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第一話 その1

 ――こんなはずではなかった。


 ちょっとした出来心だったのだ。


 窮屈な生活から、ほんの少しの間だけ抜け出すための手段。それはちょっとしたジョークであり、軽いユーモアだった。やれやれとため息交じりに呆れ顔で、それはくしゃくしゃに丸めて捨てられるはずだった。


 だが、そうはならなかった。それがもたらした結果は、大きな騒動となって街を騒がせていた。


「あぁ……こんなはずじゃなかったのに」


 頭を抱え、後悔に苛まれる。あんなもの信じる方もどうかしているという怒りが三割ほど混じってはいるものの、彼女は後悔に苛まれていた。


「どうしよう……怒られるよね、絶対大目玉だよね……」


 事が終息したあかつきの、自身の処遇に身を震わせる。彼女の父親は普段は温厚だが、怒るととても怖かった。


「嫌だなぁ……一ヶ月外出禁止とかになったら」


 しかし彼女は知らなかった。


 彼女に待ち受ける未来は、想像よりも遥かに酷いものだという事を。




 草原の真ん中で、男はむくりと体を起こした。


「……ム」


 見渡す限りの、一面の草原。視界を遮るものは何も無く、テレビや本でしか見た事の無いような自然が広がっていた。


「……フム、なるほど。そういう事でござるか」


 そして男は、自分の身に起こった事を超速で理解した。


 事の起こりは、雨の日の夕方。


 牛丼チェーン店で三色チーズ牛丼(特盛)をテイクアウトで購入し、自宅に帰る途中。


 雨で濡れた地面に足を滑らせて転倒。その際に縁石に頭を強打し、一瞬の痛みの後に意識がブラックアウト。


 そして目が覚めたら、全く知らない景色の中――つまり、この場所にいた。


 観光地にでもなりそうなほどの豊かな自然に、恐ろしいほど澄んだ空気。環境を痛めるほど文明が発達していないこの地は、まさしく――


「ここは異世界でござるな」


 男はそう結論付けた。


 異世界。それは、今まで過ごしていた世界とは全く異なる世界。これまで培ってきた常識や価値観はおろか、学歴も人脈も家柄も収入も何もかもが一切合財リセットされ、人生が再スタートする世界。


 それが、異世界という場所だった。


「……となれば、まずすべきはあれでござるな」


 男は、異世界に転生してもなお変わらない自分の体を立ち上げた。その動作の完遂は、異世界であっても相変わらず一苦労だった。


「まずは街へ行って、ギルドを探すのが常道でござる。だいたいの転生ものは、そこから始まるでござる故」


 その手の書物に明るい事が、男の理解力、及び対応力となって現れていた。その手の書物はだいたいそんな感じで始まるので、男はだいたいそんな感じで行動を開始する事にした。


「本日よりこの異世界は、拙者の最強チート&ハーレム生活の舞台となるのでござる…………デュフフフwww」


 その手の書物はだいたいそんな感じの展開になるので、男はだいたいそんな感じの未来に想いを馳せて、気持ちの悪い笑い声を上げた。




 街道を進むと、程なくして町に着いた。道中はさしたるイベントも無く、城壁に囲まれた町にはすんなりと入る事が出来た。


(フム……道中エンカウントがゼロという事は、どうやらギルドに着くまではエンカウント無しのチュートリアルのようでござるな。となると、ギルドへは適当に歩いても到着するハズ……)


 などという根拠にならない根拠を胸に、男は(途中で何度か休憩を挟みつつ)適当に歩みを進め、


「それでは、まずお名前を登録してください」


 町の中央にある、やたらと目立つ建物――ギルドに到着した。


(本当に適当に歩くだけで目的地に着けるとは、この異世界はよほど導線がしっかりしているのでござるな……)


 しかしこのギルドは、男の想像していたものとは少し違っていた。てっきり酒場の併設された、もっと騒がしい場所かと思っていたが、ここはかなり役所然としていた。受付の人は例に漏れず綺麗な女性ではあったが、事務的な印象が強く、きっと彼女は一生こちらの名前を覚える事は無いのだろうなと男は直感した。


(さて、名前でござるか……)


 容姿と記憶は多くの異世界転生ものよろしく、転生前のものを引き継いでいる。なので当然、自分の名前を忘れたなどという事は無い。


 男は少し考え込んだ後、


「カール・ケーニヒでござる」


 もちろんこれは本名ではない。男の元の世界での国籍は、見た目通り疑いようも無く日本だ。生まれも育ちも日本で、外国の血は一滴も流れていない。


(これは異世界転生生活の様式でござる。拙者の本名は、キョウジとかトウヤみたいな格好の良い名前ではござらぬ故。フッ……要するに魔王討伐とか凱旋パレードとかの時の見栄えのためでござる)


 という理屈で、男はカール・ケーニヒと名乗ったのであった。


「カール・ケーニヒ……ですか」

「何か問題が?」

「……いえ、意外だったもので」


 受付の女性がそう思うのも、無理からぬ事だった。


 もちろん受付の女性は、彼が異世界から来た日本人などとは知る由も無いのだが……それでも男の容姿があまりにもカール・ケーニヒという単語からはかけ離れていたため、そう思ってしまったのだ。


「……それでは、カール・ケーニヒさん。こちらがあなたのパーソナルカードとなります」


 自動車の免許証よりも一回りほど大きいサイズのカードが、カウンターの上に差し出された。


「……フム」


 男――カールはそれを手に取り、表と裏を確認する。


 表面には自分の顔写真と、その名の通りのパーソナルデータ――ステータスが記載されていた。


 年齢24歳。身長170センチ。体重105キロ。


「強行軍を終えた直後なのに、ちっとも体重が変わっていないでござる」


 彼の言う強行軍とは、目を覚ました場所からここまでのウォーキングの事である。もちろん、体重が変わるほどの距離でも運動量でもなかった。


「見た目も昨日と相違ないでござるな」


 次いで、顔写真を確認する。


 でっぷりとした二重あご。ロン毛にバンダナ、丸眼鏡。ちなみに写真には写っていないカールの現在の服装は、上は気の毒なほど横に引き延ばされたアニメの美少女キャラがプリントされたTシャツに、下はブルーのジーンズというもの。


 カール・ケーニヒという男は、元の世界では『キモオタ』と呼ばれる人種の人間だった。あとついでにニートだった。


 カードの裏面には何も書かれていなかった。きっとメモか何かをするスペースなのだろうと、カールはさして気に留めなかった。


「それでは次に、希望のジョブはありますか?」


 受付の女性が事務的に尋ねる。


(来たっ……!)


 異世界と言えば、ファンタジーなジョブである。目にも留まらぬ剣閃を繰り出す剣士職、四大元素の力を操り奇跡を起こす魔法職。時代を経るごとにその種類は増え続け、時には逆に素手の方が強かったり、弓矢に並んで銃火器があったりと、よく分からない事になっているケースもある。


 カールはこの時のために道中で熟考し、そして出した結論を口にした。


「魔法剣士を所望するでござる」

「…………」


 受付の女性は軽く眩暈を覚えた。


「ええと、魔法剣士……というのは、魔法の使える剣士……という事でよろしいですか?」

 ウム、とカールが頷く。

「そ、そうですか……」


 彼女が眩暈を覚えた理由は、まず魔法剣士というジョブなど無いという事もそうだが……その適正が、カールには全く無かったからだった。


「ええと、その、ですね……まず剣士になるには最低条件として、身体能力が一定値を満たしている必要があるのですが……」

「拙者は満たしていないと?」

「まぁ、はい」


 カードの発行の際に、当人の身体能力は数値化されて記載される。


 カールのそれを剣士の条件に照らし合わせると、カールは何一つ満たしていない……と言うより、問題外もいいところだった。


 筋力、持久力、各種技術……魔力に至っては、伸び代含めて完全にゼロだった。


「フム……ソロプレイには魔法剣士が適しているのでござるが、ステを満たしていないのであれば致し方なし。まずは戦士辺りから始めるでござるよ」

「戦士も無理ですね。剣術の経験値がゼロですので」

「……その経験値とやらはどこで積めばいいでござるか?」

「剣で魔物を倒したりすれば経験値は溜まっていきます」

「フム……」


 どうやらこの世界では、ジョブというものはある種の資格として認定されているようだった。元の世界での通学や資格試験といったものが、この世界では魔物を倒し続けるという事に取って代わられているのだ。


 まぁつまるところ……繰り返し敵を倒して経験値を貯めるという『レベル上げ』を行う事で、ジョブ選択の幅が広がるというわけだ。


 この世界のジョブシステムが、少しだけ理解出来た。


「然らば、逆に拙者がなれそうなジョブはどれでござるか?」


 さながら今の自分はゲーム開始時の状態で、レベルは1。なれないジョブの方が圧倒的に多いので、カールは手っ取り早くそう尋ねた。


「ええと……」


 カールのステータスを改めて確認し、受付の女性は再び軽い眩暈を覚えた。


 無いのである。カールが就けそうなジョブが、何一つ。大概は何らかに適正があって、まずは初級職からその道を進む事で上級職に就いたりするのだが、ことカールに関しては、その入り口すらもお断りな状態だった。


 まず、武器を扱う職は全滅。筋力こそ年相応に並程度だが、技術と持久力が絶望的に足りない。魔物を倒してレベル上げをするどころではない。まずは素振りからといった有様だった。


 魔法職に関しては、魔力がゼロなのでどうにもならない。ほんの少しでもあれば鍛える事によって増幅させる事が出来るのだが、元手が無ければどうしようもない。よって、魔法職に就く事は不可能だった。


 それを踏まえて――受付の女性は、カールに告げた。


「カールさんが就けるジョブは…………開拓者ですね」

「開拓者?」


 それは元の世界では日がな一日ゲームばっかりしていたカールをして、馴染みの無いジョブだった。


「はい。この世界の未知のエリアを探索し、地図を作る……それが、開拓者というジョブです」

「フム……聞き慣れぬ上、特別な響きがするでござるが、如何に?」

「開拓者というジョブに就いている人は、世界に何人もいません。そして現存する開拓者は、いずれも高い功績を上げています。なので、特別かどうかと訊かれれば、確かに特別だと言えますね」

「……フム」


 全容はいまいち見えてこないが……特別という響きは気に入った。


 異世界である。転生である。ならば特別であって然るべきだ。剣士や魔術師などというありふれたコモンジョブではいけない。異世界転生したからには、SSRジョブでなければ意味が無いのだ。


「開拓者ジョブの特典としまして、地図作成のスキルが付与されます。歩くだけで自動で地図が作成されるという非常に便利なスキルとなっています」

「よし、乗ったでござる。拙者、開拓者になるでござる」

「それでは手続きに入りますね」


 カールの返事を聞いた受付の女性は、てきぱきと手続きをこなす。まるでようやく面倒な客が捌けた事で、心が軽くなったかのように。


「それでは、この水晶に手を触れてください」


 受付の女性が、ボーリングの玉ほどの大きさの水晶をカウンターに置く。


「御意」


 カールは水晶に手を触れた。


 すると不思議な感覚に襲われた。


 頭に何かが流れ込んでくる。力とも知識ともつかない何か。それは全身を駆け巡り、一瞬の違和感の後、自分の一部となって馴染んだ。


「はい、結構です」


 受付の女性が水晶を下げる。


「これで登録、及びスキル修得は完了です。お疲れ様でした」


 素っ気なく応対の完了を告げる。彼女の意識は、既に次の客に向かっていた。


 晴れて開拓者となったカールは、受付の女性に言った。


「……謀ったでござるね?」

「次の方どうぞー」


 カールの非難の声を、受付の女性は聞こえないフリをした。

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