結果だけはしっかりと体に残っていた。


 二人は玄関のドアを開け、自宅である廃屋に足を踏み入れた。


「フム……一日空けただけなのに随分と汚れて見えるでござるな」


 廃屋の屋内は一日前と比べても極僅かに埃が積もった程度であるはずなのに、何故だかやけにボロボロに見えた。


「一度あんな高級馬車で過ごせばそうもなるわね……」


 一応掃除はしているものの、割れた板張りや腐りかけた床、ヒビの入った窓や錆びた金具といった、手入れが必要な個所は依然そのままだ。なんとか住めるようにはなったものの、高級馬車の個室とは、言うまでも無く比較にすらならないというのが現状だった。


 そんな生活環境の中で、ひとたび高級馬車の快適さを味わってしまえば、廃屋がいつにも増してボロっちく見えるのは半ば必然だった。


(またここで寝泊まりするのかぁ……)


 ちなみにエリザの普段の寝床は、ここに放置されていた比較的綺麗なマットだ。寝心地は床よりはマシな程度で、しかもほんのりとカビ臭く、いつその匂いが自分に移るんじゃないかとエリザは夜を明かすたびに密かにヒヤヒヤしていた。


「そうそう、忘れていたよ二人とも」


 背後から聞こえたその声に振り向くと、玄関の先に見知った女が立っていた。


「ム……これはミューズ氏ではござらぬか」


 二人より先に馬車から降りたミューズが、二人の住む廃屋にやってきていた。


「まさか本当にこんな所に住んでいるなんてね。実験に協力してくれるなら部屋を貸してあげてもいいわよ?」

「それは慎んで断固辞退するとして、何か用?」

「これを渡しそびれていた事を思い出したのよ」


 ミューズは中身の詰まった布袋を、カールに手渡した。


「あっちでのクエストの報酬の分け前よ。半分という約束だったわね」

「そういえば高級馬車に浮かれて受け取るのを忘れていたでござるな。しかしながらこれは……」


 報酬の半額という事だったが、その袋は一人前の如くずっしりと重かった。


「まるで口止め料が含まれていそうな重さでござるな」

「実際そうなのかもしれないわよ? あの町長の事だからね」


 あるいは領主からの口止め料なのか、ともあれ報酬に色が付いていたのは確かだった。ちなみに領主が偽の秘宝を渡していた件は、ミューズは自分の胸にしまっておいた。


「それじゃ、確かに渡したわよ。あ、そうそう。また闇クエスト出しておいたから、気が向いたら受けてちょうだい」


 ひらひらと手を振って、ミューズは去って行った。


「当然闇クエストは二度と受けないとして、思いも寄らぬ臨時収入が手に入ったでござる。とりま今夜は焼肉でござるなwwwフヒヒw……ム?」


 草を生やすカールの手から、エリザはGの詰まった袋をひょいっと取り上げた。


「焼肉は…………おあずけよ!」


 そして冷徹に、そう言い放った。


「…………。つまりエリザ氏はこう言いたいのでござるな? そのような無駄遣いはせず、臨時収入は開拓資金に回すべきだと。しかしながらこれは元を辿れば浮いた馬車代、あぶく銭の如く浪費してしまっても構わんでござろう?」

「いいえ、そんな使い方は許さないわ。このお金は――ベッドを買うために使うのよ!」


 エリザは冷徹に、そう言い放った。


「…………危うく口調で押し切られるところでござったが、なにゆえベッドを?」

「いやだって高級馬車のベッド寝心地最高だったじゃない」

「じゃない、って言われても拙者床で寝かされていたでござるが……」

「ベッド1つしか無かったし、それは当然の措置よ」


 ちなみにソファで寝るという選択肢は、カールの横幅により選択不可だった。


「……ム? ベッドが1つしか無かったという事は、エリザ氏とミューズ氏は1つのベッドで?」

「まぁそこそこ大きかったし、窮屈ではなかったわ」

「フム……だとすると、馬車の様子の全カットはあり得ないくらいの無能采配でござるな」


 だが逆に、それは何らかの特典(特装版とかBDとか)になれるほどの映像だと考えれば、全カットは実に正しい采配なのかもしれなかった。なお床で寝ていたというカールの発言により、『拙者も仲間に入れてくだされよ~』みたいな唾棄すべきクソ無能展開になっていない事は確定なので百合好きの諸兄はご安心ください。


「というわけで、一休みしたら……って言うかもう回れ右して家具屋行くわよ」


 言うが早いか、エリザは転進して歩き出した。無人島に飛ばされて遺跡を歩き、夜通し走る馬車で帰ってきたばかりだというのに、エリザの体力は依然あり余っていた。


「拙者全身が痛いのでござるが……主に人為的な理由で」


 そんなカールのぼやきは、エリザの耳には届かなかった。

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