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第四話 その4

 外とはうって変わって、遺跡内はひんやりと涼しかった。


「どのくらいで出られそう?」


 エリザが尋ねる。


「フム……この海底遺跡、以前の小遺跡ロロンドの隠しエリアの三倍近くはあるでござるが……」


 カールは頭の中にオリジン・マップを立ち上げ、この海底遺跡の全容を表示した。


「しかしながら、帰るだけならそう長い道のりではないでござる」


 長い階段を下りた先の海底遺跡は、本土と無人島を繋ぐ一直線の中央通路から、道が枝分かれしているという構造になっている。枝分かれした道から先は他のそれぞれとは繋がっておらず、全てを探索するなら中央通路と分かれ道をその数だけ往復しなければならないが、入って出るだけなら真っ直ぐ歩けばいいだけの簡単なダンジョンだった。


 分かれ道を無視し、二人は真っ直ぐに進む。この遺跡は海底の更に下、当然陽の光など届かない場所にあるが、天井の照明のおかげで薄暗くはあるが歩くのに支障は無かった。


「ダンジョンというものは本来ならこのように明かりが無いと真っ暗なはずなのに、なにゆえ一般RPGの洞窟は岩肌しかないのに地面の色が分かるくらい明るいのでござろうな」

「知らないけど…………天井が無いんじゃない?」

「フム……天井が無い密室とは斬新でござるな」


 二人が歩く遺跡の中央通路は、カールの世界の片側二車線の道路くらい幅広く、天井は二階建ての家屋ほどの高さがある。他の道と比べると規格外に大きなこの通路は、トゥレスの本島と無人島を行き来するためのものとしては過分に広大だった。


「……ム?」


 二人分の足音が響く遺跡内。そこに、新たな足音が加わった。


「キシャー!」


 洞窟バニット(夏)が現れた!


「ム……このバニット、なにやらいつもと出で立ちが異なっているでござるな」


 通常のバニット系モンスターは全身が体毛で覆われているのだが、このバニットは肘から先と膝から先に体毛が無かった。体毛を衣服と見立てるなら、このバニットはまるで半袖半ズボンを着用しているかのようだった。


「涼しそう…………と言うよりは寒々しく見えるわね」

「夏仕様のつもりなのでござろうが、剃毛と言うよりはストレスか何かで脱毛したようにしか見えないでござるな」


 なまじ他の体毛が十全の状態で残っているばかりに、無理矢理に剃られたかのような哀れさがその姿にはあった。


「キシャー!」


 そんな二人のダメ出しに、洞窟バニット(夏)は爪を振り上げて威嚇した。一応言っておくが洞窟バニットに言葉はもちろん通じないので、あくまで偶然にこんな風になっただけである。


「まぁ、それはそれとして……よろしく頼むでござる」


 そう言って、戦闘力皆無のカールは数歩後ろに下がった。それはエリザに前衛を任せて支援に回ったというよりは、完全に戦闘を丸投げした格好だった。


「はいはい――ふっ!」


 そんなカールの行動をエリザは全く気にせず(前に出られるとむしろ邪魔なだけなので)、洞窟バニット(夏)に正拳突きを放った。それはこれまでたくさんのバニット系モンスターを戦闘不能にしてきた、基本の壱にして必殺の正拳突きだ。


 しかし――


「シャッ!」


 洞窟バニット(夏)は、素早く身を躱した!


「か、躱した……!?」


 エリザが驚愕する、


「フム……おそらく体毛が減った事により身が軽くなり、素早さ及び回避率が上昇したのだと推察するでござる」

「あいつの体毛は石か金属で出来てるの?」


 もちろん洞窟バニットの体毛はファーとしか言いようの無いものだが、今のこの姿は夏の特別仕様。夏の陽気に当てられた今年の洞窟バニット(夏)は、普段とは一味違うのだ。


「シャー!」


 鋭い爪を振り上げて、洞窟バニット(夏)が跳躍する。


 洞窟バニット(夏)の、ひっかく攻撃!


「ていっ」

「ギジャッ!?」


 しかしその爪が届く事はなく――エリザがカウンターで放った上段蹴りを顔面で受けて、洞窟バニット(夏)は壁に叩きつけられて昏倒した。


「夏の補正程度で攻略出来るほど、ボルゾーイ流は安くないのよ」


 所詮は洞窟バニット。一味違った程度では、到底エリザに届きはしなかった。


「相変わらずのバニットキラーっぷり、見事と言う他無いでござるな」

「人を雑魚専みたいに言うのはやめなさい」


 洞窟バニット(夏)を倒した! パーティーは0の経験値を得て、0Gを手に入れた! システム上、この世界で魔物を倒す事には特にメリットは無かった。


 ともあれ魔物を打ち倒し、二人は再び歩みを進めた。


「しかし、ここは本当に夏とは思えないくらい涼しいでござるな。むしろ肌寒ささえ覚えるでござる」


 現地点は、全体の三分の二ほど進んだ辺り。ひんやりと涼しげだった空気は、いつの間にか時折身震いをするくらいに肌寒くなっていた。


「海の底の更に底だし、こんなものなんじゃないの?」


 そう言いながら、エリザは自分の二の腕をさすった。


「そうでござろうか……敢えてしない限りここまで冷える事は無いのではなかろうか。まぁ拙者海の底の温度など知る由も無いのでござるが」


 しかしどうにもこの寒さは、自然のものではないような気がした。


「まぁいいじゃない。例えこの寒さに何らかの力が働いていたとしても、今回は遺跡を探索する必要は無いのだし。ここは特定の敵を倒さないと出られない遺跡ってわけじゃないんでしょう?」

「地図にはそのような特記事項は無いでござるな」

「なら不自然に寒くても問題無いのよ。真っ直ぐ進んで階段を上がれば、もう二度とここには来ないんだし」

「……それもそうでござるな」


 例え遺跡の最奥に潜む何某かが冷気を放出しているのだとしても、それは遺跡を出る事とは何ら関係が無い。既に開拓済みのこの遺跡で、二人がすべき事は何一つ無いのである。


「拙者ほんの少しだけ、この夏は水着イベントではなくホラーイベントなのかと思い、この寒さもその演出の一環かと思ったのでござるが、例えそうであっても付き合う必要は皆無なのでござる」


 二人が進む道では角待ちゾンビに気を揉む事は無いし、動物柄のプレートを集める必要も無い。ただ真っ直ぐ進めばいいだけのダンジョンに、ホラー要素が組み込まれる事など無いのである。


「そもそも寒くしたところで何だって話でござる。焦燥感を煽りたいのであれば、岩を転がすか水を流すかでもする事でござるなwwwまぁもうじき出口でござるがwwwドゥフフwwbgrvhh」


 そうカールが草を生やしながら歩いていると、不意にカールの顔面と腹が垂直に潰れ、生やしていた草がとんでもない事になった。


 その直後にカールは、弾かれるようにして仰向けにすっ転んだ。


「……なにやってんの?」

「フゴッ……! な、何かにぶつかったでござるぞ!」

「何かって…………ん?」


 エリザは足を止め、進行方向をじっと見つめた。


 すると、景色に違和感を覚えた。薄暗くはあるがはっきりと見えていたはずの道の先が、薄ぼんやりとしていた。


「いったい何が――」


 手を前方に翳しながらゆっくり歩くと、不意に何かが指先に触れた。


「えっ、これは――冷たっ!? え、なにこれ…………壁……氷?」


 反射的に引っ込めた手を、再びそれに伸ばす。触り続けていられないほど冷たいそれは、通路全体を塞ぐ氷の壁だった。


 氷の壁が、二人の道行きを阻んでいた。


「ちょっと、なによこれ……ここ行き止まりなの? いや、行き止まりだとしても氷の壁はおかしいけど……」

「地図には行き止まりとも通行止めとも、ましてや氷の壁とも書いてないでござるが……」


 壁にぶつけた鼻をさすりながら、カールが起き上がる。


「じゃあなんなのよこの氷の壁は……」

「あいにくと皆目見当も…………はっ!」


 何かに気付いたように、カールがはっと目を見開く。


「え、なに、何か分かったの?」

「これはもしや…………リミット・オブ・エリアやも知れぬでござる」

「リミッ……え、何それは」

「プレイヤーにゲーム側が設定した課題を行わせるための、システム的な行き止まりでござる。条件を達成するまでは出口に進めないよう、わざとらしく家具が積み上がっていたり岩で塞がれていたり妙なもやもやで通れなかったりするアレでござる」


 卵運搬クエストで近道させないように道が岩で塞がっているアレである(憤怒)。


「アレって言われても知らないけど…………つまりどういう事?」

「この壁を作った者……いや、この海底遺跡が課した『何か』をこなさなければ、ここから出られないという事でござる……!」

「じゃあその、何かってのは……」

「それは分からないでござる。分からないでござるが…………夏で水着が無いとなれば、後はもう拙者が先ほど危惧していた、キモたくスリラーナイトしか可能性が――」


 ――その時、すぐ脇の分かれ道から足音が聞こえた。


「ファッ!?」


 それは動物系の魔物とは違う、悠然とした二足歩行の――人間のものに非常に近しい歩調だった。


「…………。エリザ氏、あまりうろうろしないでほしいでござるよ」

「なに言ってるのよ、私は一歩も動いていないわよ?」

「…………。ここは地元住民がよく利用する通路のようでござるな」

「氷の壁のおかげで向こうからこっち側には来れないけど」

「――――」


 僅か二手で、足音の平穏的解釈の芽は潰えた。


 往々にして、恐怖の象徴のたる存在の素体は人型である。巨大なヘビや巨大なサメ、空を飛ぶサメや頭が二つあるサメや霊体のサメやタコ足の付いたサメ等は恐怖と言うよりは脅威であり、転じてそれはホラーではなくパニックに分類される。多くの人にとって身近な人型である事こそ、ホラーをホラーとして成立させるファクターなのである。


「……エリザ氏。不死身の殺人鬼と拳を交えた経験はあるでござるか?」

「あったら私生きてないでしょ……」

「さもありなん……」


 通路の奥から足音が近付いてくる。そこだけ照明の調子が悪いのか、何故かその通路だけ真っ暗闇で一切の見通しが利かなかった。


「……とりあえず逃げる?」

「いや……リミット・オブ・エリアが発動しているという事は、退路は既に断たれている可能性が非常に高いでござる。こうなってしまった以上もはや会敵は避けられず、今ここで対峙するかしばらく後に通路の角で出待ちされるかのどちらかしかないのでござる」

「あぁ、そう…………だったら、不意打ちされるよりは」


 エリザは軽く深呼吸し、息を整えて構えを取った。


「遥か後方から応援しているでござるよ、エリザ氏……!」


 カールは飛び道具でも使われない限り絶対に敵からの攻撃が届かない位置に下がり、エリザにエール(バフ効果無し)を送った。


 果たして、通路から姿を現したのは――


「……あら? あなたたち……」


 幽霊のように白い肌に、純白の衣装。遺跡内の冷え切った空気と氷の壁も相まって、それは雪女のように見えた。


 だがそれも一瞬の事。よく見れば単に普段陽に当たっていないだけの不健康な肌に、季節にそぐわないロングの白衣。寒さと壁はひとまず置いといて、通路から姿を現したのは――


「え……なんであんた、こんな所にいるのよ……」

「ふっ……それはあなたたちと全く同じ理由だと言っておくわ」


 クエストの依頼主、ミューズ・クルードだった。

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