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第四話 その5

 ミューズはこれまでの経緯を、カールとエリザに話した。


「……と、いうわけよ」


 誤ってワープしてしまった事。着の身着のままだったので無一文である事。帰りの交通費を稼ぐためにクエストを受けた事。そのクエストをこなすために、この海底遺跡に足を踏み入れた事――


「事情は分かったでござるが…………どうして何の用意も無しにワープしたのでござるか? その様はあたかも何らかのアクシデントでワープしてしまったかのようでござるが」

「ちょうど何も持たずに一人旅を楽しみたい気分だったのよ」


 さして重要ではない事は端折って、ミューズは説明した。


(不測の事態だったのでござろうなぁ……)

(なんかアクシデントがあったんだろうなぁ……)


 その甲斐あってか、察される事はあれど間抜けな顛末は知られずに済んだ。


「それで、あなたたちは?」

「拙者たちは――」


 カールはこれまでの経緯をミューズに話した。もちろん、さして重要ではないサバイバルの失態は端折って。


「あなたたちはこの先の無人島に飛ばされていた、というわけね。お互い地に足が着く場所に飛ばされたのは、単なる偶然か、それともそういうシステム、あるいはルールになっているのか…………その辺りの検証も必要みたいね」

「それは拙者らとは全く関係の無いところで執り行ってもらうとして…………それより一つ質問があるのでござるが」


 互いの現状の確認もそこそこに、カールはミューズに尋ねた。


「ミューズ氏はこの壁をどうやって越えてきたのでござるか?」


 そう言って、カールは通路を塞ぐ氷の壁に触れた。そしてあまりの冷たさに即座に引っ込めた。


 この遺跡は、中央通路からの分かれ道は他のそれとは繋がっていないという構造なので、中央通路が塞がれた場合、その要因を取り除かない限り先に進む事は出来ない。今回の例で言うなら、氷の壁をどうにかしない限り、向こう側の出口には辿り着けないのだ。


「越えてはいないわ。だってこれ作ったの私だし」

「…………」


 あっけらかんと言うミューズに、カールが言葉を失う。


 この通路は、ちょっとした二階建て家屋くらいなら余裕で収まってしまいそうなほどの大きな通路だ。例えばここをカールの世界の技術で塞ごうとするなら、かなり大がかりな工事が必要となるだろう。ましてやそれを個人でやろうとするなら、物理で塞ぐ事は早々に諦め、『この先私有地につき立ち入り厳禁!』とか『経年劣化につき崩落の危険アリ!』とか『コノサキ ススムモノニ エイエンノ ノロイヲ!(赤いペンキ文字)』みたいな立て看板を設置して、ルールや心理で塞ぐ事しか出来ないだろう。


 つまるところ、個人でこれをやってのけたというミューズの言葉は、にわかには……と言うか、到底信じられるものではなかった。


「……どのようにして?」

「そんなの、魔法に決まってるじゃない」

「…………言われてみればそうに決まっているでござるな」


 ここは異世界である。常識外れの不可思議な出来事は、だいたいが魔法によるものと相場が決まっていた。


 そんな真っ先に思い当たりそうな事に、カールは気付けなかった。だがそれも仕方の無い事で、カールはこれまでステゴロやチート能力や近未来的装置しか見てきていなかったので、このようなファンタジー然とした魔法の成果を目の当たりにしたのは、実はこれが初めてだった。


「ミューズ氏は魔法が使えるのでござるか」

「最初に言わなかった? 稀代の天才魔術師って」

「服装は研究者だし転送装置も魔法と言うよりは発明の部類でござるし、そう自称しているだけなのかと思っていたでござる」

「本物よ。ほら、見なさい」


 そう言って、ミューズは自分のパーソナルカードをカールに見せた。


「……フム。確かに本物の魔術師みたいでござるな」


 ジョブ欄には、確かに『魔術師』と記載されていた。ちなみに『稀代』とか『天才』とかはもちろん書かれていなかった。


「えっ……うそ、これ本物?」


 カールの脇からカードを覗き込んでいたエリザが、驚きの声を上げた。


「いくら天才の私でもパーソナルカードの偽造は出来ないわ。もちろん、何故ならそれをしようと思わなかったからよ」

「エリザ氏はなにゆえこれを偽物だと思ったのでござるか?」

「いや、だって…………レベルが」

「レベル? フムフム……」


 カールはジョブ名の横の数字に目を移した。


「……70と書いてあるでござるな」

「70って、レベルの上限値なんだけど……」

「上限値…………という事は、レベル99という事でござるか?」

「いや70だけど」

「分かりやすく一般的に言ってレベル99という事でござる」

「どういう事なの……?」


 要するにだいたいのRPGのレベル上限値は99なので、イメージ的に70は99という事である。


「しかし最大レベルの持ち主とは驚きでござるな。こんな序盤に出会える高レベルキャラと言うと、テ〇かジェイ〇ンくらいなものでござるが」


 総じてジジイだった。


「よく分からないけどそれはあまり良い例えではなさそうね。別に何をしたわけでもない、魔術学校を卒業した時に申請したらこんな数字が出ただけの話よ」

「フム……つまりミューズ氏はジェイ〇ンではなくゼ〇というわけでござるか。序盤から高ステータスなのに、何故か成長率も高くついでにイケメンという」


 しかも一生治らないレベルの怪我を負わされてなおその実力で、更に女主人公とのカップリングも用意されているという、ジェイ〇ンの系譜とは思えないくらいの優遇っぷりである。本来の実力は世界最強クラスだけど怪我のせいでそれを十全に発揮出来ず、だけど一人旅で全マップ攻略出来るほどの実力があってなおかつ超美人の姫様と結婚出来て王族になれるってこれもうどこぞの小説投稿サイトでよく見られる主人公やな?


「よく分からないけどそれは良い例えみたいね。そう、私というキャラは初期値が高く、更に成長率と上限値も高いのよ。天才美少女魔術師に相応しいステ振りと設定ね」

「そこまで行くと逆に早々に退場しそうでござるが、ともあれそれほどの魔術師であるなら氷の壁など造作も無い事なのでござるか」


 カールが氷の壁に目を移す。一分の隙も無く通路を塞ぐ、先の景色が見通せるほど透き通った氷の壁は、魔法によるものであってもその道によほど習熟していなければ実現は不可能だろうと、魔法に疎いカールでさえも感じ取れるほどのものだった。


「しかしなにゆえこのような壁を?」

「脇道を調べてる時に犯人に逃げられたら困るからよ。この先は無人島だし、出口に繋がる道と調べ終えた道をこうやって塞いでいけば、いつかは追いつくでしょう?」

「まぁ、理論上はそうでござるが……」


 確かに対象を追い詰めるのに、これほど確実な方法は無いだろう。だがそれは誰もが思いつき、そして誰もが実行を諦める、莫大なリソースを必要とする力任せの追い込み漁だ。『ふむ……では通路を全部塞いでみてはどうだろうか?』みたいなノリで実行出来るような事では決してないのだ。


 そしてミューズはそれを実行出来るからこそ、秘宝の調査を必要としなかったのだ。犯人の逃げ込んだ場所がはっきりしているなら、調べた道を片っ端から通行止めにしてしまえばいい。そうすれば、いずれ必ず犯人に突き当たるのだ。


「それはともかく、ここを通してほしいのでござるが」


 それはそれとして、氷の壁がミューズの手によるものであるなら話は早い。壁の向こうに行きたいのなら、ミューズになんとかしてもらえばいいのだ。


「ええ、もちろんあなたたちが通る穴を開けるくらいは造作も無いわ。と言うよりあなたたちと出会えた以上、帰りの交通費を稼ぐ必要はもはや無い。よってこの壁は無用の長物、穴を開けるどころかもう消してしまってもいいくらいね」


 二人に出会えた時点で、エルストに帰るという目標は達成されていた。わざわざクエストをするまでもなく、二人に帰りの交通費を借りればいいのだ。


「……まぁ、多めに貰ってはいるけど」


 ワープする前にミューズから渡された帰りの交通費は、予定外であるトゥレスからでも、三人分の交通費には充分な金額だった。


「では共に帰還ステップでござるな」


 そんな、今回の話を締めるかのようなカールの言葉に、しかしミューズは首を横に振った。


「これは私にとって初めてのクエストだし、せっかくだからクリアしてから帰る事にするわ。それに犯人が秘宝を盗んだ動機や、こんなところに逃げ込んだ理由も知りたいし」


 氷の壁に、人が通れるくらいの穴が開いた。


「左様でござるか。然らばお先に」


 そう言って、カールはその穴を潜って向こう側に進んだ。


「それじゃあ、一足先にエルストで――」


 待ってるわ、とエリザもカールに続こうとしたところで――ふと、脳裏にある光景が浮かんだ。


(そういえば…………私たちって、高速馬車で帰るのよね)


 高速馬車とは、長距離移動用の馬車の総称である。車両は従来の馬車よりも大型で、それに伴い運べる人の数も多い。カールの世界で言うところの長距離バスみたいなもので、さすがにあれほど大型ではないが、おおまかな構造は似通っている。


 しかしこの高速馬車、はっきり言って乗り心地はあまり良くない。と言うか悪い。車両自体は大きいが客席の密度は従来のものよりも高く、乗客はほぼ座っている事しか出来ない。とにかく安価で移動する事を第一に考えられているので、快適さとは無縁と言っていい。それ故に余計にお金と時間が掛かっても、普通の馬車で移動する事を選択する者もいるほどだ。


(…………カールと二人で?)


 ここで問題となってくるのが、乗客同士の距離だ。二人掛けの椅子は余裕のある造りとは言えず、少し身じろぎしただけで隣の人と接触してしまうほどだ。しかもそれは標準的な体型の者同士の話で、例えば隣が太めの体型であったなら、身じろぎするまでもなく常に密着した状態になる事は間違いない。隣人ガチャの引き次第で、ただでさえ窮屈な高速馬車の旅がより辛いものとなるのだ。


 そしてカールは――残念ながら、ガチャで引いたらハズレと言わざるを得ないレアリティの体型だった。


「――――」


 エリザの脳裏に浮かんだ光景――それは、丸一日カールに圧迫されながら高速馬車に乗っている、酷く哀れな自分の姿だった。


「……ねぇ。そのクエストの報酬ってどれくらい?」


 エリザは立ち止まり、ミューズに尋ねた。


「ん? ……あんまりよく見てなかったけど、緊急クエストだしそれなりの額だったと思うわ」

「それ手伝ってあげるから、報酬半分ちょうだい」


 ――そんな、悪夢のような未来を避ける方法は一つ。もっとお金を掛けて、乗り心地の良い馬車を利用する事だった。


「んむ? 別に構わないけど――」

「ちょちょっ、エリザ氏、突然何を言い出すでござるか……!?」


 絶対に働きたくないカールが、壁の向こうで抗議の声を上げた。


「聞こえてなかったの? クエストを手伝うと言ったのよ」

「拙者が聞いているのは内容ではなく真意でござる! なにゆえこのような状況でそのような申し出を!?」

「それは…………別にいいじゃない」


 開拓のためにお金を貯めると言った手前、もっと良い馬車で帰りたいから……とは言えなかった。


「あっ、そうだ。開拓のためのお金を貯めるためよ」

「あっ、そうだ?」

「うるさいわね。とにかくクエストを手伝う事は決定事項なのよ」

「やはり定期的に口にせねばならぬようでござるな…………絶対に働きたくないでござる!」


 そう息巻くカールに、エリザは落ち着いたトーンで言った。


「いいけどあんた……一人で帰れるの?」

「ム……?」

「あんた馬車乗った事無いでしょ。一人で乗れるの?」

「…………」


 カールはこの世界の地理を完璧に把握しているが、交通機関をちゃんと利用出来るかどうかは別の話だった。馬車に乗るための手続きや乗車時の作法といった、この世界での乗り物の乗り方というものを、カールは未だに知識としてすら知らなかった。


「人の弱みにつけ込むとは……汚いでござるさすがエリザ氏きたない」

「観念なさい。もう勝負ついてるから」


 一人で帰れない以上、カールに勝ち目は無かった。


 カールは肩を落としながら、すごすごと壁のこちら側に戻ってきた。


「話はまとまった?」

「ええ、丸く収まったわ。じゃあさっそく……けほっ」


 言葉の途中で、エリザが咳き込む。


「んんっ、なんか喉の調子が……けほっ」

「フム……それはそれとして一度地上に戻る事を提案するでござる。このコンディションでクエストをこなすのは困難であると言わざるを得ないでござる」


 エリザの様子と自身の体調を考慮して、カールはそう提案した。


「それは…………そうかもしれないわね」

「あら、二人とも体調が優れないの? ……ワープの際に臓器の一部を取り落したという事も考えられるわね」

「もう二度とワープの実験には付き合わないとして、単にこっちに来てから今まで飲まず食わずだったから、喉がカラカラなのよ」


 無人島での強い日差しの中、二人はただの一口も水を口にしていなかった。いくら遺跡内が涼しいとはいえ、このままでは喉の渇きを通り越して脱水症状に陥ってしまう可能性があった。


「せめて水だけでも飲まないと、確かにクエストどころじゃないわね……」

「水でいいならあるわよ」


 そう言ってミューズは、ポケットからある物――唯一の所持品を取り出した。


「……それは?」

「水よ」


 ミューズが手にしているそれは、見た目には野球のボールほどの大きさの、透き通った正多面体の鉱石だった。景色に溶け込むほど透明な、淡く青みがかったそれは、美しい宝石には見えても水にはとても見えなかった。


「……水?」

「水よ」


 しかしミューズは水だと言い張った。


「それじゃあ手を…………んにゃ、せっかくだしサービスしてあげるわ」


 ミューズは氷の壁に右手を触れ、そのままそれを壁の中に潜り込ませた。


 そしてその手を引き抜くと、何も持っていなかったはずのその手の指に、二つのカップを引っ掛けていた。


「はい、どうぞ」


 ミューズが二人にカップを差し出す。まるで戸棚からカップを取り出したかのような何気なさに、二人は狐につままれたような表情でそれを受け取り、そしてカップの冷たさで我に返った。


 それは、氷の壁の一部を材料として、たった今ミューズが作成した氷のカップだった。


「氷で出来てるから冷たいわよ。……それじゃ、改めて」


 ミューズは手に持った鉱石をカップの上に運び、そこから水を流してカップに注いだ。


「…………水?」

「水よ」

「…………」


 エリザの眉間に皺が寄る。


 氷のカップに注がれた、無色透明の液体。一見すると普通の水だが、その出所は初見は宝石のようだったけど水が出た時点でもはや妙としか思えなくなった鉱石だ。それは、飲むのを躊躇うには充分過ぎる要素だった。


「…………。これは飲んでも大丈夫な――」

「おかわりを所望するでござる」

「えぇ……」


 無論、カールにはそんな理屈など関係無かった。腹が減ったら食う、喉が渇いたら飲む。そんな元の世界での生き様が、カールに躊躇う事無くこの水を飲ませていた。


「どうぞ。1万トンあるから遠慮しなくていいわよ」

「水なのに思わず顎が尖りそうなほど犯罪的な美味さでござるな。ちなみにこれがコーラであったなら歓喜に打ち震えるのでござるが、それは叶わぬでござるか?」

「これは冷房代わりにも使ってるから、コーラだと服の中がベタベタになっちゃうわね。いつかベタベタしない甘味料が開発されたら考えるわ。……あ、でもこれが黒くなるのはあまり好ましくないわね。黒かったらダイヤモンドではなく石炭みたいになってしまう」


 ミューズが鉱石を手のひらで転がす。ミューズ曰くの通りなら、それは鉱石ではなく水……固体なので氷という事になるが。


「ところで結局それは何なのでござるか? 新手の謎鉱石か何か?」


 この異世界には電気を発生させる電鉱石があるのだから、水を生み出す水鉱石があっても不思議ではなかった。


「水よ。正確には1万トンの水をいろいろ物理法則を誤魔化して圧縮して固めたもの。ちなみに魔術学校の卒業試験の提出物でもあるわ。あまりにも教師たちの理解の範疇外だったせいで、まず嘘発見魔法にかけられたけどね」


 ふふん、と得意気に笑みを零すミューズ。実際かなりとんでもない代物だった。


「フム……その足でレベル申請したのなら最高レベルなのも頷けるでござるな。あ、おかわり」


 カールのカップに水が注がれる。ちなみに水の入手先は主に川や池、雨水だが、魔法でなんやかんやして浄水と遜色無いほどの水質に変化していた。


「ングング……ブフィ~、もう一杯! ……ム? エリザ氏は飲まないのでござるか?」

「…………。飲むけど……」


 あそこまで美味しそうに水を飲むカールを見ていると、むしろいつまでも飲まない自分がアホみたいに思えてきた。


 それに出所はともかく、今の自分の体に水が必要なのは間違いない。このままでは冗談抜きに倒れてしまい兼ねないので、エリザは意を決してカップを傾けた。


「――――」


 極限まで喉が渇いていた事を差し引いても、その水はとても美味しかった。

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