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第十五話 その1

 モンデー遺跡――


 それはトゥレスにある遺跡で、特に見るべきところも無く、用途も無い凡庸な遺跡だ。


 それなのに何故そんな遺跡が調査対象クエストになっているのかと言うと――この遺跡は五年前まで、入り口の崩落により入る事が出来なくなっていた。それが五年前の『大震動』で入り口を塞いでいた岩が崩れ、再び入る事が出来るようになった。


 モンデー遺跡は見るべきところも用途も無い、至って凡庸な遺跡だが――実に千年ぶりに中に入れるようになったという事で、調査依頼が出されたのであった。


「千年前のものとはいえ、地図はしっかりとオリジン・マップに記録されているでござる。まぁシステム的に消失はあり得ないでござるが」


 オリジン・マップは地図作成のスキルを複製体としているので、例えオリジン・マップが消失したとしても、この世から地図作成のスキルを持った者が一人残らず消えない限り、地図が失われる事は無いのである。


「…………」


 そんなカールの言葉に特に反応を示す事も無く、エリザはカールの横で不機嫌そうな表情を浮かべていた。


(……心中はお察しするでござる)


 エリザがそんな顔をしている理由は、誰の目にも明らかだ。

 エリザは上半身に、妙な機械を取り付けていた。


「今のところ稼働に問題無し、と」


 そして二人の少し後ろには、タブレットを片手に、そのディスプレイを眺めながら歩く白衣の女――ミューズの姿があった。



 二日前――


 エルストの馬車の停留所で、エリザは非常に場にそぐわないものを発見した。


(あっ、あれは……)


 夏場なのに暑苦しい白衣に、夏場らしい涼しげなミニスカート。それを着ている当人は、年中引きこもりを示す白い肌に、寝不足を示す目の下のクマ。


 それは天才魔術師にして(自称)天才発明家の、ミューズ・クルードだった。


「…………」


 エリザは彼女の視界外に退避するように、そそくさと身を隠した。ミューズという女は、エリザにとって存在自体が百害あって一利無しだからだ。


「まさか行き先が被ってる……なんて事は無いわよね?」

「どうしたの? 馬車の陰に隠れるようにして」

「うひゃあぁぁっ!?」


 背後からの声に、思わず悲鳴を上げるエリザ。


「な、な……!?」


 振り向くと――ミューズの姿があった。


「久し振りね。ところでちょっと話があるんだけど」

「え、え、あれっ……?」


 目をぱちくりさせ、最初にミューズを見かけた場所に目を向ける。

 そこには依然として、ミューズの姿があった。


「え、嘘……やだ、ミューズが二人もいるなんて。もう終わりねこの国……」

「なに言ってるのよ、私のような天才美少女魔術師など唯一無二に決まっているじゃない」


 ミューズが指を鳴らすと、そのミューズの姿がぽんっと消え、一枚の紙がひらひらと舞い落ちた。


「…………。え、なにあれは」

「私の分身よ。いざという時のためのね」

「……いざ?」

「私が二人必要になった時とかね」

「そんな日が来ない事を祈るばかりね……」


 想像するだに悪夢でしかなかった。


「…………。じゃ、私急ぐから」

「まぁまぁ、ちょっと話を聞いていきなさい」


 そそくさと立ち去ろうとするエリザを引き留める。


「……なによ」

「そのクエスト、危ないわよ」

「――――」


 エリザの肝がさっと冷える。クエストの事を話した覚えも、受注する時にミューズの姿を見かけた覚えも無かったからだ。


「な、なんで知ってるのよ……」

「青ざめてるみたいだけど、別にホラーでもなんでもないわ。何故ならあのクエストはあなたに受けさせるために、私が出したものだからよ。難易度の割に報酬の良い、実にあなたにとって目を惹く条件だったでしょ?」

「えぇ……」


 ここまでされると、ホラーを通り越してもはやドン引きだった。


「……何が目的よ。嫌な予感しかしないけど」

「ちょっと実験に付き合ってほしいのよ」

「なんだ……それなら私の答えは決まっているわ。断固拒否よ」


 今までの事(転送装置、霊魂分離装置)を考えると、それは当然の答えだった。


「まぁ聞きなさい。さっきも言ったけど、そのクエスト危ないわよ」

「……言ってたわねそう言えば。なによそれ、どういう事?」

「そのクエスト、難易度的には酒場クエストにぴったりなんだけど……ちょっと問題があってね」


 ちなみに、高難度のクエストを低難度と偽って出す事は、エルストでは原則として禁じられている。それは、駆け出しや低レベルの冒険者を無駄死にさせないためだ。


「その難易度、千年前のものなのよ」

「……は?」

「詳細は省くけど、そのクエストが酒場クエストレベルなのは千年前の話。千年の間で遺跡の中で何か良くない出来事が起こっていた場合、ひょっとしたらそれはギルドクエストレベルのものかもしれない……という事よ」


 クエストの難易度を偽る事は出来ないが、不測の事態に関しては原則の適用範囲外である。何故ならそんなもの、誰にも予測出来ないからである。


「……それはアリなの?」

「千年前だし、誰にも予測出来ないわ。もちろん私にも分からない。ただそういう可能性が、森で猫探しをしている時に熊と出くわす程度の確率で起こるかもしれないって、単に忠告しただけよ」

「…………」


 やけにすんなりと理解出来る例えだが、それならばルールには抵触しない。もしこの場にカールがいたらフラグがどうとか言っているところだが、メタ的な要素を抜きにした場合、不測の事態が起こるか起こらないかの判別は誰にもつかないのである。


「そんな危険そうなクエストに友人を行かせるのは忍びないから、あらゆる不測の事態に対応可能な、天才魔術師である私がクエストに同行してあげるわ。もちろん護衛代なんて取らない。なんだったらトラブルが起こったら、臨時ボーナスを上げてもいい。……その代わり、ちょっと実験に協力してほしいのよね」

「…………」


 一見すると、危険かどうかは分からないけど割の良いクエストを出して、しかも護衛まで受け持ってくれて、その代わりにちょっとした実験に協力してもらいたいという、総合するとミューズの行いはそう悪いものではないが……エリザにはどうしても悪質感が拭えなかった。


「…………。協力者が欲しいなら普通に依頼出せばいいじゃない。こんな回りくどい事しないでさ」

「それは無理ね、今回の実験はあなたにしか出来ないし。だってあなた、私が普通に依頼出しても絶対受けないでしょ?」

「そこまで自己分析出来てるなら日頃の行いを改めてほしいわね……」

「ふっふっふ、聞いて驚きなさい。今回の実験は……」

「まだ受けると決まったわけじゃ――」


 渋る……と言うか八割方クエスト自体をキャンセルする方向で考えをまとめ始めていたエリザに、ミューズは言った。


「なんと……魔力を持たない人に魔法を使わせる実験よ!」

「――――」


 それは、エリザの考えを改めさせるのに充分なものだった。

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