第二話 その7
「こちらが今回の報酬となります。ご確認ください」
窓口のカウンター越しに、Gの入った袋が差し出された。
二人はクエストの報酬を受け取りに、ギルドにやってきていた。
「フム……確かに5000G、頂戴したでござる」
カールが確認すると、袋の中には1000G硬貨が五枚入っていた。五枚の硬貨が入った小さな袋は、まるで子供のお小遣いのようだった。
「あれだけやって5000Gって、割に合わないわよね……」
二人のくたびれた格好は、とても5000Gのクエストをこなした直後には見えなかった。
事実、二人のこなした遺跡の探索はとても5000Gに収まるような労力ではなかったが、しかしクエストはあくまで四部屋しかない遺跡の調査だ。本エピソードの大部分を占める隠しエリアの開拓は、クエストという観点からすれば余分に過ぎないのだった。
「クエストの報酬は以上ですが、それとは別にカール・ケーニヒさんには開拓ボーナスが支給されます」
「ム……? 開拓ボーナスとは?」
「新エリアの開拓を行った際に得られる報酬です。開拓者の固有スキル『地図作成』により、あなたが行った新エリアの開拓は既に記録されていますので、今回はそれに応じたボーナスが支払われます」
そう言って受付の女性は、再び袋をカウンターに差し出した。
ただし今度のは、子供のお小遣いのような小袋ではなかった。
「25万Gです。ご確認ください」
「25万……!?」
ちょっとしたサラリーマンの月給ほどの額だった。開拓にかけた時間はだいたい一時間ちょっとくらいなので、時給に換算するととんでもない事になっていた。
「お、おお……」
確かな重みのある袋を受け取る。主な収入源がお小遣いとお年玉だったカールにとって、まさしくこれは大金だった。
「まさかこんな感じで億万長者の夢が叶うとは……!」
カールの目が$マークになる。主な収入源がお小遣いとお年玉だったカールにとって、25万という額は億万にも等しいものだった。
「億万長者……?」
ニートにとっての25万円の価値がいまいち分からないエリザは、首を傾げて疑問符を浮かべていた。
「本当に要らないのでござるか?」
報酬の半分の受け取りを、エリザは断った。
「ええ。私には必要の無いものだし」
開拓をこなした事で、エリザはもう家に戻れる身になっていた。お小遣いとして欲しくないと言えば嘘になるが、エリザはカールほど金銭を必要としているわけではないので、協力のお礼も兼ねて全額譲る事にした。
「たった一日の冒険だったけど、お嬢様の職業体験としては充分過ぎるものだったわ。きっとお父様もそのつもりで私に開拓を言い付けたのね。えぇ、それならば非常に有意義のある時間だったわ。今回の開拓は、きっと私の将来の糧となるでしょう。いい社会勉強になりました。……今思えば、ああいう生き方も悪くはないのかもしれないわね」
と、感慨深げに話すエリザ。
「…………」
それとは対照的に、カールはなんとも言えないような、何かを察したような表情をしていた。
「じゃあ、これでお別れね。たまには……三年に一回くらいは、顔を見に行ってあげてもいいわよ。気が向いたらね」
「そうでござるか。それじゃあ拙者は、空腹を満たしにクエストを受けた酒場で食事でも取るでござる」
「私は早くシャワーを浴びたいわ。……ちゃんと毎日お風呂入りなさいよね」
「検討しておくでござる」
そうして二人はギルドの前で、お互いに背を向けて別れた。
ドミナリア家、邸宅。
エリザは門に備え付けられたインターホンを押した。
『……どちら様ですかな?』
スピーカーから初老の男性の声が聞こえた。
「私よ、セバスチャン。門を開けなさい」
エリザがそう告げると、スピーカーの声――執事のセバスチャンは、驚いたような声を上げた。
『これはこれはエリザお嬢様、お久しゅうございます。二ヶ月くらいぶりですかな?』
「昨日ぶりよ、セバスチャン。そろそろ要介護なのかしら?」
『おお、そうでしたな。なにぶん年を取ると時間の進みが遅くてかないません』
「普通は年を取ったら時間の進みが早く感じるんじゃない? いや、そんな事はどうでもいいわ。早く門を開けなさい。ドミナリア家の令嬢が開拓をこなして帰ってきたわ」
『おお、もう…………少々お待ちを。今旦那様を呼んでまいります』
ブツリ、と通話が切れた。
「あぁ、早くシャワー浴びたい……」
待っている間、エリザは今後の生活に思いを馳せた。
まずは何よりもお風呂に入る。そして風呂上がりには、キンキンに冷えたサイダーを喉に流し込む。少し遅めのお昼を食べた後は、ふかふかのベッドでシエスタだ。目を覚ましたら夕食で、そこで自分の冒険譚を父親に聞かせるのだ。
そうして長い長い今日は終わり、ベッドで目を閉じた次の日からは、またいつもの日常が戻ってくるのだ。
『……エリザか』
スピーカーから、今度は壮年の男性の声が聞こえた。
「お父様! エリザは言い付け通りに開拓をこなし、こうして戻ってきました。さぁ、門を開けてください」
『あぁ、そうだな。……いや、それなんだがな』
歯切れの悪い父の言葉。快活なエリザの声とは対照的に、父の声には難色が浮かんでいた。
「……お父様? どうかしたのですか?」
『新エリア開拓の報は聞いた。新人開拓者のカール・ケーニヒくんが新エリアを開拓したと、ギルドではちょっとした騒ぎになったらしい。まぁ、何故かすぐになりを潜めてしまったが』
きっとカールの写真を見てそうなったんだろうなとエリザは思った。受付の人も塩対応だったし。開拓を果たした新人開拓者を持て囃して祭り上げて、何らかのキャンペーンを画策していたのかもしれないが、カールの人となりを見るや即座に御破算になったのだ、きっと。
『それはさて置き、問題なのは…………開拓を果たしたのは、カールくんだけだという事だ』
「……は?」
エリザは耳を疑った。
「それは、どういう……?」
『記録上、あの遺跡を開拓したのはカールくんだけという事になっているのだ』
「――――」
いやいや、そんなはずはない。あの遺跡の隠しエリアは確かに私も一緒に開拓した。それは他ならぬ自分が一番よく分かっている事だ。開拓したのはカールだけ、なんて事あるはずがない。きっとギルドの方でシステムエラーか何かが起こっているのだ。……あぁ、なるほど。だから新地開拓の騒ぎはすぐに収まったのか。いくらカールがアレな容姿とはいえ、それと一緒に私のような美少女が開拓をしたとなれば、広告塔に起用しようと思うのは当然の帰結だ。でもそうはなっていないという事は、何かの間違いが起こっているからに他ならないのだ。
『思うにエリザよ……おまえはカールくんとパーティーを結成していないのではないか?』
「……パーティー?」
『パーティーを結成すれば、個人の功績はパーティーメンバー全員の功績となる。もしおまえがカールくんとパーティーを組んでいたのであれば、今回の開拓の功労者にはおまえも含まれていたはずなのだが……』
「そ、それは……」
ギルドにはパーティーというシステムがある。それは簡単に言えば、一つの功績を複数人で等分するシステムだ。『魔王を討伐したのは勇者御一行!』みたいな感じで。
逆にパーティーを組まない複数人で功績を上げた場合、その功績は実際に上げた者のみのものとなる。例えば魔王にとどめを刺したのが勇者だとすると、『魔王を討伐したのは勇者様!』といった風になり、盾役や補助役、回復役の功績は無いものとして扱われる。
それを今回のケースに当てはめると、エリザは事実として開拓を行ってはいるのだが、開拓の記録を地図にして残したのはカールだけなので、今回の開拓の功績は地図を作成したカールだけのものとなった……という事だ。
「た、確かにパーティーは組んでいませんでしたし、開拓に関しての私の功績は無いのでしょうけど……でも、それはあくまで形式上の功績の話! 私が開拓を行ったという事実に変わりはありません!」
だがエリザからすれば、功績云々の話は問題ではなかった。エリザの目的は開拓をする事ではなく、開拓をしろという父の言い付けをこなして家に帰る事だ。事実として開拓を行ってさえいれば、例え功績が無くとも目的は果たされるのだ。
……と、エリザは思っていたのだが。
『確かにその通りだ。だがそれでは、おまえが家に帰る事を認めるわけにはいかんのだ』
「なっ……! 何故ですかお父様!? それでは話が違います!」
手のひらを返すような父の発言に、エリザがスピーカーに食ってかかる。
『全ておまえのためなのだ。きっとおまえの事だから、ふとした時に自分が開拓を行った事を喧伝してしまうだろう。そんな時におまえの開拓が記録として残されていなかったらどうなる? エリザ・フィル・ドミナリアという人間が、人の手柄をさも自分が成し遂げたかのように話す嘘つき女と認識されてしまうのだ。そんな事、父としてとても許せる事ではない』
「そっ、そんな事しません……! ……たぶん」
『そういうわけだから、記録に残る開拓を改めてしてくるのだ娘よ。ってか一日で帰ってこられても困るし。罰になんないし。父は娘が一回り成長して一年後くらいに帰ってくるのを待っているぞ』
「ちょっ、お父さ――」
ブツリ、と通話が切れた。
そして今度は、いくら待っても声が聞こえる事は無かった。
「そ、そんな……」
愕然と肩を落とすエリザ。これからの生活に思いを馳せた分、精神的なダメージは大きかった。
かくして、熱々のシャワーも、キンキンに冷えたドリンクも、ふかふかのベッドも、遠い未来にお預けとなったのであった。
「お待たせしました、モルゲヨッソの唐揚げです」
ウエイトレスの事務的な声と共に、カールの目の前に山盛りの唐揚げが乗った皿が置かれた。
「この鼻腔をくすぐる油と衣の匂い、空きっ腹にはたまりませんなwwwドゥフフwww」
「ごゆっくりどうぞ」
カールの気持ちの悪い笑いに眉をひそめつつ、ウエイトレスの女性はテーブルに伝票を置いた。
「時に一つ訊きたいのでござるが、モルゲヨッソとは如何なる動物なのでござるか? 拙者の知る食肉のいずれにも共通しない食感でござるが」
「……はい? モルゲヨッソが動物……?」
ウエイトレスが不思議そうな、そして訝しむような表情で首を傾げた。
要約すると、なに言ってんだコイツ?
「あっ、ふーん……」
その様子にカールは何かを察して即座に考えるのをやめ、食事に取りかかった。
「ガツガツモシャモシャ……フム。何の肉かも、そもそも肉なのかも定かでないでござるが、美味いという事実の前には些末な事でござるなwwwガツガツガツwww」
草を生やしながら一心不乱に唐揚げを貪り食う。あれほどあった唐揚げが、吸い込まれるように消えていった。
そんな周囲がドン引くようなテーブルに、一人の少女がやってきた。
「モグモグゴクン……ゲフッ。……どうしたでござるかエリザ氏、そんな不景気な顔をして。まぁおおかた予想はつくでござるが」
それはエリザだった。まるでこの世の終わりかのような顔で、カールの対面に座っていた。
「なによ……分かってたっての? こうなる事が」
「然り。第二話にして最終回みたいな別れの言葉を言い出せば、誰だって察するでござるよ。どうせエリザ氏の事だから、家に帰ったらあれしようこれしようとか思い浮かべていたのではござらぬか?」
「言い出したし思い浮かべたけど…………嘘でしょ、そんな事で?」
「人それをフラグと言う」
エリザは与り知らぬ事だが――フラグというものは、大概の場合において避け得ぬものなのだ。
「だいたいたった二話でヒロインが降板するわけないでござろう」
「ヒロインがどうとか意味分かんないけど…………だったらヒロイン交代でいいわよ。二話で離脱でいいわよ」
「作者が他にんほらない限りあり得ぬでござるな、それは」
「んほらない……? あんたの世界の動詞ってどうなってんの……」
現状は『んほぉ~この金髪ポニテたまんねぇ~』状態なので、ヒロイン降板の予定は今のところ無いのであった。
「……まぁ、いいわ。今度こそぐうの音も出ないほどの開拓をしてやるんだから」
モルゲヨッソの唐揚げを一つ摘み、エリザは凹んだ気分を吹き飛ばした。この精神コントロールの巧みさは、長年のボルゾーイ流空手の修練の賜物だった。
「あとこうなった以上、報酬の半分はよこしなさいよね。功績はあんただけのものでも実働は同じなんだから」
「フム……元々半々にするつもりだったとはいえ、丸々から改めて半々にされると損した気分になるでござるな。……まぁ、今後のラッキースケベの前払いと思っておくでござるよ」
「ラッキースケベ……? 知らないけど、手を出したら殺すからそのつもりでね」
ちなみにカールはラッキースケベの資格(イケメンである事、下心が無い事、誠実な人物である事、etc……)を有していないので、そんな事は起こり得ないのであった。
「フッ……何はともあれ、これからの拙者らの道行きに乾杯でござる」
カールがグラスを掲げる。
「あ、注文いい? 三色チーズパンと、ゲソ煮込みスープ、それとサイダーね。……何か言った?」
「なんでもないでござる……」
掲げたグラスを戻し、カールはちびりとグラスを傾けた。




