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第三話 その2

 諸々の手続きを終え、カールと小春はギルドを後にした。


「これがパーソナルカードかぁ……」


 小春は太陽にかざすようにして、免許証よりも一回り大きいカードをまじまじと眺めた。自分の能力が数値化されているというのは、なんとも妙な気分だった。


「ジョブは何にしたのでござるか?」


 道案内兼付き添いのカールが尋ねる。


「んー……いろいろあったけど、吟遊詩人にしたよ」

「……それは何とも、実体の分からないジョブでござるな」


 吟遊詩人とは、詩や歌を作って世界各地を回り、それを披露する人の事である。現代で言うところのストリートミュージシャンのようなものであるが、RPG的には応援や歌で味方をバフするジョブという意味合いが強い。この世界においても、だいたいそんな感じだった。


「元の世界ではエンターテイナーだったし、たぶんボクにピッタリのジョブだよね」

「小春氏の元の世界でのリアルは存ぜぬでござるが、適正があったという事はそういう事なのでござろう」


 と、カールは推察したが、ぶっちゃけ動画配信と吟遊詩人に相関性はあんまり無かった。小春が吟遊詩人になれたのは、単に必要パラメーターが緩いだけだった。ちなみにカールは容姿(主に清潔感)の問題で適正無しだった。


「てゆーか拙者ニコつべ(ニコチューブの砕けた言い方)はよく視聴していたのでござるが、小春氏の事は全く知らんのでござるが」

「う、うん…………まぁ、ほら。ボクってばニコチューバーになってからまだ半年くらいだし。言ったでしょ? 新進気鋭って。まだ若葉、いや新芽なんだよボクは」

「フム……得心したでござる」


 若干言い訳じみていたのが少し気になったが、それは些末な事としてカールは納得した。


「そんな事より、これでボクもクエストが受けられるんだよね?」

「然り。クエストには受注条件が設定されているものが多いでござるが、チート能力を持っているなら何だって容易いはずでござるよ」

「へー、そう。まぁ吟遊詩人らしく、楽で簡単なクエストを受ける事にするよ。……ここまでありがと、助かったよ」


 じゃあね、と小春は手を振って、この場から去って行った。


「…………」


 そんな彼女の背中を見送りつつ、カールは、


(フッ……上手くいったでござるwww)


 心の中で草を生やしつつ、ほくそ笑んだ。


 カールは純粋な親切心で小春をギルドに案内したわけではなかった。


(これで明日からまた、KOJIKIで施しを受ける事が出来るでござる)


 カールの真の目的は、KOJIKIをするJCという、自分がKOJIKIをするに当たっての最大障壁を排除する事にあった。


 あのまま居座られたのでは、自分に施しが回ってくる事は決して無い。誰だってキモオタニートと美少女が空き缶を前にして座っているのを見たら、美少女の方に全額ぶち込むに決まっている。これは理屈ではなく、摂理なのだ。


 カールは自分がKOJIKIをするために、小春の社会復帰の手伝いをしたのだった。


(自分の策士っぷりが恐ろしいでござるなwwwコポォwww)


 カールは再び心の中で草を生やした。


 それは心の中での事のはずなのに、カールの傍を通りかかる通行人が若干引いていた。




 次の日。


 エリザは再びクエストを探しに酒場へ、カールは今度こそKOJIKIをしに、歓楽街にやってきた。


「…………」


 そこでカールは――昨日と同じ場所で、同じ姿勢で座る小春を発見した。もちろんたっぷり小銭の詰まった空き缶も同様だった。


「……何をしているでござるか?」

「あっ、昨日の人」


 小春が顔を上げる。


「クエストを受けたのではないでござるか?」

「いやぁ、あの後酒場に行ってクエストボード? ってのを見たんだけど、どうもボクに出来そうなのは無くってさ」

「……それは妙でござるな。拙者でも出来るクエストがある以上、小春氏に出来そうにないクエストばかりだとは考えにくいのでござるが」

「……まぁ、向き不向きだしね、そういうのは」

「…………」


 最初に出会った時も思ったのだが――やはり彼女からは自分と同じ匂いがすると、カールは再認識した。


(これは……難儀でござるぞ)


 しかし、それでは困るのだ。彼女にはクエストに行ってもらわなければ、自分はここでKOJIKIをする事が出来ない。キモオタニートと美少女が同じ場所でKOJIKIをしたのでは、キモオタニート側には1Gも落ちてこないという事は前回の話で実証済みだ。


 だがしかし、そんな彼女をクエストに行かせる方法はどうしても思いつかなかった。自分に置き換えれば、それは不可能だと断言出来るからだ。しかも彼女はKOJIKIで生活費を賄えてしまっているので(『サバイバルE』修得済み)、尚更そうする必要性が無い。


「どうしたの? 難しい顔して」


 結論として――もはやこの場所ではKOJIKIをする事は出来ないと、カールは断定せざるを得なかった。


「いや、なんでもないでござる。それでは、拙者はこれで」

「う、うん……?」


 妙な態度のカールに、小春が首を傾げる。


(しかし参ったでござるな…………施す事を必要とする者たちが集まる場所など、そうそう見つからないでござるぞ)


 難しい顔をしながら、小春に背を向けて歩き出す。


 と、そこへ。


「あっ、いた! ちょっとあんた、カール!」


 この世界で最も馴染み深い声が聞こえた。


「ム? ……これはこれはエリザ氏ではござらぬか。拙者に何用で?」


 エリザだった。相当探し回ったのか、ほんの少しだけ頬が上気していた。


「何用じゃないわよ! あんたまたKOJIKIやってたでしょ!? 酒場で噂になってたわよ」

「拙者が噂に? はて、拙者モブ同然の存在であったはずでござるが……」

「新エリアを開拓を果たした開拓者だからね、あんたは。多少は顔が知れてるのよ。そんな人がKOJIKIなんてしてるとパーティー組んでる私まで変な目で見られるんだから、やめてよね」

「フム……しかし拙者らは明日の食事代にも事欠く身、そうせざるを得ないという事情は汲み取って欲しいでござるな」

「普通に日雇いのバイトでもすればいいじゃない」

「絶対に働きたくないでござる!」


 カールの意思は固かった。


「ああもう…………ん?」


 カールの発言に頭痛を覚えていると、エリザはふと自分を眺める視線に気付いた。


「…………。そう言えばさっき話してたけど、あなたカールの知り合い?」

「……まぁ、一応。そう言うあなたはこの人の知り合い……ってかパーティー? っていうのを組んでるの?」

「……まぁ、一応ね」

「…………へー。なんて言っていいのか分からないけど……ふーん、そういう感じなんだ」


 エリザの返答に、小春は何やら含みがあるような感じで納得した。


「……よく分かんないけど、何かとてつもなくおぞましい勘違いをされているような気がするわ。正直言葉として耳にするのも嫌だけど、でも放っておくと取り返しのつかない事になりそうだから、超嫌々に訊くけど…………あなたは何に納得しているの?」


 戦々恐々とエリザは尋ねた。


 その問いに小春は、納得と感心と、そしてほんの少しのドン引きがない交ぜになった調子で答えた。


「この世界の……美的センス? 見た目の好みってやつが、ボクの世界とは全く違うんだなぁって思っただけだよ。あなた、この人の恋人なんだよね?」

「――――」


 エリザは絶句した。そんな事を言われるような気がしていてなお、絶句した。それは、心の準備をしている者をも絶句せしめる一言だった。


「――っ!」


 しかし放心していては取り返しのつかない事になるような気がしていたので、エリザはなんとか気を取り直して、身を屈めると小春の両肩をがっちりと掴んだ。


「あなた、今時間はあるわね? 無いと言わせる気は無いけど。ちょっと耳を貸しなさい。そして私の話に全神経を集中させなさい」


 そして、額がぶつかりそうなほどの距離でそう言った。


「は、はぁ……」


 一見、エリザほどの美人に顔を近付けられると同性であってもドキドキしてしまいそうだが――小春にとっての美人は腐向けでない作品の男キャラにとってのイケメンと同様にドキドキする対象ではない事、エリザの目が割と怖かった事、そして本作はそういう感じの小説では無い事が合わさって、そんなエリザに対して小春は若干引いただけだった。


 エリザは子供にも理解出来るように分かりやすく懇切丁寧に、全く誤解無く自分の言い分が100%伝わるようにして、カールとのこれまでの経緯を小春に話した。


「つまり……誘拐事件をでっち上げたせいで家を追い出されて、家に帰る条件として開拓をしろと父親に言われて、そのために開拓者であるこの人とパーティーを組んでいる……って事?」

「100点の解答をありがとう、その通りよ」


 一仕事終えた風に、安堵の息を吐くエリザ。


 丁寧な説明の甲斐あって、小春はエリザの現状を正しく理解してくれた。


「ちなみにエリザ氏の父上は拙者をエリザ氏の伴侶にグフォォォォッ!?」


 余計な事を口走ろうとしたカールの腹に、ボルゾーイ流空手基本の壱、正拳突きが突き刺さった。


「話をややこしくしない」

「手を出すよりまず口頭での注意を……ぐふっ」


 カ〇ロットに腹パンされたリ〇ームのような姿勢のまま、カールは息絶えた(ような感じの断末魔を口から漏らした)。


「……今のは?」

「腹パンよ」

「いやそうじゃなくて、伴侶がどうとか…………まぁ、別にどうでもいいけど」


 伴侶云々と蹲るカールを些末な事と一瞥した後、小春はエリザに視線を戻す。


「えーと……まぁ、うん。とにかくそっちの事情は分かったよ」


 そして適当に言葉を返した。正直、二人の事情はどうでもよかった。


「……ところでエリザ氏は何しにここへ? 拙者のKOJIKIを咎めに来ただけではないのでござろう?」


 カ〇ロッ以下略状態から顔だけを正面に向けて、カールが尋ねた。


「あぁ、そうそう。クエストが見つかったのよ。私たちにも出来そうなやつ」

「それは真でござるか……」


 開拓者とプリンセスだけで出来るようなクエストは、実は限られている。例えば魔物の駆除依頼のようなものは、剣士や魔導師といった戦闘職に就いている事が条件になっている場合が多い。昨日エリザがクエストを見つけられなかったのも、そういった事情があったからだ。


「なんかテンション低いわね」

「仕事を見つけてきたと言われればこうもなろう」


 カールにとって金策はKOJIKIが理想であり、クエストはどちらかと言うと労働の範疇だった。絶対に働きたくないでござる!


(…………早くどっか行かないかなー)


 そんな二人を、小春はそんな事を思いながら眺めていた。正直、二人はKOJIKIの邪魔だった。


(そこにいられるとKOJIKIにならないし、さっさとクエストでも何でも…………って、あれっ?)


 そこで小春は、自分の身に起こった異変に気付いた。


(なんだか、ボクを見る通行人の目が変わってるような……)


 これまでは憐みや同情心、庇護欲やちょっとした犯罪心といった視線を向けられていて、そのおかげでKOJIKIで生計を立てられたのだが、今はどうか。ある種の微笑ましさと言うか、『よかった……可哀相な女の子はいなかったんだね』的な視線が、小春に注がれていた。


 それはどういう事か――答えはすぐ近くにあった。


(まさか…………この二人の一味だと思われている!?)


 親しげに言い合いをする二人(傍目には)。そんな彼らの近くで二人を眺めながら座る彼女は、『はぁ~やれやれまた始まった』と半ば呆れつつもそれを日常としている感じの仲間として、周囲の目に映ってしまっていた。


 それだけならまだしも、エリザは領主の娘で(先ほどのエリザの説明で判明)、カールは(エリザ曰く)多少顔の知れた男だ。そんな有名人と仲間だと認識されてしまったら、その噂は瞬く間に町中に広まってしまうだろう。


(そんな人たちの仲間だと思われたら…………ちゃんと生活出来ると思われちゃう!)


 それは、KOJIKI生活の終焉を意味していた。当たり前の話だが、ちゃんと生活が出来る人には誰も施しを与えない。そうする必要が無いからだ。もはや何か芸でもしない限り、もう二度と空き缶に小銭が放り込まれる事は無くなってしまったのだ。


(……いやまぁ、いつまでもKOJIKIで生計立てられるとは思ってないけどさ)


 これから先一生それで生きていく事など不可能だという事は、小春にも分かっていた。今でこそ生活するのに充分な稼ぎがあるが、明日にはゼロになっていてもおかしくない。KOJIKIとはそういうものなのだ。


 それに何より、KOJIKIは体裁が悪い。小春はカールほど開き直っているわけではなかった。


(でもクエストはなぁ……)


 酒場のクエストボードには、小春の望むようなクエストは無かった。酒場にあったのは条件の緩い労働系のクエストや危なそうな討伐系のクエストばかりで、小春が望むような、楽に稼げそうな吟遊詩人系のクエストは一つも無かった(もっとも、そんな吟遊詩人系のクエストなど存在しないのだが)。


 これは小春の与り知らぬ事だが、吟遊詩人が単独で指定されるようなクエストというは、元の世界で例えるならコンサートホールでライブをするレベルのものだ。例え吟遊詩人指定のクエストがあったとしても、吟遊詩人としての技術も無く、そもそもその道で生きていこうという気すら無い小春には、どのみち受けられないのであった。


(…………やっぱりボクには、これしか)


 傍らのスマホに触れる。


 スマホの『機能』は、パーソナルカードで確認済みだ。それを駆使すれば、小春が今考えている事は充分に実行可能だ。


(……でも一人じゃなぁ)


 そこで一旦思考を止め、ふと視線を巡らすと、二人がまだ近くで話をしていた。




「……ペット探しでござるか」

「そ。報酬は10万G。ものすごく割のいいクエストだと思うわ」

「フム……」


 それを聞いて、カールは思案する。


「……何を考えているのか知んないけど、もう受けちゃったからね。今更駄々をこねるのは無しよ」

「いや、あまりにも割が良すぎて訝しんでいるところでござる。そのペットはサラマンダーか何かでござるか?」

「その辺は抜かりないわ。捜索対象は猫よ。もちろん普通のサイズのね」

「フム……猫」


 異世界の猫は元の世界のものと違って凶暴にして凶悪……という事は無い。カールも町で何度か見かけたが、この世界の猫は普通の猫だった。


 ならばこれは、普通の猫探しの依頼なのだろう。報酬が破格なのは、依頼主が金持ちなのか金銭感覚がおかしいのか――


「ただちょっとその猫は放浪癖があって、よく南の森に行ってるって話だけどね。たぶん今回もそうなんじゃないかって話よ」


 ――あるいは、ただの適正価格なのか。


「南の森って…………クローニワの森の事でござるか?」

「あら、よく知ってるわね……って、開拓者は頭の中に地図があるんだっけ」


 それは開拓者の固有スキル『地図作成』による恩恵だが、ひとまずそれはどうでもいい。


「あの、日中でも日の光が届かぬほどに鬱蒼と生い茂る広大な森で、猫を探すのでござるか?」

「なんとかなるんじゃない? 所詮は猫だし」


 軽い口調で言うエリザ。とてもその言葉に根拠があるようには見えなかった。


「……それもそうでござるな。所詮は猫、得点10万Gのボーナスゲームでござるwwwフォカヌポゥwww」


 そんなエリザの言葉の無根拠さに気付かず、カールは舐めた草を生やした。


「……あのさ、ちょっといい?」


 すると、傍で座っていた小春がおずおずと尋ねた。


「ム……小春氏、まだいたのでござるか」

「それはこっちのセリフなんだけど、今はそれはいいや。……二人とも、どうやって猫を捕まえるつもり?」

「フッ、愚問でござるな。それはもちろん――『こう』でござる」


 全身で抱くようなジェスチャーを取るカール。悪夢のような仕種だったが、ひとまずそれは捨て置いた。


「そうするためには猫に近付かなきゃいけないんだけど……猫に追いつけるの?」


 その体で? と小春は言外に指摘した。


「…………」


 自分の敏捷性の無さは、カールは他の誰よりも熟知していた。何故ならパーソナルカードで数値化されているからだ。その敏捷で猫に追いつけるかと訊かれれば、答えは考えるまでも無い。


 と言うかそもそも、人の身で猫に追いつくのは不可能だ。カールの世界の人類最速の男でさえ、猫の脚には及ばないのだ。


 もちろんここは剣と魔法の異世界、人間を猫に追いつくようにする方法はいくつかあるが……少なくともエリザとカールには、その術は無かった。


「ボクなら出来るよ。ボクなら猫を捕まえられる」


 言葉を失う二人に対し、自信たっぷりに小春は言った。


 事実、小春ならそれが可能だった。ジョブではなく小春自身の固有スキル、いわゆるチート能力を駆使すれば、猫を捕らえるのは容易な事だった。


「手を貸してくれるのでござるか?」

「あなたたちのせいでもうKOJIKIは出来そうにないし。もちろん分け前は貰うけどね」

「フム……エリザ氏?」

「……出来るって言うなら手伝ってもらいましょう」


 自分も猫に追いつけないであろう事を悟ったエリザは、小春の申し出を了承した。


「んじゃ、これからよろしくね」


 こうして、小春は自分を売り込む事に成功したが――もちろんその目的は、クエストの仲間に入れてもらうためではない。


「ところで――」


 小春はスマホの調子を確かめながら、二人に尋ねた。


「二人とも、顔出しはOK?」

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