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第二話 その6

 遺跡の中を、カールとエリザが全速力で駆ける。


「どんだけ走らせれば気が済むのよ、この遺跡はっ!」


 そして二人の後ろを、剣を掲げた甲冑がガッシャガッシャと音を鳴らしながら追いかけてきていた。甲冑は金属製なのでエリザのボルゾーイ流空手は通じず(金属を殴ると怪我をするので)、加えて相手は剣を持っている事もあり、武器を持たない二人は逃げるしかなかった。


「フッ、フヒッ……今度のはっ、フヒッ……危険度マシマシでござるよ……フヒィ!」


 そしてこの甲冑は、岩石よりも遥かに危険だった。マシマシだった。


 ただ転がるだけの岩石と違い、この甲冑は宝箱に近付いた者を攻撃するという明確な意思を持っている。意思を持たない岩石なら進路から外れるだけで済んだが、この甲冑相手ではそうはいかない。きちんと対策を練って適正に対処しないと、甲冑はいつまでもどこまでも追いかけてくるのだ。


 さて、この甲冑から逃れる術だが、大まかに分けて三つある。『倒す』か『見逃してもらう』か『相手の体力が尽きるまで待つ』かの三つだ。


 まず『見逃してもらう』だが、既に宝箱から遠く離れているにもかかわらず追いかけてきている事から、甲冑に見逃すつもりなど無いという事が読み取れる。この遺跡の防衛意識の高さからすると、宝箱に近付いた者は確実に抹殺しろと命令されているのかもしれない。


 次に『相手の体力が尽きるまで待つ』だが、相手がどれだけ持つのか分からないし、何よりカールが既に限界に近い。力尽きるのはまず間違いなくカールの方が先だろう。と言うよりそもそも相手の動力が体力制なのかどうかも不明だった。甲冑の動力が例えば低級霊を憑依させるポルターガイスト方式なら、たぶん無尽蔵に動いてくるだろう。


 となると、残された手段はもう『倒す』しかないのだが……


「エリザ氏っ……ボルなんとか流空手で、手からビームを出すとか出来ないでござるかっ!?」

「あんたんとこの空手は手からビームが出るの?」

「出るわけが……フヒッ、ないでござろうっ!」

「じゃあなんで出ると思ったのよ! こっちも出ないわよ!」


 ままならなかった。打撃は効かず、エリザは手からビームを出せない。せめて何か武器をと思っても、この遺跡には武器になりそうなものは何も落ちていない。


 この状況はまさに八方塞がりだった。


(なっ、何か策を考えねば……!)


 カールが頭脳をフル回転して解決策を探る。


 しかしもうお気づきだと思うが、カールは考える事が得意というわけではない。運動能力が輪をかけて酷いので頭脳の方は優れているのかと思われがちだが、実際のところは平均点ギリギリといった塩梅だった。


「え、エリザ氏……何か策は……?」

「ふっ……要するにこれは耐久マラソンよ! 相手が力尽きるまで逃げ切れという事なのよ……!」

「…………」


 カールはエリザが頼りにならない事を悟り、自分が頑張る事にした。


(武器は無し、素手では太刀打ち出来ず。そして拙者らの所持スキルでござるが、拙者のスキルは『地図作成』と『サバイバルE』、エリザ氏のスキルは『ゴールドカード』と『ボルゾーイ流空手B』。その中で戦闘に使用出来るのは『ボルゾーイ流空手B』のみであり、そしてそれは甲冑には通用せず。フム…………完全に詰んでいるでござる)


 結論として、二人の手持ちで甲冑を倒す事は不可能だった。むしろエリザの策(?)である耐久マラソンが一番現実的とさえ言えた。


(拙者……それ、無理!)


 甲冑の走る速度は転がる岩石ほどではないが、それでもカールにしてみれば全速力に近い。現状カールを突き動かしている火事場の馬鹿力的なアレを以てしても、あと五分もしない内にカールは力尽きるだろう。


(もう、あとは……DOGEZAをしたら許してくれる可能性に懸けるしかないでござる!)


 もはや情に訴えかけるしかなかった。甲冑に感情があるのかは不明だが。


「キシャー!」


 洞窟バニットが現れた!


 もちろん構っている暇など無く、二人は洞窟バニットの横を駆け抜けた。


 カールとエリザは逃げ出した!


「ギジャッ!?」


 その直後、背後から洞窟バニットの悲鳴が聞こえた。


 振り向く余裕は無いが、おそらく甲冑からの攻撃を受けたのだろう。進路に立ち塞がる者は何であろうと斬り伏せるという、甲冑からの意思が伝わってきた。


「…………」


 DOGEZAして情に訴えかける作戦は、とても成功しそうになかった。


(しかし、運の無いバニットでござったな……)


 そういえば、とカールは思い出す。結局、密室であるはずの隠しエリアに魔物がいた理由は何だったのか。たまたま迷い込んだにしてもそれは三百年以上前の事だし、そもそもこれまでのエンカウント数から、洞窟バニットは確実にここに生態系を築いている。そんな土壌などあるはずがないのに、やはりそれも異世界特有の事象なのだろうか。確かにRPGではよくある事だが。室内にドラゴンが徘徊してたりとか。


「――――」


 あるいは――実際にそういう土壌があるのだとしたら。


「…………。えっ、エリザ氏――」


 カールは自分の要求を、息も絶え絶えに伝えた。


「…………とりあえず、あんたについてけばいいのね?」


「(こくこく)」


 エリザはペースを落とし、カールの斜め後ろについた。真後ろでない理由はもちろん、カールの汗とか体臭とかが流れてきそうだったからだ。


 カールはいくつもの分かれ道を、迷う事無く選択して進んだ。ちなみにこの辺りの地図は現在進行形で作成中だ。


 そしてやがて――扉が見えた。


「まさかあの扉も鍵が……」

「たぶん……大丈夫でござる……!」


 カールの予想通りなら、あの扉に鍵はかかっていない。と言うより、そもそもあの扉には鍵を取り付ける必要が無い。


 果たしてそれは的中し、扉は押すだけで簡単に開いた。


「――――」


 相変わらず部屋は暗く、可視範囲は通路からの光頼りだが、それでも必要な部分は見て取れた。


 カールは予想通りのものがある事を確認し、その寸前で甲冑に振り返った。


「開拓者の誇りを見せてくれるでござるッ!」


 そして両腕を掲げて、甲冑を迎え撃つ格好を取る。即座に首をへし折られそうなポーズとセリフだったが、気迫は充分だった。


 もちろん、無機物である甲冑相手に気迫など何の意味も持たないのだが。


 甲冑は一切怯む事も気圧される事も無く、足を止めたカールめがけて剣を振り下ろした。


「んほぉぉぉっ!」


 カールは恥も外聞も無い感じで横に跳び、ギリギリで剣を躱した。それは着地の事も次の行動の事も考えない、躱す事のみを目的とした跳び方だった。具体的には地面に腹をしたたかに打ちつけるような感じの跳び方だった。


 故に、次の一撃を躱す事は不可能だが――その必要は無かった。


「うおりゃぁぁぁっ!」


 気合いの入った雄叫びと共に、エリザの――この部屋に入ってすぐ、扉の影に身を隠したエリザの飛び蹴りが、甲冑の背中に命中した。


 もちろん前述した通り、それに打撃としての効果は無い。せいぜい甲冑を押し出し、体勢を崩させるだけだ。ダメージとしては1すらも与えられていない。


 だが、それで充分だった。エリザの飛び蹴りの目的は、それにあった。


 甲冑はエリザの蹴りによって体を押し出され――そして、水飛沫を上げて姿を消した。


「ふっ……誇りとやらを見せる暇も無かったでござるな」


 腹に付着した土埃を払いつつ立ち上がり、カールは眼下の甲冑に目を向けた。


「半信半疑だったけど、まさか本当にあるなんてね……」


 エリザも同じようにして覗き込む。


 二人の眼下にあるのは、広大な貯水池だった。


 扉に仕切られたこの場所は、遺跡の水場だった。桶や洗い場といったものが、この部屋のあちこちに散見された。ちなみにカールが扉に鍵は掛かっていないと思ったのは、不特定多数が日常的に使うここをわざわざ施錠するとは思えなかったからだ。


 甲冑を水の中に突き落とす……これが、カールの考え出した策だった。倒す事が出来ず、いつ止まるのかも分からないならば、後はもう身動きを取れなくするより他は無い。漫画でよく見る、不死身の敵への対処法だ。そしてあの甲冑にとってのそれが、水の中というわけだった。


 甲冑を水の中に落としてしまえば、浮力ゼロの金属製なら二度と浮かび上がってはこれない。現に水の底に着底した甲冑に、浮かび上がってくる様子は無かった。もがいている様子も無いので、ひょっとしたら水に浸かった事で動力源に異常をきたして、動作を停止してしまったのかもしれない。


 ともあれこうして、甲冑の無力化に成功したのであった。


「種明かししなさいよ。なんでここに水場があるって分かったの?」


 ここに向かうカールの足には迷いが無かった。まるでここに水場があるのを、あらかじめ知っていたかのようだった。


「ようがす。まず水場があると思ったのは、洞窟バニットの存在でござる。本来なら密閉された空間で、生き物が生態系を構築、維持するのは不可能でござる。何故ならそこには餌も水も無く、例え密閉される前に迷い込んだとしてもすぐに餓死してしまうからでござる。つまりそれは逆説的に、洞窟バニットが生態系を築いているなら、ここには餌も水もある……という事になるのでござる」


 特に水は、命あるもの全てが生きるために必要とするものである。水が無ければ生きていけないという事は、即ち生きているなら水があるという事になるのだ。ちなみに扉に鍵が掛かっていないと思ったもう一つの理由として、洞窟バニットが使用していたからというのもあった。知能の低そうな魔物がわざわざ鍵を開け閉めするとは、どうしても思えなかった。


「……水場があると思った理由は分かったわ。なんとなく。でも、どうしてこの場所にあるって分かったの? この辺りの地図は出来ていないはずよね」

「然り。地下に水場を形成するに当たり、天然の地底湖でも見つけない限りは人の手で水を引いてこなければならないでござる。それは恒常的に使う生活用水でござるから、バケツリレーなどで賄うのは労力的にも時間的にも現実的ではござらぬ。どこかたくさん水のある場所から直接引いてくるでもしない限り、地下に水場を作るのは不可能なのでござるよ」


 地下には雨も降らないので、水が欲しければどうしても外部に頼らざるを得ない。かと言って鍾乳石が出来るような地下水の滴下頼りでは、あまりにも気が遠すぎる。


「そこで拙者は、地上の水場から直接水を引いているのではと考えたのでござる。例えば湖のような、大量に水のある場所から。故に拙者は遺跡ではなく、地上の地図を参照して走っていたのでござる。既に完璧に作成されている地上の地図から湖を探し出し、それに近い場所を目指して遺跡を走っていた……というわけでござる」


 地下に水場を作るなら、湖などから直接地下に水を引くのが一番手っ取り早い。そう考えてカールは、地上の地図を頼りに地下の水場に辿り着いたのであった。


「ねぇねぇ、そんな事よりこっちに宝箱あるんだけど」


 いつの間にか向こうに行っていたエリザが、カールを手招きして呼んでいた。


「…………。エリザ氏、拙者の偉業を褒め称えるフェイズがまだ終了していないでござるよ? 異世界人の知識と機転を褒め称えて美少女が好感度をモリモリ上げるのは異世界の様式でござろう?」

「そんな様式無いわよ。それより宝箱よ宝箱」

「…………」


 にべもないエリザの言葉に、もはやこれ以上の進展は無いとカールは悟った。何事にも例外はあるのであった。


 その宝箱は、水場の端っこに隠されるように置いてあった。木製の宝箱で、鍵はかかっていないようだった。


「フム……最奥部のと比べると貧相な宝箱でござるな。薬草か毒消し草くらいしか入ってなさそうでござる」

「それは無いんじゃない? 水場の箱の中に草を入れておく意味とか分からないし」

「おっとエリザ氏。宝箱の中身に必然性を求めると多くのRPGが論理破綻を起こすでござるぞ。ただでさえ魔王のクローンとか入っていたりするのに」

「それもう破綻してない?」


 エリザは宝箱を開けた。


「ん……? こ、これは……!」


 エリザが宝箱に入っていたものを手に取る。手のひらに収まるサイズの、金属製で棒状のそれは――


「……鍵、でござるな」


 黒い鉄製の鍵だった。ブレード部分の片側に大きな歯が二つあるだけの、おもちゃのように単純な造りの鍵だった。


「何の鍵かしら……」


 エリザが鍵をまじまじと眺める。少し錆気味で、とりあえず鍵自体の値打ちは全く無さそうだった。


「ム……? エリザ氏、持ち手の部分に何かマークが掘ってあるでござるぞ」

「え、本当……?」


 エリザは鍵を持ち替え、その部分を確認した。


「……って、これは」


 そこには、三日月のマークが掘られていた。どこかで見た事のあるような三日月だ。


 これが何の鍵なのか、二人はピンと来た。


「あの扉の鍵じゃない!」


 最奥部への扉(破壊済み)の鍵だった。もちろん今となってはこれは、持ち物欄を圧迫するだけの無用の長物だった。


「…………。さて、と」


 エリザは鍵を箱に戻し、静かに蓋を閉めた。


「甲冑も倒した事だし、これで安全にお宝を手に入れる事が出来るわね!」

「然り。億万長者の足音が聞こえるでござるぞwwwドゥフフwww」


 二人は今のを無かった事にして、来た道を引き返した。




 そうして二人は、再び最奥部へとやってきた。


「……さぁ、開けるわよ」


 周囲に甲冑の姿も、足元に罠のスイッチも無い事を確認し、再び宝箱の前に立つ。


 ややこしい前置きは無しに、エリザは宝箱を開けた。


「ん……? こ、これは……!」

「な、何でござるか……?」


 鍵を入手した時と同じようなエリザのリアクションに若干不安を覚えつつ、カールも宝箱を覗き込んだ。


「…………何でござるか?」


 見た目は卒業証書を入れる筒のような物だった。とりあえず金銀財宝には見えなかったので、カールは少しガッカリした。


「これは……魔法道具マジックアイテムよ」

「…………ほほう」


 カールの眼鏡がキラリと光った。


 それは巻物スクロールだった。忍者や坊主がよく所持している、奥義やお経の書かれた紙をトイレットペーパーのように巻いて棒状にまとめたものだ。


「しかもこれ、かなり貴重なものよ」

「ほほう……!」


 カールがにわかに色めき立つ。


 貴重であるが故の価値の高さに期待して……ではない。魔法道具マジックアイテムと聞いた瞬間からカールは、お宝で財を成すという考えを捨て去っていた。


 この魔法道具マジックアイテムは自分の立ち位置を確立させるものなのだと、カールは直感したのだ。


「して、それはどのようにして使うものなのでござるか?」

「なんでそんなテンション上がってんのか知んないけど…………使い方は簡単よ。巻物スクロールにさせたい事を書くだけで、あとはこれがそれを実行してくれるわ」

「ドゥフフそうでござるか……やはりなでござるよwwwムホホwww」

「…………。まぁ、もちろん何でもってわけにはいかないけど」


 この巻物スクロールが実行出来る命令には制限がある。ざっくり言えば、魔法で再現が可能な事しか、この巻物スクロールは実行出来ない。例えば火を起こす事は出来るが、死者を蘇らせる事は出来ないといった具合だ。そもそも魔法道具マジックアイテムはその名の通り魔法由来のものなので、魔法で再現が出来ない事は魔法道具マジックアイテムにも出来ないのである。


「おk把握。具体的にはどういった事が出来るのでござるか」

「そうね……ちょうどいいからテレポートの魔法を使わせてみましょうか」


 エリザは床に巻物スクロールを広げ、そこに文字を綴っていった。この巻物スクロールは特殊な紙を使用しているので、指でなぞるだけで文字が浮かび上がっていくのだ。


(……フヒヒwwwドゥッフフフwww)


 その様子を眺めつつ、カールは内心で大草原を生やしていた。


(拙者にチート能力が無かった理由はこれだったのでござるな。把握把握。そもチート能力というのは強力である反面、応用が効かないという側面があるでござる。例えばドラゴンを屠る力というものは、破壊力にかけては随一である反面、傷を癒す事は出来ないといった具合でござる。その点、この巻物スクロールは魔法で出来る事なら何でも出来るという、非常に応用力に優れたチートアイテムとなっているでござる。まさに鬼に金棒騎士に聖剣、異世界にスマートフォンといったところでござるな。拙者はこれから数多の異世界人よろしく、この魔法道具マジックアイテムを駆使してあらゆる状況を打破していくのでござる。フッ……長らくお待たせしたでござるな諸兄。ようやく異世界転生モノらしい展開をお見せする事が出来るでござるぞwwwフォカヌポゥwww。って拙者ものすごく説明してるけどこれっていわゆる説明は何とかフラグとかいう――)


 不意に、二人の足元が淡く輝いた。


「ん、上手くいったわ。あ、円からは出ないでね」

「思えば魔法は初体験でござるな。しかしエリザ氏、よく魔法の起動方法を知っていたでござるな」

「私領主の娘だし、これくらいはね」


 エリザは過去に、英才教育の一環として魔法に関しての勉強をしていた時期があった。もっとも、空手の方が向いているという事ですぐにやめてしまったが。


「さぁ――跳ぶわよ!」


 床の光が一際強く輝き、次の瞬間に二人の姿は消えた。




 一瞬の、浮遊感にも似た感覚の後、足が大地を踏みしめた。


「……ここは」


 そよ風が肌を撫でる。視界の先は見渡す限りの平原で、見上げれば雲の浮かぶ青空があった。


 ここは遺跡の入り口だった。カールのすぐ後ろに、地下に下りるための階段があった。


「はぁ……やっと出られたわ」


 カールの横で、エリザが大きく伸びをしていた。青空の下、窮屈だった地下の閉塞感を解消するかのように。


「…………フム」


 脱出の余韻もそこそこに、ここからだ、とカールは気を引き締めた。


 遺跡からは無事に出られた。生き埋めにされて干物の未来は、何とか回避出来た。


 後の問題は、巻物スクロールの処遇だった。カールは何としても巻物スクロールを自分のものにしたかった。円滑に事を運ぶなら、巻物スクロールの価値をGに換算し、その半額を支払うのが正道だろうか。


 このシークレットミッションは、是が非でも達成しなければならない。巻物スクロールの所有権の行方は、カールの異世界での行く末を決定付けるものだ。KOJIKI何年分に相当するかは分からないが、どんな代償を払ってでも巻物スクロールは自分のものにしなければならないのだ。


「ところでエリザ氏、巻物スクロールの件でござるが――」

「あっ、崩れた」

「ファッ!?」


 エリザの手から零れるように、巻物スクロールはボロボロと崩れていった。


「……まぁ、三百年前のものだし。一回使えただけでも奇跡よね」

「そ、そんな馬鹿なっ……拙者の異世界チート生活の礎がっ!」


 カールが破片をかき集めるように腕を振り回すが、もちろん無駄な行為だった。巻物スクロールの破片は風に吹かれて空を舞い、そのまま空気に溶けていった。


「何はともあれ、これでようやく……ってあんた、なんでDOGEZAしてんの? 私に何かした?」

「…………なんでもないでござる」


 カールはがっくりと膝をつき、四つん這いのような格好になっていた。


 しかし今にして思えば、巻物スクロールがこうなったのは必然と言えた。


巻物スクロールを使うたびにいちいち『巻物』の文字に『スクロール』というルビを振るのは、面倒にも程があるでござる。その手間を考えたら、これが今回限りで消えるのは自明の理でござった……」

「なにブツクサ言ってんの? DOGEZAしながら」

「……なんでもないでござる」


 カールが展望した異世界チート生活は、巻物スクロールの崩壊と共に露と消えたのであった。

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