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第三話 その1

 ついにこの日がやってきた。


 灰色の空。叩きつけるような雨。呼吸さえ困難になるほどの暴風。


 台風がやってきたのだ。しかも今回のは、例年を上回る記録的なヤバいやつだ。某ワインのように毎年上回っているような気もするが、とにかく今回のはヤバいらしい。


 故に――これはチャンスだった。ヤバい災害に見舞われる中、その様子をカメラに収め、それを動画サイトにアップすれば……再生数やチャンネル登録数は、爆上がり待ったなしだ。


 そうなれば、晴れて自分も有名ニコチューバー(動画投稿サイト『ニコチューブ』に動画を投稿する者の総称)の仲間入りだ。みんなにちやほやされながらお金を稼げるという、輝かしい未来が待っている。

 この台風で、成り上がりを果たすのだ!


(……よし、着いた)


 強風の中をどうにかこうにか歩き続け、ようやく目的の場所に到着した。


 動画というものは、過激であればあるほど、危険であればあるほど再生数は上がる。そういう動画を出すと不謹慎厨や正義マンがあーだこーだ言ってくるが、再生数が上がるという事は、みんな心の中でそういった動画を求めているという事に他ならない。


(平和な動画がお好みなら猫の動画でも見てればいいんだ。再生リスト作って一日中たれ流しにしてクッソ癒されてればいいんだ……!)


 まぁ、そういった連中の意を汲んでやるのもやぶさかではないが…………残念ながら、台風の中を歩く猫の姿は見つけられなかった。


 閑話休題。


 目の前には、荒れ狂う河川。普段は物静かな川が、今日は泥に塗れながら大きなうねりと飛沫を上げていた。


(これを実況付きで上げたらチャンネル登録数も爆上がりだろうなぁ……!)


 そんな、約束された輝かしい未来に想いを馳せながら、土手に一歩を踏み出す。



 ――だが忘れてはならない。危険を冒して得られる見返りは、反転すればしっぺ返しになるという事を。



「え――」


 不意に視界が沈む。ぬかるんだ土手に足を取られたのだ。ただでさえ踏ん張りの利きづらい急勾配の土手は、雨でぬかるんだ事で非常に滑りやすくなっていた。


(え、うそ、ちょっ――)


 そしてそのまま、何の抵抗も出来ないままに――荒れ狂う川に投げ出された。




 最初のクエストを攻略してから、三日が経った。


「お金が無くなったわ」


 朝食の席で、エリザが言った。


 ここはカールとエリザが住まいとしている、例の廃屋だ。そのリビングで、二人はテーブルを挟んで朝食を取っていた。


「なんでかしらね……?」


 パンを片手に、エリザが首を傾げる。


「当面の生活費としてプールしておいた20万G余りの金が、三日にして消えたという事でござるか?」


 パンを両手に、カールが聞き返す。


「そうよ。……やっぱりこの家の防犯意識の低さが原因かしらね。家を空けている間に泥棒に入られているのかもしれないわ……」

「フム……確かにこの家屋は誰ウェル(誰でもウェルカム)状態である事は否めないでござるが、しかし空き巣がわざわざ廃屋を狙うとは考えにくいでござるな」

「……それもそうね。じゃあ何が原因なのかしら……」


 エリザが頬杖をついて小さく息を吐く。困り顔ながらもキュートな顔が、ピカピカの白いテーブルに映っていた。


「何が原因なのでござろうなガツガツガツ……!」

「もうちょっと綺麗に食べなさいよ。食べかすが買ったばかりのテーブルにこぼれてるじゃない」

「おっと、仕立てたばかりのオーダーメイド玉吉えろはちゃんのジャケットにパンくずが……」


 カールがパンパンと服を叩く。胸に玉吉えろはちゃんのアップリケが施された、漆黒の中二デザインのジャケットだ。


「……ム? そういえばこのテーブル、以前のものと姿形が変わっているような気がするのでござるが……」

「買い替えたからね。あんなのに食べ物乗せられないでしょ」


 昨日は腐りかけた木製のテーブルだったものが、今日は見事な意匠の鏡面テーブルになっていた。見るからに高級そうで、高そうだった。


「それよりあんたのその服、初めて見るんだけど……」

「イカす装備は異世界の様式でござる故。拙者のTシャツを元にアップリケも付けてもらったでござるよ」


 昨日までは着古してくたびれた服を着ていたカールが、今日は上衿と下衿に毛皮をあしらった、近未来ファンタジーのライバルキャラが着ていそうな合皮製のジャケットを着ていた。見るからに高級そうで、高そうだった。


「ふぅん……」

「フム……」


 お互いがテーブルとジャケットを、それぞれまじまじと眺める。


「ねぇ、それ」

「いくらしたでござるか?」


 二人は同時に口を開き、そして金欠の理由が判明した。




 協議の結果、金策をする事に決定した。


 エリザは酒場へクエストを探しに。カールは空き缶を片手に、歓楽街へやってきた。


「やはり手っ取り早く金を稼ぐにはこれしかないでござるな」


 エリザには止められているが、背に腹は代えられない。エリザの使い込みの補填をするためには、手堅く稼ぐ必要があるのだ(自分のジャケットの件を棚に上げつつ)。


「さて、この辺りでいいでござるな」


 高そうなレストランが向かいに見える位置に座り込む。


 そして目の前に空き缶を置き、カールはKOJIKIを開始した。




「…………」


 燦々と照りつける太陽が、カールをじりじりと灼く。この時期にジャケットは暑かったかもしれない。肌着がぐっしょりと濡れていくのを感じた。そもそもこの世界に、ジャケットが相応しくなるような季節があるのかも不明だが。


「…………」


 もうじき正午だ。行き交う人々の姿は陽の落ちた時間帯と比べるといくらか健全で、真っ当な職に就いていると思しき人影もちらほらと見受けられた。


 まぁ、それはそれとして。


「…………1Gも施されないでござる」


 誰も空き缶にお金を入れなかった。


「解せぬ……」


 この時間帯は夜と比べて真っ当そうな、施しによって禊を行う必要の無い人間の割合が高いとはいえ、1Gも集まらないというのはどう考えてもおかしい。KOJIKIなのにオーダーメイドのジャケットを着ている事を差し引いても、カールの憐みは充分なはずだ。


 しかも道行く人のカールを一瞥する目が、「いや、これは無いな……」とでも言っているかのようだったのが、少し気になった。


「……河岸を変えるでござるか」


 カールは空き缶を拾い上げ、場所を移動した。




 そしてカールは、自分に1Gも施されなかった理由を知った。


 区画を一つ隔てた先。宿泊施設に併設されたレストランの向かいに、自分と同様にKOJIKIをしている人を発見した。


(なんと……)


 しかもそれは、少女だった。少女が空き缶の奥で、体育座りをするようにうずくまっていた。


 なるほどこれでは、カールに施しが与えられないはずだ。憐みしか持ち得ないカールと違い、この少女はそれに加えて庇護欲を刺激する。そんな彼女を一度目の当たりにしてしまったら、カールに施す金などビタ1G存在しないのであった。


 事実、彼女の空き缶にはかなりの量の硬貨が貯まっていた。カールの空き缶よりも二回りほど大きいにもかかわらず。


(フム……少女が相手では分が悪すぎるでござるな)


 カールは己の圧倒的不利を悟った。


 あらゆる世界において、キモオタニートが少女に勝る要素は何一つ無い。例えばどれほど美形の悪役であっても、無辜の少女を殺せば倒されるべき極悪人としてしか認識されないが、無辜のキモオタニートを殺したとあれば、仲間になってもなんとなく許せそうな感じになる。このように命の価値すらも、少女とキモオタニートでは雲泥の差があるのだ。(※あくまで創作での話です)


(ここではもう仕事にならないでござるな……)


 カールはこの場から立ち去ろうとし、最後に少女を一目見た時――その傍らに、非常に馴染み深いものを発見した。


「…………それ、ひょっとしてスマホではござらんか?」


 少女の傍らに置かれた、薄くて四角いそれは――カールの世界において全世界で流通している、スマートフォン……通称スマホだった。


「えっ……!?」


 少女がはっと顔を上げる。


「うわぁ……」


 そしてカールの姿を見て軽く引いた後、改めて驚いた表情を作った。


「……なんでこれがスマホって分かったの?」

「拙者もお主と同様に異世界からやってきたからでござるよ」

「へー、あなたも――」


 少女は驚いたように言った後、カールの姿をまじまじと見て、


「…………普通そういうのって、イケメンが送られるものなんじゃないの?」

「差別化でござるよ」

「……あぁ、そういう」


 差別化としては、カールの容姿はこれ以上無いほどだった。それが斬新で画期的なのか、それとも誰もが思いついていたけどやらなかった事なのかどうかは定かではないが。


「ところでお主はどうしてKOJIKIなどに身をやつしているのでござるか? 見たところチートスキル持ちのちゃんとした異世界転生人っぽい容姿でござるが」


 黒髪のツインテールに、イタズラっぽいつり目。小柄な体格のこの少女は、小悪魔のような可愛らしさを持っていた。今流行りの悪役令嬢などとは違った趣だが、異世界転生してチートスキルを得る資格は充分に備わっているように見えた。


「チートスキルかぁ…………無い事は無いんだけど、それでお金をどうやって稼げばいいか分からなくて。だからこうしてKOJIKIをしていたんだよ」

「フム……お金を稼ぎたいのなら普通に働いてはどうだろうか?」

「え、嫌だよ」

「…………」


 なんとなく……なんとなくだが、カールは彼女から似たような匂いを感じ取った。


(……フム)


 そしてカールは何かを思案した後、少女に尋ねた。


「時に、ギルドには行ったでござるか?」

「ギルド? へー、やっぱりあるんだそういうの」


 どうやら彼女は、異世界転生に関して全くの無知ではないが、カールほど精通しているわけではないようだった。


「で、ギルドってなにする所なの?」

「主にクエストの斡旋でござるな。それとパーソナル・カードというものが無償で発行されるでござる。そのカードには自分のパラメーターやスキルが書いてあるので、この世界での生き方の指針になるでござるよ」

「へー、それは便利そう」

「よければ案内するでござるよ。同郷のよしみで」


 そんなカールの申し出に、少女は少し考え込んだ後、


「うーん…………元の世界だと事案待ったなしだけど、まぁ大丈夫そうかな。……うん、じゃあ頼んじゃおうかな」


 それを承諾し、空き缶のお金を袋に詰めて立ち上がった。彼女は薄手の黒いパーカーにショートパンツという服装で、身長はカールの胸元くらいだった。


「拙者ロリータに見境なく手を出す非紳士ではないでござる故、安心めされよ。YESロリータNOこの世界の児ポ法次第でござる」

「なんかあんまり安心出来ないけど……ボクは古牧小春。年齢は14歳、新進気鋭のニコチューバーだよ」


 そう言って少女――小春は、スマホを持ったままこめかみの辺りでVサインを作った。バカっぽくも可愛らしい仕種だった。


「拙者はこの世界で開拓者というジョブに就いている、カール・ケーニヒと申す者でござる。何か困った事があれば、先達として力になる事もやぶさかでないでござるよ」


 眼鏡の端を指でクイっとして、レンズを光らせる。司令塔タイプの怜悧なイケメンがやれば非常に様になる仕種だった。


 そして二人は同郷の者同士、固い握手を交わした……という事は無く、小春はカールにジトっとした目を向けた。


「それ絶対本名じゃないよね?」

「別にお主もエーデルフェルト・シュヴァルツとか名乗ってもいいのでござるよ?」

「ボクは古牧小春でいいよ……」


 カールの言動に、一抹の不安を覚える小春だった。

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